3/4 城

 城の近くには誰も、ヴィランすらいなかった。跳ね橋を渡って、城門をくぐり、僕たちは屋内に続く階段へと中庭を進む。


 月明かりが照らす城内は、静けさの中に幻想を漂わす。

 レイナたちと出会ってすぐ、あの時も僕は夜の城をこうして駆け抜けていた。

 外に広がる世界の大きさなんて考えたこともなくて、ただただ幼馴染のシンデレラが無事であることを望んでいた。シンデレラは僕の大切な存在だった。キラキラした瞳で『運命の書』に記された未来を語る幼馴染みは、とてもまぶしかったのを覚えている。


「どうしてシンデレラや他の人と違って、僕の『運命の書』には何も書かれていないんだろ?」


 そんなことをシンデレラに言ってしまったことがある。


「もしかしたら、まだ書かれていないだけかもしれないわ」


 しばらく考え、シンデレラはそのように僕の疑問へ答えた。


「えっ、どういう意味?」

「えーっと、ごめんなさい。ほんと言うとね、私にも分からない。分からないけどね、あなたにはあなたの運命がやっぱりあるんだと思うの」

「僕のには運命なんて何も書かれてなくて、真っ白なんだよ?」

「えぇ、確かに何も書かれていないように見えるけど、これから書き足されていくのかもしれないし、書いてあっても見えないだけかもしれない。今が真っ白だからって、あなたに運命がないわけでもないと思うの」

「僕だっていつか運命が記されるんだと思ってたけど、いつまでたっても真っ白なままなんだ。やっぱり僕はなんの役目も与えられなかったモブでしかないよ」


 思い返してみると、シンデレラをひどく困らせてしまっただろうと胸がざわついてしまう。たぶん僕は沢山のことが書き込まれたシンデレラの『運命の書』が羨ましかったのだ。


「役目があろうとなかろうと、あなたは私の大切なお友達よ。あなたのことは私の『運命の書』に書かれてなかったわ。でもね、私はあなたとこうしてお友達になれたことも運命だって思うの」

「僕と友達になれたのが運命?」

「そうよ。だって、あなたがいなかったら、きっと今の私はいなかった。私は頑張ることも未来を信じることもできなくて、たぶん『運命の書』を捨てちゃってた。あなたがいたから、私は今こうしていられる。だから、『運命の書』に書かれていることだけが全てじゃないと思うの!」

「僕にも何か役目があるって?」

「えぇ、もちろんよ! あなたは私の大切な友達なんだもの!」


 いつになく真剣な、そして真っすぐな眼差しだった。受け止めるには真っすぐすぎて、あの時の僕はシンデレラの顔をまともに見ることができなかった。


 この想区の姫様は一体どんな子なんだろう。


 階段を登り終え、屋内に続く扉をくぐる。たいまつ灯る回廊が続いて――女がいた。


「やっと来たかぁ。待ってたよー、お姫様。迷子にならず、よく来たねぇ。いんや、迷子になったから来たのかなー?」


 にこやかな笑顔を向けてきた。女は濃紺の三角帽にマントを羽織ったスカート姿。足にはブーツと黒タイツ。そして、顔立ちは――


「シンデレラ?」

「お城を取り戻しに来たわよ、『魔法使い』ッ!!」


 僕はシンデレラと瓜二つの顔に思わず問いかけ、直後にレイナの声が響き渡った。言われてみれば、確かに魔法使いの恰好をしている。ということは、レイナから城を奪った奴はこいつなのか。


「私は通りすがりの魔女なんだけどねぇ」

「嘘つきッ! あなたは私から全て奪った悪い『魔法使い』よ」

「悪い『魔法使い』ねぇ…………あぁ、だけど、あなたがそういうなら、そうなんだろうねぇ。それがここでの私の役回りかぁ。ま、悪役っていうのも物語には必要かなー」


 レイナのぶつけた怒りに対し、女はぼやくように言葉を返す。微笑みをたたえたまま。


「妙な言い回しをしますね」

「一体どういう意味だ?」

「シェインちゃんもタオ君もそんな怖い顔しないでよー。意味は、そうね、この先にある玉座の間へ行けば分かるんじゃないかなぁ?」


 女は回廊の先を指で示す。何かを知っているようだが、ここで教えてくれる気はないようだ。


「どうして俺たちの名前を? おい、てめぇ、何者なんだ?」

「ふっふー。それはご想像にお任せっ♪ っていうか、本当はあなたたちも分かってるはず。けれど、今のあなたたちには分からない。だって、ここにいる私はお姫様から何もかもを奪った悪い奴だもんねぇ」


 どこか責めるような、もしくはバカにするような口調だった。僕たちが忘れているとでも言いたいかのようだ。

 もしかして知り合いなのか、と考えてみると、何か思い出せそうな気がしてきた。けれども、おぼろげな記憶をつかみとろうとすると、霧みたいに消えていってしまう。


「僕たちはお前と会ったことがあるのか?」

「さぁ、どうかなー。でもねぇ、今の私は悪い『魔法使い』のシンデレラ? みたいなんだよね」

「お前みたいな奴、シンデレラじゃないっ!」


 思わずシンデレラの名前に反応してしまった。すると、なぜか女は帽子を外して胸元に持ち、ぐっと僕へと顔を寄せてくる。

 性格は全く違うけど、やはり目鼻立ちは幼馴染のシンデレラにそっくりだ。


「同感だなぁ。髪型も服装も無視してアリスから姫様扱いされるの、むずがゆかったのよねぇ。けどさ、私がこんな役回りさせられてるのって、キミも無関係じゃないんだよ? 気付いてないのか、気付かないようにしているのか、知らないけどさ」


 僕をにらみつける怪しい光を宿す瞳。僕の知っているシンデレラのキラキラした瞳とは何かが決定的に違う。


「は、離れなさい! 彼は私の……離れなさいっ!」

「私のなぁに~? お姫様、彼はあなたにとってのなんなの? 従者? 友達? 幼馴染? それとも――」

「黙りなさい。あなたには関係ないでしょっ!?」


 顔を真っ赤にしてレイナは怒っていた。


「関係ない、かぁ……」

「話すことなんてもうないわ! 私に倒されなさいっ!!」

「あらら、随分とご立腹ねぇ、お姫様。けど、私も簡単に倒されるわけにはいかないのよ。だって、ほら、さすがの私でも、こんな役を与えやがって絶対殺す! とか、ほんのちょっぴり思っちゃうのよねぇ」


 告げるが早いか、女の持つ帽子から黒い霧が溢れだして姿が見えなくなる。


「ニシシッ、シシシシ……私が私なのに私じゃなくなってく。ひどく嫌な気分なのに、どこかいい気分ねぇ……ふっふっふ」


 明らかに声音が今までと違う。


「一体何が……?」


 疑問が僕の口をついて出た。答える者はなく、やがて黒い霧の中で赤みを帯びた紫が光った。と、黒い霧がドレスの形を成していく。

 髪はくねくねと乱れて様々な方向へと伸びていき、ドレスの一部が大きな手の形をした闇の塊となって女の腰回り辺りから二対飛び出てきた。

 カオス・シンデレラ――なぜだか僕の頭にはそんな言葉が思い浮かんだ。


「さぁ、互いに殺し合う死のワルツを踊るのはいかが? きっと狂っちゃうくらい楽しいわ」

「上等だ、ケンカ祭りの始まりだぜ」

「面白そうです。シェインも混ぜてください」

「えぇ、もちろん。歓迎するわ。この悪~いカオス・シンデレラの舞踏会へようこそ」


 カオス・シンデレラとなった女の誘いに乗り、タオとシェインがヒーローへと変身する。レイナは、といえば既に変身を終え、身構えていた。皆、戦う気満々だ。僕もあわてて『導きの栞』を『空白の書』へと挟む。実はシンデレラと似た顔立ちの彼女と戦うのはなんとなく気が進まなかったのだが、状況が戦う以外の選択を許してはくれなかった。


「ふーん、キミも踊るんだ?」

「あぁ、お前が誰であろうと、僕はレイナの味方をするよ」

「私が誰とかじゃなく、レイナが誰であろうと、じゃないかしら? ま、キミがそうしたいと本当に望むなら、それでいいと思うわ……クスクスクス」


 女はよほど機嫌が良いのか狂っているのか、心底楽しそうに笑う。


「さっさと始めましょうよ。私はあなたから取り戻さないといけないの。奪われた全てのものを」

「えぇ、そうね、そうだったわね……レイナ、まとめて全て葬ってあげる」


 言葉と同時に、女は闇の中から取り出してきた黒い杖を振るう。途端、蒼く燃え盛る火の玉、いや、魔弾が僕たちめがけて襲い来る。

 すぐさま跳ね飛び、僕は蒼い魔弾をかわした。しかし、レイナが逃げ遅れていた。


「任せろ!」


 僕に向かって告げられた言葉。タオは騎士の盾を構え、魔弾を受け止めにいってくれた。タオにレイナのことを任せ、僕はカオス・シンデレラの元へと、相手の動きに注意しながら近づいていく。

 ブァンッ……ジュッジュワッ。

 不穏な音に振り向くと、魔弾が盾にぶつかって爆発し、蒼い炎に周囲の全てをくべてしまうのが見えた。

 しかも一発ではない。次々と魔弾がタオの盾へとぶつかっていく。

 カオス・シンデレラが杖を何度も振るい、その度に新たな魔弾がいくつも生み出されるのだ。

 タオの盾が蒼い炎に包まれていくのが分かった。いや、盾だけではない。鎧も何もかも蒼い炎がむしばんでいる。


 防ぐだけじゃ、どうにもならない。やっつけないと。


 僕はカオス・シンデレラとの距離を一息に詰め、斬りかかった。

 僕に気付き、こちらを赤紫の瞳が――闇のドレスごと切り裂く、切り裂いたと思った。しかし、僕の剣は固い感触に阻まれた。

 なんなのかと思ったが、考える暇もなかった。手が襲ってきたのだ。カオス・シンデレラの背後から伸びた手の形をした闇が僕へと。


 よけられない――はずだった。でも、わずかにかするのみでぎりぎり闇から逃れた。


 カオス・シンデレラが僕から視線を外し、見たのは背後。

 そこにはシェインがいた。カオス・シンデレラの背中にも腕にも弓が幾本も突き刺さっている。いや、突き刺さっていた。

 たちまち闇の炎が刺さった矢を燃やし尽くしてしまった。


「くっくっく……いいわ、いいわねぇっ!」


 響き渡る唐突な笑い声。カオス・シンデレラが杖を持ち上げ、何かを唱え始める。


 何をする気なんだ。


 嫌な予感が首筋にまとわりつく。止めなければ、と思った。


 カオス・シンデレラを杖ごと切り伏せる。はずだった。なのに、身体が思うように動かせず、転んでしまう。

 身体の状態が感覚とずれているようだ。

 起き上がって、何が起こったのかを考える。自分の右足に違和感、いや、何も感覚がなかった。見ると、闇の炎がくすぶっていた。熱いわけでも寒いわけでもなく、痛みも感じない。ただ存在が燃やされていた。いつの間にか右足がなくなってしまったかのように感触がない。床を踏みしめる感触がないのだ。


 僕がそうしている間にもカオス・シンデレラは待っていてはくれない。


 シェインの居る場所が紫に光り始め、突然時計の針が現れた。


 ズッガーーーーーンッ!


 何事かと見つめていたら、地響きがした。二つの時計の針が十二時の位置で重なった時、闇がシェインの足元から溢れ出したのだ。

 なすすべなくシェインの身体は闇にのまれ、宙を舞う。


「シェインっ!」


 気付けば叫んでいた。宙へ舞ったシェインは、しかし、受け身を取ることもできずに落ち、ピクリとも動かなかった。


「てめぇ、よくもっ!」


 カオス・シンデレラの腹部を槍が貫いた。

 タオだ。

 蒼い炎にむしばまれながらも、レイナの魔法の助けを得て、カオス・シンデレラの元へとたどり着いたのだ。


「クッ……クスクス、まだまだ足りないわねぇ」


 闇の杖がカオス・シンデレラの頭上へと浮かび、蒼い光を放ち始める。

 狙っているのは間違いなくタオだろう。タオのいる方向へと光が集まっていく。

 それでもタオはカオス・シンデレラへの攻撃をやめない。僕も足を引きずり、背後へと回って、攻撃を仕掛ける。


 やがて蒼い彗星となった杖がタオめがけて落ちていく。轟音を伴って衝突し、蒼い光が弾け飛ぶ。


 光が散らばり消えたら、レンガ製の床が割れていた。そして、その上で盾を構えたまま立ち尽くすタオ。微動だにしない彼の全身を蒼い炎が包み込んでいる。


「次は、キミね」


 紫の瞳が僕の瞳を見つめてきていた。

 感じるのは恐怖。しかし、引くわけにはいかない。逃がしてはくれないだろうし、タオやシェインを放って逃げることなどできるはずもない。


 ならば、迷うことではなかった。


 僕はカオス・シンデレラへと斬りかかった。しかし、何も考えなしで向かっていったわけではない。

 勝算はあった。


 僕へとつかみかかってくる黒き闇の手を剣で防ぐ。いや、防ぎきることはできないから、動きを読み、かわせるものはかわし、受け流せるものは受け流した。

 それでも次第に闇が僕の身体をむしばんでいく。

 自らの身体がどこからどこまでなのか分からなくなっていき、気付けば闇につかみとられていた。剣を振るって暴れるものの、致命傷は与えられない。


 カオス・シンデレラの口元がいびつな笑みを結び、頭上で蒼い光が満ちていく。

 タオの全身を包んだ蒼い炎だ。


 僕は必死に願った。

 間に合ってくれ、と。


 蒼い光が落ち――――寸前、カオス・シンデレラの動きが止まって、姿が闇の中に崩れていく。

 二つの刃が彼女に刺さっている。

 僕のものではない。タオのものでもない。

 レイナとシェインが剣で斬りつけたのだ。


 『導きの栞』の裏側には表側とは異なるヒーローの魂を宿すことができる。

 表側に宿したヒーローの力ほど扱いなれておらず、けれども、時と場合によっては表側のヒーロー以上に頼りとなる力。それをレイナとシェインは使ったのだ。

 いや、二人だけじゃなく、タオもシューターへと変身して、杖を振るっていたようだ。「俺には盾でファミリー全員を守るディフェンダーしか似合わねぇ」などとのたまっていたが、今回ばかりはそうもいかなかったようだ。

 僕は他のみんなと違って、どんな魂とでもコネクトできる『ワイルドの栞』を持っているのだが、表にも裏にも剣士の魂を宿すことにしている。なぜかといえば、一番それが戦いやすいから、という至極単純な理由だ。ちなみに今の戦いでもタオが蒼い炎に包まれた瞬間、僕は動かぬ身体のまま一人で立ち向かうのは無謀だと考え、栞の裏側に姿を切り替えていた。バッドステータスは引き継がれないのだ。とはいえ、すぐに闇の手の餌食となり、身体が思うように動かせなくなったけれど。


 なにはともあれ、僕たちはどうにか勝てたようだ。

 目の前には、カオス・シンデレラの姿から再び魔法使いの恰好へと戻った女。


「ふぅ、負けちゃったねぇ」


 言葉とは裏腹に、女は満足げな笑顔を向けてきた。


「あなた、なんで立ってられるの?」

「あんたに情けないところを見せたくないからだけど、ま、そんなことはどうでもよくない?」


 レイナの質問に答えた女は足元をふらつかせ、近くの壁へともたれかかる。


「ねぇ、ここから先へ本当に進むつもりなの?」

「もちろんよ。そのためにここまで来たの。もし邪魔するつもりなら、手負いでも容赦しないから」

「ニシシッ、さすがにそこまでの元気はもうないなぁ」


 笑い声をあげ、女は僕たちの姿を順番に眺めていった。


「ここから先はレイナ、あなたのために進まない方がいいと思うんだけどなぁ」

「あら、どうしてかしら?」

「私がここにこうしてるってことはさ、少しは想像つかない? この先にはあなたが一番向き合いたくないモノが待ってる」

「な、何を言ってるの? この先には玉座の間があるのよ? なら、そこで待ってるのは、私のお父様とお母様に決まってるじゃないっ!!」


 レイナが怒鳴るように叫んだ。どういうことかと、僕はタオやシェインと顔を見合わせる。


「お嬢、一つ確認していいか」

「なんなの? こんな時に」

「お嬢の両親は亡くなったんじゃなかったか?」

「ふっ、そんなはずない。そんなはずないの。今ここで悪い『魔法使い』を倒したから、取り戻せたはず。取り戻せたはずのよっ! きっとこの先で私を待ってくれてるわ」


 タオの言葉に過剰な反応を見せるレイナ。


「落ち着いてください、姉御。どういうことなのか詳しく教えてくれませんか? シェインたちが姉御から聞いていた話と今の話は食い違う気がするんです」

「食い違うって?」


 シェインの問いかけにレイナは目をぱちくりさせる。


「姉御の想区はカオステラーに滅ぼされて消え去った。そのようにシェインたちは聞いています。なのに、ここに姉御のお城があって、姉御のご両親もいるというのはおかしくないですか?」

「でも、えぇ、そう。だけど、ここは私のお城で、私のお父様とお母様が待ってる。だから、私は玉座の間へ行かないといけない。私の想区は滅ぼされた。確かに滅ぼされたんだけど、ここにあった。だから、えぇ、取り戻しにいく。ようやく取り戻せるの」


 レイナの目は真剣そのものだった。周りを、そして自らを傷つけてしまいそうなほどに。


「ねぇ、タオ、シェイン、それにあなたも……私と一緒に来てくれるでしょ? 私はこの先へ進まないといけないの。いいえ、もしあなたたちが来てくれなくても、一人でも行く。一人でも行くわ」


 僕たちの表情を一通り見て、レイナは自らの話を信じてもらえていないと感じたようだ。

 全くもってレイナはわがままな分からず屋だ。


「レイナ、僕たちも一緒に行くよ。そのためにここまで来たんだから」

「姉御がそこまで言うなら、きっと何かあるんですよね。玉座の間とか、お宝の匂いがぷんぷんする言葉ですし、ついていかない手はありません」

「心配するな。真剣な想いなら、どんなものでも受け止めてやる。それでこその仲間だろ。だいたい、方向音痴なお嬢のことだ。一人で行かせたら、どこに迷い込むか分かったもんじゃねぇからな」

「な、何よ……今は迷うとか迷わないとか関係ないでしょっ!?」

「さぁ、それはどうでしょうかね?」

「シェインまで……もう、さっさと行くわよっ!」


 レイナは僕たちを置いて先へ進もうとした。


「待って、レイナ」

「何、まだ何か話があるの? 私は先へ進むわよ?」


 僕たちの様子をじっと見ていた魔法使いの女が呼び止めたのだ。


「あなたは何を求めているの? あなたの本当の願いは何?」

「決まってるわ。奪われたものを取り戻すことよ」

「そう……この先へ進むなら、その答えだけじゃきっと足りないわ。だって……いいえ、私から伝えることじゃないねぇ」

「一体、何が言いたいの?」

「確かにあなたは何もかも失ったけれど、何も残らなかったわけじゃない。そのことを忘れてしまわないように。私からの最後の忠告、ありがたく受け取っておいてよ~」

「残らなかったわけじゃない? 何もかも失ったのに?」

「今は分からなくても、すぐにきっと分かる」


 女は、レイナにそう告げると、僕たち全員へなぜか回復魔法をかけてくれた。


「君は一体?」

「ニシシ、なーいしょっ♪ 私からは教えられないよ、このままこの場所から帰る方法なら教えられるけど?」


 僕の質問におどけてみせる女だった。


「それは、できないよ。僕はレイナの傍にずっといるって決めたからね」

「なーにカッコつけてんだか。でも、そんなキミだからできることもあるのかなぁ」


 結局、この魔法使いの恰好をした女が何をしたかったのか全く分からなかった。分かろうとするだけ、無駄なのかもしれない。


「任せたよ、あの子のこと」


 再び進み始めた僕たちの背中に向けて、女が小さく呟いたのは、たぶんそんな言葉だった。


 どうやら、悪いシンデレラではなかったようだ。

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