第38話 到達してはじめてスタート

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 本島に戻ってから電車を乗り継いで、連絡して……辿り着いた場所で拾ってもらう。コウのお父さんに。

 そうなるともう、行く先はただ一つだけ。

 なんだか……あっという間過ぎて、心が追いつかない。

 静岡で過ごした日々が懐かしく思えてくるほどに。


 コウは挨拶も少なく、あたしの横に座ってずっと黙ったまま。

 コウのお父さんも敢えて話しかけたりしない。

 その代わりに、


「千愛(ちあ)ちゃんは見るたびに綺麗になるね。コウは幸せ者だ」


 あたしに話しかけてくれる。

 どうすればいいのか困った空気を察してくれたのかもしれない。


「ありがとうございます」


 普段ならセクハラっぽいです、と冗談も言えるけど、今日は無理だった。


「旅はどうだった?」

「えっと」


 コウを横目で見たけど相変わらず窓の外を眺めていた。

 代わりにあたしの手を握ってくる。

 強くも弱くもない、包み込むような……優しさ。

 なんとなく、嫌がってないのかなって思ったの。

 なら話しちゃおう。


「新幹線が止まっちゃって、大変でした」

「ああ、そうだったね。連絡もらった時にはびっくりしたよ。テレビじゃ修復が進んでいるって言ってたから、日本は凄い」


 笑いながら穏やかな運転を続けるお父さんが、ルームミラー越しにあたしを見た。


「でも、それからの道のりは色々あったみたいだね?」

「はい――」


 名古屋や宮島のことも話題にはなるけど、それ以上に濃かったのは静岡での日々。

 だから自然と熱が入ってしまうし、コウのお父さんは運転同様に穏やかな声で相づちを打ってくれた。


「……で、体調崩したのにコウががんばってくれたり、女将さんたちが優しくて。それで助けられました」

「いいな。高校一年生の旅、か……羨ましくもあり、微笑ましくもあり」


 とん、とん、と。

 ハンドルを叩いて、深呼吸をしてから……お父さんは「コウ」と呼びかけた。


「なに?」

「……本当に、いいんだな?」


 お父さんの問い掛けにやっと身体を起こすと、コウは前を向いてハッキリ言ったの。


「ついたらすぐ行こう」

「わかった」


 親子だからなの?

 それだけの会話で十分みたいで、だからあたしは黙るしかなくて。


「ありがとな」


 コウのお礼になんて答えればいいのかもわからなかった。


 ◆


 山道を数十分は走っただろうか。

 辿り着いたのは静岡のナツおばあさんの家にも引けを取らない古びた民家で。

 露出した土の上に駐車したお父さんが進んでいくから、コウに手を引かれてあたしもついていく。


 畑の間の坂道をあがって、草むらを抜けて……やっと辿り着いたの。

 鷹野家のお墓たち。


 バケツとか、ひしゃくとか。

 着火のためのマッチ、ロウソク、お線香とか。

 綺麗なお花の活けてあるお墓が……一番豪華なおっきなそれの前に、お父さんが跪く。


 ロウソクに火を灯して、立ち上がるとコウに目配せした。

 あたしに笑いかけるとコウは手を離して、お墓に頭を下げた。


 お線香に火をつけて……香炉に一本たてた。

 手を合わせて……どれだけしただろう。

 頭を下げると、あたしに場所を譲ってくれる。


 ……なぜか。怖くて顔が見れなかった。


 コウのした動作をなぞりながら、あたしの心は揺れていた。


 コウは何を思ったのだろう。

 どんな挨拶が出来たのだろう。

 ここまできて……それはコウにとってよかったのかな。


 今更になって不安になって。

 だから……お願いすることしかできなかった。


 コウのお母さん。

 ずっと不謹慎だから考えないようにしてきたけど。

 あたしはよくしてもらった記憶しかない。


 笑顔がたえなくて、ちょっと寂しがり屋で、本当は女の子が欲しかった人。

 だからあたしが遊びに行くとお洋服の話したり、化粧の話したり。

 めいっぱい、可愛がってもらった。


 それ以上に愛してたと思う。コウのこと。コウのお父さんのこと。

 何もなければ別れ方は違っていただろうし、それは……気軽に踏み込めないこと。


 それでも願わずにはいられない。

 ちゃんとした絆があって、死が家族を別れさせても……最後には笑顔で向き合えるって。


 だから、どうか。


 お辞儀をしてから……ふり返って、不安でいっぱいになりながらコウの顔を見た。


「どした?」


 すっきりした顔で、あたしに聞いてくる。


「……だいじょうぶ?」


 どきどきしながら聞いたの。


「おう」


 あたしの心配しすぎだとはっきりわかるくらい、すっきりした顔だった。


「葬式以来だな」

「そうだね」


 お父さんに頷いて、ポケットに手を入れて……長く息を吐き出す。


「なんでおいてったんだ、とか。そういうので頭がいっぱいで、その内それを考えるのにも疲れてさ」


 あたしの隣に並んで、コウは墓を見つめる。


「疲れたことすら意識すんのも嫌になって、色々ほったらかしてきたけど……でも、そうすればするほど母さんがいなくなった家になってくんだよな」

「……コウ」

「そんで、そのままなんだ。乗り越えもせず、引きずり続ける家。いや、父さんも千愛もがんばってくれてたから、引きずってたのは俺なんだけど」


 ポケットから出した手をあたしに差し伸べてくる。

 握る理由しかない。


「そういうの見ない振りしても、なんにもなんないんだな。見ない振りしていいことなんて……俺の周りには一つもなかったんだ」


 千愛のことも、そう言ってコウは笑った。


「だから……大事にするよ。母さんの飯は、うまかったからさ」


 深呼吸が聞こえて……コウの頭に手を置いて。

 くしゃくしゃ撫でてから、コウのお父さんも笑った。


「そうだな。家の掃除もしなきゃならん」

「おう」


 面倒くさがったりせずに受け入れて、コウは頷いた。


「……勝手に成長しやがって」


 ちょっと涙ぐんでるお父さんの背中に手を添えて。


「俺に出来る限りだけど……支えるよ。二人でも家族だし、母さんはここにいるんだし」

「……ああ」


 力強く言えたから、お父さんも笑ってお墓を見つめることができたのかもしれない。

 どれだけ見つめていただろう。


 あの古民家に親戚の方がいらっしゃるようなので、挨拶してくるといってお父さんは離れていった。

 残されたあたしは、お墓を見つめるコウと手を繋いだまま。


 背伸びしてたら……無理してたら。

 あたしがそばにいたい、と思ったんだけど……大丈夫だったみたい。


「ありがとな、千愛のおかげ」

「……コウ?」

「旅に出なきゃ、千愛がいなかったら……なんにもならなかった」

「うん……」


 鼻を啜る音がして。見ようとしたら「待って」と言われた。

 今は見ないで、ってことなのかも。

 でも、だからこそ見ちゃったし、涙ぐんでいるコウを抱き締めずにはいられなかった。


「わりい、ごめん、いま、縋ったら、だめなのに」

「いいよ」

「でも」

「がんばったの、わかったから……いいよ」

「……わりい」


 最初は恐る恐る、けどすぐに……しがみつくように抱き締められる。


「……つれえなあ。でも、やってかなきゃいけないんだな」

「ん……」

「みっともないことばっかしてきたけど。でも、傷ついて駄々こねてただけだ」

「うん」

「千愛への告白とかもそうだよな」

「そうなの?」

「そうだよ……我ながら、あれはない」

「みっともなくても、あたしには届いたし……確かにあたしたちを変えたよ?」

「……そっか。そうかな」

「そうだよ」

「……そっか」


 首元に埋められて、だから後頭部に手を添えて……撫でる。


「だから……家のこととかは別だけど。あたしに対しては駄々じゃないよ」

「……おう」

「駄々でもいい駄々」

「なにそれ」


 鼻をぐすぐす言わせながら笑った。笑って……くれた。


「もう……悪い駄々はやめるんでしょ?」

「みっともなく、失敗もするかもしんないけど」

「ここにくるまでの旅みたいに、一緒に乗り越えていけばいいよ」

「それ、言おうと思ってたのに……なんでいうかな」


 悔しそうに言うから、やっと――……やっと。

 胸を張って、あたしは言えたんだ。


「だって、コウの彼女だから」




 つづく。

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