第5話

 黒曜石が敷き詰められた部屋の中心に、長方形に組まれた畳が六枚。

 畳の脇には『カコン』と気味の良い音を立てる鹿威しと、龍と虎が描かれた金屏風。

 畳と扉の間には、通路のように鉛色の飛び石が敷かれている。


 ここは城の一角にある和室だ。

 ……と言っても、無理やり作った即席の和室である。


 和室で寛ぎたくなり、ルームテーマを『(ルームテーマ):日出国 ★5』に変えたところ、城がしゃちほこ付きの名古屋城のようになってしまったため、ルームテーマで和室を作るのは諦めて、簡単に作ったのがここである。


 それでも凄く和むので、よくこの部屋でごろごろするのだ。

 ちゃんと衣装も部屋に合わせ、『(衣装)アルテミスミコドレス ★4』という、月の紋章が入った紫の袴を着ている。

 畳の中心にはちゃぶ台、その上には緑茶と煎餅。最高だ。


「あー。暇って幸せなことね」


 私は寝仏のように寝転がり、バリバリと煎餅を食べながら沁み沁みと呟いた。

 城には相棒しかいないので、行儀が悪いと叱られることもない。

 外に出たら嫌な目に遭ってばかりだし……ぼっち最高!


「マイロード、この『センベイ』なる菓子は口内にダメージを負います。攻撃力が高い上、防御力も高いようです」

「まだまだ修行が足りないようね、サニー。私レベルになると、お菓子もこれくらい根性があるものじゃないとだめなの」

「!」


 サニーは私の言葉を聞くと目を見開き、青天の霹靂といった様子で煎餅を見つめた。可愛い!


「私が未熟でした。流石です、マイロード」


 『修行あるのみです』、と呟きながらバリバリ煎餅を食べ進める姿に癒される。

 さすが私の相棒。


「! 手強いですね……」


 煎餅が歯茎に刺さったようで痛そうだ。

 そんな穏やかで幸せな時間を送りつつ……今日は何をしようかな。


「マイロード、今日のご予定は?」

「うーん、考え中……」

「ご趣味の方は?」

「畑も終わったし、時間が余っちゃってさあ。サニーは何かしたいことある?」


 と、聞いても返事は分かっているけど……。


「私はマイロードのお手伝いや、お供をさせて頂くのが何よりも喜びです」


 ですよね~!

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、サニーの希望も聞いてみたい。

 たまにはわがままを言って欲しいなあ。


「サニーは、私と二人で退屈になったりしないの?」

「なりません」


 即答か。可愛い! 愛しい! 抱きしめたい!


「んー……でも他の誰かと喋りたいなあとか、彼氏欲しいなあとか思わないの?」

「思いません。皆無です」


 またまた即答だ。

 抱きしめることが決定したが、やっぱりサニーには私以外のことにも興味を持って欲しい。

 サポートキャラだから、恋愛感情とかもないのだろうか。

 慕ってくれるのは嬉しいけれど、私がサニーの自由を縛っているようで心苦しい。

 一人の『人間』、『女性』として生きて欲しいと思うのだけれど……と思いつつサニーを抱きしめる。


「マイロード」

「うん?」

「……マイロードは思うのでしょうか。私以外の者がいれば良いと」

「えっ」


 身体を離して見ると、サニーはしゅんと肩を落としていた。

 あの勇ましい戦女神のようなサニーが、まるで耳と尻尾の垂れた子犬だ。

 やだ、この子本当に可愛い!


「賑やかなのが恋しくなる時があるけど、サニーがいるから平気! サニーがいればいいわ!」


 頭を撫でてやると黙ったままだったが、喜んでいることが空気で分かった。

 なんという癒し!

 主を萌えさせる機能まで搭載されているとは恐ろしい。


「……そういえば、マイロード」

「何?」


 すっかり元の調子に戻ったサニーが背筋を正し、尋ねてきた。


「以前、私の後輩を召抱える準備があったとお聞きしましたが……」

「んー? ああ、あったね」


 私のレベルがカンストした時に、更にサポートキャラを一体作れるようになった。

 でも、サニーで十分だし、手をつけないままになっていた。

 ちなみに、どういう風な子にしようかは頭の中で決めていて――。


「金髪碧眼の美少年の予定だったんだよ」


 完全に私の趣味だ。

 ……と言ってもリアルでの趣味ではなく、あくまでも二次元での話だ。

 自己申告だが、どうか信じて欲しい。


「呼んでおけば良かったかなあ。サニーも楽になっただろうし、後輩が出来て楽しかったかもしれないのにね……」


 真面目に厳しく後輩を指導するサニーの姿が目に浮かぶ。

 後輩というより、『弟』と言った方がいいかな。

 麗しき姉に美少年の弟だなんて、思い浮かべただけで私の心が潤う。


 それに、『弟』だと考えると、サニーに家族が出来たようで嬉しい。

 私とサニーも家族だけど、私以外の誰かとの繋がりを作ってあげたい。

 そんな事を考えていると、サニーが無駄のない動作で立ち上がった。


「心得ました。お任せを」


 表情は真剣だ。

 胸に手を当て一礼し、凛々しい顔をしてサニーは出て行った。


「…………え?」


 何が?

 優雅な振る舞いについ見とれてしまったけど、何を心得たの?

 嫌な予感しかしない、冷たい汗が首筋を流れた。


「まさか…………嘘でしょ? サニー! カムバック! 戻って来て~!!」


 城に虚しい私の雄叫びが木霊した。




 ※※※




「マイロード、帰還いたしました」


 嫌な汗をかき続け、げっそりとした私の前に甲冑美女が颯爽と現れた。

 サニー、一週間後ぶりの帰還である。

 ……長かった。


 手には戦利品――いや、『品』ではない。

 やっぱり……やっぱりか!!


「くっ! 離せ! 僕をどうする気だ! 人攫い女!」


 ロープでぐるぐる巻きにされた、金髪碧眼の美少年が喚く。

 それを誇らしげに携えているサニーのどや顔はやたら眩しい。


 やっちゃったよ……とうとう私、犯罪者だよ……!

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