終業のホームルームが終われば放課後だ。捧は待っていましたとばかりに早足で見事な胸の持ち主であるアラサー女教師、咲花に真っ直ぐに自分の予想サイズをぶつけてみた。尋ねるというものではなかった、ほぼ断定していた。


「トップ89、アンダー66のFカップ」

「い、いつの間に……」


 ずいっと下がって素直に感嘆している。出席簿が腕から離れて廊下に落ち、ばさりと広がった。それこそ正解のリアクションで間違いないと捧は指を鳴らしてガッツポーズ。


「お椀型の綺麗な形をしてらっしゃいますね。恋人さんと末永くお幸せに」


 キスやら愛撫やらが起こり始めている廊下を颯爽と歩き、捧は学校を後にした。帰宅部であるから遊ぶ用事がなければなにもない。


「さあてと、一大イベントだ。電車に乗らねば」


 徒歩で帰れる所に家がある捧だが、何故だかわざわざ駅のほうへ向かった。家とは反対方向にある。


「なあ、良いだろ? ちょっと我慢できなくなった」

「んもう、なんでそんなに元気なの? はいはい、するからね」


 一人で歩いていると、公園の公衆トイレから我慢できなくなったのか、それともそういうプレイが好きなのか、がたぎしの鳴りがしている。


「性乱者クラスを守り、楽しい性行為をしましょう。ただ今、避妊具を無料配布中です。お互いを思いやって素敵な性行為―ルールなき自分本位の性行為は獣のすることです」


 幕府の車がスピーカーを流しながらゆっくり走っている。避妊具無料配布という言葉でわらわらと人が群がりだせば、そこで止まらざるを得なくなった。中から出てきたスタッフが一人一人に配っている。


「君、何級?」

「第3級です。これ、カード」


 呼び止められた捧は別に使用する予定はないけれど、無料であるので貰っておくことにした。顔写真と共に第3級性乱者であることを認める表記のあるカードを提示すると、スタッフは「若いのに優秀だね」と褒めながら一つプレゼントしてくれた。どノーマルのコンドームだ。光ったりはしない。


「相手、いないんですけどね」

「男前だから適当にでも出来るって。ばんばんヤろう。避妊厳守が掛かってるんだから、持っておいて損はないよ」

「その通りですね。ありがとうございます」


 財布にお守り代わりのように入れ、それからは特になにもなく駅へと到着すればICカードをかざして改札を通る。もちろん避妊具に反応するなんてそんなことはない。お金という概念はちゃんと存在する。

 路線は環状になっているものだ。だからここで乗って一周すればまたこの駅に戻って来るようになっている。会社員たちがまだ働いている時間はほぼ学生しかいないホームで一人、捧は電車を待つ。

 ハニー・ナイツのオー・チン・チンの最初の部分(チン♪チン♪チンチンチン♪――)がメロディだけで流れると、電車が風を巻き込みながら駅に飛び込んだが、その激しさはすぐにおさまってソフトに停車した。

 デザインは普通の電車。特に変な装飾も絵もあるわけではない。それは内部も同じ。例えばドアの部分に大切な所丸出しの美少女が描かれていて、ドアが開くと「ぱまぁーん」となる下品なものはない。そういうのはそういうところに任せておけばいいのです。

 発車ベルは(オー・チンチン♪オー・チンチン♪――)とさっきの曲のサビメロディが流れた。するとドアは閉まってVVVFが唸りだす。

 捧は車両に乗り込むと、空いているのにもかかわらずそこの両にはとどまらず、何両をも通り過ぎ、そうしてから椅子に座った。後方から二番目の両だった。

 窓に流れていく景色を眺めることもなく、捧は瞼を閉じて仮眠をとる。彼の目的としている事はまだ起こりそうもないからだ。それまでに無駄な体力を使いたくないということなのだ。

 車両の揺れと線路の継ぎ目のかたんは誰にも優しい。すっかり夢に落ちてしまっていた捧だが、数駅過ぎた頃にぱっと瞼を開き、現在の位置を確認した。

 彼の眠っている間に人が多くなっていた。連結部から覗ける他の両に比べて圧倒的に乗車人数がある。どちらかと言えば男性が多かったが、女性だっている。まだ仕事中の人や、そうでない人、年齢もばらばらに。


(これはなかなか勉強になりそうだ。そろそろかな)


 この電車の路線図には不思議なところがある。駅も含めたある区画だけ赤くマーキングされ何かを示している。そして現在この電車はそこへ入りつつあった。


「来るぞっ……」

「ああ……」


 近くの男たちが静かに興奮しだしている。これから格闘技の試合が始まるかのような雰囲気に車両は包まれていく。

 とある駅に停車し、また何人かが入ってきた。ついに路線図の赤の部分へと突入した。発進しても特別な車掌アナウンスはなかったが、乗車客が全員ざわつく。選手入場を今か今かと待っている。

 がらがらと連結部から一人の男性が入ってきた。高身長ですらりとした美形の若者。その姿をみんなが確認した時、隠せずに何人かが「おおっ」と漏らし、その一挙一動を追い始める。

 それは捧も例外ではなかった。


(情報通りだった。やったぞ)


 ナルシストであるような雰囲気はない。しかしその立ち姿は圧倒的な自信に満ち溢れて周囲を押す。手袋が外されて露出してわかる。長く綺麗な指の先に付いている爪は完璧なやすり掛けによって深爪と言えるくらいに短く整えられていて、ひっかいても傷一つ残らないぐらいになっている。


「まさかこんな、お目にかかれるなんてな」

「ああ、びっくりだ。まさかやつが来るなんて、夢にも思わなかったよ」

「最年少ライセンス取得の」


 値段の高そうなスーツに負けずぴしりと着込み、革靴を鳴らしながらメガネを整える。そうして胸元のポケットから一枚のカードを取り出し、吊革を持ち立っている一人の女性へそれを提示した。背中から回してはっきりと瞳に入るように。


「初めまして。私、入船真(いりふな まこと)といいます。こういう通りの男です。よろしいですか? 素敵な方ですので、一目で決めさせていただきました」


 女性は凛とした美人。長い髪にスーツがより気の強そうなところをアピールしているが、入船は躊躇わなかった。そして顔を赤らめながらも女性は頷き、了承した。


「――A級プロチカン、見えざる手(ラムタラ)の入船だぁっ!!」


 一気に車両内のボルテージが上がり、騒ぎが始まる。しかしそんな観客たちに入船は口に指を当てて黙らせた。


「しい。お静かにお願いします。僕はチカンですよ」


 すれば走行音だけの静かな空間へと変わった。ついに始まるのだと誰もが唾を飲む。捧もだ。


(入船真さん。今も破られていない最年少十五歳でのプロチカンライセンス取得のA級プロチカン。技術は見えざる手(ラムタラ)と呼ばれるほどの超絶技巧が特徴だが、凄さはそこだけじゃない。女の子優先主義こそがあの人の至高の魅力)


 ここからドアの方へ移動することも多いが、入船はそのまま女性の耳に吐息を掛けた。すぐに触るなどという無粋なことはしない。あくまで彼は自分の欲望ではなく、相手のことを第一に考えるチカンだ。

 これは犯罪行為ではない。法にも定められたものなのだ。とある電車の後ろから二番目の両、そしてあの赤い路線内で認められた立派な行為。それが“プロチカン”。その両内にいる自分好みの女性にライセンスを提示し、了承を得られれば始められる。

 逆の“プロチジョ”というものも存在するが、今日はそれはないようだ。

 ルールは簡単。その赤い路線内でイカせられればプロチカンの勝利となって、点数が加算されることになっている。点数が増えることにより最下級のCから上級へと上がっていき、スポンサーが付きやすかったりし収入もダンチのものになっていく。入船のような有名選手ともなるとその名は全国に知れ渡り、ぜひ彼にチカンして欲しいという女性ファンもいるくらいだ。

 女性と入船はなんと捧の目の前にいる。パンツスタイルの女性の股の部分が丁度目線に合っているので、とても間近でその具合を観察して学ぶことができる。なんという特等席。日ごろの行いが良いからなのかもしれない。捧はそういう意味で興奮し、滾っている。

 下半身へ指はまだいかない。耳元で女性を甘く褒めながら、髪や唇を指で優しく触れ続けている。それだけなのにすでに女性は顔をりんごのようにしていて息を荒げ始めるが、それを堪えようとしている。

 ここは車内、そしてパブリック。だからおおっぴらにすることはあまりシチュエーションとしてよろしくないと全員が共通認識を持ち始めていた。周りもじいっと見てはいるが、誰一人とも声を上げない。入船も周りに人がいない気分でするということはない。


(ほとんど触れてはいないのにこの反応……これが見えざる手(ラムタラ)の由来っ!)


 しかし電車は関係なく走り続けるのでずっと焦らしていては赤い路線を過ぎてしまう。残りは大体五分くらいだろうか。半分過ぎ掛けている。観客はまだ指を使わない入船を心配し始める。


「お待たせしました……」

「あっ、うあぁ」


 パンツスタイルのベルトを軽く緩め、そうして入船の手が侵入した時、女性はこれまで我慢し耐えてきていた喘ぎ声を解禁してしまう。大きくはなかったが通るそれは誰もの耳に入ってその実力をはっきりと理解させる。トッププロと素人の間に渡れるはずもないくらいの谷が出来上がった。

 くちゅくちゅと微かにも音はしない。つまりまだ指は挿入されていないし、ショーツの上から押しているだけだ。なのに女性はふるふると全身を震わせて膝を落としだしている。脚ではなく、吊革で身体を支えだしている。あの掛かった手首だけが。


「ふわぁ、あっ、ふあっ……!」


 入船は周りに聞こえないくらいのか細い声のまま、耳元で囁き続けている。前にいる捧の耳にも入らないが、女性にはかなりの効果を示している。

 突然、女性は捧と目が合う。すればもうそれは全身の血液が沸騰しているくらいに真っ赤になって瞳も潤いだしていた。そのあまりの色っぽさにさすがの捧もどきっとしてしまう。だらしなく出され始めた舌もぬめりとしていて、息が壊れ始めている。


「ごめんなさいね」


 そう確かに聞えた。入船の言葉が確かにそれまでと違うくらいにはっきりと。


「いっ……ああっ…っ!」


 捧にはわかる。この感じは間違いなく挿入ったのだと。あの入船の入念に手入れされている指がきっとあまり抵抗もなく吸い込まれるように中へ挿入ったのだと。愛液が絡みついて艶まみれの響きが捧の頭を貫く。


「はぁ、はぁっ……」


 周りに人がいることを完全に忘れている表情に、女の人はなっていた。指の動きがある度に隠そうともせずに喘ぎ始め、生暖かい吐息が飛んでいる。窓からの光で彼女が照らされると、それはとても美しくて誰もが見惚れていた。どうすれば良いのかわからずに片方の手で乱した髪は辺り一面に色気を振りまき、巻き込んでいく。

 他のプロチカンだと様々な手段を使うが、見えざる手(ラムタラ)はその異名を誇りとするように秘部を己の指でしか愛さなかった。胸にも触れず、道具も使わずにただ長年の鍛錬と経験を積んできた相棒を信じている。

 かつて捧は彼のインタビュー記事を読んだことがある。そこにはこう書かれていた。

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