第9話 仕事はキッチリこなします

「ていやああ!!!」


 エクスが剣を振り、最後の小型のヴィランを一刀両断。

 僕はすかさず、エクスに歩み寄り、汚れやシワの一切ない白いシャツと真珠のような輝きを放つ白いタオルを彼に手渡す。


「あ・ありがとう」


 エクスは気恥ずかしそうにそう言った。

 「ありがとう」エクスから貰うこの言葉は王様から貰う感謝の辞よりも僕にとっては価値のある言葉。


 僕はこの至高の言葉を言ってもらう為に生まれてきたのかもしれない... ...。


「さあ。エクス。汗で濡れたシャツは気持ちが悪いだろ。風邪を引くぞ。早く着替えろよ」


「あ・ああ。そうだね」


 汗で濡れたシャツはエクスの肉体を這う蛇のようにピッチリとまとわりつき、華奢だが、少し筋肉質な腕の輪郭を現すには最適なアイテムである事は間違いない。

 

 そして、エクスは僕が入念に洗った白いタオルに顔を埋め、流した汗と顔に付いた泥を拭う。まるで、その光景は可愛らしい猫の腹に頬ずりしているかのようで何とも画になる。


 ゴッホがこの光景を見て居れば、ヒマワリなどではなく、間違いなく汗を拭くエクスを何枚も書いていただろうに... ...。


「ちょっと。私達にもタオルまだですか」


 高尚なモノに目を奪われていると、ドスの効いた声が後ろから聞こえる。

 

 _____間違いないあいつだ。

 

 後ろを振り返るとそこには案の定、シェインが泥だらけになって腕を組みながらイジワル婆さんのような目付きで僕を見ている。


「ああ。はいはい。ほらよ」


 シェインには雑にタオルを投げ、残りの二人にもタオルを配った。


「ありがとう。助かるわ。スペア!」


「おっ! いつも悪いね~!」


 この世界にきて三か月_____。


 使いっパシリ生活も大分板についてきた。

 家事もろくにした事がなく、最初は色々と四苦八苦して、途中で投げ出そうと何度も思った。


 しかし、落ち込んでいる時にエクスがそっと寄り添ってくれた。

 だから、腐らずに頑張ることが出来た。

 今の僕があるのはエクスのおかげと言っても過言ではない。


 エクスは料理を焦がしても笑顔で「こういうのも悪くない」と言って食べてくれるし、洗った靴下をバラバラに箪笥に入れ、片っ方の靴下をなくしてしまっても「不揃いな靴下を履くのもオシャレでいいかもね」と言って他の色違いの靴下で代用してくれる。


 もう一度、言うが、今の僕があるのはエクスのおかげだ。

 役立たずの僕に役割を与えてくれたのだから。


「みんな! 今日はシチューを作ったんだ! 早く帰ろう!」


 夕陽が沈み辺りは暗くなりかけていた。夜になれば、ヴィランも増える。

 みんなの体調管理も重要な僕の仕事。

 

「お! シチューか!」


「ちょっと! タオ! 走らないでよ!」


「へへ~ん! 俺が全部食べてやる!」


「タオ! 子供じゃないだから! おかわりは一杯あるよ!」


 運命の書に自身の運命を書き込むことが出来ないと判明した時は絶望した。

 世界が全て真っ暗に見え、周囲の人が無能な僕をあざ笑う幻聴まで聞こえ、夜も眠る事が出来ない日が続いた。


 その悪夢のような日々を救ってくれたのはこの大きな背中をした僕と歳も変わらない青年だった。

 父親にも似たそのたくましい背中を敬愛する気持ちで眺めていると。


 エクスはくるっと後ろを振り返り。


「スペア! 僕もお腹ペコペコだ! 一緒に走ろう!」


「あ。ああ! そうだな!」


 大人びた雰囲気を醸し出すと思ったら、たまにこんな子供みたいな事を言いだすスペア。

 だが、それが良い。


 エクスの背中には羽が生えていてどこまでも飛んで行けそうな気もする。

 そして、そんな彼の背中に覆いかぶさり、遠い遠い世界に行く事を妄想した。


「なんか... ...。このタオル臭いな」


 後ろの方でシェインがポツリと一言漏らした。


 そりゃ、当たり前だ。

 お前のタオルはいつも馬のケツの穴を一度パフパフしてから渡してるんだからよ。


 今日はだいぶ気分がいい。

 ぐっすり眠れるかもしれない。と思い、笑いながら夕陽に向かって走った。

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