パズーの災難

パズーはひたすら師匠のライトや風詠のリーダーであるボルスを筆頭とした風詠達から厳しいお叱りをうけた。

会議中も時折嫌味を言われる始末だ。まだ見習いの身であるパズーが貴重な風凧、それも王族の所有物、に手を加えるのは本来叱られるで済むような事ではない。けれども自分が許されるのも毎度のこと。なぜならパズーの味方は他ならぬ王子セリム。

俺が頼み込んだだけなんです。王子が反省の色を見せると大人はどんな怒りでも撤退させる。させられてしまう。セリムにはそういう不思議なところがあるのだ。

だからパズーはセリム抜きで身勝手なまねをしない。そもそも勝手な行為をするのはセリムに強く頼まれたときだけだが。珍しく何人もの年配者に説教をされ、絶対に次からは無茶な真似をしないと固く意を決した。セリムにどれだけ頼まれようとも。

いつも風よけになってくれるセリムが帰ってきたのは会議も終盤になってからだった。なぜかやけに嬉しそうな表情だった。室内の視線がセリムに注がれると、はっとしたように引き締まった表情に変わった。


「遅くなって済みません。戻りました。」

「セリム、やっと帰国したか。」


トトリの前に観測結果であろう書類を提出すると、セリムは空いている席に腰かけた。一番後ろの窓際の末席。一番若い風詠であるセリムの席に向かって、パズーは非難の視線を送った。セリムは肩を竦め小さくごめんという口を作った。


「おほん。」


わざとらしい咳払いをしたのは我が師、ライトだった。パズーは小さくなって肩を竦めた。


「セリム様、会議を再開する前に報告を受けたい。我が弟子にオルゴーをいじらせたそうではないか。」


セリムは立ち上がってまっすぐライトを見つめた。反省の色を浮かべているが、口の端が既に笑っている。嫌な予感がした。


「済みません、どうしてもすぐに試してみたくて。技師の方々は受け持ちで忙しいようでしたし、担当のルビスさんは産後で休養中でしたから。ついパズーに。」

「何度も申しておりますが、まだパズーは未熟者です。万が一のことがあっては困ります。」

「すみません。勝手をして。頼み込んだのは僕です。彼は命令されて仕方なく。」


素直に謝りセリムは俯いた。散々説教をされたから遅い、けれどもおかげで会議後はお咎めないかもしれない。

本気で反省しているのだろう。水やりを忘れた朝の植物みたいに萎れている。だがすぐに忘れてしまうに違いない。自身の好奇心に自制がきかない男なのだから。


「以後気をつけるように」


何度聞いたかわからない台詞。苦笑が部屋を満たした。


「ライト技師長、今回翼の角度と長さを変更してもらいました。それから一部に蟲森で発見した長蟲の殻を利用して軽量化。結果としては風乗りの具合が今までよりもずっと良くなり、進行速度もグンと上がりました。ただ欠点としては嵐風のような重たい風の流れに負けやすくなったかと。一歩風を詠み間違えると墜落するかとひやひやしたました。僕達の発想ではあれが精一杯ですけど、きっともっとうまく調節できると思うんです。」


 反省の色はどこかへ吹き飛んで、キラキラと目を輝かせるセリム。ライトは目を丸くし、それから呆れたようにため息混じりに笑った。


「明日、一度皆で見てみましょう。」

「ええ是非。それに技師長に相談したい改良案もあるので聞いてください!」


満面の笑みを向けるセリムに向かって、パズーは苦笑いを浮かべた。会議室にあちこちから更に大きな苦笑が漏れた。

ライトは隣にいるメルビン学長に何か囁いていた。二人して困ったように笑って頷いている様子から大方「セリム様にはかなわん」などとぼやいていいるのだろう。結局皆セリムに甘いのだ。末っ子だから愛嬌があるからなのかもしれないし、また別の才能なのかもしれない。

こんな風にしてセリムは自分のしたいことは必ず実現させる。自分勝手で自由で、ちっとも成長しない子どもみたいな奴だと思う。


「ではセリム、観測報告を。」


黙っていたトトリが口を開いた。このセリムの師匠は最早弟子を叱る気などないのだろう。僅かに微笑みを浮かべる表情は悪戯する孫を微笑ましく見つめるそれに見えた。

セリムが割と我儘に振る舞うのはこの師匠が増長させている。絶対。

パズーに、いやセリム以外に見せる厳格な姿勢は相手がセリムだとすっかり消えてしまう。


「はい師匠。まず嵐風の型ですが今回は無兆候突発型という見解みたいですが-。」


セリムは前方に張り出された資料にちらりと目をやった。


「僕は典型例だと思います。典型例のどの型に相当するのかと言われると悩みますが。観測外で特徴が見られたというだけで無兆候ではありません。」


室内がやや賑やかになった。本日の風詠であるトトリ、ダルトン、エスメラルダにちらちらと視線が集まった。

彼らは今日の議論で風学者の意見に同調し、それに沿った材料を提供していた。


「我々の観測地域と、セリムのいた場所は大きく異なります。セリム、根拠を聞きたい」


ライトが促すとセリムは大きく深呼吸してから答えた。


「たまたま居合わせたドドリア砂漠では典型的な逆突風前兆候が見られました。観測に行っていたわけではないため、主観のみの解釈になってしまうことをご了承ください。兆候の主は引き風でした。かなり強い風がシュナの西部とドドリア砂漠の境界でありました。それより手前のシュナの森上空ではあまり感じなかったため風はその更に上で起こっていたものと推定します。シュナの森から遠ざかる砂漠では低空にて引き風がありました。つまりかなり上空から低空へと引いていたということです。この引き風は非常に強かった。けれどもレストニア上空では逆に弱まりこれを守りの海風と誤認しています。砂漠では引き風以外にも色々確認出来ました。雲はほとんど糸巻雲やおたまじゃくし雲。横渦の風群。あげればきりがありません。因みに私的見解ですが砂漠のミーアたちが一斉に巣篭りする様子やムームーの群れが密集していたのも兆候なのかと」


ざわめきが増したがセリムは更に続けた。


「これらを師匠たちが確認した逆突風の警戒兆候に当てはめると典型例になるのではと。なお突発かどうかはドドリア砂漠にてどのぐらい前から兆候がみられたか確認できていないので判断不能です。砂漠やシュナの森での観測は今よりも逆突風の予測に役立つと思いますが……」

「もちろんだ。だがどの室も国内だけで手一杯の状況だ。次回の定例会議までに策を各室から提案するようにするか。」


議長のボルスが隣席のライトとメルビンに尋ねた。二人は黙って頷いた。


「ではセリム様、逆突風前観測についての報告も。」


 メルビンがそう告げると、ポックルがせわしない仕草で掲示板に観測記録を貼り出した。

セリムは掲示された資料をじっと見つめ、内容を確認してから再び口を開いた。

パズーはその報告を聞くのに生あくびを噛み殺した。叱責が終わり緊張感がすっかりなくなってしまっていた。

頑張ってみたものの睡魔に負けて眠ってしまい、師匠にまた叱られたのは会議の終了後だった。

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