記念日

「はい、これお弁当」

そう言って僕にお弁当を手渡してくるこの女性は母ではない。

少し離れたところに住む彼女。結花だ。

高校を卒業して一人暮らしを始めて最初のひと月はなんの問題もなく生活していたのだが二か月もたつと自分のごはんを作るのが面倒になってしまいコンビニでお昼を買っていたのだがそれを聞いた結花が『そんな健康に悪いことしない!』といってお弁当を持ってくるようになった。

結花は僕よりも年上の社会人で自分のお弁当も自分で作れる人で「一人分も二人分もそんなに変わらないよ」と言って作ってきてくれているのだ。

「ありがとう、いつもお弁当作ってもらって」

「いいのいいの、いつも言ってるけどハルのためなんだから。それじゃ、行ってくるね。ハルも遅刻したら駄目だよ」

そう言って結花が手を振りながら走っていく。

その姿を見送り自分も大学に向かう。

大学の敷地に入り授業のある講堂へ向かう途中、見知った後姿を見つける。

音を立てないように歩き背後に立ち…

「わからんと思ったか、このアホ」

「あいたっ」

驚かせようと思ったがそれよりも先に振り向かれチョップを食らう。

「まったく、ワンパターンなやっちゃ。もう少しバリエーションを増やして来い」

そう言う彼は高校からの親友、由樹。

名前は女の子っぽいのに眼鏡をかけた美形のイケメン。

やる気の無いような顔をしているがそこがいいらしい(周りの評価)

「そんなにわかりやすい?」

「わかりやすいも何も最初の頃とほとんど変わらんやんけ。そんなもんすぐに対応できるようになるわ」

「それならどうすればいいのさ」

「せやな…っといいところに。ちょっと見とけ」

由樹がそういうと鞄を僕に預け軽く走っていく。

「シーン、おはようさーん」

シンと呼ばれた男が立ち止まって振り向こうとしている。

「おはよう、ゆ―」

そして肩に手を置いたかと思うと勢いそのままに飛び膝蹴りを繰り出した。

「って、なにやってるの!?」

「心配すんな、加減はしとる」

「それでも曲がっちゃいけない方向に曲がったよね!」

駆け寄って慎二の安否を確かめる。

「なに、いつものことだ。今日はまだ優しい方だから気にするな」

そう言って慎二は立ち上がる。

「ハルもこれぐらいやったらええねん」

そう言って荷物を受け取る。

「由樹に?」

「やれるもんならな」

笑顔でそういう由樹の後ろには般若がいた。

「お前も一度食らってみるといいぞ、痛いから」

そう言う慎二はどこか遠いところを見ていた。


お昼、天気もいいので今日は外で昼食をとることに。

「なんや、シン。珍しくパンか」

慎二もお弁当のことが多いのだが今日はコンビニの袋を取り出しそこから総菜パンを出す。

「起きたのぎりぎりだったからな。そういうシンはいつもパンだな」

「弁当を作る時間があるくらいなら寝てるわ」

「お前らしい理由だわ」

そんな会話を聞きながら悠希もお弁当を広げる。

今日も綺麗なお弁当に驚く。

こんなに綺麗なお弁当、作るのに時間がかからないのかな。

なんて的外れなことを思っていると横から慎二が覗いてくる。

「ここ三か月で料理がうまくなってないか?」

慎二は悠希に年上の彼女がいることを知らない。

今でも悠希が自分のお弁当を作っていると思っている。

「なんや、シンは知らんかったんか。こいつ自分で作っとらんで?」

とんでもない爆弾発言。

その発言の張本人は知らん顔してパンを口に運ぶ。

「ハル。どういうことだ?自分で作ってるって」

「作ってたという方が正しいかな」

「どういうことだ。てかハルお前も一人暮らしだよな?一体誰に」

「聞くまでもないやろ、これやこれ」

そう言って小指を立てる由樹。

それを見た慎二がものすごい形相で近づいてくる。

「おい、いつからだ?いつから裏切った」

「ちょっと、落ち着いてそんなに揺すられると」

「そこまでにしとき、時間がもったいないぞ」

そう言う由樹は一人もくもくとパンを食べ続ける。

「お弁当落としちゃう!落としちゃうからもうやめて!由樹も食べてないで止めてよ!」

「裏切ったな!ハルぅ」

もはや話を聞く気にならない慎二をどうにか落ち着かせてお弁当を食べ始める。

「それで、ハルの彼女とやらについて詳しく聞こうか」

そう言って某指令のような恰好をする慎二。

「そこまで聞きたい事?」

「当たり前だ、俺はてっきり彼女いない歴=年齢だと」

「それは自分のことやないか」

「やかましい、それで一体どんな人なんだ。どこで知り合ったんだ」

少しずつ近づいてくる慎二。

それに合わせて少しずつ後ずさりをする。

「どんな人って…年上の―」

「許さねぇ!!俺はハルを許さねぇ!」

「許すも許さんもあるか。誰と付き合おうがハルの勝手やん」

「ユキ、てめぇまでそんなことを―」

「ま、くっつけたんは自分なんやけどな」

「つまりユキもハルの彼女を知ってるわけだ」

「知っとるも何も高校の時の先輩や」

「なんだ、その先輩がハルのために毎日お弁当を作ってると?」

あまりの迫力に頷くことしかできない。

長い沈黙、そうして口を開いた慎二は

「俺にも会わせろ。その彼女さんに」

と言った。


今日の授業もすべて終わり帰路につく三人。

今日は結花も仕事なのでまた後日会わせることになった。

「それでこの後はどうするんや」

「ごめん、僕はこのまま家に帰るよ」

そう言うと慎二が不機嫌な声で言った。

「どうせ彼女とラブラブするんだろ」

「話聞いてなかった?今日はまだ仕事中なんだって」

「どうだか…」

慎二はもう完全に拗ねていた。

そこまで彼女がいたのがショックだったのだろうか。

「そうか、今日は…。ええよ、シンの相手はしといたる」

由樹が何かを思い出したようであっさりと慎二の相手を引き受ける。

「ありがとう。また今度誘ってよ」

「せやな。ほら、行くでシン」

「今度はお前の彼女さんを連れて来いよー」

慎二を引っ張りながら去っていく由樹。

その後ろ姿を見ながら心の中でありがとうと呟き悠希も家に向かって歩き始めた。

「ただいまー」

誰もいない家に入り荷物を下ろす。

ひとまず鞄の中から弁当箱を取り出し台所で洗ってしまう。

さらに外に干しておいた洗濯物を入れる。

「まだ少しだけ時間があるな」

特にやることもないのでゲームをしようと思い電源をつける。

一人暮らしを始めてからというものよくゲームをするようになった。

実家で暮らしていたときは誰かがテレビを見ていたのでそれを何気なく眺めていることが多かった。

しかし一人でいるとテレビを見ているよりもゲームをしている方が楽しいと感じるのだ。

クリアできてないゲームのディスクを入れ立ち上げる。

そうして熱中しているとあっという間に時間が経つ。

時間も忘れてプレイしていると突然携帯が鳴る。

画面には結花の名前が。

『もしもし、ハル?仕事も終わったから今から向かうね』

「ゆっくりでいいですよ?事故にだけはあわないように」

『わかってる、それじゃまたあとで』

そう言って通話が切れる。

「さて、そろそろ準備しないとな」

セーブをしたのを確認して電源を落とす。

そうして軽く部屋を掃除しておく。

―20分後、チャイムが鳴る。

もちろん外にいるのは結花だ。

「お疲れ様です」

そう言うと結花はわかってないという顔をして言う。

「こういう時はお帰りなさいでしょ?」

「立場が逆な気がする」

「いいの、ほら。言って?」

あまりにも言ってほしそうなので

「お帰り、ごはん?お風呂?それとも…僕?」

なんて遊び心を入れると「ハル!」と言いながら飛びついてきた。

突然の出来事にバランスを崩しそうになるがなんとか堪えて結花を支える。

「さてここまでにしておかないと。今日は何食べる?今日は頑張っていろいろ作っちゃうよ?」

「カレー!」

「カレーって、お子様」

なんて笑いながら言われてしまいちょっと恥ずかしい。

「でもいいよ、それじゃカレーにしようか」

そう言って靴を脱ぎ部屋に上がった。


「「いただきます」」

二人揃って夕食を食べ始める。

口に含むと程よい辛さとうま味が口に広がる。

「どう?今日のはちょっと辛めにしてあるんだけど」

「これくらいならまだ大丈夫」

「そう、よかった」

そう言いながらタバスコを入れる結花。

結花は見かけによらず辛いものが大好きなのだ。

普段悠希に作るカレーでは辛さが足らないと言っていつも入れている。

「ところで今日は何の日か知ってる?」

「もちろん、付き合い始めて2年」

「ハルも覚えてたんだ」

そう。今日は結花と悠希が付き合い始めて2年になる日なのだ。

そのため慎二や由樹の誘いを断ったのである。

「それで僕からちょっとプレゼントがあるんだ」

そう言って隠しておいた小さな箱を出す。

「高いものじゃないし気に入ってもらえるかわからないけど…」

「今開けてもいい?」

「もちろん」

そう言うと結花は箱の包装を綺麗に剥がし開ける。

そこに入っていたのは小さなピアスだった。

「身に着けられて目立たないものがいいかなって思ってこんな地味なものになっちゃったけど…」

「そんなことないよ!!これから毎日着けていく!ありがとう、ハル」

そう言ってまた抱き着いてくる結花。

「危ないって、ごはんが落ちちゃうって」

「ハル、大好き!!」

結局話を聞かない結花がカレーをこぼしてしまいしばらく帰ることが出来なくなった結花は一日悠希と一緒に居た。


もちろん悠希のシャツを着て。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る