第15話 魔王との晩餐


「なんか人の気配がしませんね……」


<イロアス号>と同型っぽい<サタナス号>だが、夜の校舎の次くらいには静かだった。ごめん夜の校舎なんて入ったことなかったわ。ただ、自分の足音が遠くまで響いていく感じはする。


「乗船しているのはパーティーの参加者のみですから」


 貸し切りらしい。<魔王>専用っぽいから普段もそうかもしれないけど。


 っと、そうだ。

 今のうちにちょっと、いやかなり気になることを聞いておこう。死活問題を……。


「あのー……あれから引きこもってたんで知らないんですけど、<魔王>の一人が倒れたことが噂になったりとかは?」

「現在その事実を知っているのは<魔王>のみです。<勇者>及び各国への伝達は、このパーティーの後を予定しています」

「……そう……ですか」


 今はまだ大丈夫。でもやっぱり伝達はされちゃうのか……。


「色々と動き出しそうな気配がして楽しみですね?」


 いやいや全然楽しみじゃないですよ。テスト期間の次くらいにその日が来てほしくない。


<魔王>打倒とその下手人が伝えられたら、待ち受けているのは真っ暗な未来しかない。避けられる、利用されるくらいならまだいい方だ。下手しなくても消される可能性がある。<魔王>と同格と思って手出しを控えてくれたらいいが、殺れるなら殺れという指令が下ることは想像に難くない。


 少なくとも現物を確かめようとするだろうし、確かめられたが最後、俺の雑魚っぷりが明らかになってしまう。ああもう引きこもるしかない。引きこもるにしても小夜頼み、小夜がいなければ詰む……。


「物思いに沈んでいるところ申し訳ありませんが――着きましたよ」


 俺たちはいつの間にか扉の前に立っていた。


 クリュテイアの手で――直接は触れていないため何らかの超常的な力だろう――ホールへの扉が開かれた。


 * * *


「ようこそ。私たちはあなたを歓迎します」


 中へ招き入れられる。パーティーは立食形式のようだ。といっても、規模としては小さい。テーブルも三つが用意されているのみだ。出席している<魔王>も五人と、半分以下。


「……来てない<魔王>には歓迎されていないと?」


 おっとやべえ。考えたことをそのまま言っちまった。


「そうとも限りませんよ?」


 幸いにも相手は気分を害することはなかったようだが、寝不足+ネガティブシンキングはバラマキ政策の次くらいに弊害が大きいな……。


「ただの引きこもりであったり、日本語を介さなかったりと、欠席の理由は様々でしょう」

「なる、ほど……」


 ただ、歓迎していない<魔王>がいることは否定しなかった。


 五千人にいる<勇者>の年間死亡率は二十パーセントだ。つまり一年間で死ぬ<勇者>は千人。一日につき三人。二日に一組のパーティーが全滅している計算になる。その中の何割が<魔王>の手によるものなのだろうか。二割程度か、五割に達するのか、八割にも及ぶのか。


 俺は、八割説を推す。


 シュンさんから聞いたところによると、<勇者>パーティーは一年目~五年目あたりまでが満遍なく在籍する構成がスタンダードなのだそうだ。課題を上級生に任せる形にして、討伐に失敗する可能性を抑えるために。


 五年目以降は課題に指定される魔物は巨大化して討伐が困難になるが、最上級生の課題をそのパーティーだけでこなす必要はない。最上級生と同期の<勇者>に臨時メンバーとして加わってもらうことにより、戦力不足を解消すればいいのだ。


 最弱の魔物がライオン並みとかバランスの悪さは目に余るものの、ここまでノウハウが蓄積されていれば、よほどの下手を踏まない限り、そう簡単に『全滅』なんてするものか。


 しかし、八割が<魔王>の手によるものだとすると、<魔王>エリザベートだけでは手が足りない。いや、三日に一パーティーくらい狩ればいいので足りなくはないのだが、流石に暇すぎる行いだと思う。他にも彼女と同じことをしていた<魔王>がいても不思議はない。


「少なくとも今日ここにいる面々で、あなたに敵愾心を抱いている者はいないはずです――断言はできませんが。そもそも本当の意味での<勇者>の敵、<魔王>は私だけですから」

「え……?」


「<七日間戦争>においても<エラスティス>においても、私以外の者は外部協力者に過ぎないのですよ」

「……あなたが、中心になったと?」

「ふふ――……それ以上、ですよ」


 少女の外見をした<魔王>の微笑。ああ、それは確かに、エリザベートをして狂人と言わしめるだけの異常性が籠もっていた。『クリュテイアだけ』『狂人だけ』――あのヒステリックな叫びはきっと正しいのだ。


 少なくとも目的面において、クリュテイアは孤立している。孤立していてなお、超常の存在である他の<魔王>たちの協力を得ている。きっと、協力せざるを得ないほどに――……。


「ですから、ここでは皆との交流を楽しんでいただければと思います」


 状況的にはごくごく自然なその言葉に鳥肌が立つ。クリュテイアはこう言っているのだ。ここにいる<魔王>と組んでかかってきても構わない、と。


 ああだが、文字通りに受け取ればパーティー開始の宣言に他ならない。


「ねェねェねェ、それがエリーを斬った武器なの? 刀? 見せて見せて見せて?」


 なんか突撃してきた。くたびれた白衣を着た女性が。


「え……ええっと……」


 近い近い近い。キスをする男女の次くらいに距離が近い。


「ウル、他人の秘匿技術を暴こうとするのは失礼ですよ」


 クリュテイアが白衣の襟を掴んで、引き離してくれた。ネコか。


「えー、持ってきてるからいいのかなって……じゃあ、ボクも見せるよ。ねェねェ、何か興味あることはない?」

「せめて自己紹介してからになさい。相手が知っているとしても非礼でしょう」


「あ、うん。ボクはウルギア、よろしくー。見せて?」

「見せてと言われても……」


 俺が抜いたらダメだ。斬りかかってしまう。この場で全員ぶった斬れば<勇者>のお役目半分くらい終了だが、さすがにそんなことができるとは思えない。


 小夜は平気だったけど、<魔王>も同じように持っても平気なのだろうか。こちらも試す気にはなれない。俺みたいな雑魚が持ってすら<魔王>の一角を崩せた刀だ。<魔王>が持って暴走したらどうすんの。


 ただ、すでに<ムラマサ>で<魔王>を斬ったことを知られている以上、<ムラマサ>を秘匿しておく意味はない。警戒していれば対応は簡単だ。抜く前に俺を潰しちゃえばいい。<魔王>エリザベートにしたって、変な余裕やら嗜虐心など見せずに<剣虎>を一掃してしまえば死ぬことはなかったのだ。


「致命的な問題があって……」


 なので、俺は<ムラマサ>の妖刀っぷりを説明した。


「こーわー。でもボクの推測通りなら大丈夫のはず。エリーの分を吸ってたとしてもねっ」

「う、うーん……」


「あなたが構わないなら。ウルが暴走したら私が責任を持って処分します」


 ちらりとクリュテイアを窺うとそんな言葉が返ってきた。こーわー。


「じゃ、じゃあ……どうぞ……」


 俺はかなりドキドキしながら<ムラマサ>を差し出した。お役目的にはちょっと許されない行為だが、すでに一度小夜の手に渡ってしまっているので今さらだ。それに、試金石であるとも言える。


「どもどもー。んしょっ、と!」


 ウルギアはたぶん俺とは違った意味でドキドキした様子でそれを受け取ると、寸毫の躊躇も無く引き抜いた。


「う、うわーうわーうわーっ! すごいすごい、すっごいよこれーっ! 魂がこもってるよ! 本物だよ! インテリジェンスウェポンだよッ!」


 どうやら正気を保っているらしい。いや、うん、正気が正気なのかはちゃうちゃうちゃうちゃうちゃうの次くらいによくわからん。けどまあ、これで<ムラマサ>の使い手になれる者が存在することが証明されたわけだ。


「ねェねェ、これって誰が作ったの?」

「刀匠ですよ、たぶん戦国時代の」


「センゴク……?」

「織田信長とか、豊臣秀吉とか、そのへんの時代ですけど……」


「おー、オダッ! プリンセストヨトミ! 知ってるよ! へー、そんな時代にねー……作り方は? 作り方は伝わってるの?」

「いやそれはさっぱり。俺の家は使い手とか守り手であって、作り手じゃないので」


 よしんば当代が製作法を残していても、妖刀の作り方なんぞ、どこかで廃棄されたに決まっている。


「うーん……そっかー。なるほどー……じゃあこれ、もうオーパーツ認定してよさそうだねっ! たぶん最新のオーパーツだよ!」

「ああ……現代科学でも製作法やらが不明な遺物のことですか?」 


「あ、興味あるー? そりゃあるよねー? こんなの持ってたらそうだよね? じゃあそうしよう。今度ボクのを見せてあげる。それがお返しってことでいいよね?」

「ああ、いや……」


<ムラマサ>がオーパーツというのには同感なのだが……。


「ウルはその手の遺物の収集家であり研究者ですから、有益な話を聞けるかもしれませんよ」

「そゆことそゆことー。ほい、これありがとねー」


 スムーズに納刀された<ムラマサ>が戻ってきた。


「むぅ……や、やるなお主……」


 小夜よ、自分が失敗したからってそんなとこで感心してどうする……。


「でもちょっと見ただけだから、あとでまた調べさせてほしいなー。このあとひまー? ひまだよね?」

「暇などないぞ? ムラマサは我の狩り友じゃ! 今日も明日も明後日も狩りの予定で埋まっておる!」


 お、おい……せめてペース落とさないと。俺じゃお前の闇についていけないぞ。


「えー? でも専門家がちゃんと調べたほうがいいと思うんだよねー」

「ふん、専門家とは片腹痛いのぅ。我はその刀の作り手と会うたことがある。<ムラマサ>については我の方が詳しいのじゃ! よって主など不要――」


「えッ!? えええ? なにそれくわしくっ!」

「うぬっ!?」


 小夜が食いつかれていた。そんなこと言えばそうなることは明白なのに……たぶん微妙に話聞いてなかったんだな。結局――後日二人でウルギアの元を訪ねることになった。


「おかしいな……まだホールに入って一メートルも進んでいないのに……」


 この疲労感は一体……あ、ほとんど寝不足とエンドレス周回のせいだったわ。

 ちなみにウルギアは俺たちと話した後、そのまますれ違ってパーティー会場から出ていった。


「ウルはかなりの変わり種ですから」

「あなたもかなりのモノだと思いますけど……わかります。というか、見ただけでだいたい判別つきますから」


 まだ言葉を交わしていない四人はパーティーに相応しい装いなのに、ウルギアは白衣だった。新品ならまだわかるが、使い古しとか本当にビックリするほどの次には論外だ。その点では魔法使い系ローブ姿のクリュテイアもいい勝負をしている。どちらも職業的正装と考えられなくもないけど……。


「あなたも相当に奇特な方ですよ。面と向かっておかしいと言われたのはさて、いつぶりでしょう――」

「いや、おかしいとまでは……」

「冗談です。さ、他の四人も紹介しましょう――」


 そうして、<魔王>との晩餐が執り行われた。

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