第8話 α1

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 柏木すずのターン


登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

     15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮

     中隊の一部を率い、セシリーに命じられα1移動中

     「牝狐」と呼ばれたりする。


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 ひとふたまるまるジャスト


 臨時防衛ラインの一角α1手前2キロ弱。

 駆け足でα1を目指して移動する柏木たち第78女子抜刀中隊の前方から、凄まじい銃撃音が響き渡った。

「先行偵察分隊より入電。アキト中隊は既に戦闘状態に突入っ!ゾンビがα1に殺到しているとのことです!」

「よしっ! ビビんじゃないわよっ! 全小隊、全力でこのままα1前線に突っ込んで、セシリーにいいとこ見せるのよっ!」

 連絡下士官の報告に、柏木すずはテンションを上げて叫んだ。

 隊列を組んだ若い抜刀兵たちも、これが決戦だということを肌で感じているのだろう。一斉に黄色い気勢をあげた。

「下手したら、私らも自爆ゾンビでドカンですね」

 一番歳を食った20代前半の副隊長は、妙に落ち着いた口調で少し半笑いで話してくる。走って息が上がっているのか? 歳だから。

「なんだか、楽しそうね?」

「いえね、散々助けられてばかりだったから、少しは役に立てればと思いまして」

「一緒に吹き飛ばされても本望って?」

「そ、そうですね。それもいいかも」

 二人が顔を見合わせたその時、切り裂く轟音が前方を駆け抜けた。

 柏木たちが目指していたα1前方と思われる近辺が、巨大な炎に包まれた。

「なにっ!?」

「じっ、自爆ゾンビですかぁ?」

 あまりの凄まじい爆発に、全員が驚いて足を止めてしまった。

「中隊長っ、あれっ、パンツァー接近してきます」

 巨大な主砲を持った重戦車が、キャタピラーで道路を削りながら突進してくる。

「げぇっ!」

「こっちに来てませんか?」

「リナたんは方向音痴とかぁ?」

 車体をこちらに向けたまま、主砲だけが左に旋回して火を噴いた。

「はっ、発砲っ!」

 誰かの悲鳴に近い叫びが微かに聞こえた。

 閃光と共に放たれた砲弾が着弾すると、70年前に放棄された自動車が数台、ゾンビの集団と共に消し飛んだ。

「た、隊長っ!」

 重戦車の発砲に中隊全員が道端にしゃがみ込んでいた。連絡下士官が、自分の古い機械時計を指差しながら何かを言っていた。

「あーっ? 何だぁっ?」

 しゃがみこんだ中隊のすぐ前方を、ピンクの髪をなびかせたビアンカの乗った戦車が駆け抜けていった。

 その場の抜刀隊員全員が、爆音を上げて突進する戦車に目を奪われていた。まさに、あの時の再現だった。渋谷迎撃戦、その2回目が幕を開けたのだ。

 戦車の真横を真っ白なワイシャツとブロンドのモデラーズ兵が駆け、後方には兵学校の制服を着た抜刀隊が続いていた。

 柏木すずは、戦車後方に美山紫音の姿を見た。4列縦隊の先頭に立ち、厳しい表情で駆けていった。

「ひとふたまるまる、超えてますっ!」

 戦車が離れ、ようやく下士官の声が聞き取れた。

「既にアキト中隊はα1前線を突破、進撃を開始しています」

 数々の激戦を繰り広げたその場所は、度重なる戦闘により遮蔽物の無い更地と化していた。

 そこに集結したアキト中隊に向かって、ゾンビの大群が恐ろしい密度で襲いかかっては、ビアンカやモデラーズ兵の射的となって頭を吹き飛ばされていく。

「すっげー! なんかゾンビが哀れに見える・・・・」

「重戦車もα1を右サイドから突破します。学生とモデラーズも続いています」

 戦車砲が立て続けに3発発射され、わずか2秒にも満たない一瞬で戦車正面に向かっていたゾンビ千体ほどが消し飛んだ。

 しかし、吹き飛んだ爆炎の先から、新たなゾンビが次々と姿を見せた。

「つ、つーか。ゾンビの数がハンパなくないですか?」

 歴戦の副隊長ですら驚くほどのゾンビの大集団だった。

「何っ、この密度はぁ。あの中に自爆ゾンビもまぎれてるのよっ。一匹でも見逃すと大事だわっ・・・・」

 見下ろしている位置もあるのだろうが、見渡す限りの地面をゾンビが埋め尽くしているように思えた。さすがの柏木もビビる数のゾンビだった。

「あ、あんなの・・・抜けるんですか?・・・」

 副隊長が震える指を前方に向けた。

 あの大群を止める訳ではないのだ。あの大群を突破して、突撃していくなど、確かに柏木にも意味が分からない。

 新たにわき出てきたゾンビの集団を前に、戦車が停車した。

 柏木たちの場所から、少し坂をくだった場所にα1はあった。突撃銃からアサルトライフルに重機関銃を装備したビアンカとモデラーズ兵の集団が、早足で駆けながらアッという間にα1前面に集まってきたゾンビの集団を殲滅した。そして、そのままの勢いで戦車に殺到しつつあったゾンビの大群に銃撃を開始した。

「火力凄すぎ・・・・訳わかんないし・・・・」

 脇に立った連絡下士官が呆然とした顔で呟いた。

 停車した戦車のハッチから身を乗り出した桃色髪が、砲塔上の大口径特殊機銃を動かし、凄まじい勢いで発砲を始めた。一振りひと掃射しただけで、その機銃射線上のゾンビは、まるで蒸発でもしたかのように消し飛んだ。

「な、何ですか? あのガトリング砲みたいな機関砲?は・・・」

「あ、圧倒的だし・・・・」

 戦車前面のゾンビ大集団も、ほぼ瞬殺に近い感じでの殲滅だった。その場所にビアンカ中隊主力が進み出て、戦車を先導する形で進撃を開始した。

「ビアンカ・・・やっぱ、ハンパないわねっ・・・・」

 重戦車の爆音に釣られるように、ゾンビの新手が次々と集まってきては、それをいとも簡単に瞬殺していく。

「つーか。遠目に見てもリナたん格好良すぎっスねぇ。見ました? あの車上重機関銃を撃ちながら、左手に持った突撃銃でも正確に発砲してましたよ」

「なによ。赤毛ツンデレちゃんから乗り換えるの?」

「乗り換えるなんて人聞きの悪い。私のツンデレちゃんは、今日は出てきてないのかなぁ?」

・・・お前のじゃねぇし・・・・

 アキトのストーカー4年弱の柏木すずには、副隊長の言う赤毛ツンデレが、どのビアンカなのか察しがついていた。何せ、その赤毛には力一杯突撃銃でぶん殴られた後で、延々と毒づかれた経験があった。

・・・赤毛ツンデレ姉さんはアキト直衛だから来てねえのさ・・・・・

「ビアンカってなんで、量産中止されたんでしょう?」

「さ、さあ・・・」

「だって、アキト中隊を10個もつくれば、首都圏全域のゾンビなんてソク殲滅ですよ・・・・」

「まあ、色々と事情があるんじゃない?・・・・あらっ!」

 副隊長が世の中の矛盾を愚痴っているところへ、前線から国防軍将校が駆け寄ってきた。

「おーい。抜刀隊っ!」

 顔見知りの少尉は、いつものように爽やかに笑っていなかった?

「やあ、少尉」

 何か物凄い必死な表情で迫ってくる。何かやらかしたかな? そう思っていると彼は手を下に振りながら叫んだ。

「伏せてーっ!」

「へぇ?」

 少尉があと数メートルまで迫ったところで、それは炸裂したというか、吹き飛んだ。

 アキト中隊が侵攻していった方向の廃墟の街並みが、複数箇所で同時に大爆発したのである。

 自爆ゾンビクラスの爆発が、5カ所で立て続けに起こった。

 ビルが消し飛び、鋼材でできた歩道橋が丸ごと舞い上がった。

「なっ、なによーっ!」

 大爆発は突出したアキト中隊を半円で取り囲むように炸裂した。

 爆発閃光で腰が引けたところに爆発振動が襲い、そして凄まじい爆風が押し寄せた。

「少尉っ!」

 爆風と一緒に顔見知りの少尉が柏木の胸に飛び込んできた。キッチリと抱き取って、その場に倒れ込む。

「すず姉っ!」

 抱きとめたはずの少尉は、そのまま柏木を庇い身体全体を彼女の上に押しつけた。両手がすずの顔を抱え胸に引き寄せる。

・・・爆発のドサクサになかなか・・・・どうして・・・やるわね、坊や・・・

 男に守られている。なかなかいい感じだった。

「ひーっ! 瓦礫と細切れゾンビの塊だあっ!」

・・・そいつは大変だな・・・・

 副隊長や部下たちの変な悲鳴が聞こえた。自爆ゾンビ爆発後のお約束だが、降ってくるゾンビの破片より年下少尉の胸の方が当然居心地が良かった。

 男の下で守られるというオマケは1分少々続いた。

 背中に手を回そうかと考えていたら、少尉が離れてしまった。

・・・チッ、逃げられた・・・・

「大丈夫? すず姉」

 起き上がった少尉に手を引かれ起こしてもらう。

「えっ? あ、ああっ、だっ、大丈夫だし・・・・」

 やめろよ。部下の前で「すず姉」は・・・・と思ってみたものの言えない。今度2人で会ったら説教だ。

 部下の目がウザイので、速攻で大爆発ネタに話を振る。

「な、何よっ! あれは?」

 顔を赤くして聞くと、少尉殿は名残惜しそうに柏木の手を握ったまま教えてくれた。

「はい。よく分かりませんが、自爆ゾンビを始末するとセシリーから連絡があり、到着していないすず姉たちに伝えに来たんです。コンクリートとゾンビの欠けらが空から降ってくるから気をつけるようにって」

「そ、そうか・・・」

 混乱から立ち上がった部下たちが、あきれ顔で柏木をマジマジと見詰めている。

 ハズいので、副隊長を睨みつけ顎を振って中隊を進撃させるように伝えると、出来る副隊長はすぐに大声を張り上げた。

「抜刀中隊っ! 駆け足ーっ!」

 なかなかヤルな副隊長。と思ったが、一言多かった。

「おらーっ! 隊長殿のラブイチャ、ガン見してんじゃねーっ!」

 副隊長の怒鳴り声に、駆けだした抜刀隊員がドッ沸いた。

・・・ラブイチャとか言ってんじゃねぇ・・・・・

 顔をさらに赤くして睨んだが、副隊長はその場から動こうともせず、柏木を見てニヤリと笑った。

 気にすると恥ずかしいだけなので、視線を少尉に向ける。

「あんた反攻作戦に出るの?」

「はい。α1守備隊は、全部隊で特殊作戦攻撃軍後方支援での出撃です」

「そ、それは、ハードね。戦車の轟音に引き寄せられ、左右からもゾンビが殺到してくるわよ」

「戦車にゾンビは近づけさせはしません」

 何だか一人前の男になったな・・・とか感心しつつ、少し情報収集してみる。

「反攻作戦は前線守備軍全体で押し上げるの?」

「いえ。前線守備部隊のほぼ四割が、第一波として進撃を開始します。主力は正規国防軍狙撃中隊です」

「抜刀隊や一般の守備隊はお休みなの?」

「いえ、第一波出撃1時間後には、残りの五割が残存ゾンビを掃討しつつ、元の渋谷防衛ラインを目指します」

「て、ことは何? たった3時間程度で、今回の前線崩壊騒動に幕が引かれるの?」

「作戦指示書通りなら、そうなりますね・・・」

「ま、まあ。セシリー出てきちゃったら、楽勝だろうけど・・」

 3人で坂を下る。α1守備隊モデラーズ兵がズラリと並び、今にも進撃を開始しようとしていた。

 セシリーの名を出した瞬間、少尉の視線が飛んできた。

「でも、すず姉が、こんなに凄い人だとは知りませんでした」

「はぁ?」

 話が見えない。

「もううちの大隊で、柏木すずの名前を知らない者はいません」

 早足で歩きながら、少尉は男の子特有のキラキラした視線ですずを見ている。

 若い男子に尊敬されるようなことをした覚えは無い。

「若き抜刀術の達人である中隊長の名前は、元々有名ですから」

 脇の副隊長がそう言うと、少尉は自慢話でもするように言った。

「あの殲滅のセシリーがα1に到着して、うちの大隊長と顔を合わせて開口一番、柏木すずは? と、あの神々しいまでの美貌を傾げた姿を、俺、一生忘れません」

「は、はぁ・・・・」


 第78抜刀中隊中隊長柏木軍曹がα1に到着したのは、ひとふたまるごだった。

 出撃待機している大隊長に挨拶をすると、彼も少し興奮気味にセシリーのことを持ち出した。

「柏木君、セシリーが凄く君のことを気にしていたぞ?」

・・・く、君ぅ?・・・・

 大隊本部幕僚たちも寄ってきて、セシリーネタで意味不明に盛り上がった。

 今から大反攻作戦が始まるという数分前なのに、打ち合わせも引き継ぎもなく、セシリー話で超盛り上がった。

 あんたら全員ロリコンか? と突っ込もうかと考えていたところで、その場にいた全員の端末が最大震度で震えだした。

 みなが慌てて端末を取り出すと、新旧端末の性能などお構いなしに、ホログラフとなったセシリーが中空に浮かび上がった。

「こちらはセシリアっ・・・・・」

 そして、美少女ビアンカ指揮兵の口から渋谷2回目が宣言された。

 反撃作戦の開始を知らせる信号弾が、前線の各所から一斉に上がった。

 進撃を開始した部隊に、居残り部隊から黄色い歓声が起こった。救助隊の出撃なのだ。仲間の救助を誰もが期待していた。

「大隊長殿に敬礼っ!」

 大尉自らの出撃に、柏木たちは慌てて敬礼した。すぐ脇を彼が敬礼しながら進んでいく。

「はやく・・・・帰ってらっしゃい・・・・」

 そう呟くと、真横で敬礼していた副隊長がチラチラと視線を向けてくる。

・・・マジウザ・・

 副隊長のチラ見に耐えきれず、つい自分から話を振ってみる。

「な、何よぉぉ・・・・・」

「ちゅ、中隊長ぉ?」

 なぜ、お前の声が裏返る?・・・・

「な、何っ?」

「年下も食ってます?」

「ばっ、ばか言わないでよ・・・」

 とりあえず否定してみる。

「マジ・・・・」

 あまり嘘をつけないザックリな性格なので口がすべる。

「いや、あれは年下っっても、二個下の少尉様だしぃ・・・・」

「あんなんと、情報交換してるんですか?」

「ば、ばかぁ。あ、あれは、元々私の抜刀隊に研修に来ていた子でぇ・・・」

「えっ! 部下とヤッちゃったんですか?」

・・・ヤッちゃったはないだろう・・・・

 慌てて、全周囲警戒したが、さすがに各小隊長たちは守備の打ち合わせや何やらで走り回っている。

 遊んでいるのは、この副隊長だけだ。そんな女に少しだけ、言い訳をしてしまう。

「し、しっ、仕方ないでしょう。死ぬ前にとかコクられたら、嫌とは言えないしぃ・・・・・」

「何か、付き合い長そうな雰囲気でしたけど・・・・」

「ま、まあ、2・3年かしら?」

「は、はぁ?・・・」

「しょ、しょうがないでしょう。士官学校在校生の実戦訓練生で来てた子なんだからぁ」

「士官学校の学生を食ったんですか・・・・先物買いって奴ですね」

 なぜか感心している。

「先物買いをするなら、アキト君を食うわよ」

 つい心にも無いことを言ってしまったが、そういうところには確実に食いついてくる。この副隊長は。

「そんなことビアンカに聞かれたら、間違いなく流れ弾が雨霰と飛んでくるからやめてください」

「あんた散々話振っといて・・・・それはないでしょ・・・・」

 ちょっとイラっとしたところで、連絡兵が呼びに来た。

「すず姉さん、行きますよ」

 駆けだした副隊長は、ここ半年くらいで最高の笑顔だった。

「ああっ! あんたっ、人をバカにしてえっ!」

「馬鹿になんかするもんですか。尊敬してます。隊長殿っ!」


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