第15話 地底の未来(これから)

DRLを知り尽くし、採掘都市の中核を為した穿地元を失ってもなお地底世界は廻り続けていた。

依然、変わりなく。


ヒビ入った甕の如く欲望を消費する坩堝にあって屈指の大企業、ウズメ社。

その本社ビルは今、混乱に包まれていた。


規則的かつ無数に積み上げられたガラス窓は下層から順に弾け、火を噴き、黒煙燻り。

みるみるうちに人工の空を突く高層建築物は無残な骸柱へと成り果ててゆく。


内部の惨状たるや、外見そとみの比ではない。


所々に液体の飛沫がぶちまけられ、或いは焼け焦げ或いは切り刻まれた肉片が散乱。

色は赤。黒。紫。緑。青。

酸鼻をきわめるオフィスビルに、濃縮された死の香が満たされていた。


だがこの光景は、果たして本当に悼むべき悲劇であろうか。


なぜならば、飛沫の正体は人間の血液ならざる何者かの体液であったし、散らばる肉片もまた鱗や甲殻を持った異類の持ち物であったからだ。



『曲者』はいま、最上階の社長室へと至った。


重厚な扉が一撃で蹴破られ、空き缶のように吹き飛ぶ。


「お仲間は全滅。これでアンタたちだけよ」


殺気を放ち入室したのは全身を近代的なプロテクターと重火器で武装した大男。

焼けた鉄のような視線を、未だ悠然と豪奢な椅子に身を預ける初老の男と傍らに立つ女にぶつける。


「よくも今まで“騙して”くれた……まあ、騙され続けてたアタシも“間抜け”過ぎるんだけど。それもムカついてるから、“落とし前”に“八つ当たり”も上乗せさせてもらうわヨ!?」


右手に持ったショットガンのトリガーに指を掛ける。


銃口の先には、自らの父母である筈の者達。


「こんな事をしてただで済むと思っているのか、彰吾」

「償いきれないわよ、あなた」


未だ傲然とした夫婦の言葉に、彰吾の脳髄が沸点を迎える。


「いつまで人の親の声で“喋って”ンのよ!」


彰吾が怒りを込めて引き金を引こうとした時、天井の一部が爆散し一人の女が入室してきた。


「第三者の私が見ても不愉快よ。さっさと化けの皮を剥がしなさい」


「夕、早かったじゃない」

「安心して。がこの十年間行ってきた事の記録は全て回収したわ」

「できる女ね」


以前より伸びた黒髪をつむじよりやや後ろで束ねた夕。

首から下は所々に鎖帷子をあしらった紅色のキャットスーツに身を固めている。

腰に提げた短刀の柄に手をかけて身を構える様は堂に入っており、日常に身を置く者のそれとは異なる気配を放つ。


「この精命力……退魔士か。女よ、何用だ」

「仕事をしに来たのよ」


今の薙瀬夕は、退魔士の力を獲得している。

国主明彦の生まれ育った退魔士の里で大巫女の手ほどきを受け、潜在していた力が目覚めたのだ。


夕がどこからか取り出した朱塗りの玉をやおら正面へ投擲。

霊木から削り出した魔除けの球が、外道魔族の正体を白日の下に晒す。


「グゲゲッ!?ガ解ケタ!?」

「オ、オノレ女!!」


宇頭芽夫妻の姿はもはやどこにもない。

社長室の豪奢な椅子からようやく立ち上がりうろたえているのは、おぞましいイボに身を包んだ二脚で立つ両生類。魔族だ。


もう一方のぬるりとした粘膜に覆われた二脚両生魔族が夕に踊りかかる。


大跳躍の描く放物線は中ほどで途切れ、床に粘膜の身体が叩き付けられた。

言葉にならないうめき声でのたうつ醜悪な怪人の全身18箇所にわたり、棒手裏剣が突き刺さっていた。

更に手裏剣の一つ一つに爆竹に似たものが括り付けられており、その全ては点火済みだ。


そして爆発。

退魔士兵器開発部謹製の超高性能火薬の威力は凄まじく、両生魔族の片割れは一瞬にして紫色の体液を撒き散らして四散した。


つがいの残骸踏み越えて、イボの魔族が女退魔士に武者振りつかんと突進してくる。


次の瞬間には、残った魔族は真横に不自然な軌道で吹き飛ばされた。

横合いから飛来した大砲の弾のような拳が、ごまかしようのない運動エネルギーを蟇蛙のような横面に叩き込んだのだ。


まるで子供の観る漫画カートゥーンさながら壁にめり込む蟇魔族。

拳の砲撃から矢継ぎ早、全身に降り注いだベアリングの雨がイボまみれの四肢を八つ裂きにした。


「父さん、母さん……“仇”は討ったわ……“遅く”なっちゃってごめんね」


ショットガンの銃口を降ろし瞑目する彰吾の背に、夕が問いかける。


「彰吾さん、あなたこの後どうするの?」

「表向きは“大犯罪者”になっちゃったからね。まあ、潔く……」


はるか足下から木霊するサイレンの音は次第に大きくなり。

自分を咎めるかのようなその音に、彰吾は耳を傾けて。


「……なんて“する”ワケないでショ!」


足元のサイレンの嬌声が爆音と共に掻き消えていく。


「“あのコ”ね」


爆音が止んでから数秒。

ウズメ社最上階の床が弾け、フロントカウルにドリルを備えた大型バイクが飛び出した。


彰吾と夕が見守る中、バイクのカウルが上方に跳ね上げられ、フレームが人型のシルエットを形成する。


「“アニキ”、大丈夫カ」

「“お迎え”ありがとね、『白珠しらたま』」


今しがた変形を終えた人型ロボットのような彼に、彰吾は労いの言葉をかける。


穿地研究所に遺されたデータを基に開発した大型二輪螺卒鎧。

それを纏うのは、宇頭芽彰吾の新たな友人。DRL生命体『螺卒』の一人である。


穿地元のエゴから生まれた螺卒衆は、大螺旋により解放された。

『百鬼夜行』の制御から離れた彼らは世界各地で在るがままに発生し、徐々にこの惑星で存在感を濃くしつつある。

特に研究所の存在した採掘都市は、ひとたび居住区画を離れれば今や螺卒が大手を振って闊歩するほどであった。


地底世界はこれから螺卒と共に歩んでいく。

彰吾はその魁となり、作り物の欲望で塗り固められた採掘都市を覆すことを決心したのだ。


「アニキ、“審也”ガ、キタゾ」

白珠がまだ滑らかさを欠いた挙動で指し示すと、社長室の大机も粉々に吹き飛び、墨色の男が降り立った。


「あら、審也。“一年ぶり”じゃない、何してたの?」


道端で声をかけるような気軽さの彰吾に夕は何か言おうとしたが、審也が少し早く口を開いたため突っ込みの機会を失った。


「考えていた」

「何を」


「天原旭と虎珠皇は、人間でもなくDRLでもない唯一の存在へと昇華した。彼には同胞と呼べるものは存在しない。本質的な孤独だ。彼らとは、何か。彼らを見る俺とは、何か。それを考えていた」


まっすぐに、一切逸らすことなく眼を合わせて語ってくる深中審也に、彰吾は短くため息をついた。


「“種族”も何も無いでしょ。アタシが“いる”。アイツが“いる”。それで、アンタも“いる”。“それだけ”よ」


彼は事も無げにそう言った。


「……そういう事だったのだな。今なら理解できる」

「そういう事。“自分探し”はおしまいヨ」


深中審也、時命皇。

彼もまた、この世に生きている一つの存在なのだ。


「なれば私も淵鏡皇あいつを背負い、生きよう。これから先、種として確立するであろう螺卒としてではない。人間としてでもない。ただここに居る深中審也として」



満足げに踵を返した審也は、背中越しに彰吾へ告げる。


「私は地獄界――あの矛盾に満ちた混沌の地で、生きようと思う」


彰吾は腕を組んで笑みをつくり、驟雨のようなざんばら髪の後頭部に声を投げ返す。


「アタシが生きるのは、“ここ”よ。お互い、“地獄で“頑張りましょ」


審也が再びビルの床下へ消えるのを見届け、彰吾は次いで傍らの夕に向き直った。


「夕、“助太刀”ありがとね」


「彰吾さん。私たち退魔士の力が必要になったら、念じて。退魔士には念話の力もあるから……」


彰吾は大きく分厚い掌を広げて夕の目の前にかざし、かぶりを振った。


「気持ちだけ受け取っておくわ。アタシ、こう見えて“男”なのよ。“意地”ってのがあるんだから」


「幸運を、祈ってます」


言い残し跳躍したかと思えば、薙瀬夕の姿はその場から忽然と消え失せた。


二人のが消えた先にひと時思いを馳せ、宇頭芽彰吾は最後に一言だけ呟く。


「……“達者”でね」


遥か足元では、増援のけたたましいサイレンの音が折り重なって聴こえていた――――

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