第7話 遠征出発


 一人特訓では芳しい成果は得られなかった。


 ちょっと話したところ、同じ新人組のケイスケとリュウも似たようなもんらしいので気にはしていない。小夜からもらった魔石三つ分のアドバンテージとは一体なんだったのか。邪馬台国の所在の次くらいには謎である。


「全員揃ったことだし、そろそろミーティングを始めるよ」


 副リーダーのシュンさんがボードの前に立った。


 ちなみに場所はリーダーであるユージさんの部屋だ。持ち主がレナさんの部屋に入り浸りの半同棲状態なので、主にミーティングルームとして利用されているらしい。リア充って電子レンジに放り込んだら卵の次くらいに綺麗に爆発しそうだよな。何言ってるのかわからないと思うが、とりあえずそれを知ったケイスケとリュウは血の涙を流していた。俺はたいした思い入れはなかったので、さすがだ、とレナさんの女子力に感心したくらいだ。あと、暁藍莉嬢も<勇者>として島に来たら吊り橋効果で彼氏できるんじゃね、と思いました。


「今期の課題――残りはユージ、僕、タダノブ、ミサの指定魔物の討伐だ。倒すべき魔物が指定される場合、その魔物の生息域はだいたい決まっている」


 明らかに常識的な内容なので、俺たちピカピカ一年生に対する説明だ。気を取り直して、真面目にいこう。


「倒さんとあかん魔物がどこにおるかわからへんかったら、軽く悪夢やろ?」


 タダノブさんの言うことはもっともだ。それでは理不尽すぎる。


「でも、生息域が離れてたら、パーティー的には似たようなもんじゃないですか?」

「せやせや。島の北西と南東とかになってまうと、めんどいでぇ」


 魔物は島の中央部に近づくほど強くなる。そのため、目的地がよほど特殊な地形でない限り、必要な狩り場へは外縁部からアクセスし、狩りを終えればまた外縁部へと戻るのが基本となるらしい。必然的に移動距離が伸びてしまうわけだ。


「パーティーを分けたり、他のパーティーと討伐カードを融通し合うこともあるよ。三ヶ月あるわけだから、全員で動いても間に合うけどね」


 島は縦横三百キロ。一日三十キロ歩けば、一ヶ月ほどで一周できる。理論上は。


「長期間の遠征なんてロクなもんじゃないわよ? 埃っぽいわベトつくわ臭くなるわでね。知ってる? 人間って汚れると尊厳ってやつがだんだん剥がれてくのよ」

「はは……まあ、日本人的には一日の終わりには風呂に入ってすっきりしたいですよね」

「まったくだわ……」


 ミサさんはうんざりしたような表情だ。


 自分だけのサバイバルなら自分の匂いなんかあんまり気にならないが、仲間と一緒にとなるとな……ゲームではカットされている現実がここにはあるのだ。


「そんな理由もあって、遠征が長引くほど集中力や緊張感の持続が困難になっていくんだよ。狩りはできれば日帰り、せいぜい二泊三日程度が望ましいね」

「ちゅうても、そういう狩り場はさすがに混んどるしなぁ……」


 課題関係なしで狩りに行くなら、一週間くらいの計画になるようだ。


「今期は幸いなことに、遠征は一度で済みそうだ」


 シュンさんが討伐目標である魔物について説明をする。


 三年目のタダノブさんは大口獣。そのまんまな姿なので見ればわかる。大きさは黒獣の倍程度。動きは遅めだが、下手に攻撃するとバックンと攻撃ごと飲み込まれ噛み砕かれる危険がある。


 同じく三年目のミサさんは沼アナコンダ。沼に住んでいる巨大な蛇で、毒は持っていないが絡みつかれると超危険。通常の攻略法としては沼からおびき出す感じ。


 四年目のシュンさんはミノタウロス。有名。あまりにも有名。彼らに与えられている武器は斧や棍棒、槌など。三メートルほどの巨体から繰り出される攻撃は破壊力満点。


 この三人は、指定された魔物をそれぞれ三体ずつがノルマだ。


 そして、六年目のユージさんは、テント喰らいのワームを一体。テントぐらいの大きさのワームではなく、夜営中のテントを丸呑みにしてしまうほど巨大なワームらしい。


 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。


 ワームってミミズ型の生物ってことでしょ。テント丸呑みに必要な口の大きさを直径三メートルとして、体長はその十倍。それはもう電車がのたくって襲いかかってくるようなもんじゃないか。


「当然だけど、ユージの討伐目標が一番危険だ。他の三人の課題を済ませた後、万全の体勢で挑むという選択肢もある。ただ、一年生以外は知ってると思うけど、六年目の討伐目標ともなると僕たちではおいそれと手が出せない。基本的には生息地の外に留まって、遠間から見ているだけになる」


 引き返すメリットは少ない、か……。


「ムラマサくんに出てる占いもあるからね、慎重に動くのは間違っていないとは思うけど……」

「その占いがほんまなら、いっちゃん危ないんはユージが討伐してるときのわいらやろ。ランク五以上の魔物に襲われたら実際かなりやばいで」


 魔物は討伐目標に指定される年度に合わせ、ランクが付けられている。三年目の課題に出る魔物はランク三だ。ランク五は五年目の討伐目標。そして、ランク五から討伐難易度が跳ね上がるらしい。


 ランク四までの魔物はランク一の黒獣を倒せる攻撃であれば討伐可能だが、ランク五以降はそれが困難になるためだ。魔物が巨大にる、硬くなる、速くなる、空にいる。そんな理由でもって。


「今回の遠征で最警戒すべきポイントはそこだよね。ユージには悪いけど、安全地帯が見つかったら目的地から多少遠くてもそこで待機することになるかもしれない」


「ああ、そうしてくれ。ワーム系は地中から来るのも多いしな、初手でそっち行かれると困る」


 リーダーを一人で戦わせることになるが、強敵相手には一人の方が戦いやすいこともあるのは経験がある。ゲームでな……。


「荷物は少し多くなるけど、一回で済ます方向でいこうか」


 雰囲気は賛成一色。俺も異論はない。


 不気味さは否めないが、占いを気にしすぎるのも健全じゃない。占いが当たったかどうかなんて結局は個人の主観だ。大抵の占いが多くの事象を網羅する曖昧な表現を使うのはそのためだ。些細な出来事を占いの結果に結びつけさせ、当たったと思わせればしめたもの。あなたは宝くじに当選しましたメールの次くらいにタチ悪いな。


 そういえば暁藍莉嬢の占いの有効期限はいつまでなんだ。一ヶ月か、一年か。強いパーティーに入った場合、無期限に適用されるとかだったら、ユーアーの次くらいにショックなんだけど。もしくは俺が強くなり、自分中心のパーティーを組んで、強い認定されたらどうなるのか……。


 やっぱ警戒してもどうにもならなそうだ。占いというより呪いの領域だぞもはや。


 * * *


「おーし、出発だ!」


 翌朝九時、<剣虎>はリーダーの号令でもって、出立と相成った。


 隊列は前列に黒獣の迎撃を担当する三年生のタダノブさんとミサさん。その後ろに地図を持った四年生のシュンさん。二年生のレナさんとアヤトさんと続き、四列目に荷物を背負った俺たち一年生トリオ。そして最後尾に、俺たちの倍以上の大きさのリュックを背負い、左右の手にもでかいバッグをぶら下げたユージさんがいる。


 この隊列は外縁部の移動用で、それぞれの狩り場へ向かうときはユージさんに代わって二年生が荷物持ちになる予定だ。

 あと、荷物持ち以外のメンバーも完全な手ぶらというわけじゃない。最も重要な物資である水は全員が背負っている。


 出発から二時間ほどで、他の<勇者>パーティーの姿が疎らになった。逆に言えば、同じように遠征に出たパーティーが見えているのだが、互いに自然と距離を取り合い、近づくことはしない。これは別国籍の<勇者>だから警戒しているというわけではなく、暗黙の了解というやつらしい。


 街の外で共に行動する人数は十人以下が望ましいためだ。二十人、三十人とまとまれば戦力は増強されるが、危険な戦闘に遭遇する可能性も増すのだという。そこにはいないはずの上位ランクの魔物が現れたり、複数の魔物が同時に襲いかかってきたりすると。それは占いやら印象論ではなく、統計的にそういう傾向が出ているそうな。


 先人の知恵と犠牲に敬礼しながら歩を進める。けどこれ、事前の練習がなかったら三十分おきに休憩したくなってたな。食料やら何やらが詰まったリュックが重すぎる。


<勇者>パーティーの密度が下がったことで、戦闘も時折発生するようになった。といっても単体で出現する黒獣なぞ、<勇者>経験三年目の先輩方の敵じゃあない。


 俺たちを見つけて接近してきた黒獣との距離が二十メートルほどになったとき、タダノブさんが攻撃。


 雷の網――明滅する光が黒獣を捕らえ、電流と熱で内部から絶命たらしめる。


「漢ならやっぱ雷使って雷速を狙うべきやろ?」


 というのが雷使いのタダノブさんの主張であった。それが可能なのはともかく、雷が魔物に通用するというのは意外感があった。<魔王>が作った人工生命体はかなり優秀な造りらしい。


 もうひとりの三年生、ミサさんは近接戦闘派。具現化された灼熱の穂先を持つ長槍は、攻撃箇所を炭化させるどころか瞬時に蒸発させる。そりゃ汗も掻くわと言いたいが突っ込んではいけない。それはさておき、そんな攻撃法を持つミサさんの前では、噛みつき攻撃が基本の黒獣なんぞただのカモであった。


 戦闘をこなしつつも立ち止まることなく一行は進む。


 遠征は万事順調――とはいかなかった。おやつの時刻を回り、俺と同じ荷物持ちたるケイスケとリュウのペースが目に見えて落ち始めたのだ。


「――よし、いったん休憩にしよう」


 もっとも、新米の体力不足は織り込み済み。それを把握するために日帰りの狩りでも、遠征時と同じ荷を背負って不要なほどに移動したのだから。


「はぁ、はぁ……すいません」

「もうしわけ、ないっす……」


 二人はインドア派だったみたいだしな。しかもただ歩くだけじゃなく、三十キロほどの荷を背負っている上、常夏の緯度だ。軍隊や消防隊の訓練経験者でもなければ、最初はきついに決まってる。


「ムラマサくんは平気かい?」

「部活動はしてませんでしたけど、アウトドア派なもんで」


 木々が生い茂る人気のない森が主な活動の場だった。日が暮れたらインドア派になるが、肉体の強化度でインベタが幅を利かす道理はない。アウトインアウト一沢だ。あと、気絶寸前の限界状態までやらされるじいちゃんのスパルタ稽古のおかげだな。意識があって体が動くなら余裕がある証拠ってなもんで、だから今はまだまだいけるという感覚がある……一週間後はヒイヒイ言ってるかもしれないけど。


 それぞれ水分とミネラルを補給し、三十分ほどの休憩の後に再出発となった。


 外縁部を移動して内地へ。

 なるほど正しい。


 島の外縁部はサバンナ的な見通しの良さだが、内側へ目を向けると森あり岩山あり沼ありと、行軍が難しい地形になっている。ここから見える景色などまだマシで、内部の区画に進むとさらにヤバイことになるらしい。灼熱・極寒など気象変化が起こったり、果ては重力にまで変化があるとか。さすがに十倍なんてことはないそうだが、それでも人知を越えた魔境であると言えよう。


 しかしそんな厳しい環境も初心者お断りという意味合いでしかないそうだ。ユージさんくらいの<勇者>になると、地形の変化は元より、五十度くらいの気温変化や数倍程度の重力の差など屁でもなくなるという。事実、ユージさんの肌はあまり灼けていない。二年生と比べると、レアとウェルダンの次くらいに焼き加減に違いがあった。


 俺もそんくらい灼けるのか……ミカンの次くらいには簡単に皮が剥けちゃう体質なんだけどな。やだな。

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