episode 3 接続《コネクト》
「オオカミが来た」の繰り返しに、あまりにも慣れすぎていた――。
空が危機に遭遇する15分ほど前。
"ALERT"の文字が躍る巨大なスクリーンを前に、指令所の一番高い席から立ち上がったまま、高瀬川麗子は険しい表情で自分の頬をつねった。
「とうとう待ちに待った一番客のご来店か」
その椅子の背もたれに、やたら馴れ馴れしい口調の男――八坂伸也が寄り掛かった。
「ええ……絶対に来てほしくなかった、招かれざる客よ」
ユーモアにユーモアで返しつつも、彼女の声にはふざけないでと言いたげな苛立ちがこもっていた。
「避難警報の発令が遅れた……私が判断を迷ったせいだわ。てっきりいつもの偵察かと……」
「来ちまったもんは仕方がない。問題はこれからだ。まだ時間はあるんだろ?」
八坂に励まされた麗子は自分を責めるのをやめ、目下の下士官に向かって声を張り上げた。
「都市空間までの到達予想時間は?」
「残り914秒、約15分と推定。現在の深度60。なおも降下中」
地下京都市は地下300メートル以上の大深度にあり、その天井は数十層の超高硬度鋼とセラミックの複合装甲で防御されている。しかし1体とはいえ圧倒的な攻撃能力をもつ敵性体相手では、それも時間稼ぎにしかならない。
それでも――時間を稼げただけでも、万一の事態に備えた意味はあった、と麗子は内心胸を撫で下ろしていた。この地下都市の市民は、警報発令から15分以内にシェルターに避難できるよう訓練されている。少しでも市民が被害を受けるリスクを減らし、最悪でも生き延びる時間を長くできれば……いや、我々はまだ死ぬと決まったわけではない。一縷の望みは、残されている。
「博士!!起動準備は!?」
麗子はデスク上の空中投影モニターに向かって叫んだ。
《もうとっくにやっとるわ!やけどいつもと一緒や、うんともすんとも言わへん》
"音声通信"と表示された画面の向こうから、この緊迫した状況には拍子抜けするくらい似合わない関西弁が飛んできた。
「了解。そのまま続けて」
麗子には希望とも確信ともつかぬ、”女の勘”ともいうべき予感があった。
「いつもと違う」何かが起こるという予感が。
「敵性体、最終装甲板に到達!突破まで約30!」
「各階層の速射砲塔群、ミサイル防衛システム、最終チェック完了。仮設第1層の全兵装、照準を侵入予測ポイントに設定」
放棄された街のあちこちで眠っていた、おびただしい数の砲口とミサイルポッドがせり上がり、一点にねらいを定める。
麗子は固唾を飲んで、スクリーンの映像を凝視した。
「最終装甲板、突破されました!来ます!!」
オペレーターの声が高くなった次の瞬間、「天井」の一点が赤熱し鈍い光を放った。
「撃ち方始め!!」
その時を待ちわびていた全砲門が、一斉に火を噴いた。
1秒間に何百発もの砲弾が運動エネルギーの塊と化し、目標に殺到する。
赤い光の点線が全方位から集中し、敵性体の侵入口はたちまち土煙に覆われた。
スクリーンの光景に八坂が口笛を吹いた。その隣で麗子は真剣な表情のまま食い入るようにその映像を見つめる。
変化なし。
やったか、という期待がオペレーターたちの心に芽生えようとした瞬間。
「それ」は土煙を突き破り、光の弧を描いてスクリーン上に現れた。
「迎撃ミサイル、
麗子のよく通る叫び声とともに、45度角で天を仰いだ幾多のミサイルポッドから、爆薬という名の殺意を載せた白い槍が放たれた。白煙を噴いて飛び出したそれらは、弾頭のセンサで熱源を感知すると、すさまじい加速度で一斉に追尾を開始した。
しかし敵性体は全方位から迫った包囲網から矢のごとく抜け出した。進行方向を変え、鰯の群れのように追いすがる飛翔体をあざ笑うかのようにひらりとその側面に回り込むと、青白い光線を一閃。居合で斬られた竹のごとく真っ二つに切断されたミサイルたちは、使命を微塵も果たせぬまま爆炎の中に消えた。
その後も、「それ」は自分めがけて飛翔してくる殺意の矢を面白いように撃ち落とし、自分を睨む数多の砲塔を光線で薙ぎ払っていった。やがてその「遊び」に飽きたのか、街の上空でハリネズミのような形に姿を変えると、全方位に向かって同時に光線を放射した。
「それ」を抹殺すべく配備されていた爆薬が一つ残らず誘爆していく。
火の海が街全体を飲み込み、その恐るべき容貌が赤々と照らされた。
無力。
その言葉の意味を思い知らされた麗子は、唇を噛み締めたままスクリーンを睨み付けていた。
「……セレスティア……」
半壊した街の路上。
空は、「彼女」がそう名乗った言葉をつぶやいた。
しかしすぐに、重大なことを置き去りにしていたのを思い出した。
「いけない……先生を何とかしなくちゃ!私一人じゃ避難所まで運べないし、どうしよう……」
倒れたままの田中先生を前に、せめて自分ができることを試みる。が、側頭部から流れ出る血をハンカチで拭いても、また新しい血が溢れ出てくる。
”私に見せてみろ”
後ろから「彼女」の声がした。
「……治して、くれるの?」
驚いた顔で空が振り返る。
”状況による。限定的な範囲で体組織を修復することは可能だ”
空が身を引くと、セレスティアが足先を浮かせたまま先生に近づいた。ふわりと着地し、片膝をついて、手を患部にそっと当てる。
「彼女」の白銀色の指が、氷が溶けて水となるように、銀色の液体へと変化し傷口を覆う。
”皮膚組織が
元の形に戻った手を離すと、そこに傷口はなかった。怪我など最初からなかったかのようだった。
その様子を間近で見ていた空は、目を見開いたまま両手で口を覆った。
「……すごい……魔法みたい……」
”物理法則を超越した訳ではない。生体組織を分子レベルで縫合しただけのことだ”
「だけのこと、って……」
人智を超えた説明を平然と言ってのけるセレスティアにただ圧倒されていた空だったが、
「…………あれは、何?」
セレスティアの背後、街の上空に何かを発見した。
空中の一点に向かって、どこからともなく漂ってきた銀色の粒子が集結している。それらが中心部で合体して成長し、無重力空間で浮かぶ水のごとく不規則に揺らいでいた。
”攻撃対象が分散状態から回復しつつある”
その様子を見たセレスティアが、危機感のない口調で危機的状況を伝えた。
「あれって……さっきあなたが倒したんじゃなかったの!?」
”先刻の戦闘は自己防衛だ。対象を殲滅するという『目的』は私の行動規範に組み込まれていない。もしそれを望むならば――”
セレスティアは、空の正面に向き直った。
”――私の、『意思』となってほしい”
「意思……?」
”私に行動の規定はあるが、命令するものはない。能力はあるが意思がないのだ”
「よくわからないけど……あなたは私を2回も助けてくれた。それに先生も。だから今度は、私があなたを助ける番だと思うの。私があなたの力になれるなら」
”それは私の要請に同意したという意味だな?”
「その通りよ」
”了解した……ならば、受け入れてほしい”
セレスティアが、空の顎の下に手を添えて、顔を上げさせた。
”――私と一つになることを”
二人の顔がゆっくりと近づく。
「――――っ!?」
セレスティアは空に、くちづけをした。
重なった二人の姿は、青白い光の靄に包まれた。
空は体の外側と内側を、「彼女」が流れていくのを感じた。
銀色の流体が手足の先に向かって肌を包み込んでいく。
電子の流れを宿した無数の霧粒が体内を巡り、神経に接続する。
光の中で、小さくか細い少女の体は形をもたぬ装甲をまといつつあった。
そこに、空中で本来の威容を取り戻した敵性体から、直撃の光線が放たれた。
しかし、少女を包み込む光によって、光線は四散した。
光の霧の晴れた先に佇むは、
華奢な腕と脚を包む、強靭かつ薄くしなやかな金属質の綾布。
腰の周囲に広がる、花弁のように重なったスカート状の装甲。
胴のなだらかな起伏に合わせて敷き詰められた銀と
全身に散りばめられたサファイア・ブルーの発光部が、燐光の粒子を生成する。その中でも胸元の中央部はひときわ明るい輝きを放っている。
開かれた黒き瞳の虹彩が、青白い光の環となって輝き出す。
セレスティアが具現した甲冑のドレスを、空が身に着けていた。
空の「変化」は外面だけではない。セレスティアの一部は空の体内で、彼女の神経と外部装甲との間で情報伝達を行っているのだ。
”君の『思考』が私に対する『命令』となる。それを私に与えてくれ”
空は試しに「歩く」ことを考えた。一歩前に足を出すと、脚を覆う銀糸の織物は空の体の一部であるかのごとくその動きに追従した。
歩こうと思えば、歩ける。
「飛ぼうと思えば――」
空は自分が宙に浮かんだ様子をイメージした。
背中の左右から数枚の装甲板が変形してせり出す。
その間から光の粒子が噴出し、瑠璃色に輝く二枚の翼が顕現した。
「――飛べる!!」
空の身体が、重力の呪縛から解き放たれた。
足先が地面から離れる。暗くなった街の上空へ、銀の彗星が青い光の尾を引いて昇っていく。敵性体も空を追って垂直に上昇し、無人のビル群を眼下に「二機」は対峙した。
最初の攻撃は敵性体から唐突に放たれた。セラミックの耐熱装甲板をも溶断するエネルギーの流束が、空めがけて一直線に迫り来る。避けなければ。しかし命の危険にさらされるという戦慄が、空の思考を停止させた。その一瞬の戸惑いが彼女から回避するための時間を奪った。もはや彼女は反射的に両手を顔の前にかざし、目の前の恐怖から精神的に逃避するほかなかった。
しかし今の彼女には、当たりたくないと「思う」、ただそれだけで十分だった。
空の周囲に発光粒子の「防壁」が展開され、光線はその球面をなぞるように弾かれ後方に散っていった。セレスティアが空の意思を読み取って防御したのだ。
”恐れることはない。私が君を守る”
脳内に直接響いた「彼女」の声が、空にはこれ以上なく頼もしく聞こえた。
その戦闘の様子は、地下都市最深部にある指令所のスクリーンに映し出されていた。
起動した「最終兵器」が逃げ遅れた民間人の少女と「融合」し、敵性体と交戦している――。
まったく予測していなかった事態に、スクリーンを見つめる全員がただあっけに取られていた。麗子はその中でいち早く平静を取り戻すと、「博士」に連絡を取ろうと手元のコンソールを操作した。しかし空中画面に映ったのは"ERROR"の文字。
「研究所と連絡が取れないわ……予備の通信回線は!?」
「だめです!先ほどの攻撃で施設に被害発生、人員の安否も不明!」
「頼むから生きててよ、あの偏屈……!」
もどかしさに歯を食いしばりつつ、麗子は再びスクリーンに目をやった。我らが最終兵器――セレスティアたちは、苦戦しているようだった。
「やられてばっかじゃ……!」
空は敵性体に向かって撃ち返そうと考えた。右手を前に伸ばすと、意思を宿し流体となった装甲が腕の先へと躍り出る。それは自己組織的に目的を具現する形状へと変化していく。数秒も経たぬうちに、空の右手には大型火砲のグリップが収まっていた。
それと同時に、体内に溶け込んだ微細組織が瞳の上に透明な「画面」を作り出した。
空の視界に照準や姿勢の情報が映し出される。砲身を動かして照準のマークを敵性体に合わせ、
高密度エネルギーの奔流――1万℃の
しかし、敵性体は臆することもなくひらりとそれを回避した。目標を失った光線は直進し、上層の地盤を支える巨大な支柱に大穴を開けてしまった。
「これだと街を壊しちゃう……だったら!」
空は別の攻撃方法を考えた。右手に握ったプラズマ砲が、ぐにゃりと溶けて形を変える。現れたのは、ファンタジーの世界からそのまま持ってきたような長尺の大剣。
背中の双翼が光を増し、白銀の戦乙女は風を切って敵性体へと距離を詰める。声を張り上げ、大胆にも上段の構えから大剣を振り下ろした。防御態勢のためか球状に変形しつつあった敵は真っ二つに分断された。
通常なら、運動が苦手でひ弱な少女が持てるような代物ではない。しかし、刀身に刻まれた文様のような青い発光部から光の粒子が溢れ、質量に作用する重力を打ち消していた。さらに腕を覆う金属繊維も腕の一部となって腕力を補っている。空は自分の背丈ほどもある剣をいとも軽々と振りかざすことができた。
しかし次の瞬間、空は自分が仕掛けた攻撃の愚かさを知った。敵もまたセレスティアと同じ流動体である。それは「斬られた」のではなく「分けられた」にすぎなかったのだ。左右の金属塊は再び結合して花のような形状をなし、愕然とする空の前に立ちふさがった。花の中央部が青く発光し、破壊のエネルギーを充填する。
至近距離から放たれた必殺の一撃が、空を襲った。
セレスティアの展開した粒子雲が少女の身体を閃光と高熱から防ぐ。しかし勢いそのものは受け止めきれず、空の体は後方へと吹き飛ばされた。
白い隕石が市営団地の集合住宅を3棟ほど貫通し、その先の商業ビルに激突する。
粉々に砕けたコンクリートとガラスの破片に埋もれた空は、一瞬失っていた意識を取り戻した。
「……痛く、ない……生きてる……」
”直上に高熱反応”
「……っ!!」
見上げた上空から、敵性体がとどめの一撃を加えようとしていた。
無慈悲な閃光が半壊したビルに撃ち込まれる。
爆散する土煙の中から飛び出し、空はかろうじて死の危険を免れた。
「一体、どうやって倒せば……!」
セレスティアが少女と融合するのを目の当たりにした時、麗子は「それ」を強制停止させるつもりでいた。しかしそうすれば少女はまったくの無防備となってしまう。そこでやむを得ず成り行きに任せることにした。彼女が戦闘を始めてしまった以上、最大限援護する以外にできることはない。
数秒の思案ののち、麗子は下段のオペレーターに指示を飛ばした。
「……発煙噴進弾、発射準備。目標、敵性体周囲パターンB-1」
無論彼女はすでに敵に対する通常兵器の無力さを自覚していた。しかしいくら無力とはいえ、効果をゼロ以上にすることは可能なはずだ。
スクリーンに発射準備の整った兵装リストが街の地図とともに表示される。その情報と敵性体の現在位置を参照し、システムが最適な発射パターンを瞬時に割り出した。
「区画A-120から179、およびC-384から423、
電気自動車が一台も走っていないという以外は普段と同じく、何の変哲もない街の道路。その路面が中央で割れて観音開きに次々と開いていく。内部でずらりと列をなしたミサイルたちが目を覚まし、奥から順に白煙を噴いて垂直に飛び出してゆく。上空でスラスターを噴射し横向きに方向転換すると、加速して突進し、目標に全方位から飛びかかった。
それらは敵の攻撃を待たず、すべて爆発した。
敵性体の全周囲を煙幕と
その様子は防戦一方の空にも見えていた。ふいに、脳内にセレスティアの声が響いた。
”煙幕の真上に行け”
「!?……わかった」
理由を考えるより先に、空は視界の画面上で「彼女」が指定した座標へと全速力で飛翔した。
敵性体が白煙の中から飛び出したとき。
燐翼の戦姫はその体躯に光ほとばしる銃口を突き付けていた。
「……捕まえた!!」
さっきまでのお返しとばかりに、零距離からプラズマの怒涛を放射する。
防御する隙も与えない。文字通り、直撃。
敵性体の被弾部が融解して赤熱する。その色温度が上がってゆき、やがて青い閃光を放ちはじめる。体構造がその一点に向かって崩壊し、閃光の中に吸い込まれてゆく。
”離れろ!!”
美しさすら感じられるその光景に見入っていた空は、セレスティアの警告に慌てて身を翻した。が、空自身の体もその引力に掴まれ、思うように逃れられない。
臨界。
それはちょうど、小さな超新星爆発が空中で起こったようなものだった。白い衝撃波の球面が空気を
静けさを取り戻した街の上空に、銀色の球体がぽつんと浮かんでいた。その表面に数本の筋が走り、金属の蕾が開花する。花の中には親指姫の童話のごとく少女が体を丸めて収まっていた。
「……終わったの?」
じっとしていた少女は頭を上げて周りを見渡した。
”目標の都市空間からの消滅を確認した”
セレスティアの声が平穏の訪れを告げた。
「……そう。よかった」
自分の身に起こった出来事を整理する余裕はなかったが、とりあえず危険が去ったことに空は胸を撫で下ろした。
「……そういえば、どうしてあのとき敵があの場所に現れるってわかったの?」
”彼らの行動予測モデルから出現確率が最も高い座標を算出した。煙幕の上方に脱出すれば、都市の前後左右、全方位を見渡すことが可能になる”
「なるほど……!」
”現時点をもって目的を完遂したと判断する。問題はないか?”
「うん。おかげでこの街を守れた。ありがとう、セレスティア」
満面の笑みと一緒に伝えた感謝の言葉に、「彼女」は反応しなかった。
「……セレスティア?」
”先ほどの『ありがとう』という文字列が意味する概念の定義を私の思考リソース内に発見できなかった”
相変わらず難解な表現だった。普通に「わからない」と言えばいいのに。
「……えっとね、『ありがとう』っていうのは、あなたに感謝してるって意味だよ」
”感謝……すなわち、自らにとって有益な相手の行為や言動に対して報いる意思を示す言葉か”
「まあ……、そうなるかな?難しくてよくわかんないや」
”いずれにせよ、私に対して君が何かを報いる必要はない。私は君の意思に従って行動し、目的を遂行したまでだ”
「……そういうときは、『どういたしまして』って言うんだよ」
”……『どういたしまして』”
やっと「普通の会話」ができた。空は今までに感じたことのないほどに心をときめかせた。
「それと、セレスティアってちょっと呼びにくいから、ティアって呼んでいい?」
”私の名称を省略して呼ぶこと自体に問題はないが、私がそれに反応するためには思考リソース内の定義を更新する必要がある。私自身がそれを行う権限は与えられていない”
「そっか……」
”君のことは何と呼べばいい?”
その言葉を聞いた空の心はさらに一段と高揚した。
「私の名前は、
「了解した。君に対する呼称として『空』を定義する」
空の胸の内に新鮮な風が吹き込んだ。
自分の名前を憶えてもらうことが、こんなにうれしかったなんて。
”私の行動規範は目標がなくなった場合『格納庫』に帰還するよう定めているが、空、君はどうする?”
「……セレスティアは、防衛局が管理してるの?」
空は、「彼女」の所属先として思い当たる最高機密機関の名を挙げた。
”
「やっぱりそうだよね……。私もあなたに関わった以上、いつまでも放っておかれるわけないだろうし……」
空はしばらく逡巡したあと、心を決めた。
「私もあなたと一緒にそこへ行く。私たちがどうなってるのかよくわかんないけど、私から説明したほうがよさそうだし」
”了解。目標座標を表示する”
空は視界のポインタが示した場所――最初の攻撃で街の地面に開けられた穴へと向かった。
穴の底には、高熱で焼き切れた鉄骨や電線に埋もれて、透明な円筒状の装置が鎮座していた。目標地点はこの中になっている。セレスティアはここにいたということだろうか。
「おお!帰ってきよった!!」
装置のある地下空間から、耳につく甲高い関西弁のイントネーションが聞こえた。
空が地下空間の床に降り立つと、奥からひょこっと瓦礫をまたいで小柄な男が現れた。敵性体の攻撃でそうなったのかあるいは元々なのか、ボサボサに縮れた髪を掻いてこちらに歩いてくる。目と鼻の先まで近づくと、彼は「彼女」の姿を穴が開くほどじっくり見つめた。
「こいつはびっくりや……どえらいべっぴんさんになって戻ってきたな」
「……えっと……。私、民間人なんです。よくわかんないけど、セレスティアと一体化しちゃって……」
その事実を聞かされた彼は、大きく開いた目をさらに丸くした。
「みっ、民間人!?つまり、人、間…………ほお……ほおお……」
顎の下に手を添えて、男は何とか自分を納得させようと思考をフル回転させていた。
「なんだったら、もとの姿に戻りましょうか?……っていうか、できるよね?」
”問題ない。この融合プロセスは可逆的なものだ”
「じゃあお願い」
”了解。融合を解除する”
空は再び光の霧に包まれ始めた。
そのときになって、彼女はふと気づいた。
「……ちょっと待って。私が着てた服って、どうなったの?」
いま、空の肌にはセレスティアの組織が密着している。それでいて不思議と密閉感はなく快適なのだが、布をまとっているという感覚はない。
”君の皮膚を覆っていた繊維構造物は、融合の妨げになるため分解した”
衝撃の事実である。
「ぶっ、分解!?そ、それって、消えちゃったの!?」
”消滅したわけではない。私の構成体内に分子レベルで取り込んである。融合の解除と同時に復元する」
……つまり、セレスティアと融合するとき、そして元に戻るとき、私は……。
空の顔に、激しく血が昇りつめる。
「セレスティア!今すぐ解除を止めて!」
”一度開始した解除プロセスは停止することができない。仮に強制停止した場合、君の着衣の復元も不完全な状態で終了する”
「そんなぁ!おねがい!こっち見ないでぇぇ!!」
空の叫びもむなしく、彼女を包む光の粒子が増してゆく。
ボサボサ頭の男は眼鏡を正して食い入るようにそれを凝視した。
「これは……苦節10年の研究の中でも見たことあらへん現象……!しっかり観察して記録に……ぎょへっ!?」
男はボサボサ頭にげんこつを叩き込まれ、床に這いつくばった。
「ごめんなさいねー、ちょっと偏屈なヤツで」
流麗な黒い長髪を揺らした女性が男の傍に立っていた。
鬼の形相の上に柔和な笑みをかぶせて。
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