第13話 エクスへの告白と乖離

「え!? すごい! どうやって直したんだい!?」


「秘密さ」


 エクスは自身の剣の仕上がりぶりに舌を巻いて驚いた。

 無理もない。何せ、僕が厨房に入って数分もしないでボロボロに刃こぼれしていた剣が元に戻ったんだから。


「こんなの鍛冶屋さんに頼んでも数日はかかるのに... ...」


 エクスはまだ、落ち着かない様子。

 剣を手に取り、各所を舐めるように凝視した。


 僕はエクスの驚いた顔と喜ぶ顔がみれて何よりだ。


「でも、不思議だなあ... ...。スペアは料理も食事も上手いし、刀を直す事も出来るなんて!」


 ああ。この上ない褒め言葉を貰い、僕は天にも昇って行ってしまいそうだ... ...。


「スペアと結婚する人は幸せだろうな... ...」


 エクスが何気なくポツリと『結婚』という言葉を口にした。

 結婚... ...。

 僕はそれを聞き、エクスが旦那さんだったらきっと幸せに一生が過ごせる... ...。そんな事を妄想。


 そして、僕は思い切ってエクスに聞いてみた。


「ねえ。エクス... ...。僕の事好き?」


 心臓が口から飛び出しそうになり、慌てて言葉を飲み込むように口を手で覆った。

 同時に体中から汗が出て、顔が一気に熱くなる。

 

 ああああああああ!!!!!

 しまった!!! しまった!!! しまったああああ!!!

 滑らせた! うっかりしてた!

 

 何を言ってしまったんだ僕は!!!

 思っていることをそのまま口に出すなんて愚の骨頂!!!

 子供じゃないんだから!!!

 

 そんな、エクスが僕のことを好きな訳がないだろ!!!

 思いあがるにも度がある!!!

 恥知らずものだと思われたに違いない!!!

 

 早く... ...。早く訂正しなくては!!!


「え? うん。好きだよ」


 それを言われた瞬間、体中の血液が脳天を突き破り出ていくような感覚になり我を忘れた。


 え? いや、え? 今、なんて?


「いや、だから、好きだよ。スペアの事」


 思わず、心の声が漏れてしまっていた。


「えええええええ。ええと。あ、あははは」


 何も考えられない時、人間ってやつは不自然に笑うという事を今、知った。


 これは両想いってやつなのか!?

 夢か!?

 夢なのか!?


 僕は思い切りほっぺをつねる。


 ... ...痛い。


 では、夢じゃないって事か... ...。

 ああ。でも、この世界自体が夢の中だから夢でエクスに「好き」って言われて... ...。ええっと... ...。


 頭の中が大混乱。

 でも、なんだろう。凄く幸せな気持ちだ... ...。


 僕は人に好かれたいと思えばそれを運命の書に記して相手は無条件で僕の事を好きになるように仕向けた。

 しかし、そのような行動をすると喜びと同時に虚しさを感じた。


 運命の書に記す事により相手は本当に僕の事を心から好きになったのだろう。

 でも、それは僕が決めた予定調和。

 相手は僕を好きになる運命に従っただけ。それは、本当に好きという事なんだろうか?


 僕は恋愛というのは子孫を残す為だけのものだと長年思っていた。

 種の存続・反映の為に交尾をし、子供を作る。それ故の事務的な作業だと思っていた。

 

 しかし、なんだろう... ...。

 この気持ちは... ...。

 心が軽い。体が熱い。エクスがとても愛おしい。抱きしめたい。


 これが人を好きになるって事なのか... ...。


 僕は初めて愛というものに触れた気がした。


「で、あのさ。エクス。いきなり、結婚って訳には行かないから... ...。その... ...。付き合う所から始めない... ...か?」


 僕は頬を赤らめながらエクスにそう告げた。

 子供は二人は最低欲しいとか。家は結婚してしばらくしたら欲しいとか。色々、話したい事は山ほどある。


 しかし、物事には順序ってやつがあるのを僕は分かっていた。

 でも、エクスがそれを飛び越えていきなり結婚。って事も考えていない事もないはず... ...。


 にやけて顔が緩みまくった僕にエクスは真顔でこう言った。


「え? 付き合う? 僕とスペアが? ははは! 面白い冗談だね」


「え?」


 何かの聞き間違いだと思った。

 冗談? いや、冗談なんて言ってない。


「だって、スペアは『男の子』でしょ。男と男が付き合うなんて可笑しいよ」


 エクスは僕の事を面白い冗談を言うやつくらいにしか思ってないかもしれない。

 ああ。そうか。エクスは勘違いしているんだな。僕を『男』と勘違いしている。

 そういえば、改めて『男』か『女』かなんか言った覚えはなかったな。


「エクス。実は僕は男の子の姿をしているけど、実は女の子なんだよ。どういう訳か神様が魂を入れる入れ物を間違えちゃったみたいなんだ」


 実際にそうだ。

 物心ついた時から自分の容姿に疑問を感じていた。

 『どうして、僕は母さんと一緒なのに、父さんと同じような姿なんだろう?』


 それが、分からず、母さんや父さんに聞いてみるが分かる訳もなく、本で調べてもどこにもそんな記述は記していない。


 心は女で身体は男。

 この理由を分かる術を僕は持っていなかった。


 誰に聞いても分からない。答えてくれない。

 僕は自分の中でその問題に対してある答えを出した。


『神様の悪戯』と_____。


 神様という言葉は万能だ。

 解決方法が分からない事やうやむやにしたい何かがある時に『神様』という言葉を並べるだけで答えがないものに答えを与える。


 そういう意味では、『神様』という存在は全知全能。


 でも、エクスは僕の答えに対して納得していない様子だ。


「え? 心は女の子? ごめん。言っている意味が良く分からないんだけど... ...」


「でも、エクスは僕の事好きって言ってくれたよね!? あれは嘘!?」


「いや、それは... ...。友達として好きって意味で... ...。それに僕、好きな人がいるんだ... ...」


「... ...は?」


 ちょっと、待って... ...。

 意味が分からないのはこっちのセリフだ... ...。

 好きな子がいる?


 エクスは僕の事、好きって言ったじゃないか。


 感情的になり大声を出していたので何事かと思い、二階からレイナ・シェイン・タオの三人がぞろぞろと下りて来た。


「ちょっと、大きな声を出してどうしたのよ?」


「いや、その... ...。レイナ... ...。聞いてくれよ。エクスがさ。おかしいんだ... ...。僕を『男の子』だって言うんだ。確かに僕は身体は男の子だけどさ。魂は『女の子』でしょ? な? おかしな事を言うだろ?」


 レイナは他の皆より大人びている。冗談でもこの状況で僕を男なんていうはずがない。

 僕はそう確信を持って聞いた。


「え? いや、スペアは男の子... ...。よね?」


「え? いや、どうしたんだよレイナまで!」


 なんなんだレイナまで... ...。

 そうか! みんな、僕をからかっているんだ。

 そうだ! そうに違いない!


「皆で僕をからかってるならよしてくれ」


「いや、ごめんなさい。スペア。誰もあなたをからかってなんかないわ」


 エクスもレイナもタオもシェインも僕に向け何やら汚いものを見るかのように視線を送る。

 

 男____!?

 僕が_____!?


 確かに今は男の体をしている。でも、将来的に僕は成長して女の子になるんだ。

 神様は悪い奴じゃない。こんな、酷い仕打ちをいつまでも続けるわけがない。幸せになる為に若いうちはワザと苦労をさせているんだ。


 僕はそう自分に言い聞かせてきた。


 でも、もう、この状況に耐えられない。

 好きな人や折角出会う事が出来た仲間にこんな目で見られるなんてあんまりだ... ...。


 そして、頭の中が渦巻く中、ある考えがよぎる。


 ______運命の書を使えば。


 そう、僕の運命の書の持つ能力を使えば女の子になる事など容易い。

 むしろ、男の状態でもエクスを僕に振り向かせる事だって... ...。

 いや、でも、それじゃあ、昔の僕と変わらない... ...。


 エクスが僕の事を好きになったとしても心が空虚になるだけだ... ...。


 僕の心も身体も女の子に。


 これが一番正しい選択だ。


 そして、僕は運命の書を取り出し、運命の書に運命を記すという作業を人目を気にせずに四人の目の前で記入。


「ちょっと! スペア! 何をやっているの!!!」


「お嬢! 危ない! そいつに近づくな!」 


 ______心も身体も女の子に。

 

 そのように運命の書に記入すると僕の身体は光に包まれ、胸が膨らみ、手足が細くなり、髪の毛が伸びていくのが分かった。


 ああ。これで、僕もとうとう女の子に。

 そして、エクスと結婚出来る... ...。

 

 ローブのように全身を覆っていた光がフッと消え。

 体が軽い... ...。

 これが、女の子の身体... ...。


 みんなが驚いた表情で僕を見ている。

 そうか。僕がすごい美人になったから驚いているのかな?


 まあ、元が良かったから美人になった姿も想像出来るので納得の反応。


 ああ。エクス。

 君の声が聞きたいよ。

 さあ、早く僕を褒めてくれ。


 エクスは鬼気迫る表情で僕が今まで聞いたことのないような声のトーンで。


「その姿... ...。カオステラー!!!」


 気づくと小さな部屋の中には無数の白い羽根がフワフワと浮かんでいた。

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