第17話 回想

○龍之介の回想


   美しく、舞い踊る振袖姿の独楽乃助。


龍之介(台詞)「独楽乃助が俺のおとんになったんは、俺が四つの頃。『今日からこの人があんたのおとっちゃんだよ』って連れてこられたんが、振袖にかんざしいっぱいつけた女の子や。ビックリしたで」


  末吉の三味線の音に合わせ、美しく舞う花魁姿の独楽乃助。


龍之介(台詞)「十八を過ぎて、小さかった独楽乃助の背が急に伸びた。たて役者が、女形おやまのおとんより小さい。声変わりで声が出んようになった。掠れた声の、背の高い女形になんか、もう誰も見向きしてくれへんかった」


  末吉の三味線の弦が切れる。突然、倒れ込む白拍子姿の独楽乃助。


× × ×


  居酒屋で働く母親。その居酒屋の近くで遊ぶ、小さい頃の龍之介と竜胆。二人に大福を与える独楽乃助。


龍之介(台詞)「そして、俺が十二のトシにおかんは死んでしもうた」


 薄い布団の上で横たわる龍之介の母。龍之介に、手紙を握らせる。


龍之介(台詞)「江戸に来たのは、おかんの手紙にたいこくやのてふころう宛てで、俺の事をよろしく頼むとあったから」


○回想 江戸


 神社の外。路傍文楽。独楽乃助が人形の女形に扮し、黒子の男達が面白おかしく、独楽乃助を動かす。人々は笑い、時には独楽乃助の美しさに嘆息し、時にはその演技力に泣き崩れる。


○回想 夜 居酒屋


  芸事を見せ、客に奢ってもらう独楽乃助と末吉。居酒屋の外で腹を空かせる竜胆に、龍之介が大福を差し出す。


○現実 大黒屋離れ 夫婦の部屋


龍之介「江戸の町にはあの頃の俺らみたいなガキがいっぱいおった。それで、俺がそういうガキどもを集めて、盗み、集り、かっぱらいの技術を教えた。それが……や」

りさ「十五で江戸に来たのなら、どうしてすぐに大黒屋に来なかったのよ」

龍之介「お前、アホか。江戸は広いんやぞ。【たいこくやのてふころう】が何人おったと思ってんねん。木綿問屋の大国屋さんの番頭さんが、長五郎。大工の朝吾郎。それに、大黒屋のお父ちゃん。この三人に絞るのに、三年かかったんや」


  りさがさしだした間取り図を眺める龍之介。


龍之介「おとんが考え出した中でも一番『まっとう』な商売が、この間取り図を書くことやった。大工の朝吾郎が俺に間取り図の書き方を教えてくれたが、俺が書いた間取り図を、おとんが売るんや。まあ、おとんのことやから売った相手はまともな人間やないやろうけど……その間取り図を書く作業中に、俺は大黒屋の潮五郎がほんまもんのおとんやと確信した。そして隙を見て、俺はから姿を消した」

りさ「じゃあ、いまのは……」


  遠くで爆発音が聞こえる。りさと、次の間にいた華が、同時に悲鳴を上げる。

  次の間から出てきた華を抱きしめる龍之介。

  離れの障子を開けるりさ。西の空が、大きく、赤く染まっている。


男の声「火事だ、火事だ、赤蛇だ、赤蛇が出たぞ!」


  鐘の音が鳴り響く。


りさ「……」

龍之介「りさ、あれはと違う。赤蛇は生きるためにこそ泥やかっぱらいはやっても、火事なんかやるかい」

竜胆「(ぼんやりとした目で)違うんよ。龍ちゃん。あれもなんよ。龍ちゃんが、を抜けてから……は変わった。おとんが、しきるようになってしもうたから」

龍之介「……おとんが?」

竜胆「(目の焦点が合わない)火は、綺麗。逃げ惑う、人々の表情が綺麗……焼け落ちた後の、焼け野原。なあんにもない世界が、綺麗……」

龍之介「竜胆? お前、何を言うとるんや?」


  龍之介が、竜胆を揺さぶる。


竜胆「なあ、龍ちゃん。なんで、俺らを置いていってしもたん?」


  竜胆の、頬を伝う涙。


龍之介「……竜胆?」

竜胆「龍ちゃんがおらんようになってから、おとんはに押し入りの真似させて……盗んだ財宝は全部あいつが持ってくのに、奉行所に見つかったら、捕まるのは赤蛇俺らや。般若の刺青かて……」


  竜胆が、刺青の入った自分の肩をげんこつで殴る。


龍之介「待て、竜胆。今まで捕まった下手人の肩にも、般若が……」

竜胆「あいつらのは、全部おとんが彫ったんや!!」


  驚いて目を見開く龍之介とりさ。


竜胆「龍ちゃんのせいや。龍ちゃんさえ俺らを捨てへんかったら、こんな目に遭わんですんだ!」

龍之介「……竜胆……」


  近くでもう一件、大きな火災が起きる。

  爆発音に、悲鳴を上げるりさと華。


龍之介「話は後や。姉ちゃん、お華を頼む! 俺は、火事の手助けに……」


  華をりさに押しつけ、竜胆の手を取って裏口から外に出る龍之介。

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