第11話 炸裂大螺旋

有象無象が分別なく渦巻き続けていた。


光も影も、形あるものも姿無きものも、ありとあらゆるものが攪拌の最中にあった。


天原旭と虎珠皇は――かつて塵芥も今や渦巻く事物の一員であり全体であった。


だが、かの塵芥は未だ魂を備えており、そこにおいて徒に攪拌されるべき者ではない。

何故彼らは斯様な有り様に至ってもなお魂を持ち続けるのかといえば、彼らはとうの昔にその条件を充たしていたからだ。


天原旭はその身をドリル獣とされたことでDRLとの融合を果たしており、その後もDRLを体内へ積極的に取り込むことで、既存の人類とはもはや別種。

虎珠皇もまた、搭乗者たる旭と接続することによりDRL躯体が変調。

中枢たるドリルを破壊されてもなお主体の維持に支障を来たさない何者かへと変貌を遂げていたのである。


結論から言えば、彼らは細胞の一つ一つが意志を持つ主体であった。


更に、螺刹皇により微塵に粉砕された挙句、異次元空間で攪拌された彼らの身に起きたのは『遠心分離』。

より意志の強い存在が中心へ集い、純化する。


強い意志とは彼らが根本的に備えていた獣性。


抗う力。


戦う力。


喰らう力。


凝集した意志は周囲の混沌をも呑み込んで、深化した三昧たる意志を核とし、あらゆる矛盾を内包した存在が形成された。


そうして生まれた彼は――大螺旋旭虎珠皇は、自らのドリルで次元の殻を突き破ったのだ。



「さあ、白黒つけようか」

「お前は天原旭なのか虎珠皇なのか!更なる深化を遂げたと言うのか!?」


大螺旋の声は天原旭のものであったが、響きは旭ならざるものがあった。

深化により虎珠皇と旭は一体となり、今やただ一つの大螺旋旭虎珠皇があった。


穿地は掴まれたままのドリルを引き戻そうとするが、ドリルが大螺旋の掌から離れない。

よく見れば、大螺旋の掌から無数の螺旋ワイヤーが伸びて螺刹皇のドリルの溝を絡め取っている。


「『金剛索』か!」


螺刹皇は左手首より先を自切すると同時に、健在な右腕のドリルを回転させ次元穿行。

前後左右、上下のいずれでもないへ逃れようとする。


遁走は失敗に終わった。もはや空間の壁を超えられるのは穿地だけではない。

大螺旋は最初に地獄界へと降り立った時と同じように、左腕をドリルに変形させ次元穿行。

更に螺刹皇を上回る速度で亜空間方向へしていた。


「お……おのれ!」

穿地は歯噛みして方向転換。

地獄の地表へと戻り、数十体の螺卒を地中から呼び出した。


穿地は脳裏に螺卒への指令を浮かべる。

ただそれだけで、DRL生命体・螺卒は彼の意のままに行動する……筈であった。

彼らは動かない。


自身の指令が、ドリル奥義『百鬼夜行』が通じないことに狼狽し、更なる強固なプログラムを脳裏に奔らせる。

ようやく数体の螺卒が大螺旋へ向かい踏み込む。


螺卒のドリルは大螺旋虎珠皇には届かない。

穿地に従い“仕掛けた”螺卒は、各々が同じ螺卒によりドリルを阻まれていた。


「我が螺卒が……大螺旋は『百鬼夜行』も使えるのか!?」

「勘違いするなよ。俺は“遮った”だけだ」


大螺旋の防御にまわった螺卒達が、攻撃側の螺卒をドリルで打ち倒す。

彼らの動作には生命の通った精彩があり、ドリルの回転も滑らかであった。


「ん、ありがとよ。これ以上の手出しはいらねえぜ」


大螺旋を助けた螺卒が地中へと去る。


「百鬼夜行を停止……いや、相殺したのか……!?」

「学者先生よォ。アンタ頭良いからもう分かったよな?」


左腕をドリルへと変えた大螺旋虎珠皇が、天原旭の口調で問う。

「なあ、穿地元。アンタ強ェのか?マシンじゃないアンタ“自身”のことさ」


問いかけと共に掌を上へ向け親指を除いた四指を数回曲げのばしてみせる。


――小細工は役に立たないから、かかって来い。


言外の挑発と宣告を兼ねた動作の意味を螺刹皇…穿地は理解した。

だが、穿地は動かない。動けない。

眼前の大螺旋なる存在が、自らに匹敵するばかりか明らかに上を行くことをも理解できてしまっていたからだ。


立ち竦む螺刹皇に数秒で痺れを切らし、大螺旋が灰色の大地を蹴る。

地表に陥没した跡を残し、一瞬にして接敵。


「グォァアアアア!!」


咆哮と共に、右の五指に備えた黒光りする爪を大上段から振るう。

力任せの爪斬撃が螺刹皇の空間支配を切り裂きアシンメトリーの顔面を抉る。


大螺旋が振るった爪の一つ一つが『破導』ドリルの如き力を秘めていた。


――支配するにせよ破壊するにせよ、空間に作用する行いは一定レベルに達した闘争者として“出来て当然”だ。

人類がこの世に生を享ける以前より、宇宙では今なお続く戦いが繰り広げられている。

そこにおける戦争とは、空間の奪い合いに他ならないからである。

(参考文献:石川賢著(1999~2000)『虚無戦記』 双葉社刊)


斬撃に怯み、上体への衝撃を受けた螺刹皇が後方に重心を崩してたたらを踏む。

すかさず大螺旋虎珠皇の顎が開き、規則的に並んだ牙が光る。


肉食獣がそうするが如く、一直線に顔面から敵手の左肩口に噛み付く。

大螺旋は再び大地を蹴り、螺刹皇に噛み付いたまま右上方へ伸身跳躍。

空中で全身を錐揉み回転させるデスロールを受け、螺刹皇の左腕は根元からもぎ取られた。


隻腕となってようやく観念したのか、螺刹皇は残された右腕のドリルの回転数を上げる。

そして、ただ愚直にまっすぐ地を駆け隻腕ドリルで殴りかかった。


空間の穿行も無く、何らの技術もないテレフォン・パンチ。


その“渾身の一撃”を、大螺旋は難なく上体を捻ってかわす。


返礼は回転していない左ドリルでのボディブローだ。

巨大な円錐が腹部にめりこみ折れ曲がった螺刹皇の体。

自然と下がった螺刹皇の後頭部に、右爪を喰い込ませ引きずり倒す。


「オラァ!」


地表に叩き付けられた螺刹皇の鳩尾に大螺旋のつま先が突き刺さる。

一切の容赦なきトゥキックが何度もモノトーンのDRL躯体を打ち、その度に鈍い衝突音が曇天に響く。

衝撃は螺刹皇の経絡にまで余すところ無く苦痛を伝え、衝突音に穿地のうめき声も重なった。



「……やっぱり、素手喧嘩ステゴロ彰吾ダチが一番強ェや」


抗う力も、意志すら見せない穿地に吐き棄て、大螺旋は左腕のドリルを回転させる。


完全敗北を悟り、穿地がとった行動は“質問”であった。


「み、認めよう。お前はこの世で最も強力な存在だ。最期に教えてくれ。その力で何を為すのかを……」

「特に無いね」

「それほどの力を備えた者の義務を棄てるというのか……!?」


顔面を破壊された螺刹皇の表情はもはや伺い知れないが、恐らく驚愕と絶望が滲み出ている事だろう。


「俺に勝てるヤツは居ない。その気になれば何だって思い通りにできるだろうな。それは“わかってる”ぜ」


大螺旋の左腕が――唯一無二の深化を果たしたドリルが回転を始めると、辺り一帯の大気が渦を巻いた。


「それでも、俺は何もしない。俺がそうしたいと思わないからだ」


大気だけでなく、地獄界の空、大地、空間そのものが大螺旋を中心に大きく回転しているようであった。


「……このような、このような分を解せぬ者に!覇権が、転がり込むなど!このような……この、よう、なッッッ!」

「何かのに生まれてきたつもりは無ェ」


大螺旋旭虎珠皇のドリルが光と影を同時に帯びる。


色は混沌。

音も混沌。

あらゆる事象ものが、そこでは渦巻き続けていた。


彼を産み落とした空間そのものがドリルの形をなし、その上で拡大を始める。


「ドリル奥義『虚空』――」


ドリルロボの巨体をふた周りほど上回るばかりに拡大したドリル――大螺旋の主体的空間そのものが螺刹皇に覆いかぶさる。


渦巻く混沌はたちまち螺刹皇の身体を削り取り、内包する穿地元の魂をも塵と化し、自らの混沌の一部となした。


地獄王を超越し、新たなる人類種の『神』を目指した退魔士の末裔・穿地元。

結局としてヒトの枠を超え得なかった彼は、これにて超・人的なる者に引導を渡されたのである。



居合わせた者達は誰もが皆、発する言葉も浮かべる表情も見つからずにいた。


全ての幕を最後に引いたのは、天原旭と虎珠皇であったが、果たして“彼”は“彼ら”なのか?

茫然と背を見やる彰吾たちに、大螺旋が振り返った。


「今、時を超えた同胞の声を察知した」


唐突な第一声に返事のできる者は居ない。

ようやく彰吾だけが喉奥から何かを発しようとした時、既に大螺旋旭虎珠皇の二の句が始まっていた。


「助けを呼ぶ声だ。少し、遠い……俺たちの居るこの惑星ほしからかなり離れている」


微かに残響する声は、確かに天原旭の声であるが、やはりどこか別の何者かの声色をも含んでいる。

「俺が行かなくてはならぬ。皆とはここでしばしの別れだ」


「ねえ!“アンタ”は天原旭なの!?虎珠皇なの!?それとも」

「俺は天原旭であり、虎珠皇だ。どちらでもないし、どちらでもあるんだ」


彰吾の声を途中で遮り、ゆっくりと告げる。

「俺とは――つまり、俺なんだ」


「……ねえ、アンタ“帰って”くるのよね?」

「約束する。皆に人智を超えた脅威が迫ったとき、俺は必ず駆けつける――」


巨大なる存在・大螺旋は大男の頭上から超然と言った。

マシンともヒトともつかぬ眼差しが、地上から見上げるともの視線と交差して。


「何たって、仲間ダチだからな!」


最後に、まぎれもなく青年・天原旭の声で言い残すと、大螺旋はドリルを回転させ次元の彼方へと消えた。


「戻ってきたら少しはゆっくりしなさいよ、“旭”」


そうして暫くの間、宇頭芽彰吾は友の往く虚空を見上げていた。

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