脚④



 ぱちっ。


 「すごい雨だね…」


 当然と言えば当然に、彼女は玄関の電気のスイッチを入れた。

  

 ボクは思わず玄関を見渡したが、これと言って変わったところはない…強いて言えば恐らくリホームでもしていたのか外観のぼろ家っぷりとは違い内装は新しいような雰囲気を受ける。


 「ああ…やみそうにないね…月島さん?」


 「ぇ?! あ、そうだな! いやー参ったよ~」


 あたりを観察してたボクは、不意に話しかけられ思わず声が上ずったのを感じた!


 「…? 大丈夫?」


 「へ? 何が? ボクがかい? 全然大丈夫さ!」


 明らかに挙動がおかしい、自分でも分かってる…はぁ…この場にケントやミカがいなくて良かったよ…見られていたら一生の恥だ!


 「月島さん」


 「は、はい?」


 また声が、今日は絶不調だな!


 「雨が止むまで家にあがってく?」


 唐突な彼女の言葉。


 「いや…あ、」

 

 探偵として、これ以上の対象と過度に密接するのは避けるべきだ…が、ここで断るのは余りににも不自然…それに折角の好意を無下にするのは良くない。


 「お、お言葉に甘えて…やむまで…」


 ボクがそう答えると、重症ニキビの顔が屈託なくほほ笑む。


 …へぇ…教室では、ともこに怯えている所為か何処となく挙動不審でおどおどした感じが不愉快で近寄りがたい感じがしたがそういう顔も出来るのか…。


 ボクの中でなおの事、彼女が友彦や殿城の件に関わってるなんて考えが勉の妄想でしかないと思えてならない。


 「こっちだよ」

 

 「失礼します…」


 パチンと廊下の電気をつける彼女の丸くてふとましい背中について、ボクは新しい木の匂いのする薄暗い中を歩く。


 家の中は外観のボロさからは想像できないくらい綺麗だ…きっとリホームをしたのだろう。


 ガラッツ。


 「こっちが、台所…寒いでしょ? お茶をいれるね」


 「あ、ありがとう…」


 彼女に言われるまま、ボクはよくある四人掛けの食卓テーブルの椅子を引いて座る。



 ことっ。

  

 「これ、クッキー美味しいから食べてね」


 席につくと、彼女は丸い菓子箱をすすめる。


 「…紅茶の葉のクッキーかい?」


 「うん! 知り合いの喫茶店のものなの! 紅茶もあるから少し待ってね!」


 嬉しそうにもそもそと台所の電気ポッドのスイッチを入れる彼女…知り合いの喫茶店…やはり、そんな事だろうと思った。


 ボクは、勉の部屋からみた後景を思い出す。


 あーあー、やはり彼女はシロだよ勉…手掛かりにはならない…幸いにもね。


 けど、困った。


 だとしたら殿城や友彦は一体どこに?


 二つの事件は全くの別物なのか?

 

 やはり、大人の犯行でボクらじゃ太刀打ちできないと言うのか?


 「月島さん、紅茶入ったよ」


 「ああ、ありが____へぷっちっ!」


 どうやら少し雨に打たれ、体温が下がったのか寒気がする。


 「あ、大丈夫? そう言えば濡れてる…まって、タオルもってくるから!」


 「え? いや、このくらい…」


 ボクが断りを入れる前に彼女は、台所からさっさと出て行ってしまう。


 「参ったな…対象に気遣われるなんて…」


 全く今日は調子が悪い。


 どすどすと遠ざかる足音。


 ボクは、紅茶に口をつける…ほう…温度・香…ボクの家の爺やとまでは行かないが電気ポッドで沸かしたにしては上出来だ。



 「人は見かけによらないとは正にこの事だな…」



 きっと、家の爺やもボクと同じ小学生がこれを入れたと知れば驚くだろう。


 ボクは、冷えた体で紅茶とクッキーを堪能しながら辺りを見回す。


 なんの変哲もない一般家庭の台所。


 強いて言えば、こざっぱりとしてものが少ない。


 必要最低限の装備のこの食卓テーブルに食器棚とガスコンロと冷蔵庫。


 ソレと、廊下や玄関と同じ『新しい匂い』だ…ここもリフォームしていると言う事はこの家の室内はほぼ改装済みという事かな?


 年季の入った家だから、そうと手がかかった事だろう。



 ヴヴヴヴ…ヴヴヴヴ…!


 それは、ボクが冷える前に飲み干そうとくちを付けた時だった。


 スカートのポケットが震える…ぁ、スマホ…きっと、爺やだな。



 ボクは、慌てて紅茶を飲みポケットからスマホを取り出そうとしたが___ツルッ!



 ガッ!


 濡れた手で滑ってスマホが床にダイブするがボクは慌てない、何せボクのスマホは耐衝撃耐水性の優れものだからこの程度では壊れない。


 それどころか、床の上をガタガタと元気に跳ねている!


 

 「はいはい…」



 ボクは、椅子の下で跳ねるスマホを捕獲すべく床に這った。


 

 ピッ。


 「…ああ、ボクだ爺…すまないすまない…雨に降られて…そうだ。『友人』の家で雨宿りだ…分かった車を回してくれ」



 ピッ。



 全く、爺やのお小言にはつかれる…もうすぐ中学生だと言うのに門限に少し遅れたからとグチグチと…お蔭で立つのも忘れて床に這ったまま応答してしまったじゃないか!



 どすどす…どすどす…。



 あ、廊下とすりガラスに影。


 彼女が戻ってきた。


 

 ボクは、立ち上がろうと_____ん?


 丁度それは僕の手をついていた所、フローリングの貼り合わせのすこかみ合わせのずれた隙間に光る何か。



 「なんだコレ…錠剤?」


 

 それは、病院やなんかで貰うような小さなタブレット薬。


 光ったように見えたのは、それを包装しているアルミの裏地だ。

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