第9話 激闘光鉄機

空をかける朱色の翼人と地を走る蒼色の龍人。

そして後方で戦闘態勢をとる紅の巨人。


その姿を認識した惨坊が、玉座の嵌まった金属球に手を置き話しかける。

「この反応は退魔士ですぞ。地獄王、すみやかに御手の再生を」


壊天大王の一撃により、ド・ゲドーの巨大な左腕は根元からもぎ取られたままである。

当然、光鉄機は力の手薄なゲドーの左側を攻める。


迎撃に繰り出した飛行魔族は、翼人の正確無比な狙撃により逐次撃墜。

龍人を狙った鬼火も予知能力めいた反応で回避され、光鉄機は地獄王に距離をつめていく。


「小賢しいわ、退魔士!」

一気呵成に決着をつけんとする光鉄機に対し、惨坊は一括。

金属球から放射状に伸びた管を伝播し、玉座の間全体に精命力の信号が送られる。


「もう少し踏み込めば!」

人間と高層ビルほどの体格差がある地獄王に接近するドラグであったが、“上空”の異変を感じ取り歩を止める。


ド・ゲドーの左肩口に暗黒色の瘴気が集まり、みるみるうちに巨大な爪を備えた左腕を再生させていた。


「「削撃ドリルで受けた傷がああも早く再生するだと!?」」

礼座光が驚愕の声を響かせる。


魔族には肉体を再生する能力を持った者も多い。

だが、ドリルによる攻撃は再生能力を無力化、あるいは相当に鈍化させるものだ。


彼自身もその身に受けたことのあるドリルの力。

それを知るだに、これほどの速度で肉体が再生することは考えられなかった。


たちまち元通りになった左腕を振るい、横薙ぎの突風を放つゲドー。


ドラグは敢えて衝撃風に逆らわず吹き飛ばされた。

これにより決定的なダメージは逃れられたものの、詰まりかけていた間合いは大きく開いてしまった。


「ヒカル、あれ見て!」


セイルの眼が、ゲドーの足元や背後で行われている光景を捉える。

鎧のような体表の隙間から伸びた無数の“管”が、触手のように蠢いて周囲の魔族に食い込んでいた。

管を突き入れられた魔族は、数秒ともたず干からびて死んでいく。

地獄王が同胞魔族を喰らって精命力を急速補充していることは明らかであった。


「「……外道ゲドーめ!」」



「光鉄機、頼みがある。時間を稼いでくれ」


戦況を一瞥した嵐剣皇が、一時後退したドラグとセイルに呼びかけた。

その声は、二人の脳裏に直接響く。

退魔士の行う念話術を応用した一種の無線通信だ。


「「策があるのか」」


「解析した戦闘記録の中には過去に地獄王を撃退した時のものもある」

コクピットの中で同じく声を聞く夕。

彼女の視界の傍らでは、今もなおサブ・ウィンドウに文字列が展開し目にも留まらぬ速さでスクロールしていた。


「それらを基に、必勝の策を導き出す。だがデータを総合するのに少々時間がかかるんだ」


「あいつの弱点を調べるってこと?」

「そうよ。だから少しの間、嵐剣皇は攻撃に回れない」


「僕たちがこのまま囮になれば良いんだね?」

「ええ。信じてるわ、二人とも」


二人の光鉄機は夕の言葉を背中に受け、肯く代わりに地獄王へ向かっていく。


ただ一念をもって挑む。

後方の嵐剣皇に目を向ける暇を与えさせまい、と。

万全の体躯で迎え撃つド・ゲドーに、光弾を打ち込み、稲妻を投擲し、絶え間なく攻め立てた。



「後方に控えておる特級退魔士、妙だな。なぜ奴だけ仕掛けて来ぬ」

途方も無く巨大な地獄王の頂から戦場を俯瞰する惨坊は、光鉄機二人を同時に相手取りながら三人目の敵の動向も捉えていた。


「牽制に放った飛頭蛮も身をかわすばかりじゃ。さては何か企てておるか」


惨坊の手が金属球に触れる。

地獄王は、その意志の侭に紅の騎士へと鬼火を差し向けた。


「狙ってきた…!もしかして、気付かれたの!?」


鬼火を飛び退いてかわすも、夕の頬に冷や汗が伝う。


「軍団を手足のように使役し、戦場全体を見渡すような戦い方だな」

平板な口調で解説する嵐剣皇が、夕に続ける。


「“前回”の地獄王は力任せに突進してきていた」


「前回って、千年前にあったって言う魔族侵攻のこと?」

「ああ。これまでにも数回、人類と地獄王は交戦しているが――その度に地獄王ド・ゲドーの戦い方は異なっていた」


解析した退魔士の戦闘記録を基に、嵐剣皇は導き出した結論を夕と光鉄機に伝える。


「地獄王はだ。乗り手が変われば、戦い方も変わるんだ」


「あいつがロボットなら、操縦しているやつが居るんじゃないかな」

基の言葉に、舞がいち早く意を察した。

「そっか、動かしてるやつをやっつければいいんだね!」


「でも、どこにコクピットがあるのか判らないわ」

夕の言葉尻を打ち消すように、光が答える。

「「奴の懐にまで飛び込むことさえできれば、精命力の流れを読み操縦者の居場所を突き止められる」」


「操縦者を倒せればそれで勝ち、かもしれない。だけど、もしもの時のために嵐剣皇は演算を続けて」

夕は一度大きく深呼吸し、眼鏡のずれを正してから口を開いた。


「操縦者狙いに弱点狙い――両方を同時にやりましょう!」



「ヒカル、私ね、気がついたことがあるの」


翔炎セイルとなった舞が、脳裏の礼座光に思惟で話しかける。


「さっきから、撃った光弾たまはゲドーの近くで勢いが弱くなってる。だけどね、所々でが違うの」

舞の言葉に、光が答えを出す。

「「――賽の河原と同じだ。地獄王の空間支配にも、手薄な部分がある!」」


光の言葉に合点のいった舞は、念話で比翼たるドラグに告げる。

「基、夕さん!私がこれから道を作る!!」


セイルの視力を司る経絡に精命力が一層研ぎ澄まされて循環する。

彼女の視界は更に、更に、更にクリアになってゆく。


この世のありとあらゆるものが、透けて見えるほどに、クリアに。

「今の翔炎セイルわたしには、何だってお見通しなんだからッ!!!」


遠間にそびえる地獄王と自分とを隔てる空間――何もない筈の――に、歪みの筋がぼんやりと浮かんでくる。

舞が精神を集中するほどに、筋は明確に分別されてゆく。

翔炎セイルの千里眼は遂に透視の領域にまで到達し、見据えた空間支配の“綻び”とでも呼ぶべき部分に光の矢を放った。

見えない壁として地獄王ド・ゲドーを覆っていたベールの一部が剥ぎ取られる。


すかさず踏み込んだのは、嵐剣皇。

攻撃叶わぬ徒手空拳のまま、敢えての前進だ。


「ようやく仕掛けてきおったか!!」


が、その行動は嵐剣皇の挙動を警戒していた惨坊のミス・リードを誘発させた。

もとより攻撃手段を持たない嵐剣皇に、ゲドーの刺突触腕が無数に集中し殺到する。


そうして、紅の装甲は全周囲から貫かれた。


「変わり身だとォ!」


玉座の間に惨坊の怒声がこだまする。

禿頭の鬼が睨むのは、触手槍に貫かれた装甲を排除し大幅に後退した嵐剣皇の姿である。


惨坊が嵐剣皇にかかずらった間隙は、十分ないとまであった。


一対の比翼、光鉄機ドラグとセイルが喉元にまで接近するためには、あまりにも余裕のある隙を晒したのだ。


「クロスゥゥゥ!!」

蒼と朱の腕が交差して指を絡める。

凄まじい閃光が組み合わされた拳より迸り、渾身の精命力がいま、解き放たれる。

「フラッシャァァァァァァァ!!!」



至近距離にて放たれた光鉄機の必殺光線は、地獄王の胸板を大きく抉り飛ばした。

精命力を使い果たした基と舞は、反動で後方へ弾き飛ばされるも嵐剣皇が受け止めてコクピットへ保護。


裸身を意に介さず寄り添う基と舞は、嵐剣皇のコクピット・モニターから地獄王を見やった。


捨て身を交えた奇襲により与えた装甲への打撃は、少年少女の目の当たりにする中、元通りに再生していく。

その様を見守る彼と彼女の瞳には決して絶望は宿っていない。


「ヒカル、がんばって!」


辰間基は、ぴたりと継ぎ閉じられた赤紫の装甲をモニタ越しに見ながら呟いた。



「成功だ」


”再生した玉座の間。

依然として中央に座す惨坊は、いま、全高7メートルに及ぶ巨体に見下ろされていた。


白銀に煌く鋼鉄巨人。光鉄機アイエンが、地獄王の中枢部たる玉座の間に佇んでいる。


「貴様、光徹鬼か!?なぜここに……」

「先のクロス・フラッシャーには光鉄機の精命力を乗せた。この俺、『光鉄機アイエン』を構成する精命力も含めた、すべてだ!」


アイエンが腰を落とし、両腕を突き出す。

惨坊が身をかわす間もなく、オーラ・フラッシャーを発射。

地獄王の操り手たる魔族・惨坊は、鳩尾から下を焼き飛ばされて床に転がされた。


「終わりだ、地獄王」


アイエンは胸から上だけになり呻く惨坊に言い捨て、足元に転がってきた金属球を踏み砕く。


微塵の金属片と化した金属球は、光鉄機の足下。

その様に目を見開き叫ぶような声を絞り出す惨坊には、明確な恐怖が見て取れた。


「き、貴様らなんということを……制御していた地獄王の力が……これではゲドー様がしてしまうゥ!」


上半身だけで叫ぶ惨坊を、大小無数の管が鎌首をもたげ取り囲んだ。

嵐剣皇の装甲にしたのと同じように全方位から突き刺さる。


断末魔、響く間もなく。


全身の精命力を一息に吸われ、絶叫した顔のまま事切れたミイラが残された。


次いで目標を定め迫る触手群を手刀で打ち払うと、アイエンは光球と化し地獄王の中枢・玉座の間より離脱。

上半身の装甲を脱ぎ去った嵐剣皇のもとへ帰還し、コクピットから飛び出した少年少女と共に再変身。

光鉄機ドラグに光鉄機セイルは、嵐剣皇と共に曇天の向こうを見やる。


視線の先には、鳴動する赤紫の巨鎧、地獄王ド・ゲドーの異様。

周囲の木々だけでなく、既に骸となった魔族も、踏みしめた大地をも萎え腐らせ、途方も無い巨体はこの世の者ならざる咆哮を発していた。


「「ただ操っていただけではなかったのか!?」」

活動を止めないばかりか、際限なく周囲の事物を喰らう地獄王。

光鉄機と淵鏡皇の脳裏に響く礼座光の声が焦燥の色を帯びる。


「理性を失ったかのようだ……まさかあのを破壊したことでゲドーの本能がむき出しになったのか」


嵐剣皇の分析を肯定するように、導き手を失ったド・ゲドーは咆哮をあげ、全身を覆う装甲の隙間から触手を伸ばす。

近くのモノから順に、手当たり次第に精命力の残滓を貪る姿は、言うなれば“蝕欲”が形を成したかのようであった。


無尽蔵の欲望は数千の軍勢に匹敵し、覚悟を決めた筈の戦士をたじろがせる。


「地獄王の力は無限なの!?」

ありとあらゆる存在を蝕む、あまりにも巨大な魔物。

少女は我に返り、その途方の無さに戦慄した。


それでも彼女の心は折れない。

目の前の敵に立ち向かう矢は、ただ一本ではないのだから。


「諦めちゃダメだ!必ず、勝つんだ!」


いつも傍らに立っていた少年の声が、折れそうになる少女の心根に寄り添う。

彼がこうして勇気を響かせられるのは、隣に少女が居るからこそである。


「「そうだ。俺たちは勝てる。何故なら、俺たちは有限だからだ」」

「限りあるということは、確かな存在だということだ」


閃光ビームをもたらす異世界の戦士。

螺旋ドリルを携えた地底の騎士。

共に、力を備える者。

それだけではちっぽけな存在に過ぎない少年少女の心に、可能性を拓く。


「だからこそ、私たちは極めることができる!!」」


地獄の曇天に、凛とした女の声が決然ととおる。

手を取り合った仲間達と共に、可能性はより深く、より鋭く。

無限の巨山を相手取り、未来あすへと至る隧道みちを穿つ。



「待たせたな、皆。退魔士の記憶メモリーの検索がすべて完了した」

嵐剣皇のサブ・モニターに流れ続けていた文字列は動きを止め、演算完了の四文字を示している。


「地獄王の弱点を示す!」


自らのメインモニターと、光鉄機の脳裏にデータを転送。

退魔戦士たちの眼前にある地獄王の姿に光点が合成表示された。


嵐剣皇が示したのは地獄王の喉下に残された深い抉り傷。

クロス・フラッシャーにより一度は吹き飛ばし、再生してもなお残り続けている“古傷”である。


超物質DRLに構築された超AIは、自身の思考回路にひとつのビジョンを浮かべていた。


――左腕にドリルを携えた退魔士の少女が、不可視の速度で地獄王の喉元を穿ち貫く光景。


それは嵐剣皇の見た最も新しい戦闘データ。

かつて雨深那の駆る特級退魔士オオキミが視た、千年前の戦いの記憶。


今を生きる退魔戦士たちが目にしているのは、途方もない時を経てなお再生し得ぬ傷痕。

千年前あのときのドリルにつけられたものだ。


「あのポイントでは地獄王の経絡が流れを歪め渦を巻いている。あの部分にドリルを突き立てるのだ」



見出された勝利への突破口。

ドラグとセイルは湧き上がる闘志に応え増大する精命力を感じていた。


「クロス・フラッシャーを撃った直後なのに、変身できてる。それに、全然疲れてないや」

「て言うか絶好調だよ!どうしちゃったのかな、私たち!?」


「「ハジメ、マイ、俺の力はした。今まで力をくれたことを、感謝する」」

光鉄機に漲る精命力は、いつしか成長を遂げた少年少女のものと、歴戦の魔族のものが融け合っていた。

今や、人間とも魔族ともつかぬ全く新しい浸透と融合の力が宿っている。


「「ここから先は……力を!!」」


その力の在り様は、これより彼らの身をもって示される。


礼座光の呼び声は、二体の光鉄機のみならず嵐剣皇と薙瀬夕にも届いているのだ。

意味するところは一つ。


紅のドリルロボと、蒼と朱の光鉄機。

薙瀬夕。嵐剣皇。辰間基。鍔作舞。礼座光。

全員の声がぴたりと一つに重なり、絶望の戦場に一筋の光明を迸らせる。


「「「魂鋼鍛着アークビルド!!!」」」


三位はいま、合一ごういつを果たし一体と成る。


嵐剣皇の躯体に走る網状の模様がうねり、鐘音のような唸りと共に変形を開始。

同時に光鉄機たる少年少女は再び光塊へと変じ、目に見えて拡大。


精命力オーラは、透き通った真珠色の光装甲に物質化マテリアライズ

変形を完了したDRLの躯体を覆い――


――魂鋼たまはがね嵐剣皇。


銀光がかたちをなした佇まいと左腕に携えたドリルの輝きは、在りし日の退魔士を想起させた。


「皆、もう理解わかってるわね。一瞬で始めて、一瞬で終わらせるッ!」


の形態に合わせ変形した操縦桿は手のような形をしている。

握れば感ずる、仲間たちの熱。こころの熱量が確かに伝わってくる。


「ドリル奥義『閃攻』ッッッ!」


搭乗者ナビゲーターの精命力が昂ぶるのを合図に、魂鋼嵐剣皇の光装甲が眩く発光。


更に双眸が七色に明滅し、左腕に集中させたドリルがストロボ光を発しながら回転。


そして、光輝の化身となった巨体の周囲に流れる空気や雲の流れ、巻き上がってから落ちてゆく砂塵。

嵐剣皇を取り巻くありとあらゆる事物がした。超越的速度を秘めた存在が見る風景だ。


「超高機動モードへ移行完了。搭乗者ナビゲーター、攻撃を」


薙瀬夕は思考する。

ただそれだけで、魂鋼嵐剣皇は思考イメージを実現する。


閃光のドリル騎士は、何人なんぴともが認識し得ぬ速度で地獄王ド・ゲドーの懐へ飛び込み、既にドリルを突き立てていた。

迸る精命力はもとより、純粋な速度が生み出すエネルギーが一点に注ぎ込まれる。


人類史上初めて使われたドリル奥義が、千年の時を越え再び地獄王の胸窩を貫いたのである。


「悉く滅せよ、地獄王!!」


もはや少年のものとも少女のものともつかぬ融け合った声と意識が、叫ぶ。

ドリルの回転が光の渦を更に更に研ぎ澄まし、ストロボ光が激しく瞬く。


地獄王の装甲を貫いた閃攻ドリルの切っ先が、渦を巻いて燻っていた精命経絡に達する。


こうして、ひとつの隧道が繋がった。

繋がったならば、注ぎ込まれるのは光。


「「「クロス・フラッシャー!!!」」」


地獄王の負に充たされた経絡に、瑞光の精命力オーラが行き渡る。

影たる存在もの陽光ひかりが当たれば、影は消える。


地獄王ド・ゲドー、消滅。


遙かなる太古より世界をコントロールしてきた魔の源は、遂に完全にこの世から消え去った。



「……まずは


激闘を制した光鉄機と嵐剣皇。

余韻に浸るべき“勝利”の時は、未だ訪れてはいない。


人類の宿敵を打ち倒した退魔士たち。

次なる戦いに眼を奔らせる。


敵は『人類』――――穿地元。

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