第一章-8 『決意の鼓動』

《魔導院-第1棟-屋上》


 ライアは沢山の人に尋ね、ようやくアルヴィンの居場所を突き止めた。

 彼はどうやら任務以外の時は屋上にいることが多いらしい。

 階段を駆け上がりドアを開け放つと、つい先日見たばかりの白い服に金髪の男の姿が目に入った。

 

「やっぱりここにいたのか、アルヴィン」


「ライア君か、数日ぶりだね。そんなに息を切らしてどうしたんだい? 僕に何か用かな?」


「よく言うぜ。何で俺が来たかはあんたにも分かってるよな」


「ああ、リリアンネ君と喧嘩してたんだったね。早く仲直りしないと他の男に奪われてしまうよ?」


 まるで全てを知りながらからかうような言い方に対し、ライアは怒りを堪えて質問を続けた。


「1つ質問だ。あんたは一体どこまで知っている? 何が目的で俺達をここに連れてきた?」


「目的については僕はもう話したよ。君達を外敵から保護する、それだけだ。前にも言ったが、サイラスの件は口外しないでくれているね?」


「それは問題ない。俺が聞きたいのは、あんたがリリィの事についてどこまで知っているかだ。あの口ぶりからして、前からの知り合いだよな」


「おっと、聞きたいのかい? 僕とリリアンネ君の友情の物語を」


 芝居がかった態度のアルヴィンは何かを誤魔化しているかのように見えた。

 ーーーそろそろ、本題に入るか。


「その話はまた今度聞いてやるよ。どうも胡散臭いんでな」


 一呼吸置いて、ゆっくりと核心に切り込む。


「俺はここでいろいろな話を聞いた。主にリリィの事に関して、2年前の前の話も含めてだ」


 その話をした途端、アルヴィンの顔が真剣なものになった。


「ほう、一体誰から聞いたんだね?」


「さっき講堂でのヒルデガード卿の話が終わった後に、知り合いから手短に聞いたよ。あいつはともかく、リリィの事を本気で憎んでる連中も結構いるみたいじゃないか。それを知って、あんたはリリィをここに連れてきたのか?」


「それに関しては本当に申し訳ないと思っているよ。ただ、それ以外に方法がなかったんだ。そうでもしなければ今頃リリアンネ君はどんな悪人の手に渡っていたか分かったものじゃない。君はまだ知らないだろう、妖魔族の魔導士にどれだけの戦力的価値があるかを。彼女を憎む人と同じくらい、彼女の力を欲する人もいるということだ」


「そうか、ならもう1つ質問だ。2年前の事件に関してあんたはどこまで知っているんだ? 正直言って、俺はあの事件はどこかおかしいと思う」


「あの事件、ね......」


 ライアの言う2年前の事件とは、リリィが魔導士の間で疎まれるようになった原因の事件だ。

 チェスターから聞いた話によれば、ちょうど2年前頃に魔導士による事件が増えだした発端でもあるらしい。

 この事件の概要は当時この魔導院に所属していたリリィを含め7人の魔導士の少女が誘拐されたというものだ。

 結局少女たちは遠く離れた遺跡で全員発見されたが、生きていたのはリリィ1人であった。

 ここで問題となったのが、殺害された6人の少女の他にも犯人と思わしき無数の男の死体が発見されたこと、それも、全員が同じ傷跡を残して死んでいたことだ。

 その傷跡は検死の結果、風魔法による裂傷からの失血死であると断定された。

 皮肉にも、リリィが風属性魔法を得意とする魔導士であったことからその殺人の容疑は彼女に着せられてしまうことになる。

 証拠不十分であったおかげで罪には問われなかったが疑う人は後を絶たず、これが魔女の本性であるとしてリリィを糾弾する魔導士が大勢おり、今に至るという訳だ。

 

「そもそも、この内容で犯人に仕立て上げられること自体が奇妙だと思わないか? リリィは仲間まで好き好んで殺すような人じゃない」


「随分知ったような口を利くじゃないか。君は彼女と会ってまだ僅かだ。それで何が分かるというんだね?」


「あんたの言うとおりだよ。俺はここに来て改めて、自分が何も知らない事を思い知ったさ。でも、だからこそ俺は真実を知りたいし、出来るならリリィを助けたい。教えてくれないか? あんたが知っていることを」


「素直に自分の無知を認めるところは好感が持てるね。だが、君は彼女を助けると言ったな。それがどれほど難しい事なのか理解しているのか? 君は記憶が無いから知らないだろうが、“破戒の魔女”の娘ということだけで偏見は免れないのに、加えてこの事件だ。彼女が犯人かどうかはもはや問題じゃないんだよ。悪いが、これは個人の力で解決できる話じゃない。君に身の程を弁えろとは言わないが、“助ける”という言葉の重みをもう少し考えてみるといい」


 アルヴィンの言葉は今までにない厳しい口調で紡がれる。

 力の無い者が高望みをするなとでも言わんばかりに。


「あんたはリリィの事を利用するだけして、あとはどうなってもいいって言うのか?」


「利用しているんじゃない。利用されないようにしたんだよ。それが僕の受けた任務だからね」


「それがあんたの正義なのか?」


「ああ、その通りさ。彼女が敵に利用されれば、多くの犠牲者が出るだろう。それを未然に防ぐのは騎士として当然だ。例えそれで彼女が苦しんだとしても、より多くの人の安全には代えられない。それが僕の“正義”だよ」


「そうか......。ようやくリリィの言ったことの意味が分かったよ。あんた、相当腹黒い人間だろ」


「はははっ! 面と向かって言われたのは初めてだ。まあ、否定はしないさ」


 一呼吸置いたアルヴィンはライアに1枚の紙を差し出した。


「もし君が彼女を本気で助けたいと思うなら、まずは情報を集めて“知る”ことから始めろ。そして、真相を知っていく内に君の考えも変わるかもしれない。最後まで初志を貫くか、途中で方向転換するかは君の自由、こんな難しい問題なら尚更だ。だが、最終的に判断を下すのは君自身である事を忘れるなよ。君の“正義”に照らして、彼女を助けるか、それとも別の手段を講じるか、はたまた手を引いて諦めるか、それを選べ。君が騎士を志すなら、“正義の選択”は決して避けては通れない」


 アルヴィンの真剣な口調はまさに“騎士”であることを感じさせた。

 彼自身も、今までにそういった“選択”をしてきたのだろう。


「その紙は第5棟にある魔導書庫の認証符となるものだ。今の君じゃおそらくレベル1、つまり最低限の閲覧資格までしかないが、それがあればレベル3の書物まで閲覧できる。本来あまり貸し借りするものじゃないが、僕には時間がないんでね。それを持って書庫で“破戒の魔女”について調べてくるといい。こればかりは僕が直接話すことじゃないし、そもそもあまり口伝するものじゃないんだよ。閲覧が終わったら認証符は返してくれよ。君を信用して渡したんだからな」


「ありがとな、アルヴィン。助かるよ」


「別に感謝されることじゃない。ただ、本気でリリアンネ君を助けたいなんていう人は初めて見たからね。前から彼女の美貌に惹きつけられて近づく輩はいても、抱える問題の複雑さと彼女の誰にも心を開かない様子に皆離れて行ったものだ。だからこそ、君がどこまでやれるかを見てみたかっただけさ。それに......」


「それに?」


「彼女が君に心を開いていると思ったら大きな間違いだ」


「......どういう意味だ?」


「リリアンネ君の君に対する態度は端から見れば好意にしか見えないだろうし、君がそう受け取るのも自然だ。だが、彼女は君に何も話してこなかったんだろう? それは彼女が君を本質的に信用していない一番の証拠、現に彼女はここに着くなり君の前から逃げ出したわけだ。君に素性が知れて拒絶されることを恐れてな」


「何が言いたいんだよ」


「つまり、彼女の君に対する感情は好意でも愛情でも、ましてや恋慕でもない。ただの依存・・だ。記憶喪失でなにも知らなかったのを良いことに、彼女は君を寂しさや過去の悲しみを紛らわす道具に仕立て上げて満足していたに過ぎないんだよ。それを履き違えると、痛い目を見ることになるぞ」


「......耳に痛い忠告だな。よく覚えておくよ」


「あまり落ち込むなよ、僕はこれでも君に期待しているんだ」


 アルヴィンは屋上から去った後、ライアは1人屋上の風に吹かれていた。

 

 ーーーリリィが俺を信用していない、か。

 

 そうはっきりと口にされるのは悔しいが、ここまでの状況を整理して考えると否定できなかった。

 

 それでも。


 ーーー俺は、リリィを助けたい。


 この数日間で彼女に受けた恩を返したいという思いもある。

 彼女のあの笑顔が本来の姿ならば、それを取り戻してあげたいという願いもある。

 ただ自分の事を信用して欲しいという欲望もある。


 だが。


 ーーー何よりも、リリィが苦しんでいるなら、俺が力になりたい。


 今はそんな望み1つしかない。

 何も知らないライアの思いは餓鬼の戯れ言に過ぎないのかもしれない。

 

 しかし。


 瞬間、強烈な目眩に襲われる。

 頭の中で記憶が反芻される。


 ーーー貴方が罪禍の救済を成せるように。


 ーーーこれ以上失わないように足掻くことなら出来る。


 ーーー救ってあげてね、私の時みたいに。


 1つは、森で聞いた謎の声。

 だが、あと2つは思い出せない。

 記憶を失う前のことだろうか。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 自らの記憶が確かに言っているのだ。


 ーーー次はお前が、救う番だと。


 確固たる決意を胸にライアは屋上を後にする。

 今は何も分からない。

 自分のやろうとしていることが正しいのかどうか。

 リリィが白なのか黒なのかすらも。

 

 それでも、何も知らないならまずは信じるしかない。

 信じた先に何があろうとも。

 

 例え偽りの姿であったとしても。

 屋敷で見た姿がリリィの本性であると。


 少年の決意の鼓動が、静かに刻まれて行く......。


 ***

《魔導院-魔導具倉庫》


 魔導具倉庫に、騎士が2人。


「お疲れ様です、アルヴィン卿」


「ああ、お疲れ様。次の任務の準備はもう出来ているかい?」


「もちろんです。いつでも出撃可能です」


「頼もしいね。流石は従騎士のなかでもエースと言われるだけはある」


「お褒め頂き、光栄です」


「君の堅苦しさも変わらないな。例の彼なんか、もう僕にタメ口で話してくれるんだが」


「それは彼が無礼なだけかと。私にはそんな真似は出来ません」


「少しくらい砕けた態度のほうが嬉しいんだけどね。まあいいか。それで、例の件は順調かい?」


「はい、問題ありません。魔女の動向は常に監視しています」


「そうか、引き続き頼んだぞ。何かあったら知らせるように」


「承知しました。私は任務開始まで第7棟で待機していますので、御用があれば何なりと。それでは失礼します」


 従騎士は倉庫から出て行き、アルヴィンは倉庫に1人残った。


「ふふっ、エリオーネ君。君の仕事ぶりには感服だが、今僕の興味は魔女へは向いていないんだよ」

 

 誰も居ない倉庫で笑みを浮かべる。


「とんだ掘り出し物だ。魔女どころの騒ぎじゃない」


 その不敵な笑いを見る者は1人もいない。


単独・・で魔人を撃破など、全力の魔女にも不可能だ。それを彼は1人でやってのけた」


 ーーー化け物だよ、君は。


「なあ、ライア・グレーサー」


 ーーー悪いが、君の才能を埋もれさせておくつもりはない。


 「せいぜい、僕の役に立ってくれたまえ」


 ーーー期待・・しているぞ。


 


 


 それぞれの思惑は今はまだ、絡み合うことはない。

 ーーー来たるべき、その時まで。


 

 


 


 


 

 

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