第26話 次へ、先へ

 26...




 オジサンの運転で駅まで送ってもらいました。

 私がやられていた間にコウは随分とこのあたりの人と仲良くなったみたい。

 あれこれと荷物を押しつけられそうになって、女将さんの一声でだいぶ絞られた。


 電車はまだまだ復旧に時間がかかるみたい。

 振り替えバスが出ていたし、無事に乗ることが出来た。

 名古屋行き。

 窓際の席を譲ってくれたコウにお礼を言って、持ち込める荷物を抱えて座る。

 見送りに来てくれた人たちに手を振って――コウが少し涙ぐんでた。


 静かなバスに揺られている内にコウは眠っちゃった。

 身体が寄ってきて、それは結構嬉しかったんだけどね。

 これで案外重たいから、押し返して……逆に腕に抱きついて一緒に眠る。


 コウが好きなパソコンのゲームとか、ノンちゃんが好きな小説とか。

 そういうのなら、目を開けたら悲劇が待っている。


 じゃああたしの場合はどんなだろう?

 この旅は思っていた以上にいろんなことが起きた。

 なら次はどんなことが起きるんだろう。


 どきどきしながら瞼をあげると、前の座席の背中が見えて。

 隣を見たら、コウが涎を垂らしながら寝ている。

 あたしが抱いた手の先は、足の間に挟まれていた。


「えへへえ……」


 幸せそうだけど、だらしないなあ、もうちょっとこう……ないの?


 手を足から離すと、熱を求めるように指先がぴくぴく動く。

 両手で包んでみると、きゅっと握り返してきた。

 それっきり。


「ん、んん……」


 すう、すうと寝息をたてている。

 疲れている……のかもしれない。

 がんばってたもんね。


「う、んん……」


 寝にくそうにして、空いている反対側の手を伸ばしてきて――目を開けた。


「あ……いま、どこ?」


 しょぼしょぼした目できょろきょろ見渡してる。

 窓の外は高速で通り過ぎていくフェンス。

 背伸びして前を見たら、随分先まで続く道路が見えた。

 道路の脇は山と田舎道。

 荷物のポケットからスマホを出して、地図アプリで確認する。

 GPSが追いかけている――現在地は、もう愛知県の中。


「もうちょっと寝れるよ?」

「……いい、おきてる」


 私の手を一回きゅっと握ってから離して、コウは足下に置いた自分の荷物を拾い上げた。女将さんたちからもらったものの中にジュースが入っていたんだ。


「いいの?」

「なんか、旅に出てからずっと一緒だから。抱いてないと落ち着かなくて、安眠できない」


 しょぼしょぼした目のままジュースを飲んでいる。

 ……ん、です、が、その。


「カーテンとかねえもんなあ」


 自分がどういうことを言っているのか、わかっていないんだろうか。

 まったく……まったくもう!


「はあ」


 ジュースを前の座席についている器具に置いて、長々とため息を吐いた。


「なあ、千愛」


 憂鬱そうな目つきで荷物を見下ろす。

 膝上の小さなリュックには、女将さんと……もう一人の女将さんからもらったお給料袋がある。

 コウは何度も払おうとしたけど、みんな笑顔で言うの。

「何があるかわからないから、大事にもっとけ」って。

 それが……気になるんだと思う。


「……やっぱ、返しにいくべきかなあ」


 それは違うよ。

 それは違うと思う。

 返すべきなのはお金じゃない。

 コウもそれがわかっているから、すっきりしてない顔してるんだ。

 ただ……どうしていいかわかんないだけだと思う。


「もらった恩に、きちんと報いにいこう」


 コウが悩んでいるから、そう言えた。

 あたしだけだったら思いつきもしなかった。

 あたしが返したいのは、返せるのは一日分のお給料じゃなくて……気持ちだ。

 コウが働きに出ている間、女将さんは折に触れて会いに来てお世話してくれたの。

 今度は……あたしがお返ししたい。


「ね?」

「……おう」


 荷物を抱えて、改めてあたしの手を握ってくる。

 目を合わせると、すっきりしたように笑うコウに、身体を寄せて――……


 バスはちゃんと、名古屋につくのでした。




 つづく。

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