3.BLUES ROCK

 ハマった。技術屋を頼って骨董品のCDプレーヤーを修理してもらい、こっそりと持ち帰ったCDを聴いた。すっかり古びてノイズが混じるスピーカーから溢れ出してきた、不合理なシャウト。掠れ声混じりの激しい叫び。それは、人間の快楽へ科学的にコネクトするよう作られた、お利口で温かくて行儀の良いピープルスソングが失くした熱を持っていた。荒々しいギター。畳みかけるようなドラム。それは、市民に相応しい文化を涵養すると推奨されるクラシックには持てない渇きを持っていた。

 最初はテロリストに相応しい乱暴な音楽だと思っていた。しかし、気づいた時にはもう一度、もう一度と再生ボタンを押す手が止まらなくなっていた。心が、身体さえもその激しい衝動を求めてやまなくなっていた。暇さえあれば、家族にも隠してロックを聴くようになっていた。

 ミッシェルは電子ドラッグの類かとさえ疑った。しかし、もうその頃にはロックを断つことなど考えられなくなっていた。仕事のツテで手に入れた闇ルートから、こっそりとかつてのロックバンドが生み出したCDや、地下ロックバンドが自分で拵えたデータ音源を手に入れて聴くようにさえなっていた。

 だが、その調子で秘密を守り続けられるはずもなかった。


 夜闇に紛れ、ミッシェルはアウトサイドのさらに外れにある廃墟空間ダストシュートを歩いていた。人間が小さく纏まって生きるために打ち棄てた空間。そこに潜むは人としてどころかヒトとしても落伍したゴミと、憎き社会を破壊しようと企むクズだけだ。

 ミッシェルはまだ原型を残しているコンクリートの柱にもたれかかり、煙草に火をつける。道路は瓦礫がごろごろとして、手入れなどろくになされていない。ビルが崩れて更地になったところに、うず高く廃棄物が積まれて悪臭を放っている。所々は火の手を上げてさえいた。そんな廃棄物の山をゴミ達はのろのろと登り、残飯やボロ布を探している。それが唯一生き延びるための手段だからだ。

 まだ火のついている煙草を放り捨てると、ミッシェルはカバンから取り出した包みを隠すように投げ捨てて歩き出す。昔はここに来て、彼らを見る度にその堕落ぶりに唾でも吐きかけてやりたい思いになったが、今では生きる事を欲するのが精一杯の零落ぶりに、少しは心を寄せるようになっていた。渇ききって、渇きすぎて、渇望する余裕さえない彼らに。

 と言っても、貧乏暇無しな身分の彼には、カロリークッキーの詰まった箱をこっそり放っておくくらいの事しか出来ないのだが。

 炎の爆ぜる音、ゴミ達の息遣い、廃墟に吹き込む風が合わさりおどろおどろしい音を奏でる。ミッシェルは下手くそバンドの演奏を聴いているような心地だった。耳が痛くなってくる。

 早々に仕事を済ませてしまおう。新しく手に入ったガレージロックで中和だ。さっさとしたい。今ならメロコアでも喜んで聴ける。

 ミッシェルは心の奥で独り言を呟き、瓦礫の間を進む足を僅かに速めた。サトシから送られてきた情報によれば、今回の爆破事件を仕組んだと見られる破壊至上主義者の一派『アポカリプス』は、この地の廃工場に潜み、せっせせっせと爆弾を作り続けているらしかった。

 その廃工場は、今まさにミッシェルの視界のど真ん中に居座っていた。ミッシェルは建物の影に身を潜め、ひっそりと工場へと近づいていく。伊達に何年もテロ組織と戦ったわけでは無い。『最終兵器』の名を拝命したわけでもない。慣れたものだった。懐からフィールドスコープを取り出し、そっと覗き込む。工場のあちこちから顔を出した見張りが、ライフルをおぼつかない手つきで持ってきょろきょろと周囲を見渡していた。ミッシェルにしてみれば素人も素人、首も据わらない赤子とさして変わらない。

 そもそも、見張りを立てている時点で『そこに秘密結社があります』と言っているようなものなのだ。ミッシェルは鞄の中を探りながら、ぽつりと独り言ちる。

「ジェニー、お前の言う通りだ。こんな甘っちょろい奴らが、プラントなんかブッ飛ばせるもんかよ」

 ミッシェルは眉間に皺寄せ、唇を結ぶ。感情の薄れた昏い顔をすると、鞄の中からスモーキンググレネードを取り出す。左手に拳銃を握りながら、ミッシェルは思い切りグレネードを壁に叩きつけた。グレネードは小石のように跳ねて工場の入り口に落ち、甲高い音と共に白煙が一気に噴き出す。

「襲撃だ!」

「さっきその辺うろついていた奴か?」

「撃て! さっきあそこから飛んできた!」

 テロリスト達は突然の事態に騒ぎ、グレネードの跳ね返った壁に向かってライフルを激しく撃ちかける。

「違う! お前ら! そっちには何も――」

 煙を免れた二階の見張りが叫ぶが、途中で肩を撃ち抜かれて吹っ飛んだ。口からは悲鳴ばかりが溢れ、指示するどころではなくなる。白煙に巻かれて視界を失った下のメンバー達は、泡を食って叫ぶ。

「銃声だ!」

「固まれ! 隙を見せるな!」

「煙の中で固まるたあ、馬鹿もいいところだ」

 おしくらまんじゅうのように身を寄せるテロリストの影に向かって、ミッシェルは次々に銃弾を撃ち込んでいく。ある者は肩や腕に、ある者は脛や腿に大穴を空けられ、瓦礫の中に深紅の血だまりを作って倒れた。肩を穿たれ悲鳴を上げる男の襟元をミッシェルは掴み、工場の中へと引きずっていく。

「腕が、腕がぁっ!」

 ひたすら悲鳴を上げる男を暗闇に押し込み、ミッシェルはマグナム拳銃を脳天に突き付ける。

「ハロー、愚かなる爆破主義者君。自分のドタマフッ飛ばされたくなかったら、この工場で何をしてたか正直に吐け」

 襲撃によってテロリスト達が慌ただしく叫び駆け回る闇の中、男にはサーモグラスがぎらぎらと輝く様子しか見ることが出来ない。額に銃口が突き付けられている感触しかわからない。男は恐怖に息を詰まらせ、何度も何度もつっかえながら、必死に声を絞り出した。

「ば、爆弾、爆弾です。爆弾を作っていたんです」

「それで何をするつもりだった」

「駅を。駅を爆破するつもりでした。それか、その近くのビルや通りを。でも予定が変わったんです。何か知らないですけど、その爆弾、全部売る、って話になって……」

「売るだと。そうかい。俺は中々の無駄足を踏んだな」

 ミッシェルは舌打ちする。大仰な名前を名乗るテロリストは、肩の痛みで赤ん坊のようにひいひいと泣くようなひ弱の集まりだった。

 準備犯と実行犯は別か。こいつは中々面倒だ。

 心の中で新たに舌打ちを繰り返すと、肩の傷口に向かってミッシェルは銃口を押し付けた。はみ出した肉と骨に鉄の塊が食い込み、男は苦悶のあまり叫ぶことさえ出来ない。ミッシェルは喘ぐ男の耳元まで鬼のような形相を突き出し、こっそりと

「憶えておけ、こいつはお前が与えるかもしれない痛みだ。与えたかもしれない痛みだ。わかったら、とっとと失せろ」

 ミッシェルはうずくまる男に背を向けると、騒ぎの広がる廃工場の中へと真っ直ぐに駆けていった。

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