第5話 狩りに武器は必要ない


「ただいまー……って、俺しかいないんだけどね」


 カードで電子ロックを解除。電子ペットでも飼うかなーと思いつつドアを開ける。


「うむ。待っておったぞ、ムラマサよ」


 明るい光と声がお出迎えしてくれた。あるぇ?


「ここっ、ここ俺の部屋なんだけどっ!?」


 学校に隣接した区画に建てられた寮の一室だ。寮といっても寮という言葉で思い浮かぶ部屋の三倍くらいは広い。独身貴族御用達一LDKのマンションくらいはある。それでも一部外国人は狭いという感想を持つそうだが、ともあれ風呂トイレ完備の快適な部屋が<勇者>一人一人に与えられている。


「うむ。お主の部屋じゃな。故に我はここで待っていたのじゃ」


 相変わらずセーラー服スタイルの小夜は自信満々に言い放った。


「へーそうなんだー……って、ちょっと待て。その論理はおかしくないか?」

「ここはお主の部屋ではあるが、この部屋はお主の所有物ではない。よって出入りは原則自由なのじゃ。中に入って待っておっても何の問題もなかろう?」


 考えてみるとその通りではあるんだけど釈然としないな……。


 あと、俺は荷物を置いた後ちゃんとロックして出てきた。というかドアを閉めると自動的にロックがかかるので疑問の余地はない。なのに小夜が入り込んでいるというのはどういうことだ。船室の風呂やトイレについてた鍵とはセーフティ力が違う。ピッキング的な犯罪行為が不可能な電子ロックだ。あれか、どの部屋のドアも同じ鍵で開いちゃう素敵仕様にした大家さんでもいるのか。割と真剣にどうやってるのか知りたい……。


「それに約束しておったではないか」

「まあそうだけど……夜からじゃなかったっけ?」


 部屋の真ん中に積まれた引っ越し用の箱ケースの上に、ビニールに包まれた服を置く。


 説明が一段落した後、連れ立って防具を仕入れた。新人が放り込まれたこの時期は需要が半端ないため、制服のように画一的なデザインの支給品を受け取っただけだけど。


 そのまま交流に勤しんで夕食後に解散した。今は午後七時半。


「暗くなったら夜じゃ」

「なるほど……一理あるな。そんで明るくなるまでが夜だと言いたいんだな?」

「…………」

「おいこら目を逸らすな」

「ま、まあそんな細かいことはどうでもよいではないか」


 やばいなこいつ。また完徹させるつもりか。


 明日から早速狩りに行くことになっている。現実の狩りだ。戦う必要がない荷物持ちではあるが、だからといって寝不足フラフラ状態でいいはずもない。


「ほれほれ、さっさと征こうぞっ」

「へいへい……」


 荷物整理もしてないっていうのに……。


 携帯ゲーム機と充電ケーブルをスーツケースから出し、小夜の対面に座る。


 床や窓とは違い、テーブルとイスは新品で、世間一般の和尚さんの頭部の次くらいにはツルッツルだった。ああ、この部屋に前に住んでた奴は死んでるんだよな……不動産的にはモロに曰く付き物件じゃないか。曰く付き物品で慣れてなかったら寝苦しい夜を過ごすことになったかもしれない。


 ……今日は寝れない夜だから関係ないけどね。


「……――なあ、小夜」


 一狩り終わって、剥ぎ取りタイムに入ったところで話しかける。小夜はまだ自動剥ぎ取りの方が効率的なランクなので私的な話をしても文句を言われない時間なのだ。つまりゲームは私的ではないということなのだが……。


「なんじゃ?」

「パーティーには入ったのか?」

「……む?」

「<勇者>のパーティーだよ。課題っていうかノルマっていうか……魔物倒さなきゃ、落第するだろ?」


 ここでの落第は飛行機の墜落の次くらいに危険だ。イコール死といっても過言ではない。


「そう聞いておるな」

「他人事じゃないだろ……」

「む、我のことを心配しておるのか?」

「ぜ、ぜぜんっ」


 心配はしてないよ。ただちょっとこいつこのままで大丈夫かなと気になっているだけだ。


「心配は無用じゃ。今期の課題とやらはもう済ませておいたからの」

「だから心配してないから……って、は? 済ませたって……え?」

「おお、そうじゃ。お主にこれをやろう」


 小夜はどこからか取り出した青い宝石を三つ、テーブルの上に無造作に転がした。


「それ……って、<魔石>か?」


 ど、どういうことなの。鍵を無視する程度の能力で空き巣でもしてきたの? それとも本当に魔物を倒してきたの? しかも<魔石>のドロップは強い魔物を倒したときじゃなかったっけ?


 今さら感が半端ないが、もしかしてとんでもないのと知り合ってしまったのでは。


「あ……ありがたいけどさ、こういうのは自分で使わないと……」

「む? だからお主にやると言っておるのじゃが……」


「……それ使い方の意味間違ってない?」

「通貨のようにも使われると聞いておるぞ?」


 それは俺も知ってる。とある治療院の支払いが<魔石>のみだとか。


「物足りない狩り場に付き合わせておるからの、依頼料だと思ってくれればよい――おおぅ、龍玉ゲットじゃっ!」

「お、おめでとう……」


 小夜にとっては<魔石>よりゲーム内の素材アイテムの方がよほど重要らしい。価値観の違いとは恐ろしいな。香辛料百キロくらい持って中世にタイムスリップしたい……。


 依頼料が友達料に聞こえてもの悲しかったので黙って付き合うことにした。


 * * *


 寝不足の目って光に敏感だよなーなんて考えながら集合場所へと向かっていた。


 昨日というか今日というか微妙なところだが、幸いにも午前四時くらいに解放してくれた。<イロアス号>であんだけ付き合わされたのは、<勇者>業に精を出すとプレイ時間が少なくなることを理解していたからなんだろう。あいつの辞書に密室殺人という項目はなさそうだが、気を遣うという言葉は入っているようで何よりだ。睡眠三時間少々じゃ配慮力が低すぎるけどな。


 新人が加わった翌日――<勇者>のほぼ全員が街に揃っているということでさすがに人が多く、活気に満ちていた。人口密度的にはそこそこの繁華街くらいだが、大きな荷物を背負っている人が多いので光景としては山開きの日の登山口に近いかもしれない。


「……予想通りっちゃ予想通りなんだけど、けっこうイラッとするな」


 すれ違う人たちが生温かい視線を向けてくる。鼻で笑う奴もいる。名前がわからずリストに登録できないから、せめて顔を覚えておいた。くっ……死神の目さえあれば。


 多くの<勇者>たちはこれから狩りに向かうわけだが、ゲームなんかのそれと比べると立ち姿が明らかに異なっている。


 誰も武器を装備していない――。

 そのせいで明治時代に刀を差して歩く流浪の剣客の次くらいに目立ってしまっているわけだ。


 当然、集合場所にいた<剣虎>のメンバーにも訝しがられる。


「ムラマサくん、それ持っていくつもりなのかい?」

「ああ、はい。俺の守り刀なので」


 シュンさんの言葉に頷いた。


 俺の腰には一振りの刀がある。

 妖刀<ムラマサ>。


 この呪われた刀を余人の手に渡さないことが<村正>の名を持つ者のお役目だ。


 じいちゃんが還暦を迎えたところでその役目は俺が引き継いでいる。それでも持って帰ってはこれないだろう場所へ持ち込むのはどうかと思い、じいちゃんに相談した。結果、持っていけという話になったのでこうして持ち込んだのだ。


 責任重大といえば重大だが、信用とか信頼とは縁のない話だったりする。


 俺が死んでこの島に<ムラマサ>が放置されることになっても別にいいんじゃね、ということだ。打ちっ放しの次くらいに無責任極まる話だが、常時戦場のこの場所なら堅気さんに迷惑がかかることはない。


「現実の武器は役には立たないよ? 攻撃力不足だし、一回斬りつけたらたぶん刃が欠けて使い物にならなくなるからね」

「それなら平気ですよ。武器じゃなくて防具として持ってきてるんで」

「防具?」

「実はこれ、古代の超技術を用いて作られた刀なので、折れず曲がらず砕けないんですよ」


 ついでに言えば、溶鉱炉に突っ込んでも溶けない。いや嘘じゃないよ。


 余人の手に渡らないようにする――これすなわち破壊も是なのだ。概ね個人が試せる範囲内ではあれども、歴代の<村正>たちは<ムラマサ>を破壊できないものか試行錯誤してきた。結果は、こうして無傷で存在していることからお察しである。ちなみに俺も大槌でガツンとやってみたことがあるが手が痺れただけだった。加工して造られたのに今は加工を受けつけないという異常性。それは刀が妖刀に変化したことの証左と言える……かもしれない。


「冗談……というわけじゃなさそうだね」


 信じてくれるらしい。やっぱり副リーダーはいい人だ。あと大物だな。俺を馬鹿にして自分の世界や可能性を自ら狭めていた心の貧しい馬鹿とは違うのだよ馬鹿とは。あれ、これ俺も心貧しい馬鹿ってことか。まあいいや。


「冗談に命懸けてませんよ、俺は。それに俺一人で戦う状況にならない限り絶対に抜きませんから心配無用です」


「――おいーっす。みんな相変わらず早いな。新人諸君も感心だ」


「ユージが遅いんだよ」

「ん? 時間ぴったりだろ?」


「五分前行動。リーダーが最後じゃ示しがつかないよ?」

「いやー……ほら、あれだよ。遅れてくる方が大物っぽいからな。んがっ!?」


 色々ルーズっぽいリーダーが望月さんに尻を蹴っ飛ばされていた。


「くだらないこと言ってないで。ほら、さっさと準備するわよ」

「準備っても今日は日帰り予定じゃないか……手ぶらでいいだろ」

「それじゃ予行演習にならないでしょ。まったくもう……」


 副リーダーとは違う意味で大物だ。大雑把とも言う。けど大それたコトをやってのけそうなタイプというか、こういう場所ではきっとその手の人間の方が強いんだろう。


 食料以外は遠征時と同じだけの装備をして、新人にとって初めての狩りに出発することになった。


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