第14話 終結

柏木すずのターン



登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

     15個小隊300人中隊本部要員20名を指揮する。

     セシリーに命じられ中隊残存戦力をα1に展開中。

     「牝狐」と呼ばれたりする。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 最後のゾンビが崩れ落ちてから15分、状況は深刻だった。

 α1だけを見れば防衛戦は大成功だろう。付近のゾンビを引きつけ殲滅に成功したのだ。

  だが・・・・・

 この10分ほどの間に、静まりかえったα1からかなり離れた距離で2度の大爆発があった。

 皆が呆然と空を見上げていた。

 自爆ゾンビによる爆発と考えるしかない。12防衛拠点のうち少なくとも3カ所が壊滅したと推測される。

 不気味な爆雲を見上げながら、第78抜刀中隊中隊長柏木すずは考えあぐねていた。

 隣の桜坂が吹き飛んだのは間違いないだろう。それならば、その空いた穴を塞がなければ、しわ寄せがα1に来るのは明らかだった。

 幸いにも、α1の守備部隊は「スーパーガード」作戦による損害は皆無であった。セシリー直衛モデラーズ指揮兵シモーヌとメイドと戦車の組み合わせの前に、押し寄せてきたゾンビの大群はあっけなく壊滅したのである。

 生体ゾンビと自爆ゾンビの迎撃に向かった副隊長からも、制圧完了という伝令が戻ってきていた。

 まだ、ギリギリ余力はあった。

・・・中隊残存戦力の半分も出せば、桜坂の穴はふさげるのか?・・・

 桜坂守備隊も大半のゾンビも吹っ飛んだ後だろう。

 今なら、まだ防衛線の崩壊は防ぐことができるかもしれない。

 少し前から戦車が沈黙していた。銃砲弾を撃ち尽くしたのか、何か新たな命令が届いたのか、妙な雰囲気の静けさゆえに色々と考えてしまう。

 防衛ラインを守り切るなら、大至急桜坂の穴を塞ぎに行くべきだった。このα1を守り抜くにも必須条件だ。しかし、すずの思考は徐々に違う方向に向かっていった。

 これ以上、他の防衛拠点が落ちるなら、撤退も視野に入れる必要があると考えはじめていたのだ。

 戦車が存在するかぎり、自爆ゾンビによる部隊全滅のリスクは付きまとう。破られた防衛線から侵入した自爆ゾンビに、サイドから襲われては防ぐにも限度があった。

 思案にふけるすずの前で、シモーヌが貌をあげ宙空を見ていた。その目元にはクマが浮いている。彼女の死も迫っている。この指揮兵なしにメイドたちが有効に機能するとも考えられなかった。

 また、どう見てもメイドたちは弾薬の予備を大量に持ってきているようには見えない。可愛いヒラヒラメイドスカートの下に弾薬満載などということは期待薄だ。

・・・やっぱり撤退するしかないわね・・・

 すずは振り返って後ろに待機する通信担当に視線を走らせた。

「臨時本部にはつながらないの?」

「はっ、いいえっ。おそらく通信が殺到して回線がダウンしているのだと・・・」

「緊急通信要請メールを送信しています」

 本部要員二人が深刻な表情で答えた。

 大きな戦いの最中で通信状態が悪いのは毎度のことだが、現状を考えると部下たちが不安を覚えるのも無理はないだろう。

 渋谷2回目は大成功だというのに、残った留守番部隊が火遊びした結果、未曾有の大惨事になりかかっているのだ。

・・・つながらない方が勝手に判断できていいけど・・・

 α1は地理的にも最重要拠点だ。渋谷方面軍最終防衛ラインの、ほぼ中央に位置し後方には城塞ゲートがある。すずの判断としては、全戦線規模で崩壊が始まってしまえば、α1を守る意味は無いということだ。最終的に守るべきは城塞ゲートなのだ。

 セシリーか古代アキト中尉に相談したいところだったが、本部に断りも無く撤退するという話を振るのも、迷惑極まりない話なので我慢することにした。

・・・あとはジョンソン少尉を口説いて、シモーヌを言い含めないといけないか・・・

 次、どこかの拠点で自爆ゾンビが起爆したら、すぐに撤退準備にかかろう。そう心を決めた。

 撤退命令が無い状態での防衛拠点の放棄は、かなり問題のある行動だ。普通に考えれば軍法会議で即銃殺みたいな、そんな無謀な判断だ。

・・・銃殺とかやだなぁ・・・

 中隊や学生たちの事を考えるとテンションを上げて撤退だ、と思う反面、自分自身の事を考えると憂鬱になってしまう。

 自分が死んでしまったら、彼女はどうなってしまうのだろう。

 すずは無意識のうちに、後方戦車前面に陣取った兵学校女子生徒を見た。

 生真面目な性格の、七つ年下の妹の顔が思い浮かんだ。

 小さくため息をはいたすずの後ろで、シモーヌが通る声で命令を下した。

「モデラーズ兵、総員、撤収準備っ!」

 その声に、すずはつい変な声をもらしてしまった。

「へぇっ?」

 振り返ると、部下の抜刀兵たちも「何ですか?」モードで小首を傾げ固まっている。

 シモーヌの命令に、横一列で広がっていたメイドたちが一斉に彼女の前に駆け寄ってきた。

「本作戦は正式に中止となった。諸君はすみやかに戦車を援護しつつ後退する」

・・・何言ってるの? あたしゃ聞いてないしぃ・・・

 すずを完全に無視し、シモーヌは簡潔に命令を伝えた。

「1から5は戦車車上より警戒管制指揮、残りの兵は戦車両翼を守りつつ撤収。移動開始っ!」

「指揮兵殿に敬礼っ!」

 100人のメイドが、シモーヌに向かって一斉に敬礼した。

 ヒラヒラのスカートがシンクロして揺れた。

「ちょっ、ちょっとっ・・・・」

 メイドたちが一斉に駆け出す。すずが呆気にとられていると、今度は学生の伝令が駆け寄ってきて敬礼した。

「戦車兵さんから伝令ですっ」

 日本刀を握りしめた学生が、突っ込みどころ満載で告げた。

「増援の戦車とメイドさんたちに撤退命令が下されました。柏木中隊長殿には、至急戦車までお越しくださいとのことであります」

「そ、そう・・・」

 すずは中隊連絡下士官に視線を向けたが、彼女は小首を傾げ未だ臨時方面軍本部とつながらないことを伝えた。

・・・何で、うちには連絡してこないかな?・・・

・・・つーか、この拠点指揮官って私じゃね?・・・

 メイドに置いてきぼりを食らった抜刀兵たちが、ちょっとキョドった表情で突っ立っている。

 ゾンビが襲来する雰囲気も皆無なので、部下たちに目配せし、すずは戦車に向かって駆け出した。

 戦車の車上には既にメイドが5人登って銃を構え周囲を警戒している。

 メイドヒラヒラスカートの間から顔を出したジョンソン少尉の元に駆け上がった。

「どういうことなのっ?」

「いや、うちの中隊本部から即時撤収命令があったんだ。この一緒に来たメイドたちも撤収になった」

「はぁぁぁっ! マジぃ」

 シモーヌと同じ事を言われ、本気でイラっとして声を荒げてしまった。

「つーか、今さらだけどな」

 ため息交じりのジョンソン少尉の言葉は、少し重たかった。

「何とか持ちこたえたってこと?」

 肩の荷が下り、すずも声のトーンを落として尋ねた。

「いや、戦車3台吹き飛んだらしい。最悪だ・・・」

「やっぱり・・・・3拠点全滅・・・」

「いや、壊滅したのは2拠点だけらしい。戦車は吹き飛んだが守備隊は何とか健在という拠点もあるそうだ」

「そ、そう・・・」

 拠点2カ所が全滅ということは、それだけで途方も無い戦死者が出たということだ。

「だが、他の拠点でもかなりの損害が出ているらしい。場所によっては、全滅寸前まで押し込まれた拠点もあるそうだ・・・ここから一番離れた弥勒堂では、ほぼ無傷の大群に加え隣接エリアから多数の生体ゾンビが川を越えて襲来し、凄まじい乱戦になったらしい」

「弥勒堂・・・でも、あそこにはかなりの精鋭部隊が残ってたはずよ。66女子抜刀中隊他、第23連隊の半分と予備兵力の兵学校女子抜刀隊も投入されているはず」

「ゾンビの数が半端なかったらしい・・・つーか、ここから一番離れてるから」

 ジョンソンの目に生気が無かった。同僚の戦車が吹き飛んだのかもしれない。

 α1正面をビアンカ中隊が突破したため、α1に近い場所にいたゾンビほどリナたん重戦車の砲撃音に釣られビアンカに駆逐されたのだが、弥勒堂前面に迫っていたゾンビの大群は釣られて移動しなかったということだ。

「で、でも、何とか持ちこたえたんでしょ?」

 66女子抜刀中隊には一緒に戦ってきた元部下がかなりの数配属されていた。それを思うと、すずはすがる思いでジョンソンの腕をギュッと握りしめ尋ねた。

「最後、ピンクちゃんがモデラーズ部隊を引き連れて突っ込んできたそうだ。それで何とか・・・全滅は免れたらしい・・・」

「・・・・・」

 震えが走った。

 全滅を免れたということは、全滅寸前までいったということだ。どれだけの兵や学生が戦死したのか・・・

「あ、あの子、大活躍ね・・・またファンが増えちゃうわね・・・」

 少し冗談っぽく喋ってみたが、ジョンソン少尉は悲しげな視線を下に向けた。

「戦死率ハンパないらしい・・・」

「そ、そうなの・・・」

 握っていたジョンソン少尉の腕を見詰め、手から力を抜いて優しく撫でてやった。前線で死は日常だが、みな友達や部下や上官の死は辛いのだ。

 だが、まだ終わっていないのだ。慰め合う時間はなかった。

「ここだけ運が良かったのね・・・・」

「そうだな。あのモデラーズ指揮兵がいてくれたおかげだ」

 ジョンソンが視線をシモーヌに向けた。

「あなたの活躍も凄かったわよ」

 撫でていた手をポンポンと優しく叩くと、彼は少し首をすくめおどけた表情で笑って見せた。

「そりゃ、サンキュですぅ」

「あなた。英語ヘタね」

「生まれも育ちもヨコスカなんで」

「そ、そうよね」

 すずが微笑んで見せると、ジョンソン少尉はすぐに真面目な顔に戻って、彫りの深い顔を近づけてきた。

「ああ、それで・・・・・」

「な、なに?」

 女を口説く雰囲気でもなかったので、すずも声を潜めて貌を寄せた。

「どうもこの作戦、正規に承認された作戦じゃなかったらしい」

 耳に息がかかる距離でそう告げられ、すずは驚きのあまり身体をそらして大きな声をあげてしまった。

「は、はあぁぁぁぁぁぁっ!」

「そ、それ、マジなの。どこからの情報っ?」

「いや、うちの大佐が渋谷方面軍臨時司令部に乗り込んで確認したらしい。スーパーガード作戦というのを臨時司令部で承認どころか、認識さえしていなかったそうだ」

「ど、どういうことよ?」

「渋谷2回目の作戦進行速度に対応するため、臨時司令部の大半が移動したんだが、留守番を任された実戦経験の無い若い参謀たちがスーパーガード作戦を立案実行したそうだ」

 話の内容がデタラメな割に、ジョンソン少尉の表情も口調も淡々としていた。

「やったもの勝ちとか思ったんだ・・・・そ、そんな馬鹿な連中の思いつきで・・・どれだけ無駄死にしたのよ・・・」

 すずの中で言い知れぬ怒りがわき上がってきた。

 仲間の戦車3台吹き飛び、なぜ少尉は冷静に話せるのか不思議だった。

「そいつら捕まえたの?」

 その問に、少尉は視線を落としながら口を開いた。

「あ、ああ、ガナフ大佐自ら、そいつらの元に乗り込んだそうで・・・・」

「な、なに?」

「逃亡したんで、大半の参謀たちはその場で射殺されたそうだ・・・」

「逃げるって、発想が子供ね・・・」

 開いた口が塞がらないとはこのことだが、ジョンソン少尉の気持ちを察するとさすがのすずも言葉に詰まった。

 元在日米軍の子孫である彼らは、この城塞都市トーキョーでひどい扱いを受けてきていた。その彼らの上官が味方殺しをしてしまったのだ。彼の口が重くなるのも仕方の無いところだろう。

「新米参謀の集団だったらしいから、幸せ教育のクセが抜けてなかったのね?」

 幸せ教育の善し悪しは別にして、この時代、何か問題が起こると幸せ教育に原因を求める傾向があった。実際、すずにしてもそうだが、一般庶民全員が幸せ教育の元で育ってきたのだ。

「・・・・・」

 すずの問いに少尉は答えなかった。

・・・自由にノビノビ他人の命を使って勝負してみたんだ・・・・

 怒りの矛先が消え失せて、途方に暮れた。

 小さくため息をつくと、少尉が握手を求めて手を出した。

「で、今さらながら撤収命令が出たってことで」

「ありがとう」

「こちらこそ」

 穏やかな笑みを浮かべた彼と握手をしたその足元から、甲高い若い男子の声が。

「はーいっ! ガールっ!」

「は、はぁ?」

 ほぼ真下のハッチから突き出てきた顔が声を掛けてきた。ただし視線は完全に横に立ったメイドのスカートを覗いている。

 青い瞳の可愛い男の子は、少し顔を赤らめて言った。

「戦車兵のゼフ一等兵でちゅ」

「でちゅ?」

 死語というより古語だが、バンパイア戦争以前のビデオコンテンツがネット動画にあふれた現状では、話し言葉が2000年代初頭と似通ってくるのは仕方なかった。

 車長のジョンソン少尉が顔をしかめている。

 若い戦車兵は、そのキョドった視線をメイドスカートとすずの顔を行き来させながら続けた。

「きれいな、おぜうさん、こんど、お茶でも、どーですぅかぁ?」

・・・なぜ、カタコト?・・・

「やめろ、ばか。お前ほとんど英語とか話せないだろ」

「しゃちょさん、何言ってるあるかぁ?」

 ジョンソン少尉の突っ込みに若い戦車兵は、中国なまり?のような変な口調で答えた。

 ハッチから乗り出した少尉に睨まれ、戦車兵ゼフはすずにウインクしつつ首を引っ込めた。

「部下が馬鹿で・・・」

「いえ、その苦労わかるわぁ」

 すずとジョンソンはようやく少しだけ笑うことができた。

 戦車のエンジンに火が入り、すずは飛び降りて手をあげた。

「じゃあ、城壁内で逢ったら、飲みに行きましょう」

 すずがそう言って手を振ると、ゼフが顔を出した。

「少尉ずっりーよぉぉぉっ!」

 ゼフが本気の不満顔て訴えたので、少尉は面倒臭そうに顔をしかめた。

「お前も呼ぶから安心しろ」

 そう言われ、ゼフは一転して満面の笑みを浮かべた。

「おねぇさん、よろぴくでつぅ」

・・・何をよろしくされたいの? ぼーや・・・

 少し目を細め冷たい視線を向けてみたが、彼には効果が無かった。ウインクされ、つい笑ってしまった。

・・・このボーヤは、うちの若いのに迎撃させよう・・・

 そう合コンの作戦を思い浮かべていると、戦車上に立ったメイドがジョンソンに報告した。

「作戦参加モデラーズ兵総員100名、戦術配備完了」

 メイドに敬礼され、少尉が一瞬フリーズした。

「じゃあ、ゆっくり帰るわ」

 少尉がゆるく敬礼したので、すずは小さく手を振って答えた。

「ええ、気をつけて」

  エンジンの回転音を抑え、戦車はゆっくりと後退していった。

・・・損害ゼロか・・・

 左右に展開したメイドと車上のメイドが華やかにも感じられたが、彼女たちの仲間も各拠点で多数の死者を出しただろう。原隊に戻り、戻ってこない仲間を思って、モデラーズたちは何を思うのだろう。

 ふと、そんなことを思いつつ振り返ると、兵学校女生徒たちの大量の視線があった。

 戦車を見送るというより、すずをガン見している。

・・・お馬鹿ゼフ君との会話丸聞こえぇ?・・・

 顔を赤らめ、すずは早足で歩き始めた。視線がイタすぎる。

 生徒会長が何かを訪ねたいのか、すずに視線を合わせ寄ってきそうになったので手を突き出して制した。

「学生は、そのまま現状で待機っ!」

 無駄に大きな声を出し、ゲートへと急いだ。

 ゲートでは、生体ゾンビ迎撃から戻った副隊長が細かな指示を部下たちに出しているところだった。

 メイドたちに代わり、抜刀兵50名が配置についていた。

「副隊長っ! 損害報告をっ!」

 赤らめた顔を誤魔化すため、再び大きな声を出してしまった。

 そんなすずに対し、副隊長はゆるーい顔で笑った。

「わたしら、メイドの横に立ってただけなんで」

「損害なし? 生体ゾンビを迎撃した部隊も?」

「はい。小隊長3人と私で一斉に仕掛けましたので、アッサリ片づきました」

「そう、良かったわ」

 分かってはいたことだが、一気に肩の荷がおりた。

 銃殺覚悟の撤退を考えていたことが嘘のように、あたりはとても平穏だった。

・・・こんなんなら人生楽ちんなのに・・・

 大規模な戦闘で部下を死なせないで済むというのは、滅多にないことだった。

 特に部下が2桁を越えてからというもの、部下を死なせてしまう恐怖と絶望感。死なせてしまった後で後悔を引きずり続け、それが蓄積していく。

 少なくとも、「渋谷2回目」と「スーパーガード」作戦で部下たちを死なせずに済んだ。それだけで、気分は楽だった。

「戦車もメイドも帰りましたね。作戦成功で何よりです」

 そう言った副隊長の言葉をすずはスルーした。

「・・・・・・」

 66女子抜刀中隊の悲劇を伝えるべきか迷ったが、戦車兵からの又聞きを伝える気分ではなかった。

「あとは私らだけで充分だわ」

 視線の先におびただしい数の亡骸が積み重なっていた。

 呆気なく片付いたものの、ゾンビの山を前にすると改めて無謀な作戦だったのだと考えさせられた。

 もし、α1以外からビアンカ部隊が突出していたら、ここにも大規模なゾンビの大群が押し寄せてきたことだろう。

 もしも、シモーヌという特別なモデラーズ指揮兵がゾンビウイルスに感染していなければ、彼女がここに残ることも無く、もっと違った戦闘が繰り広げられたことだろう。

・・・シモーヌが見当たらないわね・・・

 一瞬、そう思ったが、副隊長の声に思考がぶれた。

「今、両サイドに偵察分隊出してます」

 副隊長の報告にすずは小さくうなずいた。

 ゲート前戦力配備も素早い偵察指示も完璧だった。

・・・気の利く女だ。やっぱり便利だ・・・

 惚れ直しましたと熱い視線を送ると、副隊長は少し困惑した顔で小首を傾げた。

「学生どうしますか?」

「それだけど、作戦中止だし、元の予備兵力として後方に戻すということも考えたけど、2拠点壊滅したらしいから・・・」

「そ、そうですね。もう少し様子を見ないとですね」

 戦車が後退した途端、ゾンビの気配は完全に途絶えた。

 亡骸の山の中で数体のゾンビが動いている。わずかに蠢くゾンビの悲しげなうめき声が、静まりかえったα1に悲しい詩を響かせていた。

 戦車後退から10分以上が経過したところで、通信担当が声をあげた。

「スーパーガード作戦は中止っ! 各拠点守備隊は戦車後退後現状を確保。渋谷方面軍司令部からの入電です。命令コード確認しましたっ!」

「臨時じゃ、ないんですね・・・」

「そうね・・・・」

 連絡遅過ぎだろうと思いつつ、毎度の事なので二人は報告を聞き流した。

 必死に本部と連絡を取ろうとしていたのが嘘のようだ。

「学生たちには穴掘りさせて、あと手の空いた兵たちには残骸ゾンビチェックを入念に・・・・」

 事後処理の手筈を話し合っていたところで、端末が震えた。

 手に取り画面をのぞく。

「げ?っ!」

「どうしたんですか?」

 変な顔で固まったすずに部下たちの視線が一斉に向けられた。

「いや、知らない番号から着信が・・・」

「電波状態も少しずつ回復してるみたいですね。どうして出ないのですか?」

 2秒ほどフリーズしたが、着信を無視して端末をしまう。

「知らない端末なんて、無視するに決まってるでしょ」

「ま、まあ確かに、それはウザいですよね」

 副隊長が半笑いでクビをすくめた。

 話が途切れたところで、すずは再びゲート前に視線を向けた。

 ゾンビが襲ってくる気配は全く感じられなかった。

「ねえ? あの子どうしたの?」

 ゲート前を見渡しながら、すずは誰となく尋ねた。

「あの子って?」

「シモーヌよ」

 すずの問いに、その場の全員が周囲を見回した。

「あれーっ・・・どこだろう?」

「見えませんねぇ?」

「ほんとだぁ」

「メイドと一緒に戦車で帰ったとか?」

 そう言った分隊長は冗談のつもりなのだろうが、全員の視線は冷たかった。

「・・・・・」

「・・・・」

「あっ、あんたねぇ・・・」

 冷たい視線にさらされ、まったくシャレになってないことに、分隊長は2秒ほどして気付いた。

「あっ! す、すみませんっ・・・」

 負傷兵をネタにした冗談など、戦場ではタブーもいいところだ。シモーヌの指揮ぶりが男前過ぎて、腕を一本失っているという事実を忘れてしまうほどだったということなのだろう。

「探してきてちょうだい。見つかったらすぐ知らせてね」

「了解っすぅ」

「りょ」

 すずの指示に分隊長数名がゲート前に配置された部下たちの元へ走った。

 シモーヌの居場所を尋ねる声と、ゾンビチェック開始の声が重なった。

 無残な亡骸となった元人間であるゾンビを、一体ずつ動かして確認していく。

 ドス黒い血の海に死体の山が積み重なっている。

 どこのゾンビもそうだが、このゾンビ戦争で戦うゾンビも生体ゾンビにしても、とても生々しい生き物なのだ。

 歩く死体などと呼ばれる過去の映画などに出てくるゾンビとは違って、ちゃんとした血流のある生物なのである。

 学生たちへの指示伝達は副隊長に任せ、すずは臨時ゲートから出て瓦礫を積み重ねて造られた防衛線をチェックしてまわった。

 地味な作業であり、渋谷方面軍本部を奪還したとなれば、この70年近く年季の入った防衛線にあまり意味は無かった。今のところ。

「すぐに前進命令が来るのではありませんか? 掃討作戦が・・・」

 同行する本部抜刀兵が尋ねた。

「それは無いわぁ。少なくとも今日はここでお泊まり決定よ」

「そ、そうなのですか?」

「ええ、ここは無事だったけど他はボロボロなのよ」

「ぼろぼろ・・・ですか・・・」

「そう、掃討作戦なんて無理っ! てくらい、第2戦線は壊滅的な打撃を受けてるみたいよ。又聞きだけどねぇ」

 すずは若い部下におどけた表情で言った。

「そ、そうなのですか・・・・では、孤立してた部隊との合流には少し時間がかかりそうですね・・・・」

 入隊2年目の若い抜刀兵は、寂しげな表情で渋谷方面軍本部の方向を見た。

 行方不明になったままの仲間を心配しているのだろう。

「そうね、部隊再集結がどうなるかは、まだ全然わからないわ」

 全ての作戦が終結し、後始末が終わるにはまだ少し時間がかかるだろう。

 作戦終結を考えたとたん、すずの気持ちは重たくなった。

 最終的な戦死、行方不明者が確定するのだ。部下が全員無事ならいいのだが、そんなことはありえない。

 嫌な記憶も整理しておかなければならなかった。

  防衛線を見回りながら、すずは昨日の記憶を呼び起こした。

 なぜ、あれほどの大群が渋谷方面軍本部に迫るまで気付かなかったのか? 

 昨日のゾンビ襲来は完全な奇襲と呼べる攻撃であった。

 今までに無かった攻撃と言ってもいいだろう。

 渋谷方面軍本部にゾンビの大群が押し寄せた時、本部後方に駐留していたすずは抜刀中隊主力を率い即時迎撃に向かった。

 しかし、すずたちよりも早くゾンビの大群は本部ビル内部になだれ込んでいたのである。

 最初の激突で十数名の部下がゾンビの波に呑まれてしまった。

・・・五月・・・霧・・中村・・・あや・・・みか・・・

 戦死したと考えられる部下の顔が・・・あの時の記憶がよみがえる。複数体のゾンビにつかまり肉を食いちぎられる様が脳裏に焼き付いていた。

 すずは自分のウカツさを呪った。最前線から離れた本部前に突然ゾンビの大集団が出現するなど想像もしていなかった。

 方面軍本部前広場は人波に埋め尽くされていた。逃げ惑う騎士に華族やそのお供たちが本部周辺を混沌の渦に変えていた。

 泣き叫びながら逃げ惑う人々とゾンビがゴッチャになって広場を埋め尽くしていたのである。

 本部前広場に突然ゾンビの大集団が現れるなど、誰も予想していなかった。

 だから、うかつに何の作戦も無く、かき集めた抜刀兵を引き連れ本部に駆けつけたのだ。

 偵察を先行させておけばと、今さらながら思う。そうすれば、あのカオスのような戦場に突っ込まなかったはずだ。

 十数名の損害を出し、戦況の深刻さにようやく気づいた頃、大隊本部から力押しで渋谷本部ビルに突入する作戦が口頭で伝えられた。

 無茶な作戦だったが、やるしかなかった。

 抜刀隊密集陣形の先頭に立ち、日本刀を抜いてまさに突撃と叫ぼうとしたその刹那、渋谷方面軍本部ビル屋上から信号弾が打ち上げられた。

 即時撤退を告げる真っ赤な閃光弾が同時に何発も打ち上げられ、すずは即座に反応した。

 考える余地は無かった。

 部下たちと逃げる。

 脱出する。

 ただ、それだけだった。

 直接指揮していた部隊の大半は無事後退することができたのだが、各所警備等に出していた部隊とは連絡が取れないままになった。 

 再構築された新たな防衛ラインで、戻らない部下の数を思ってウツになっていたところに、あの兵学校生徒会長が尋ねてきたのである。

・・・原口・・白川・・坂口・・・田中・・・由美・・リリカ・・・

 部下たちの顔が頭に浮かんだところで、再び端末が震えた。

 気持ちが沈んだところで呼び出され、イラっとしてしまう。

「あーっ、もうっ、うるさいわねぇ!」

 取り出した端末の表示は未分類、着信者不明であった。

 またか、と思いつつ端末をにらんでいると、同行している女子が怪訝そうな顔ですずに尋ねた。

「どうして出ないのですか?」

「出たら面倒だし」

 本音を垂れ流してみる。

「どこからですか?」

 部下のくせに図々しく尋ねてくる。

「さあ?」

 少し可愛く微笑んで小首を傾げてみせる。

「知らない番号って、出ないとヤバくないですか?」

 16の小娘に真顔で言われる。

 これだから世間知らずの若いのは面倒なのだ。

 「えーっ・・・やぁよんっ・・・・」

 フレンドリーな上官を演出するため、おどけて笑って見せたが効果は無かったみたいだ。

「はいはい、ちゃんと仕事してください」

「・・・・・」

 部下に真顔で言われマジイラッとする。

・・・どいつもこいつも、私の母親かよ・・・・

 手に持った端末によどんだ視線を落とすが、出る気など無い。

 どうせろくでもない通信に違いない。

 出なければ何の問題も無い。

 口うるさい部下をチラ見しつつ、端末をそっと直そうとしたところに中隊通信担当下士官が凄い勢いで駆けてきた。

 その必死の形相で走り寄ってくる姿を見ただけで、すずは憂鬱になった。

・・・な、何よっ?・・・

「隊長っ! 参謀本部からジカ電でありますっ!」

 真っ赤な顔で端末を突き出された。

・・・なに興奮してんのよ・・・

「あ、あんた出ちゃったの? て言うか、どこの参謀本部よ?」

「い、いや、出るっしょ?」

「本物なのぉぉぉっ?」

 スーパーガード作戦で下手を打った留守番参謀たちは射殺されたと聞いていた。

「所定の暗号コードは確認済みです。間違いなく首都圏国防軍参謀本部からの入電です」

「首都圏・・・」

・・・知らねぇっ。そんなとこのヤローとヤった記憶ねぇし・・・面倒くせーっ・・・

「切れない?」

「は、はぁ?」

 すずの問いに下士官の目が点になった。

「切りなさいよ」

「な、何言ってるんですかぁ? 冗談はやめてくださいぃぃ」

「どうせ、ろくな話じゃないわよ・・・・」

 確信を持って真顔で言った。

「隊長出ていだけないとぅ、あたしぃ自由市民にされちゃいますよぉっ!」

「自由市民、自由に暮らせていいじゃない」

「わ、わたしぃっ、泣きますよぉっ?」

 真っ赤な顔に加え瞳まで真っ赤に充血させ、涙目で端末を突き出される。

 軽いジョークだったのだが、本気で泣きだしそうなので端末を受け取る。

「はぁっ・・・・」

 大きくため息をついて音声通話開始。

「まいどぉ。渋谷方面軍軍曹柏木でありますぅ」

 端末の相手は首都圏国防軍総参謀本部次席幕僚柳田大佐と名乗った。

 偉いさんと思われたが、桜坂に部隊を派遣してくれと言われ、すずは間髪入れず断った。

 戦車が後退してしまった以上、第二戦線にこれ以上ゾンビが押し寄せてくる恐れは無いと思われた。

 それならば、α1から部隊を移動させるなど論外だ。

「は、はあ・・・はぁぁぁっ? 無理無理です。えーっ、何とかって・・・」

 柳田大佐と名乗った男は、なかなかの強者だった。

 頭ごなしに命令だと怒鳴られれば、方面軍本部を通せと言い返せたのだが、彼は下手に出て正論と現状をコンコンと語った。

「しかし、戦力がありませんし、セシリーの言いつけを無視する度胸もありません。ぶっ殺されますぅぅぅぅっ」

 すずは柳田の正論に抗しきれずセシリーの名前を出して、泣き言を口にした。。

 すると

 驚いたことに、セシリーと言った途端、柳田大佐はすずの説得を簡単にあきらめてしまった。

 セシリー姉さんの恐ろしさに驚いていいのか、参謀本部大佐のヘタレ度合いに驚いていいのか戸惑っていると、彼は最後のお願いをしてきて、すずは渋々了承することになった。

「えっ! は、はぁ・・・それだけでいいのですか? はい。了解です」

 最後までゆるい口調で話し続けられ、つい承諾してしまったというのが本当のところだった。

「はぁ・・・めんどくせぇ・・・・」

 通話を終え、どっと疲れが出た。

 なんといっても参謀本部の大佐殿だ。精神的に疲れてしまった。

「何か命令ですか?」

 端末を受け取りつつ、通信担当が尋ねた。

「穴の空いた隣の桜坂に威力偵察部隊を送り込めって・・・」

「偵察だけですか?」

「緊急派遣部隊はあちらから出すらしいわ。その部隊が到着する前の偵察ね」 

「じゃ、じゃあ。至急偵察部隊の編成をしませんと」

 働き者の通信担当が、慌てて駆け出そうとしたところを引き止める。

「偵察だから。2人も連れて行けばじゅうぶんよ」

「た、隊長が行かれるのですか?」

「でも、ここの指揮は?・・・」

 抜刀女子と通信担当が困惑した表情で顔を見合わせた。

「まあ、頼まれたの私だから、私が行くわよ」

 すずは右手を高く上げ、人差し指を立てて小さくクルクルと回した。

 その合図を見て、視界の範囲にいた副隊長や小隊長たちが駆けてきた。

 副隊長に簡単な説明をして戦闘用ビーコンなど威力偵察キットを受け取る。

 同行するのは、お付きだった抜刀女子と連絡を受けた通信担当下士官だ。

「じゃあ、桜坂の様子を見てくるから」

 副隊長に後を頼むと目配せするも、彼女は納得してない雰囲気だった。

「何もたった3人で行かなくても」

 眉間にシワを寄せ、副隊長は不満げにつぶやいた。

「ここの戦力は裂きたくないのよ。ヘマやるとセシリーに叱られるし・・・」

 すずがため息をもらしながら言うと、副隊長は大きく肩を落としながら言った。

「怖いんですね? セシリーが」

 副隊長の言葉に、すずはフッと笑みを浮かべた。

「そんなの、あったりまえでしょ。ポチだし」

「お狐さんじゃなかったんですね」

 副隊長は妙に真顔でそう言った。

 セシリーの名前が出たところで、一番の気がかりを思い出してしまった。

「ねぇっ? シモーヌは見つかったの?」

「それが、ちょっと、マジヤバイかもです。ポチ的には、かなりのヘマをやらかしたかもですね・・・」

・・・お前が・・・ポチ言うなよ・・・

 怒りを込めたよどんだ視線を向けるも、副隊長は呑気に小首を傾げ視線を落としている。

 この女、私のドンヨリ光線をかわすというか、無視するすべを心得ている。

 しかし、確かにマズイ。

 さんざん助けられた挙げ句、ちょっと目を離したら行方不明になりましたなどと、殲滅のセシリーに報告できない。言いたくない。

 どうしたものかと、少し途方に暮れウツになってうつむいていると、部下の大きな声が響き渡った。

「た、大変でぇすううぅぅぅっ!」

 遠慮の無い大声だった。

 通常の戦場ではありえない声の響き具合だ。

 小隊長の1人がが部下と一緒に駆けてくる。

 引きずられるようにして駆けてくる女子は、胸に自動小銃と弾薬を抱きかかえていた。

 その光景だけで、その場の全員がさっした。

「おい、どうしたんだ?」

 副隊長がすぐに尋ねた。全員の視線が自動小銃を抱えた女子に向けられていた。

「シモーヌ、装備を置いて出て行ったのかもしれません」

 部下の腕をつかんで駆けてきた小隊長が青い顔で言った。

 自動小銃をギュッと抱きしめた女子抜刀隊員は、大粒の涙をボロボロと落としている。

 入隊1年、まだ16歳の抜刀隊員だった。

 明るく優しく誰からも好かれるタイプの、言わば幸せ世代いい子代表のような女子だ。

「おい、泣くなっ!」

「だってっ、シモーヌっ、おしっこにぃ、行ったと思ったからぁっ・・・・」

 小隊長に叱られ、彼女は自動小銃を抱きしめたままその場に座り込んだ。

「銃と弾薬の見張りを頼まれたそうです」

「これ持っててって言われたからぁ、あたしぃ、あたしぃぃぃぃっ・・・」

 下から見上げる彼女の瞳からは大粒の涙が次々とわいてきた。

「おしっこだと思ったからぁ・・・お手伝いしてあげるっていったのにぃぃっ・・・後は1人で出来るからぁって、言ってぇぇぇっ・・・・」

 16歳の抜刀兵は、大粒の涙をボロボロと落としながら泣き叫ぶようにして説明した。

 その場に集まっていた全員が顔を見合わせた。

 シモーヌはハンドガンだけを持って1人で死に場所を探しに出て行ったのだ。

・・・マジか・・・

 すずは座り込んだ抜刀兵に視線を合わせるように前屈みになった。

「そんなに気にしなくていいわ。私だって、あの子に持ってろと言われたら素直に荷物持ちでも何でもやったわ。あなたはシモーヌに頼まれたことをしただけだから」

 手を伸ばし彼女の肩をさすってやる。

 自分勝手で使えない人間が大量増殖したのと同じ数くらい、心優しい人間も増えている。

 こんな子が増えるなら幸せ教育も悪くないと思う。

「どっちに向かったの?」

「ゲート正面、ゾンビの山の脇を進んでいったそうです」

 すずの問に泣き崩れた隊員を連れてきた小隊長が答えた。

「いま急編成した偵察分隊に後を追わせていますが・・・」

 その小隊長の言葉に、全員の視線がゲート前方に向けられた。

 ゾンビの亡骸を飛び越えるように、偵察に出ていた兵がこちらに駆けてくる。

「シモーヌは?」

 駆けてきた抜刀兵に小隊長が尋ねた。

 その場の全員が息を呑む。

「ま、全く見当たりません。いま、そこらに転がっている死体に交じってないか調べさせてます」

「あんた・・・そんな恐ろしい事・・・」

 気の早い対応に、小隊長はすずや副隊長の顔を見比べて顔をしかめた。

 詳しい状況は分かった。だが、すずは桜坂の偵察に出なければならない。

「大至急五個偵察分隊を編成してα1前方500メートル四方を徹底的に調べてちょうだい。万一の時は、頼むわね」

 心残りではあるが仕方ない。

 副隊長に大ざっぱな指示を出す。

「了解です。その時は私が処置します」

「変異を確認してからよ。いいわね」

 そういう訓練をしているかは不明だが、この時代、自殺するのもかなり難しい。

 自分の頭を吹き飛ばして自決するなど、銃器を持たない普通の人間には無理なのだ。

「残された装備にハンドガンは見当たらないから、たぶんそういうことだと思う。もしも遺体を見つけたらできるだけちゃんと埋葬してあげて」

「はい。必ず」

「敬意を払ってあげるのよ」

 分かりきったことを何度も念を押した。

「心得てます」

 すずのしつこい念押しにも、副隊長は真面目にうなずいた。

「間違いなく、あの子・・・死にに行ったんだから・・・」

 言葉に詰まり、すずはうつむいた。

 予測できたことだった。

 最後の最後でヘマをやってしまった。それも、かなりキツイ終わり方だ。

・・・こんなラスト・・・

 誰しも自分がゾンビになるところや、ゾンビになった姿を顔見知りに見られたくない。モデラーズ兵であっても、同じだということなのだろう。

 最低だが、あまりにもありがちな結末だった。

 シモーヌが普通の人間なら、すずももう少し違った対応をしただろう。

 シモーヌが自分の部下なら、もっと気を使っていたはずだ。

 シモーヌが・・・・

 心の底に後悔だけが積み重なっていく。



 



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