戦争

 自分の結婚、つまり子孫を残すための年齢を知ってから、数か月が経った。大学はすでに期末考査を終え、少し長い休みに入った。といっても、大学では様々なクラブが夏休み中でも活動を続けており、その間の顧問の教員の出勤も給与に立派に反映されるので、実質的には教授に休みなどはない。


 無いわけではないが、休日に家族とテーマパークへ行き、「お父さんお父さん」と言われる間にあれよあれよと金がなくなる方が良いのか、部活に出席し、ほとんどないような仕事を4時間ほどこなすだけで1コマ5万もらえる方が良いかと問われれば、無論後者であろう。


 しかし、私にはまず部活の顧問の仕事がなく、冱露木はファッション部顧問だが、長期休暇中は奥さんと引っ付きたいという理由で出勤はしない。このような人間が何をするかと言えば、普通は家でゴロゴロするのである。


 しかし、私は違った。以前バーテンが私に勧めた婚活を実行に移すのだ。雨井が一度私に婚活サイトを紹介してきたが、どうせ悪魔の息がかかっているのであろうと思った私は、しかと自分の手で登録した。登録は簡単だった。自分の名前を入力し、後は簡単な質問に答えるだけであった。それぞれにしっかり記入し、最後の『どんな女性と出会いたいですか?』という質問には、「強いこだわりはない」とだけ答えた。


 実際問題人間の女など好いたことはないので、これしか答えようがなかったのだ。


 自分が住んでいるところからそう遠くない会場で近々パーティが開催されるようなので、出席することにした。一応このことを杉下君に相談してみたところ


「婚活!? 教授がですか!?

 いえ、驚いてるわけではありませんが……どうしてまた急に?」


「あぁ、以前あま……冱露木達と飲んだ時に結婚の話になってな、

 その時に勧められたので、一度行ってみようと思ってな」


「そうなんですか。婚活かぁ。

 あまり良い噂は聞かないけど、成功した人も多いですし、

 いいかもしれませんね」


「私も良い噂はまだ聞いたことがないが、冱露木曰く面白いところだそうだ。

 なんでも『女の本性が垣間見えるところ』だそうだ」


 冱露木の言うことなので大して信用してはいないが、人間になって一番気になっていた人間の雌について知ることができる絶好のチャンスとくれば、研究者としての血が騒ぐというものだ。運が良ければ相手が見つかるやもしれぬとあれば、行かない理由はない。私は一日だけ書籍の情報収集を杉下君に任せ、婚活パーティへと向かった。



パーティ会場の中は酷く煌びやかだった。男も女もきっちりとした服装で来場し、中には燕尾服を着ている者までいる。そんな中で私はただのスーツで来場したので、少し周りと雰囲気が違ってしまっていた。会場内で何をするかと言えば、基本的にはおしゃべりである。


 ただ、胸元に番号が書かれたネームプレートを付け、司会進行からは数字で呼ばれる、どこか囚人のような扱いだった。そんな中で女性はというと、積極的に話す人、誰かに声をかけられるのを待っている人、後は積極的に飯を食べる人に分かれていた。男性陣はというと、先ほどの比率の中の前者二つが大半を占め、積極的に飯を食べるのは私しかいなかった。


 男を観察すると服装に金を使っている者が多い。時計、靴、ネクタイや指輪。胸ポケットに入ったハンカチや、名刺ケース。小さいものに金を使い過ぎたのか、肝心の体型や髪型にまでは金を使っている者は少なかった。


 対する女性はほぼ私服が多く、化粧や私の苦手な香水、髪型などに酷く金を使っているようであった。こうしてみると、男と女の金を使うポイントというのは、案外逆であるということに気付かされた。面白い。


 そして悲しいことに、この場合男は女に勝てない。冱露木を考えればわかると思うが、人間の男というのは女の見た目さえよければ9割方は的中範囲内なのだ。そしてその見た目は金さえかければいくらでも化けることができる。対する女性は男が掛けた小さなものでセンスを問うのではなく、財力を問う。この財力があったとしても、女性の採点の4割ほどしかしめない。女性の採点は複雑だ。


 しかし、そんな採点が一気に甘くなる方法がある。それが……


「あの、お話しよろしいですか?」


「えぇ、あ、私は岩崎媛遥と申します」


「あ、私、靑羽令(あおばれい)って言います」


「どうも」


「岩崎さんはこういうのよく来るんですか?」


「こういうの……あぁ、いいえ、

 こういうのは初めてで、友人に勧められてきたものの、

 今一勝手がわからなくて」


「わかります。ご飯ばっかり食べちゃいますよね。

 岩崎さん好みの女性とか見つかりましたか?」


「いやぁ、それが食べ物がおいしくてね、

 こっちに夢中になってしまって……」


「そうなんですね。

 あ、えっと、失礼とは百も承知ですが、岩崎さん御職業は?」


「一応とある大学で人類学・民俗学の教授を」


「あっ……だとしたら少し気を付けてほしい人が」


 靑羽と名乗るその女性が顔を曇らせた瞬間、その女性より派手目な女が一人こっちに向かってきた。


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