第10話 みんなで地獄行き!

退魔士の里で一行をという男に通されたのは、この集落で最も大きな邸宅であった。

おそらく何百年もの間絶え間ない修繕を繰り返し維持されているのであろう、由緒ある神社のような木造の建築物である。

夕は待機していた彰吾、基、舞を呼び寄せ、男に案内されるままに邸宅――大巫女の館へ訪れていた。


「ねえねえ、おじさんはどうして私たちのこと知ってるの?」

繊細な龍のレリーフがあしらわれた天井や不思議な重厚さのある壁の幾何学模様らを物珍しそうに見回しながら、舞が中年男に尋ねる。


「占いさ」


思ってもみなかった答えに首をかしげる少女。男は穏やかに続ける。

「大巫女さまは毎朝『今日の占い』を行うのが日課なんだ。我々はその占いで、その日に起きる大きな事柄を知ることができる。かなり具体的かつ精確に、ね」


男の言葉に唖然とする彰吾たちをよそに、舞は興奮気味に関心した。

「すごいすごい!私も占ってもらいたいなぁ」

「気さくな方だから、後で頼んでみてごらん」


「「予知能力同然の占いか。力は衰えていないと見える」」

「ヒカル、大巫女さまのことを知ってるの?」

基が問いかけると同時に中年男から目的の部屋に到着したことを告げられ、会話は中断。

この問いの答えはすぐにわかることだ。基はそう直感し、光もそう考えた。


雨深那うみなさま、お連れしました」

平屋建ての邸宅の最奥に位置する『泉の間』にて、中年男は恭しく頭を下げてから障子戸を開いた。


豪奢ではないが確かな質を感じる和室に、小柄な人物が座っている。

「はるばるよく来なさった。まずは座りなされ」

指先まで隠れる大きな袖を持ち上げ手招きする。


ローブのように仕立てられた白い織物を頭から被り、素肌も殆ど隠されている大巫女・雨深那。

やや高くしわがれた声から、老婆であろうことがうかがい知れた。


「大巫女、里長、上級退魔士、色々に呼ばれとるが……雨深那という名じゃ。よろしくのう」

一行は、夕を中心にして大巫女と向かい合い座る。

案内役の中年男はそれを確認すると一礼し、物音ひとつ立てず退出した。


「はじめまして、雨深那さま。私は」

「薙瀬夕、じゃろう?そちらは宇頭芽彰吾、辰間基、鍔作舞」

名乗る前に全員の名を言い当てる老婆に、夕と彰吾は驚きを顔に浮かべ、基は膝の上で拳を握り締めて緊張し、舞は目を輝かせた。

続けてローブの奥から一行に向けられた視線は、少年少女のブレスレットとリングへ。


「そして、藍焔アイエン――200年振りじゃ……随分姿が変わったのう」

「「色々あってね。今は、新しくできた友人達に力を借りている」」

光をアイエンと呼び、念話で話しかけてくる声に平然と耳を傾ける。

基の思っていた通り、二人は旧知の間柄であった。


「雨深那さまは、やっぱりヒカルのことを知っているんですか」

背筋をただし話す基に、大巫女は深く頷き答える。

「ああ、知っているとも。千年前に藍焔が味方しついてからの長い付き合いじゃ」


「せ、千年前……スゴイ」

素直に関心し続ける舞を横目に、彰吾が当然の疑問をぶつける。

「フツーの“人間”はそんなに長く生きられないと思うンだけど」

「そうじゃの。その辺りは後で教えてやろう。ときに藍焔、ヌシはこの子らにきちんとはしておるのか?」


雨深那の見透かすような問いかけに、光は沈黙した。

その様子に老婆は短くため息をつく。

「こやつが藍焔アイエン、あるいは礼座光と名乗るようになったのは我ら退魔士のについてからの話での」


雨深那の言い回しやこれまでの事象から、彰吾には光鉄機アイエン・礼座光の出自に見当がついた。

「ねえ、なんとなく“分かって”きたんだけど、礼座光コイツってさあ」


彰吾の言葉は、一同の脳裏に直接響く少年の声に遮られる。

「「俺に直接言わせてくれ」」


意を決した光が、一呼吸の間を置いて自身の身の上を明かす。

「「俺は魔族・光徹鬼こうてつき――からは裏切り者と呼ばれている」」


しんとした泉の間が、いっそう静まり返る。

沈黙に促され礼座光は告白を続ける。

「「千年前の大侵攻の折、俺は魔族の軍勢を離れ人間の側についた。以来、自らを光鉄機アイエン、礼座光と名乗り退魔士の真似事を続けてきたんだ」」


「ヒカルが、魔族……」

先ほどまでどことなく浮ついた気分でいた舞が神妙な面持ちで繰り返した。

基はと言えば、平然とした様子で銀の腕輪に話しかける。


「ひとつ聞いていい?ヒカルは、魔族と戦うのは辛くない?」


「「今の俺の心は、人類と共にある。人類ひとにあだなす魔族は、俺の仇敵だ」」

決然と言い切る友に、少年は深い肯定をもって応える。


「それなら、僕達とヒカルの関係は変わらないよ」

「ヒカルはヒカルだもんね。魔族とかカンケーないもん」

同じく笑顔を返す少女。

二人の友が自身の出自に対し何ら含むところのない事を理解し、かつて鬼であった彼は安堵以上の安らかな心持ちになった。


「退魔士の技を知りながら、退魔士ならざる者。そういうことだったのか」

夕のバッグから這い出した端末メカから、それまで聞きに徹していた嵐剣皇が声を上げる。


それを聞きおお、と喉奥から声を漏らすのは大巫女である。

「懐かしい声じゃ……明彦の声じゃ」

「大巫女さま。やはり明彦さんをご存知なんですね」


眼鏡の奥の瞳を憂いに伏せる夕に、雨深那が静かに声をかける。

「……みなまで言わずとも分かっておるが……あなたの口から聞かせて貰えるか」

「……国主明彦さんは、亡くなりました」

「そうか……あの子は逝ってしまった、か」

「私を護る為に身代わりになって……今喋った端末を操っている、嵐剣皇というロボットに取り込まれたんです」


ローブの奥の眼が昆虫型の端末に向けられる。

嵐剣皇は黙して語らず、ただ端末の動作音だけが微かに聴こえるのみ。

「嵐剣皇は、明彦さんの記憶を受け継ぎました。それを頼りにここまで来たんです」

「何かから逃れるために、かな?」

「いえ……生き抜くために、です」


夕の返事を受け、大巫女は周囲に染み渡るような声音で語り始めた。

「あの子は早くに母親を病で亡くしてな。ワシが母親代わりをやりながら退魔士の技を授けたのじゃ」

「それじゃあ雨深那さまが明彦さんの師匠……」

「あの子だけでなく、里の退魔士はみなワシの教え子での。あの子の父親も一級退魔士であったが、魔族との戦いで命を落としてしまった」


齢数千と言うこの老婆は、過ごしてきた長きに渡りこうして幾人ものを見送ってきたのだろうか。

しわがれた高い声は、遠い遠い彼岸へと向けられているようであった。

「喪が明けてすぐに、採掘都市へ向かうと言い里を発った。あとは、お前さんの方がよう知っておろう」


雨深那の述懐を受け、夕は左手の薬指にもう一方の手を添え、祈るように胸に埋めた。

「……私は、明彦さんの分まで生き抜こうと決めてここまで来ました。今は、その気持ちがいっそう強くなった気がします」

「ありがとうな、夕さん。ここまで想ってくれる人と巡り会えたことが、あの子にとって何よりの救いじゃ」



大巫女の館で一夜を過ごした四人は、翌朝になって再び大巫女に招かれた。


「昨晩はどうも。それで、今日は何を“見せて”くれるの?」

館の裏手へと先導する中年男に彰吾が問う。

「大巫女さまからは、あなた方の目的と合致することをお伝えになる、とだけ」


「目的……“地獄行き”の方法、かしら?でもソレならアタシらの“身内”に詳しそうなヤツが居るんだけど」


彰吾が指しているのは礼座光のことである。

その言を聞き、敏感に反応したのは当の光ではなく基だ。

「し、彰吾さん」

「別に光に対して悪く思ってるワケじゃないわ。事実として元々“魔族”だってンなら現地を一番よく知ってそうだと思ったのよ」


「「たしかに、地獄界については俺が最も多くを知っている。だが、雨深那はその上で提案したいのだろう」」

「“提案”ね……ま、それはこれから本人から聞きましょ」


「皆様、どうぞこちらへ。『地下神殿』へとご案内いたします」

歩を止めた中年男が掌を向けたのは、大巫女の館の真裏にひっそりと建てられた小さな祠である。


一同のリアクションを待たず、男は懐から取り出した手鏡をそこに祭られている簡素な鏡に合わせる。

どこからか短い電子音が鳴ったかと思えば、祠の半径2メートルの地面が円形にせり上がり鋼鉄の扉が姿を見せた。

自動的に開かれた扉と、その内部はいずれも神秘さを欠片も感じさせない機械的な構造物。


有り体に言えばエレベーターであった。



「これが『地下神殿』?」

地下へと下ったエレベーターの扉が開くと共に目に入った光景に、夕は圧倒されながら言った。


「神殿って言うより……」

「秘密基地だこれ!」

基が言い終えないうちに舞が端的な感想を口にする。


艶の無い灰色の金属壁に四方は覆われ、所々に照明以外の小さなランプが明滅。

まっすぐに伸びる通路には等間隔で鋼鉄の扉が設けられ、そこかしこから金属のぶつかる音や機械の動作音が木霊している。

のどかな農村や時代を感じさせる木造建築が点在する地表部とは正反対の光景がそこにはあった。


例によって最奥の部屋へと案内されると、地下であることを忘れるほど広大な空間の真ん中に大巫女・雨深那が立っていた。


「どうじゃ、驚いたじゃろう。これが退魔士の里の正体。魔族の侵攻を水際で食い止める前線基地よ」


よく見ればそこかしこにミサイルや重火器の類が保管され、武装の施された車輌も並んでいる。

彰吾は穿地研究所の格納庫を思い出し、目の前に立つ老婆の姿にいっそうの違和感を覚えた。


大巫女は招き入れた客人の反応に満足したのか、ローブの奥で微笑んだ。

その後、しわがれながらも異様によく通る声で一同の注目を集め、身を覆う布に手をかけた。


「そして、このワシも」


大巫女・雨深那が身にまとったローブを脱ぎ捨てる。

現れたのは齢二千を皺と刻んだ老婆ではなく、瑞々しさすら感じる少女であった。


童顔の顔立ちはともすれば夕よりも幼く見え、腰まで伸びるまっすぐな黒髪が袖のない白麻の装束に映える。

大きく開いた装束の胸元は豊かで、首飾りにあしらわれた勾玉が白い柔肌の谷間に挟まれそうである。

「改めて……上級退魔士・雨深那よ。これが私の本当のすがた。どう?」


「雨深那さま、おばーさんじゃなかったんだ……」

「びっくりしてくれた?」

「はいっ!びっくりです!すごいすごい!!」

もとより雨深那を憧れの眼差しで見ていた舞が、いっそう瞳の輝きを強める。

基はその隣で、布面積の少ない雨深那のいでたちに赤面していた。


「ねえ、ちょっと気になってたんだけど、退魔士って“階級”があるの?一級だの上級だの言ってるケド」

雨深那はその質問に、よく聞いてるわね、と感心してみせてから回答を始めた。


「退魔士は今でこそ散り散りに活動しているけれど、一時は世界中に支部があって相互に連携をとる組織だったの」

「……地下神殿ココも昨日今日できた場所ってワケじゃないようね」


「退魔士を階級で区別するのはその頃の名残りね。二級は見習い、一級は実働部隊」

開いた掌に伸びる細い指をひとつずつ折りながら説明する。

「で、私みたいな人間の範疇をちょっと超えてるような連中は、上級退魔士」


「“超えてる”って言うかさぁ……」

「元々は私だってれっきとした人間よ。色々あってね、精命力が有り余ってるの」

「何よソレ」

「彰吾さん、前も言ったじゃないですか。深く考えずに、もうそういうモノだって思いましょう」


夕の言葉は思考停止とも取れるが、現在の彼らが必要としている情報は退魔士の何たるかではなく、如何にして地獄界へ到達し魔族の跳梁を止めるかという実際問題である。

背景にあるメカニズムなどは、好奇心以外に追求する必要は無いと彼女は判断していた。


問答を止めた彰吾と夕に、雨深那は三つまで指を折った右手をかざして見せる。

「あなた達をここへ呼んだのは、を紹介する為なの」

右手の薬指を強調するように曲げ伸ばししながら雨深那は言った。


「今話した退魔士の区分とは別格の『特級退魔士』という者がのよ」

「特級……雨深那さまよりスゴいの!?」

「特級退魔士は魔族に対抗する切り札。千年前の戦いも、彼らが居なければ人類は滅んでいたでしょうね」


「もう想像つかないや。紹介ってことは、その人もここに居るんですか?」

「ええ、此処にるわ」

雨深那がそう答えると同時に、彼女が背にした壁面の巨大シャッターが開く。


見上げるほどに巨大な玉座に堂々と座す威容は、身の丈10メートルはあろう。

太く逞しい体躯は古代戦士の甲冑で固められ、その黒い装甲に縁取られた赤と紫の炎模様が威圧的な存在感を際立たせている。

彼は生身の人間ではない。機械てつの巨人だ。


「紹介するわ。私が搭乗者ナビゲーターをつとめる、特級退魔士『オオキミ』よ」


「特級退魔士とは、巨大ロボット……」

微動だにしない巨体を見上げる夕。彰吾も、基と舞も同様。


「あなた達の持つ力は、既に人類が持つ戦力としては最強クラスだということ。どういうことか分かる?」

「……私達は他の何者にも頼ることはできないと……いうことですね」

夕は自身の理解、そして決意を口に出し、連れ立ってきた仲間達も互いに頷いた。


「そうよ。でも、私が伝えたかったのはそれだけじゃないの」

雨深那は自身の戦友たる機械巨人オオキミを仰ぎ見て告げる。

「切り札は、希望はあなた達自身の中に確かに在るということ。信じなさい――あなた達は、神の如き力さえ生み出せる可能性があると」


その言葉は、何ら根拠のない声援エールだった。

これより戦地へ踏み出す若者達に、送り出す者として健闘を祈り、帰還を信じて待つという単なる言葉だ。

だが、彼らを想う者が確かに此処に居るという“しるし”なのだ。


「お気遣いありがとうございます、雨深那さま」

「アタシたちのドリルロボがこのオオキミと同じかどうかは分からないけど……歴戦の“大巫女様”のお墨付きってことで励みにするワ」


「ねえ、ねえ、雨深那さま!光鉄機わたしたちってロボットともちょっと違うけど、イイのかな!?」

「「マイ、案ずるな。俺はあの頃から一人で戦い抜いてきた。今は、三人も居るんだ」」

「そうさ、力を合わせれば、僕達だって!」


少年少女に向け、雨深那は微笑む。

「気が付いてないみたいだけれど、あなた達は本当に特別な存在よ。退魔士の力を継ぐ者と魔族の力が融合しているのだから」



「さて、“気合”も入った所で“具体的”な算段を始めないとね」

「地獄界へ踏み込み、現地の調査……異常の原因究明……」

「そして“解決”よ」

地下神殿基地の一室で、彰吾と嵐剣皇が進行役をつとめる作戦会議が始まった。

アドバイザーとして雨深那も参加している。


「「地獄界はこの世とは異なる次元に存在する。世界中に点在する時空の歪みを抜け穴にして、魔族は人界に侵入してくるんだ」」

「それで、退魔士の隠れ里は時空の歪みが発生し易い場所に陣を構えて迎撃しているのよ」

たまに討ち漏らしが出てしまうのだけれど、と付け加える雨深那。


「時空の歪みって、何をどうすればいいのさ」

基と舞は早くも議論から脱落しそうになっている。


「アタシの“同僚”がそれっぽいことをしてたンだけどねェ」

旭の最期を思い出し苦い顔をしながら、彰吾が首を捻る。


「「すまない、言っていなかったな。時空に穴をあける方法は分かっている」」

「そういう“大事”なコトは最初に言っときなさいよ!」

「どうすればいいの?」

彰吾が椅子からずり落ちるような大げさなリアクションをとったことに驚きながら、夕が尋ねた。


「「時空の歪みに強力な精命力をぶつければ良いんだ。光鉄機のクロス・フラッシャーならば数分程度の『穴』を開けられるだろう」」

「じゃ、それで“決まり”かしらね」


「その方法は止めておいた方がいいわ」

まとまりかけた若者達の議論に、年長者である雨深那が口を挟む。

「地獄界へと通じる道を開ければ、その瞬間に魔族が殺到する。藍焔、消耗し切った状態で敵陣の只中に突っ込むのは得策ではないわね」


「でも、他に方法があるんですか?」

「ええ。他でもないあなた達のことだもの。我々が手伝いましょう」


退魔士の里長である雨深那の提案はこうである。

「時空の穴は私が開けるから、あなた達はただ押し通りなさい。ただ、ちょっとだけ準備の時間を頂戴」

「……どれくらい?」

「1週間もあれば良いわ」


「やっぱり特別な儀式なんかをやるんですか?」

大巫女が動くということで、不可思議な術の行使を期待した舞が興味津々に尋ねる。


「力尽くでいくだけよ?ただ、門が開いた時にやってくる魔族をねじ伏せる準備を整えておかなきゃね」



哨戒に出ている者や別任についている者など、里に所属する退魔士を拠点に集合させ、装備を整える。

それが雨深那の言う準備であった。


その間、基と舞は退魔戦士としての基礎訓練を雨深那に受け、夕もその様子を見守った。


彰吾はと言えば、神殿とは名ばかりの退魔士の地下基地にある兵器格納庫に泊り込んでいた。


「いやあ、スゴイですね淵鏡皇は。採掘都市もなかなかやりますなー!」

作業用のツナギを着たおさげ髪の女性が、彰吾が渡したデータに目を通しながら興奮を隠さず眼鏡を輝かせる。


退魔士の作戦準備が整うのを待つ間、彰吾はこの兵器管理主任の女性と共に淵鏡皇の強化を試みていた。

「ちょっと“弾切れ”してたのもあってね。此処の武器を拝借できないモノかしら」

「もっちろんOKですよ!ここだけの話デスネー、特級退魔士用の実験武器もけっこう在庫があるんデスがぁ、雨深那さまが使ってくれないから埃被っちゃってるのが結構ありまして!!」


「……在庫の一覧とか、ある?」

主任の言う“実験”兵器という言葉に不安を覚えた彰吾は、話を進める前にこの場に眠っている兵器群の正体を念入りに掴んでおくことにした。


「フッフッフ、ご覧ください退魔士協会が数千年の歴史の中で開発した超ウェポンたちを!!」

ハイテンションで手渡された端末を受け取った彰吾は、その内容を一読して軽い眩暈を覚えた。


「……退魔士アンタたちは“何”と戦ってたのよ……」


呪弾を発射する滑腔砲や経文圧縮ビーム銃などオカルト寄りなものは、退魔士ならではだ。

だが一覧を読み進めていくとある時期から爆発物や重火器のスペックが跳ね上がっている。

中には戦略兵器レベルのミサイルまで開発された形跡がある。

穿地元のような人材がかつての退魔士の中にも居たのだろうと彰吾は納得しておくことにした。


彰吾はリストの中で『主任イチオシ!』という花丸がつけられている兵器があることに気づき、印をつけた当人に確認。

「この“ガトリングバスターキャノン"って何」

「毎分一万発撃てる呪詛弾発射砲ですね!普通の破壊力もバツグンですよ!」

「次はコレ。“ジェノサイドナパーム"」

「お目が高い!射程内の対象物を一瞬で昇華させられます!」

「“超B.R.D.ミサイル”……なんか悪ノリしてない?」

「射程距離は5キロくらいしかないんですが、追尾性能がとんでもなくて地の果てまで追っかけてきますよ!」

傍らのモニターに出力される兵器のサンプル映像と共に早口で説明する主任。

彰吾は、無意識のうちに一歩後ずさっていた。


「……まあ、それくらいないとヤバい相手ってコトかしら?」


説明を受けた兵器群の中から淵鏡皇に搭載できそうなものをピックアップしていると、雨深那が様子を見に来た。

ディスプレーに表示されているガトリングバスターキャノンを見て、なぜか嬉しそうな面持ちになる。


「懐かしいもの見てるのね」

「やっぱりコレ、“知り合い”の作だったりする?」

「戦友が作ったものよ。大事に使ってくれると、あの娘も喜ぶと思うわ」


雨深那は整備と改修のためハンガーに固定され、胸部のドリルを展開した淵鏡皇を眺める。

「……それにもある。本当に、懐かしい。一番楽しかった頃を思い出す」

一見して少女に見える大巫女の郷愁の眼差しは美しく、彰吾も、先ほどまで舞い上がっていた主任も彼女の横顔に見入った。


と、雨深那は彰吾に向き直り自らの思いつきを口にする。

「宇頭芽彰吾。オオキミのも持って行かない?」

「鎧って……あの“甲冑”は淵鏡皇とは全然“規格”が違うから、ムリじゃないかしら」

「鎧と言っても装甲の部分ではないの。あれには仕掛けがしてあってね」


雨深那が主任に目を合わせる。説明をせよ、という意図であり、主任も意を察し言葉を継ぐ。

「オオキミの装備する鎧には、駆動経絡を刺激して爆発的な瞬発力を与える機構が組み込まれているんです」

言いながら淵鏡皇のデータをディスプレーに出力。

「淵鏡皇のDRL躯体にこの機構を組み込めば……」

「なるほど、それは“使える”わね」


乗り気になった彰吾は、主任と共に方針の決まった改修作業に取り掛かる。


淵鏡皇のもとへと掛けてゆく二人の背中を見送り、雨深那はもう一度白色の巨体を見上げ、呼びかけた。

「受け継いでくれてありがとう淵鏡皇。これであなたは、ドリルを持った特級退魔士よ」



退魔士の里のすぐ北に、賽の河原と呼ばれる場所がある。

地獄界と繋がる時空の歪みが観測される地点だ。


速くも遅くもなく流れる川の片岸に、嵐剣皇と基と舞が同乗する淵鏡皇が立っている。

二体のドリルロボの背後には、雨深那の駆る特級退魔士オオキミと、十数人の退魔士が並び立つ。

退魔士達は皆、弓、刀、槍、銃など各々が得手とする武器を携え、魔族の襲来に備えていた。


「これより地獄界への門を開く!」

雨深那の凛とした号令を受け、紅と白のドリルロボも、退魔士軍団も臨戦態勢。


オオキミの右手には、巨大な拳と同サイズの透明な球体。

物質化するほどに圧縮された精命力の塊である。


コクピットに立つ雨深那の動きは、オオキミに同調されている。

雨深那が右手に左手を添え頭上に振りかぶれば、オオキミも同じく球を持った手を振りかぶる。

次に片足を天高く振り上げ、反動で右手は大地へ。

瞬間、握られた球に雨深那とオオキミの精命力が凝集。燃えるような光を中心部に蓄える。


球技の投手が渾身の魔球を放つ時に似た所作でもって、精命球は川の彼岸へ投擲された。


球が空中で見えない何かにぶつかり、閃光と共に弾ける。

そして空間に『穴』が穿たれ、黒紫のマーブル模様が蠢くから無数の魔族が沸いて出た。

これまでの戦いで基たちが目にしたふらり火や網切、それ以外にも見たことも無い異形の怪物が次々と川を越えてくる。


「“突っ切る”わよ!基、舞、しっかり掴まってなさいッ!!」

「嵐剣皇!」

「心得た」

淵鏡皇の内燃機関が唸りを上げ、嵐剣皇の駿脚が大地を蹴る。

二人の巨人が往く。飛び来る妖魔と交差し、彼岸へと往く。


沸いて出た魔族の中には、向かってくるドリルロボに標的を定める者も居た。


「ドリル展開!!」

淵鏡皇はスピードを緩めることなく、胸部の巨大ドリルを高速回転。

白い巨体がそのまま強烈な砲弾と化し、殺到する魔族を引きちぎりながら前進してゆく。


「夕はちゃんと“ついて来て”る!?」

「いま追い抜いちゃったよ!」

「し、彰吾さん!」


後部座席でうろたえる二人に、彰吾は前を向いたまま一喝。

「悪いケド、気ィ回す“余裕”は無いわ!!」

彰吾は振り返らず、わき目も振らず、アクセルを開放。

ドリルロボ淵鏡皇は、エンジンの轟音と共に時空の裂け目へ突入した。


「嵐剣皇、淵鏡皇の動きに合わせないとはぐれてしまうわ!」

加速していく淵鏡皇の背を見て、夕が焦る。

「夕、集中するんだ」

同じく殺到する魔族をいなし、時にはドリルで貫きながら嵐剣皇も進む。

高速で迫る敵影は、もはや常人の目で追う事は不可能であった。


ひたすら前進する嵐剣皇に、一匹の魔族が火の玉を吐き追撃。

「あ、当たった!?」

操縦桿を握り締める夕が、背後からの衝撃に動揺する。

一瞬の隙に乗じ、周囲の魔族がなだれ込み、嵐剣皇の躯体に幾度も攻撃が加えられる。

「夕、このままでは『穴』が閉じる。強行するぞ」

「え、ええ!」


嵐剣皇の双眸が輝き、両腕のドリルが高速で回転。

同時に装甲の隙間から黒色のを散布する。


「退魔戦術・爆飛弾!」

ドリルの摩擦熱により粒子に着火。一瞬にして凄まじい爆発を引き起こす。

爆風は最も間近に居る嵐剣皇の背を焦がし、その身体を無理やり前方へと吹き飛ばした。

文字通り捨て身の術を持って、周囲の魔族を蹴散らしながらの強行である。


「成功だ。このまま敵地へ突入する」

「嵐剣皇、すごいダメージよ!?」

紅の装甲を火達磨に焼きながら、薙瀬夕と嵐剣皇は辛くも地獄界への潜入を果たした。



「ドリルロボの突入を確認したわ。さあ皆、あとは迎撃あるのみよ」

空と地を埋めんばかりの魔族の大群を前に、オオキミを操る雨深那だけでなく足下の退魔士も全く動じた様子はない。


オオキミが手近な岩を拾い上げ、無造作に投擲。

岩石は衝撃波を生む程の速度を持った飛翔体と化し、弾道に居た魔族を次々に貫く。

数度に渡っての投擲は、いずれも戦艦の砲撃の如き威力で敵を襲い殲滅していった。


他の退魔士も皆が一騎当千の力を発揮する。

ある者は精命力を帯びた矢で空飛ぶ網切を撃墜。

ある者が剣を水平に薙げば、発生した衝撃波が正面の土蜘蛛を数匹まとめて切り刻む。

大群に身一つで突進し、自身を取り囲む敵に舞うような動きで銃弾を叩き込む者も居る。


魔族の大群と退魔戦士の戦力は拮抗。防衛戦線は膠着状態だ。

「数分ってのは、こういう時はいつだって長く感じるものね」


投擲できる目ぼしい物が無くなった為、オオキミの腰に帯びた剣で大型魔族を切り伏せながら雨深那は短く息をつく。

そしておもむろに川の上流へ向かって呼びかけた。


「ねぇ、ちょっと手伝ってくれないかしら?一応老体でね、力仕事は堪えるのよ」



大巫女の呼びかけは、何者かに聞き届けられた。


にわかに暗雲が立ち込め、ノイズのような土砂降りの雨音と雷鳴の轟きが、呼びかけた者の呼応である。


天候の変化を合図に、退魔士たちがオオキミの背後まで後退。

当然、魔族は豪雨をものともせず押し寄せようとする。


魔族の突撃は成らず。

暗雲から伸び来た雷の柱が続けざまに群勢を撃ち始めたのだ。

雷鳴の度、十数匹の魔物が必ず消し炭となる。

一方で、川の対岸に待機する雨深那たち退魔士のもとへは一切の被害が無い。

稲妻は明らかな指向性を持って魔族を狙い撃ちにしている。


敵が黒雲に蹂躙される様子を見守る雨深那は、オオキミの超聴覚を通して雨音に別の水の音が混じり始めたことを察知した。

「全員、更に後退!!」


号令と共に、退魔士が全速力で更に後方へ退く。


次の瞬間、川の上流から押し寄せるのは、濁流。

尋常の天候ではおよそ起こり得ぬ速度で迫ってくる。

圧倒的、暴威的な“激流”が、雷と同じく明確な害意を持って魔族たちを飲み込み押し潰していった。


魔族の軍勢はたちまち壊滅した。

やがて、対岸に開けられた地獄界と人界とを繋ぐ『穴』は閉じ、残された少数の魔物も退魔士によって呆気なく討ち取られる。


先ほどまでの嵐は、敵の全滅と共に嘘のような青空へと転じている。

雨深那はその抜けるような色、水色の空を遠く眺め、再び呼びかけた。


「ありがとう翠流すいる。今宵は久しぶりに呑みましょう。若者たちの前途に乾杯、ってね」


賽の河原に流れる川を遡ると、上流の山中に小さな祠が建っている。

質素ながらも手入れの行き届いた祠に祭られているのは、水晶球だ。

赤子の頭ほどあるご神体は、遙か遠方から届いた親友の声を聴くとひとりでにふわりと発光。


光を発したのは一度だけ。

それきり、山中にひっそりと祭られた『龍神の珠』はもとの透明で静かな水晶球。

木漏れ日がそよぐ、穏やかな緑色の静寂が祠のを包んでいた。



空から降り注いだビームは、大地を穿つドリルに導かれた。


これより光と螺旋は渦を巻き、未だ到った者の無い地の底へと向かう。


繋がった隧道に光が満ちたとき、そこには何が見えるのか。


在るものはただ在るのみ。

好悪も、正邪も、善悪も。

是否もなく、ただただそこに在るばかり。


然れども、そこへ到る者達もまた是否を分かつ者として在るばかり――




地上光臨編

――完――

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