future story-1


暖かな日差しに心地よい風が吹く季節から離れ、静かな雨の続く日々を越えて、陽炎が揺らめく季節へと近づこうとしていた。空は綺麗に晴れている。太陽は西へと渡り東からは藍色の空がじわじわと広がってきていた。


垣根の向こうには海が見える。この庭にぴったり隣接しているその浜辺には、裸足ではしゃいでいる子供たちの姿があった。その姿を眺めながら俺は1人縁側に腰掛けていた。風鈴の音が心地良い。


築40年経つ木造平屋のこの家は弟夫婦が30半ば、1人目の子を授かってしばらくしてから建てたものだ。当時から周りに少なかった木造平屋の建物で、今に至っては周りにはほぼ見受けられない風貌をしている。冬には囲炉裏を囲み春には庭に梅が咲き、夏になると囲炉裏は閉じ縁側を開け放し風鈴の音と蚊取り線香の匂いが季節を感じさせる。


毎年夏になると、弟夫婦との交流も兼ねて俺は自分の住む山側にある一軒家からこちらへと足を運ぶ。もう何十年と続ける年中行事になっていた。


だが俺はそれ以上に今目の前に広がる海には足を運び続けていた。ここから少し離れたあたりに建っていたホテルや民宿はそのほとんどが町の中心部へと場所を変え景色は変わってしまったけれども、海だけは変わらずそこにあった。



すっかり日は落ちた。その頃には子供達も皆家の中に集められて、縁側に面する和室にはいくつかのテーブルが並べられその上に乗る皿はほとんど空っぽになっていた。


「さぁ、花火をしに行こうか。」


弟夫婦の次男が、つまり俺の甥がそう声をかけると子供達は待ってましたと言わんばかりに駆けて行った。



子供たちはスーパーで買ってきた花火のセットを砂浜に広げ、我先にと思い思いの花火を手に取り点火させるのを今か今かと待っていた。シュパッと音を立てて1つ目の花火に火が灯る。白い光が辺りに溢れ、次々に広がっていった。


花火を片手にはしゃぐ子供たちの姿にどこか懐かしさを覚えずにはいられない。


そんな思いに駆られて遠巻きに皆を見ている俺を子供たちが誘いに来た。どうやらぼんやり眺めているうちに花火のほとんどを終えてしまったようだった。


「ねぇ、おじちゃん!線香花火しよ?誰が1番長く続くか競争なの!」


子供たちのうちの1人が俺にそう誘う。弟夫婦も甥っ子たちもその子供たちも、皆1人1つの線香花火を手に俺を待っていた。でも、俺はこういう言葉しか言えなかった。


「悪いな。せっかく誘ってくれたけど、俺は、線香花火はやらないんだ。」


返事を聞いて少ししょんぼりしてしまったその子を皆の輪の中に戻し、俺はまたそれを眺める。


俺は、線香花火だけは、皆とやるわけにはいかない。キミとの約束を果たしていないのに、他の人となんてする訳にはいかないだろう?キミと一緒じゃなきゃ…。


「ん?おじちゃん、何か言ったー?」


輪の中から1人の女の子が俺に向かってそう言った。俺は、口に出していたのだろうか。いいや、と短くこたえて俺は腰を上げた。どこに行くのか尋ねる弟に、散歩だとこたえて皆から離れた。それでも遠くからずっと皆が花火を囲む姿を1人見ていた。

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