第6話 お礼②

 王の自室の内部を、一触即発な雰囲気が充満するなか、


「もうよい。タダノブ、武器をしまえ」


 パンと大きな破裂音とそんな声が木霊すことで、ようやく部屋の空気が弛緩する。

 声の元を見れば、王が柏手を打った姿勢で佇んでいる。


「……はっ。ですが陛下。コイツらは危険であると私は思います」

「ふむ。まあ確かに、お主の潜伏を見破り、奇襲を難なく防ぐその実力は本物だと、嫌でも思い知らされたな」


 タダノブ、と呼ばれた全身黒装束の男は、王の言葉におとなしく武器は仕舞うが、それでも納得は出来ないとばかりに、そう一言もの申す。

 そんなタダノブの言葉に、王は彼の実力を高く評価していることをほのめかす言葉にて返答する。


「なあなあ、スゲエよ。ニンジャだぜ、ニンジャ。俺初めて見ちゃったよ。うおー、なんかワクワクすんな!」

「はいはい、よかったわね」


 そんな彼らをよそに、何やら満面の笑みで隣のヌレハに話しかけるハロルドと、至極適当な返事にて答えるヌレハ。

 ハロルドがタダノブのことを『ニンジャ』と言った通り、確かに彼は、目元から上と手以外の全身を、身体の動きを邪魔せず、尚かつ闇に紛れやすいであろう真っ黒の装束にて包み込んでいる。

 その後ろ腰には、両手で一本ずつ抜くことを想定しているのだろう。斜め十字を描くように二本備え付けられている『忍者刀』という特殊な武器。もっとも、そのうち一本は今もヌレハの真上に位置する天井に突き刺さっているので、鞘だけであるが。


 ふと、その天井に刺さった一本の忍者刀に向けて、ヌレハがおもむろに手を掲げる。

 すると、忍者刀が独りでに震えたかと思うと、吸い込まれるようにヌレハの手元まで落ちてくる。まるで、最初から手と刀が紐で繋がっていたかのような挙動である。


「はい、これ、返しますわ」


 コトリと、目の前のローテーブルに抜き身の忍者刀を置く。


「心遣い、感謝する。……タダノブ」

「はっ。…………ありがとよ」

「はいはいどういたしまして」


 王に言われて、刀を回収しにくるタダノブ。

 テーブルに置かれた忍者刀を手に取る際、渋々仕方なくといった様子で礼を口にする。そのせいで気持ちは全く籠っていないが、それに対するヌレハの返事も淡々としたものなので、どっこいどっこいであった。


「しかし、許してもらえるのか? ヌレハ殿の首に刃を向けたのだぞ?」

「最初から斬りつける気はないことはわかっていましたので、私は気にしておりませんわ。大方、刃を首に突き付けて『お前らは何者だ』とでも問う気だったのでしょう? それをうちの馬鹿が勘違いしただけですので、そちらもお気になさらず」

「それはそれは。寛大な処置に感謝する」

「とんでもございませんわ」

「…………して、当のハロルド殿は、さきほどから一体どうしたのだ?」


 王が怪訝そうに、ヌレハの隣で顎に手を当てぶつぶつとなにがしか唱えているハロルドに目を向ける。

 よく耳を済ませれば、「タダノブ? ニンジャ……タダノブ……」と、二つの単語を呟いているだけであることがわかるが、その様子はなかなかにアブない人である。

 一体どうしたのだと全員の視線が彼一点に集まったころ、


「ああっ」


 と何かに気付いた様子で声を上げ、ポンと掌を拳で叩く。

 そんな古典的な仕草の後、ハロルドはその顔を訝しげに眉を顰めるタダノブに向けると、


「黒髪黒目で、名前がタダノブの、ニンジャ。さてはお前、ニホンジンだな?」


 にこやかに、そんなことを言うのだった。

 その瞬間に、タダノブの目が非常に不快そうに細められる。


「…………まあ、そうだ。俺はお前の言う通り、日本人だ」

「はっはー! 当たっちゃったな!」

「何がそんなに嬉しいんだか……」


 ヌレハの呆れの通り、何故か人の出身を言い当てただけでとても嬉しそうに笑うハロルド。

 そしてそんな彼は、タダノブに向かっておもむろに手を差し出すと、


「じゃあ、俺とお前は同じ世界出身ってことになるな! よろしく!」


 と言って、握手を求めたのだった。


「……ふん」


 鼻で笑われてあしらわれたが。



「『同じ世界出身』、ということは、ハロルド殿は『ドリフター』なのか?」

「え? ああ、そうです。そうです」


 握手のために差し出した手が行き場をなくし、一人でへこたれていたハロルドに声をかけたのは、王であった。


「2年前くらいに、突然この世界に流れ着いたんですよ。はは、参りましたね、あのときは」


 そう言って快活に笑うハロルドからは、微塵も「参った」雰囲気は感じ取れなかった。


「……あの、ハロルド様。失礼ですが、『ドリフター』とは?」

「え、知らない? ああ、まあ。王宮暮らしだったら知らなくても仕方ないか」

「あ、す、すいません……。なにぶん、世間知らずでして……」

「ああっ!? 違うんす、違うんす! そういう意味で言ったんじゃないんだ!」


 『ドリフター』という言葉の意味をハロルドに訊ねたエリザベスに対する、何の気なしのハロルドの返答。それに対して見るからに凹む彼女に、おろおろと挙動不審を絵に描いたように狼狽えるハロルド。その横から、ヌレハの「馬鹿」というヤジが小さく飛んできた。


「いや、でも、俺も実はそこまで詳しく知らないんだわ。ヌレハ、知ってる?」

「『異世界人』を示す言葉よ」

「いや、それはそうなんだけどさ……」

「ふむ。まあ、エリザベスが気になるならばその辺りの話もしつつ、そろそろ恩賞の話に入ろうか。とりあえず、座らせてもらおう」


 そう言って、ハロルドたちの対面に腰かける王。


「いいんですか?」

「なに……第三師団長の奇襲を難なく返り討ちにする相手に対して、立っている座っているなど些細な問題だろうて。お主らが危害を加える気がないことを願うのみよ」

「まあ、それはもちろんですが……。というか、そこのニンジャマンが第三師団の団長だったんですね……」

「なんだ、気付いていなかったのか?」


 苦笑しながらそう答える王を挟むように、王妃と第一王女も腰かける。


「失礼します」

「……え、ここ?」

「? はい、ここしか空いていませんので……」


 そして何故か、ハロルドの隣に腰かけるエリザベス。ぽふんという音と共に、クッションが揺れる。

 確かにそこしか空いてないけど、得体のしれない相手の隣に王族が座っていいのか? とか、というか俺らが立てばいいんじゃ、などとぐるぐる考えたハロルドだが、


「じゃあ、まずは私が知ってる『ドリフター』についての情報を話そう」


 と王が話し始めたので、「まあ、いいや」と考えるのをやめた。


 王が話し始めた内容は、もし実際に異世界人が存在するという事実が無ければ、荒唐無稽だと笑われてしまうような、そんな話だった。

 曰く、今現在ハロルドたちが存在する世界〈オルビス〉のほかに、世界というものは数多く存在する。

 そしてその世界全ては、世界線と呼ばれる運命を辿ると学者たちに考えられている。それら各世界の世界線は、完全な平行線の関係となっており、本来であれば決して交わることはない。しかし、少なくともこの世界〈オルビス〉だけは、その世界線に極稀に『揺らぎ』が生じると言われているのだという。

 その揺らぎによって、この世界と他の世界が交わるとまではいかずとも接近してしまったとき、その世界間に『ひずみ』が生じ、極々小さな転移門が出来るのだという。

 そうして、たまたまその転移門に足を踏み入れ、この世界〈オルビス〉に迷い込んでしまった、他世界からの漂流者。それらを総称して、『異世界人ドリフター』と呼んでいる。



「まあ、確証も何もない、今一番信じられている説がそれであるという話だがな。だが事実、この世界には度々たびたび、他の世界からの迷い人が訪れるのだよ」

「……なるほど。それで、タダノブ様とハロルド様は、お互いドリフターで、更に出身の世界も一緒であると」

「まあ、そういうことだな」

「……もしかして、ヌレハ様も?」

「私は違うわ。この世界で生まれて育った一般人よ」


 世界級監視者をして一般人などとのたまうヌレハだが、周りの者は謙遜だと判断したのか、苦笑を以てその言葉を聞き流していた。


「まあ、余談はこれくらいにして……」


 と、王は話の切りが良くなったと判断し、そう口に出してから、一つ咳払いをすると、


「そろそろ本題、お主らに対しての恩賞の話に移らせてもらおうか」


 真面目な顔で、本日ハロルドたちを呼び出した目的に話題を移した。


「お主らの功績は、昨日の宝剣奪還、王女の保護。そして、いつぞやの帝国軍の撃退という、いずれも国の信用・存続に関わる重大な事件の解決であった。……今一度訊くが、帝国軍を迎撃したのもハロルド殿なのだな?」

「えと、はい。あ、でも、証拠はないですけど……」

「ふはは。いや、構わん。わざわざ検証などせずとも、お主らを信じるとしよう」

「はあ……」

「そして肝心の恩賞を何にするかという話だが……。如何せん、あの後も悩んでしまってな。そこで、こちらが叶えられる限りのお主らの要望を、いくつか叶えるのが妥当という結論になったのだ」


 結局、昨日の大臣反乱事件が幕を下ろした後も、王は財務大臣らとハロルドたちに対する恩賞を何にするかと夜遅くまで話し合っていたらしい。

 その結果、「望むものを与える」という、いかにも『自由』を主張するカラリス王国らしい結論に至ったということで、


「して、ハロルド殿、ヌレハ殿。お主らは何を望む? 望むのならば、貴族の爵位も、金銀財宝も、王城勤務の地位も、こちらができる限りは叶えられるぞ?」


 と、目を光らせて、彼らの要望を訊くのだった。

 一見すると、凄まれていると思ってしまうほどのプレッシャーを放つ王だが、それを真正面からぶつけられているはずのハロルドは、困ったように眉尻を下げて、隣のヌレハに相談する。


「……なあ、なんか欲しいモン、ある?」

「困ったことに、無いわ」

「だよな。俺も困ったことに、無いんだ」

「無い? 本当に無いのか? 何でもいいんだぞ?」


 そんな相談の末、彼らが出した結論である「欲しいものは無い」という答えに、王は少しだけ呆気に取られて、すぐに食い下がる。

 王の追及に、ハロルドは顎に手を当て目をつむり、うんうんと唸って考え出す。


「ううーん。何か貰っとかないと、国のお偉いさんとしては面目が立たないですもんね……。国を護った人に何も与えませんでした、って歪んだ結果だけが噂で広まっちゃったら、そりゃ大変ですし……」

「ふむ、その通りだ。何でもいいのだ。本当に何でもいいから何かを望んでくれ」

「ほ、欲しいもの……。何だろうなあ」

「あぁ! じゃあ……」


 何故かお互い困ったように話し合いを続けるハロルドと王。

 奇妙な光景がこのまま続くかと思いきや、そこに新たな参戦者が現れることで、話し合いは思わぬ展開を見せることになる。

 突如声を上げたのは、それまで黙ってことの成り行きを見守っていた、王の奥様、王妃様であった。

 そんな彼女がなにやら思いついた様子で、ぱあっと明るい表情で口を開くと、


「エリーのお婿さんに、なんてどうかしらぁ? 幸い、エリーの方も憎からず思っているみたいだしぃ」

「あら、いいわね、それ」


 爆弾を投下した。その瞬間、カチンと固まる王とハロルド。

 そんな彼らには目もくれず、何故か同意をしたのは、当のエリザベスのお姉さまである第一王女である。


「ちょ――っ!? ちょっと待ってください、お姉様、お母様! いっ、いい、いくらなんでも話が飛躍しすぎです!」

「あらあら、そうでもないでしょぉ? だって貴方を手に入れてしまえば、王族という地位も、権利も、もちろん富も、ほぉら、おおよそ全部手に入るじゃなぁい?」

「そうよ。それにエリーももう14なんだから、婚約の一つや二つ、別にあっても可笑しくはない年齢よ?」

「そそそそ、それはそうかもしれませんが……いえいえっ! そういう話ではなくてですね!?」


 何やら、肝心のハロルドと王を置いてけぼりにして、わいわいと話を続ける女性三人組。中でも、顔を真っ赤に染めたエリザベスなど、ソファーから腰を浮かせ、いちいちバタバタと身振り手振りを加えて必死に話している。

 隣に自分よりも戸惑っている人がいたら、不思議と自分は冷静になれるもので……。

 そのうち苦笑交じりにその舌戦を観察していたハロルドも、そろそろ止めるかな、とその口を開こうとしたときだった。


「……いや、それは……ちょっと、厳しいかなあ?」


 絞り出すような、そんな声が響く。その声は、さきほどまで「金銀財宝地位名誉、何でもいいんだぞ?」と大見栄を切っていた王の口と、全く同じ場所から出てきていた。


「ほ、ほら。ハロルド殿たちは冒険者なワケだし? こっちは王族で、立場も全然違うワケでね。そりゃ、エリザベスが望む相手と、将来は結婚させてあげたいとはおもうがな? まだ14なんだし、そういう話は少し早計がすぎるというものだろう?」

「もう! あなたがそうやって末っ子可愛さに過保護過ぎるから、この子には未だ縁談の一つも無いのよぉ? 少しは子離れしなさいなぁ」

「う、ううむ……。しかしだな……」


 まさかの王が子煩悩という事実に、ハロルドは目を剥いて驚く。

 そんなハロルドも、未だ続く「エリザベスのお婿にどうかしら」案に終止符を打つべく、何とかして会話の途切れ目を探すのだが、如何せん途切れ目はあっても、何を言えばいいのかまで思い至らない。

 下手に「要りません」などと言ってしまえば、不敬もいいところだ。

 だが、ならば何と言って断れば!? とハロルドが目を回し始めたころ、


「はあ。何でもいいと仰るのなら、恩賞はこちらが望む額の貨幣で、というので手を打ちませんか?」


 呆れたように。しかし、さすがに王族に向ける目線なだけあって、普段のハロルドに向ける目線とは似ても似つかない暖かさを含んだ目で、そう提案するヌレハ。

 そんな彼女の提案に、はっと我に返ったハロルドも、慌てて口を開く。


「……ああ、いい。それがいいな、ははっ。すいません、ありがたい提案なんですが、やはり急に王族の婿にと言われても、恐れ多すぎて。なにぶん、俺は小心者の小市民ですので……」

「ふむふむ。そうか。至極残念なのだか、そう思ってしまうのならば仕方がないな。では、エリザベスの婿にする案は無かったことにしよう」

「あらぁ、残念だわぁ」

「もも、もうっ! これは全部お母様の冗談ですので、ハロルド様も本気にしないで下さいね!」

「え、ああ……わかってる。わかってるよ」


 エリザベスの勢いに半ば怖気づきながら、何とかそう返事をしたハロルド。

 するとようやく少しだけ落ち着いたのか、ふうと一つ息を吐いて、ばふんと先ほどよりも少し乱暴にソファーに腰を下ろすエリザベス。

 未だ顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒る彼女を、王妃と第一王女はにこやかに見つめている。

 そんな光景を苦笑交じりに見ていたハロルドだが、


「望んだ額の貨幣、と申したが、一体どれほどを望む? 百万か? 千万か?」


 そんな王の問いかけに、視線を正面へと戻した。


「ああ、えっと。どうしよう……。ヌレハ、どんくらい欲しいの?」

「私は解決に対して直接は何もしておりませんので、額はハルに一任しますわ」

「うわっ、汚え!」


 提案するだけして後はハロルドにぶん投げるヌレハに、思わず文句を垂れるハロルド。

 しかし、つんと口を閉ざした彼女は、本当にハロルドに一任する様子で、何の反応も寄越さない。


「うう、ええっと……」


 一同の視線がハロルドの一点に集まるなか、視線をあちらこちらに彷徨わせ、あーともうーとも言えない唸り声を出しながら悩んだ末、


「あの、そちらの不名誉にならない程度の最低額って、どんくらいですかね……?」


 と、結局ヌレハと同様他人任せな決め方をするハロルドであった。

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