顔③



 「前が! お前が! 前が! お前が! 前が! お前が! 前が! お前が!」



 ブチッツ!


  ブチチチッツ!


 ブチッツ!


 

 石川は、掻きむしっていた自分の髪をついには乱暴に引き抜く!


 

 「ちょ、ちょっと?! は?! まって! キモイ! キモイって!!」


 

 髪引きむしるとかありえない!


 キモイ!


 つか、こえーよ!


 マジ頭おかしくなったのコイツ!?



 その異常な行動に流石に恐怖を覚えたアタシは、ランドセルとトートバッグを抱えて逃げ出そうとドアに手をかける!



 がしっつ!


 

 髪を引きむしり続けていた石川が、横切ろうとしたアタシの腕を信じられない力で掴んできた!



 「あやまれ…!」


 髪の毛の絡む指が、アタシの手首に食い込む!


 「は!? キモイ放せっつ! 放せってば!!」


 アタシは、懸命に腕を振っ指を剥がそうとするけどビクともしない!



 「アイツに謝れ! ゆっぽんとけんちーを返してよぉおおお!!」


 「いい加減にしろ?! ちょっと! 放せはなせよ!!」 


 意味が分からない。


 誰に謝れって?


--------------------------------------




 夕闇が迫るアスファルトをアタシは小走りに家路を急ぐ。



 あの後。


 叫び声を聞きつけて部屋に駆け付けた石川のお母さんのお蔭で、アタシはなんとか石川の手を逃れる事が出来た。



 ったく、ついてない!


 アタシは、手首にくっきり残る石川の手の痕を見てげんなりとする。



 「キモっ…痣になったらどうしよう…」



 指の形まで鮮明な痕は、まるでどっかのホラー映画にでも出てきそうだ。


 

 「マジで覚えとけよ…!」


 ふつふつと湧き上がる怒り…でも、今はそれどころじゃない!


 いくらピアノ教室が休校だからって、あの家にながいし過ぎた。


 とっぷり暮れようとする夕日に、カテキョの時間が迫ってさらに足を速く動かすけどこれ以上は無理!



 「はぁ、はぁ…なんでこんな目に~…」


 コレはもうカテキョの先生を少し待たせることになると腹を括って、アタシは電柱の所で一休みと手をつく。



 「あーもぉ~…」



 石川、あいつ絶対ヤバいって~!


 そりゃ、友達が二人も行方不明じゃ仕方ないっちゃ仕方ないかもしれないけどって…無理ぃ~!



 ジジジ…ジジジ…。



 寄りかかる電柱の古い街灯が、不気味な音を立てながらちらちら点滅する。


 暮れる夕闇。


 どんどんあたりが暗くなってる中、たよりになる筈の灯りがこんなんじゃ否応なしに心細くなってきた…。



 「ちっ、本当についてない…」


 アタシは、まだあたりが見えるうちに帰ろうと一歩踏み出し______コッ。



 背後で音がした…気がしたけど構わずアタシは歩き出す。



 コッ。


  コッ。


 コッ。


  コッ。



 気のせいだと思いたい。


 けれど、やっぱりいるし!


 もうほとんど走ってるけど、その足音はぴったりと離れないし!



 「はぁ! はぁ! はぁ!」



 どんどん暗くなっていく…ここら辺ってコンビニもないの!?


 つか迷った!?


 もう見えるのは、次の電柱のちらちらとした灯りだけ!


 

 「だ、だれかっ! 助けてっ______」



 がっ!


 ズザッツ!



 暗かった、見えなかった!


 アタシは何かにつまずいて盛大にすっ転ぶ!


 「_____ったあ! 最悪っ!」



 街灯の下。


 足音も立ち止まった。



 はぁ…はぁ…!


 怖い…!


 後ろに、アタシの真後ろにいる…!


 気配を感じる。


 どうしてこんな事するの?


 もしかして、コイツがアイツらをさらった誘拐犯?


 じっとして動かない…こっちを、アタシを見てる!


 情けなく地面に手をついたまま、ジリッ、ジリッっとゆっくり動く…無駄…こんなの無駄だと分かっていても逃げなきゃ!


 アタシもさらわれるの?


 それとも…殺される?


 嫌だ!


 殺されるのなんて嫌!


 死にたくない!



 「ぁ」


 視線の先、電柱の光を浴びて割れたビール瓶?


 どうしてだとか、なんでそんなところに落ちてるとかそんな疑問何て今はどうでもいい!


 アタシはそれを手に取って、振り向きざまに突き付ける!



 ざくっ!


 

 手に感じる感触…何か…何かに刺さった。


 重い…。


 アタシはゆっくり目を開け______!



 「ぁ ぁ ぁ」



 街灯の灯りがそれを、その人を照らす。


 包帯。


 それは顔に包帯をぐるぐる巻きにした人。


 その人の手にアタシ、割れた瓶のとがった所をざっくりとさしている。




 ぽたっ。


  ぽたっ。


 っと、包帯でぐるぐる巻きの手の平から血が落ちて地面にひろがって…!



 「いや…きゃああああああああああああ!!!」


 アタシのあげた悲鳴にビクッと体を震わせたその人は、乱暴に割れた瓶を取り上げて引き抜いてその場を走り去っていく…!



 た、助かったの?


 アタシは震える手でスマホを取り出して、110番に連絡を入れた。





 次の日。



 どこから情報が漏れたのか、アタシが変質者に襲われたと言う話が学校中に広がっていた。



 「ともこ! まじかよ? 学校来て大丈夫なのかよ?」


 教室に入った瞬間、間髪入れずにうざい女が絡みつく。


 「う、うん大丈夫だよ」


 「変態と戦ったんだろ? 誘拐犯だったってマジかよ? よく逃げたな~」


 「誘拐犯だなんて…まだそんなの分からないよ…それにこうしていられるのだってホント運が良かっただけだよ」


 

 そうこうしている間に教室中から視線が集まって、みんな話を聞きたいと群がってくる。


 ふふ。


 あんな目にあったけど、なんだか注目されるむず痒さってゾクゾクして気持ちいい。

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