第3話 第三次『鋸草の血』掃討作戦①

【視点:ザイル・シャノン】




「整列っ!」


 落雷を思わせるようなおっさんの野太い声が招集場一帯に木霊する。おかげでそのすぐ背後に立つ俺の鼓膜は、グワングワンとそれはもう悲惨なほどに唸りまくっていた。

 だが、それでもなお、連日連夜の会議だの作戦の下準備だので溜まりに溜まってしまった寝不足による眠気を吹き飛ばすにまでは至らない。

 俺は何度もこみあげてくるあくびをかみ殺すのに一苦労しながら、一糸乱れぬ動きで見事な隊列を組み、両手を後ろ手に組んで直立不動の姿勢を保つ、規律正しい我が軍の勇猛なる兵士たちを足場台の上から不躾な目で見下ろした。


 生憎の曇り空のせいでグラスグリーンで統一されたWCDの制服がやけに色褪せて見える。

 ふとそんな感想を抱きつつ、俺は九官鳥のようにギャーギャーと今回の任務の重要さと難易度を改めて懇切丁寧に兵士たちに説明しているギャスト中将殿を見やった。


 そんなこといちいち教え込まなくても、この噎せ返るような息苦しさを覚えるほどの熱気に包まれているにもかかわらず、異様なほどの緊迫感を放っている様を見れば、こいつらがどれだけの自覚をもってこの任務にあたっているのか、十二分に物語っていると思うがな。まぁ、何事も形からっていうし、別にどうでもいいか。


 あー、あぢー。

 まだ六月だよなぁ?

 なんだよ、この暑さ。このコート羽織ってるせいか?

 ったく、誰だよ。准将以上の者は官位と一緒に配布されるWCDの紋章入りのコートを公式の場では着とかなきゃいけねぇっつー決まり作ったのは?

 くそ、こうなるんだったらジャケットだけでも脱いでくりゃよかった。


 俺は散々心の声で過去に存在したWCDのお偉いさん方を罵倒しつつ、少しでも楽になるよう、ジャケットと同じ黒色のネクタイを僅かに緩めた。

 だがいかんせんこの暑さだ。俺の望み通り、とはいかなかった。


 ジリジリと照り付ける早朝のお天道さまにはその程度では敵わねぇってことか。

 あー、とっとと終わらせてくんねえかなぁ。


「今から今回の作戦について説明する!一度しか言わないから決して聞き漏らすことのないように!」


 そう言ってギャスト中将おやっさんは相変わらず馬鹿デカい声で作戦についてつらつらと説明していった。


 内容はこうだ。


 まず、砲撃部隊が奴らを閉じ込めたビルを砲撃し、完膚なきまでに破壊。それからA、B、C、D班に分けられた前衛部隊が隙を与えず、前後左右の方向からすぐさま生き残りに突撃をかけ、一網打尽にする。

 前衛部隊が守る第一包囲網を突破してくるようなことがあれば、第二包囲網で待機しているE、F、G、H班に分けられた後衛部隊が対処。

 また第三包囲網に詰める後方支援部隊は、これもまた各自、細かく指示された班に分かれて、万が一第一・二包囲網を抜け出してくる輩がいないか、第二~三包囲網周辺を巡回して警戒に当たる、または弾薬等の追加武器の運搬を担当。この作戦において大将を務めるおやっさんもここで待機し、随時もたらされる報告などを元に、兵士たちに指示を出すことになっている。

 そして、この作戦において最高戦力、もとい切り札である俺率いるシャノン隊とレノン隊はそれぞれA班とD班に当てられている。要は精鋭二部隊共に前衛に置いて挟み撃ちにし、出来るだけ被害を最小かつ迅速にことを終わらせろってこった。


 そうこうしているうちに、おやっさんの方も用は済んだようだ。


「何か異変があれば随時俺と別部隊への報告を忘れるな!各班もそうだ!戦況の報告を怠るな!先日配給した対バンパイアウイルスの特効薬を肌身離さず持っておけ!ここで奴らを確実に袋叩きにする!全員、最後まで気を抜くな!一匹残らず駆除するんだ!以上だ!解散っ!すぐに持ち場につけ!」

「はっ!」


 おやっさんの号令と同時に、作り物と見紛うほど、ものの見事に統一された動きで手を額に翳し、敬礼をすますと、兵士たちは勇み足で既に隊列の後方に用意されていたオリーブ色の軍用車に次々と乗り込んでいった。




 * * * * * *




鋸草アキレアの血】



 BLブラックリスト Lv2


 トータルメンバー 五十数匹(うちBLブラックリスト Lv1 一匹。RLレッドリスト Lv1~5 十数匹)




 * * * * * *




 三年くらい前だったか?ここ数年のうち、日本におけるバンパイアによる被害が急増したのは主にこいつらが菌をまき散らしてくれたおかげだ。

 バンパイアのくせに群れて行動し、拠点も転々としているために、奴らをここまで追い詰めるのはかなり時間を食った。第一次の時から数え上げれば、かれこれ十年近くもWCD俺たちは奴らと鬼ごっこしていることになる。


 俺の知る限りでは、これほどWCDがてこずる相手ってのはそうはいないだろうな。

 奴らの非常に厄介なところは、先ほども講じたようにまずバンパイアのくせに群れて行動しているところだ。

 通常のバンパイアは単独行動を好む。二、三匹でつるむことはあっても、組織として行動するという話は聞いたことがなかった。つまるところ、単独であれば討伐はしやすいし、被害も極力少なくて済むのだが、集団で行動する『鋸草アキレアの血』には生来、人間を圧倒的に凌駕する身体能力を武器とするバンパイアを討伐するのに最も単純かつ有効な策であった「数の力で押し切る」方法は通用しないのだ。


 加えてもう一つ。

 情報の撹乱。これにはWCDのお偉い共も揃って不意に氷水をぶっかけられたような反応をしていた。

 普通のバンパイアならこんな凝ったような策で人を襲うようなまねはしない。少なくとも、今までのデータからすればそうだった。そんなことするくらいなら、そこら辺に転がっている一般市民を襲った後、すぐさまドームの外に逃げ込んだ方が早いしな。

 だが、いちいちWCDこちらに伝わってくる情報を操作されてたら捜索のしようがない。顔写真の一枚もないから手配書を出して注意を呼び掛けることも出来ねぇしな。それ以前に、束になったバンパイアにごく一般の警察集団が相手に出来るはずもねぇ。

 全く、厄介なことこの上ない連中だ。おかげで今回の討伐作戦にはWCDの本部の新生種特別調査部NSDや俺率いるシャノン隊の一部の隊員まで動かされるんだから大したもんだ。


「シャノン准将!」

「あん?」


 兵士たちが餌を運ぶ蟻の如くクルクルと忙しなく動き回る様を眺めていると、NSD本部直属特殊部隊第三隊隊長で、この作戦において俺と同じくギャスト中将の補佐官を務めているディアクリシス・レノン大佐が駆け寄ってきた。


 ようやく隊列が崩れたこともあり、もういいだろうとばかりにこの暑っ苦しいコートを脱ぎ捨てる傍らに、一応官位は俺の方が上ということもあってか、レノン大佐は慇懃な仕草で敬礼を決めてから声をかけてくる。

 そんなディアクリシスを横目に、俺はついでとばかりにジャケットも脱ぎ、ネクタイを取ってからさらにシャツのボタンを上三つほど開けるといったラフな格好を辺りに晒すが、レノン大佐は大して気にする様子は見せなかった。

 ホルムがこの場にいたら、体面ががどうとか礼儀がなってないとかうるせぇんだろうなぁ……。


「何だよ?」

「これから兵の点呼を取りますので、シャノン准将もそろそろお車にお乗りください」

「あー、分かった」

「では特殊部隊のものはあちらの方になりますので、ご案内いたします」

「んー」


 この暑さに完全に参ったせいでこの場の空気に似合わず、気の抜けきった返事をしながら俺は真面目くさった顔つきで報告してくるディアクリシスを通り過ぎ、階段を使うことなくゆうに高さ2mはある足場台の上から飛び降りた。

 さして高いとは言わないまでも、まさか足場台から飛び降りるとは思ってみなかったのか、背中越しにディアクリシスの驚いた反応が伝わってきた。


(あー、やっとこの時がきたかー。結構長かったな)


 伸びかけの顎髭を擦りながら気ままに歩を進めつつ、俺はちょっとした感傷に浸る。

 第二次討伐作戦で完全に殲滅出来なかった『鋸草アキレアの血』の残党の追跡から今日まで約四年の月日が流れた。

 先程も話した通り、実に面倒臭いかつ厄介な奴らはこの四年もの間に第一次に次ぐ第二次討伐作戦によって衰退した勢力を再び盛り返し、今やその二度の作戦時よりも強大な組織となっている。


 と、ここまで説明したはいいものの、余談ではあるが実を言えば、俺が『鋸草アキレアの血』と対峙するのは今回の作戦が初めてのことであり、つい先日までは別件を担当していた。

 とはいえ『鋸草アキレアの血』の話は小耳には挟んでいたし、BLブラックリストRLレッドリスト入りのバケモンがうようよしている集団を相手にすんのはおもしろそうだという程度の関心はあったから、ちょっとした情報は部下や友人から聞き出したりしていた。……まさかそのせいで半ば無理やり急遽こっちに回されるとは夢にも思わなかったけどよ。


「シャノン准将、こちらですっ!」

「あー、わりぃ」


 時折道を間違えてその度にディアクリシスにシャツの袖をひっぱられ、最終的には半ば引きずられるようにして特殊部隊とシャノン隊の車の元へとたどり着くと、俺は急かされるがままその狭い入り口に2m越えの巨体を捩じ込ませる。

 いやー、もうちょっと俺みたいに体格のデケェ奴を考慮した作りにしてくれないもんかね?

 一般車両ならともかく、軍には俺くらいの体格の奴はごまんといるんだからその辺工夫してくれたって良いじゃねぇの?


 中はごく一般的な軍用車両と変わりなく、兵士たちはそれぞれ左右一列に並んで備え付けの簡易長椅子に座っていた。

 彼らと同様に空いていた席にドサッと無造作に座り込み、俺は一息ついて、いつもの癖で車内外ともに周囲の様子をさりげなく気配だけで伺えば、だいたい、俺が乗っている車だけでも約十五人分の『気』が感じられた。この事から、特殊部隊専用の車はこれを除いてあと二台あるから、総勢五十人ちょっとといったところ、というのが察せられる。そのうちレノン隊と俺が連れてきたシャノン隊の隊員がそれぞれ五分五分くらいの割合だな。


 やっぱNSDの特殊部隊ともなると気配からしてそこら辺の兵士たち雑魚とは格が違う。流石だ。

シャノン隊俺らの出る幕無いんじゃねーの?)と思わないでもない。だが、そうやって余裕ぶっこいてたから過去二回の討伐作戦で痛い目見ちまったもんで、こうして急遽シャノン隊俺たちが強制的に作戦に織り込まれる事態に陥ったわけだが。

 レノン隊こいつらも、それなりに自分たちがどういった立場に立たされているのか理解しているようだ。

 俺の真後ろにいる奴は自分の武器であるサーベルの切れ味を入念に点検し、刃こぼれ一つないか調べている。またその隣に座っている奴はこれからの戦いに備えて精神統一のために瞑想なんかもしている。

 もう後がないって感じだな。―――――でもよぉ……


(あー、居づれぇ)


 異常なほどの無言の圧迫感を撒き散らしているレノン隊の様子を端から見ていると、なんだか未だに緊張感というものを全く感じていない俺がどうかしているように思えてくる。


(やれやれ。主力がビビッててどーすんだよ)


 口にはしないものの、これでは今後が思いやられると、俺はこっそりとため息を吐いた。


「では、点呼を取り終えたので、出発いたします」


 点呼の確認を終えたレノン大佐の言葉と同時に車の扉が閉じられる。それからしばらくしてエンジンがかかる音がしたかと思うと、ガタゴトと車体が揺れ、車が動き始めたのが分かった。


「シャノン准将」


 不意に左隣から中性的で澄んだ水を彷彿とさせる色をした小声が俺の名を呼んだ。

 『鋸草の血』奴らを閉じ込めた第2包囲網まで5㎞は離れている。第一包囲網まではさらに1㎞だ。この神郷町の道は少々入り組んでおり、ちょっとばかし目的地までは時間がかかる。俺はこの隙間時間を有効利用しようと仮眠を取ろうと閉じていた瞼をうっすらと開け、声の正体を見やれば、シャノン隊副隊長のホルム・ゲンダが生真面目さを体現した面持ちで俺を見つめていた。


 幽艶。

 この言葉はまさしくこいつのために存在しているのではないか、と時々思う。そんなことを真正直に本人に告げたりなんかしたら速攻死刑だろうから言わねーけど。

 山百合のように美しく、透き通った白い肌に不純物のない氷を思わせるスカイブルーの瞳を持っており、ハーフアップで決めている青灰色の髪は毛先が少し跳ねている。その華奢な容姿から相手に侮られることも多いが、常に冷静かつ毅然とした態度で戦場に挑むその雄姿を知っている者からすれば、こいつは大佐の階級と俺の補佐役を全うするに十二分に値する実力を持っていることは、周知の事実だった。


「どうした?」

「先程、本部から連絡が。無事、ガスト海賊団の案件は完了したようです」

「あー…さいですか。……チッ」

「『チッ』じゃないでしょうよ。いくら仕事横取りされたからって、ガキみたいにすねるのはやめてください。BLブラックリスト入りの海賊団が一つ討伐されたんですから、少しは喜んで見せたらどうです?」

「べっつに拗ねてなんかいねーよ。俺が事に当たってたんだから、出来て当然だっつーの。後任もハジャが担当だったんだからなおさらだ」


 そう言ってフイとそっぽを向き、それからこれみがよしに大きなあくびを一つ吐き、眠いとぼやく。


「ちょっと、車内でいびきかかないでくださいよ?」

「知るかよ。かきたくてかいてるわけじゃねーんだ」

「爆睡すんなよっつってるんです。普段から隊員たちには体調管理にうるさいくせに、何ですか、その醜態は?」

「忙しかったんだから仕方ねーだろ。いきなりオートジボードから日本に向かわされた挙句に連日連夜で会議だの追い込み作業だので寝る暇なかったんだからよ」

「いや、あんた会議中はひたすら菓子食うか寝るかのどちらかだったでしょうが」


 即座にホルムは慣れたように鋭い突っ込みを入れてくるが、そこは無視だ、無視。


「あと、だらしないのでジャケットはまだしも、ボタンとネクタイはちゃんとしていてください」

「オカンか、お前は」

「貴方がちゃんとしないからですよ」


 そう言って神経質そうに黒渕眼鏡を指先で押し上げながらホルムは、はぁ、と疲れたようにため息を吐く。


 くそっ、美形だから様になってんなー。


「ったく、分ぁったよ」


 最終的に、ホルムの言う通り、俺は服装をそれなりに正し、不必要だと判断したコートとジャケットをホルムに放り投げるようにして手渡した。ホルムはそれを手慣れた手つきで畳直し、クリーニング屋に出した直後の状態にも見えなくもないそれを膝の上に置いた。


 ふあぁ~あ。眠てぇ。


 大きくあくびを吐くと、俺は重力に従って本格的に重くなり始めてきた瞼を下ろす。


「着いたら起こしてくれ」

「いびきかいたら即、叩き起こしますからね?」


 だぁ――――――!!もう、こいつ、うるせぇ!


 俺は「うるせぇ」と煙たそうに呟くと、不貞寝と言うか、仮眠と言うか、どちらとも取れる眠りに落ちていった。

 遠くではまたホルムが俺に釘を刺すようなセリフを吐いているように聞こえんでもないが、もう知らん。

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