桜の季節

「突然ですけど、私。花見がしたいです」

「あまりにも突然だな、ホント」

突然の要望に戸惑う春樹はるき

そんな春樹をよそに続ける実夏みなつ

「だって春だよ?桜の季節だよ?外でお酒飲んでもいいんだよ?」

「ナツの場合、最後のは年中関係ない気がするけど…」

「結局去年も花見らしいこと出来なかったじゃん。今年こそはしたいの!!」

「去年はそれどころじゃなかったからな」

去年は引っ越しをして同棲を始めてすぐだったのだ。お互いそんな余裕はなかったのだ。

あれから一年。余裕が出来たかと言えばそんなことは無い。

たしかに生活には余裕が出来た。しかしこの時期だからこそ仕事の方が忙しいのだ。

部署の異動に新入社員の入社…。

休みの日は平日の疲れと心地よい気温が合わさりついつい寝過ぎてしまうのだ…。

とてもじゃないが花見をしている余裕は…。

と思ったが春樹は一つ妙案を思いついた。

「外でお酒とか呑まず出かける程度でいいなら今からでも行くか?」

そう、花見とっても別に飲み食いしなければならないわけではない。

桜並木を歩くだけでも十分に花見と言えるのではないか?

そう思い提案してみたのだがナツの方は…

「えー、それって花見って言えるの?」

あまり乗り気ではなかった。

「桜の花見てるんだから立派な花見だろ?」

「うーん、いっか。それで」

しばらく唸っていた実夏だったが納得してくれたようだ。

実夏の了承も得たので外に出る準備を進める。

春になったとは言え夜は冷える。あまり薄着だと風邪をひくので薄手のパーカーを羽織る。

なのに実夏はそのまま外へ出ようとする。

「ナツ?そのままだと寒いぞ?」

「大丈夫だって!そんなに寒くないって」

そう言って一足先に外に出て行ってしまった。

ため息を一つついて実夏の上着を持って追いかける。


春樹と実夏。手を繋いで歩く。

「こうしてゆっくり歩いて見るとこんなに違って見えるもんだな」

ライトアップされた綺麗な桜の花を見るとついこの間開花したばかりとは思えないくらい立派に咲いていた。

「そうだね、普段外歩くにしてもこんなにゆっくり歩かないもんね」

実夏の言う通りだった。

日中、外を歩くにしても桜の花は視界に入りはしてもじっくり見ることは無い。

こうして意識して見て初めて見えるものもあるのだと知った。

例えば…

「夜桜ってどこか幻想的だよな」

お昼の桜では見ることの出来ない。どこか現実離れした美しさがそこにあった。

例えるなら、昼の桜は無邪気な子供で夜の桜はどこか大人びたあでやかな雰囲気なのだ。

「そうね、まるで違う世界にいるみたいには感じる」

実夏も同じことを思っていたのだろう。

春樹と似たようなことを口にした。

夜桜を見ていてふと実夏との思い出を思い返す。

「ところで覚えてるか?付き合って初めてデートした時の事」

「覚えてるよ。あの時も桜が咲いてたっけ」

そう。初デートも今と同じように桜が咲いていたのだ。

ただあの頃は学生だったので夜ではなく昼だったのだが。

「あの頃はこうして手も繋ぐことも出来ずにお互い固まったまま歩いてたっけか」

「今思い返してみてもデートとは言えないね」

手も繋ぐことなくお互い近すぎず遠すぎず…微妙な位置をキープしていた。

それが今では当たり前のように手を繋ぎお互いが歩幅を合わせ歩く。

「あれから随分と大人になったよな」

そう言って急に立ち止まる春樹。

「と、突然どうしたの?ハル?」

するといきなり実夏の唇にキスをしようとする。

春樹は完全に艶やかな雰囲気にのまれていた。

「ちょ、ちょっと待って…」

「ヤダ」

そのままキスを―

「くしゅん!」

実夏がくしゃみをした。

一気に現実に戻ってくる春樹。

平静を装っているが顔は真っ赤になる。

「だ、だから寒いって言ったんだ。ほれ、上着持ってきてるから着とけ」

上着を手渡して明後日の方向を向く春樹。

「あぶねぇ、これから絶対夜桜なんて見ない」

ブツブツと呟く春樹。

実夏の方は―

「かっこよかった…、夜桜も悪くないかも…もう一回二人で見に来よう」

と上着に袖を通しながら呟いていた。

結局そのあとは何事もなく無事帰宅した。


あれから実夏は夜桜を見に行こうと何度もお願いをし春樹はそれを断っていた。

「夜桜だけは絶対にいかねえ!」

「お願い!!今度はちゃんと上着着ていくから。ね?行こうよ~」

だが優しい春樹は結局実夏のお願いを断り切れずまた艶やかな雰囲気のある夜桜を見に行くのだった。

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