金魚鉢4 女主~裸体遊戯


 遊郭ゆうかくへ入って早々、兄は手渡された金を数え、くるわの奥へと去っていった。フクスは、遊郭の支配人がいるという最上階の部屋に通されたばかりだ。

「アンタの兄さん。アンタを売った金で、さっそく蒼色あおいろキンギョをお買い上げになったよ。まったく、家は儲けもんだけど、どうしたもんかね」

 女性は煙管えんかんを唇から放し、紫煙しえんを吐く。甘やかな煙草の香りが鼻腔びこうに広がり、フクスは顔をしかめていた。

 女性は黄土色おうどいろの狐耳をゆらし、フクスを見つめる。

 遊郭の支配人である彼女は、モリス柄のカウチソファに寝そべっていた。

 年齢は三十路みそじを過ぎたばかりだそうだ。薄い黄色の布越しに豊満な胸を透かせながら、彼女は値踏みするようにフクスの体を眺めている。

「脱いで……」

 無造作に、この遊郭の女主は言った。ぎょっとフクスは翠色の眼を見開いた。

「あら、出来ないの?」

 女主は挑発するようにフクスに囁きかける。フクスは彼女を睨みつけ、まとっていたタイドレスをゆったりと脱いでいく。

 ベルトを取り、腰に巻いているパーシンを床に落とす。上半身をおおう薄手のスアーを脱ぎ捨てると、ひぅーと女主が口笛を吹いた。フクスは赤い狐耳をぴんっと立て、両手を広げて見せる。

 フクスの裸体があらわになる。

 フクスの頭部には、艶やかな赤い狐耳が生じていた。その狐耳の下には整ったドールヘアが続く。

 人間と同じ肌色の顔は統治国とうちこくからやって来た祖先の血を引き、りの深い白人系の顔立ちをしていた。その顔を、セラドン陶器とうきを想わせる翠色すいしょくの双眼が彩る。

 まだ14歳であるフクスの体は成人女性に比べると細く頼りない。だが、その体は美しい赤毛で覆われ、先端が桜色をした形の良い乳房にゅうぼが細い体を彩っていた。

「度胸も体も悪くない……。良い買い物をしたもんだよ」 

 にぃっと女主が笑う。彼女の唇から紫煙がれる。すらっと彼女は立ち上がり、纏っていたスアーを脱ぎ捨てた。長身の裸体が、フクスの前に立ちふさがる。

 女主は狐耳をゆったりとなびかせ、フクスの乳に手を伸ばした。桜色の先端に指を這わせ、顔を近づける。ふっと、乳首に息を吹きかける。

「あぅ……」

 びくりと、フクスは体を震わせていた。甘いしびれが乳首から体に伝わり、眼を歪めてしまう。そんなフクスの顔を女主が覗き込む。

「感度も上々だ。さっそくキンギョにしたいところだが、お前は見習いのフナからスタートだ。見所はあるし、先輩のキンギョに面倒を見させようか。そのキンギョから、色々と学んで一人前になるんだよ。お前の先生は、そうだなぁ」

「呼んだ、オーア?」

 女主の言葉を、すずやかな少女の声が遮った。

 聞き覚えのある声。はっと我に返ってフクスは右側にある扉へと顔を向ける。

 しゃのガウンをまとった蒼色キンギョが、扉からこちらを覗いていた。瑠璃色の双眼がじっとフクスを捉えている。

 どくんと、フクスの心臓が跳ね上がる。蒼色キンギョが飾窓で見せたさみしげな眼差しが、脳裏のうりにチラついてしまう。

 フクスを挑発するように、彼女は笑ってみせた。水色の髪が、さらりと蒼い毛に包まれた裸体をすべる。

「ミーオ。この子をキンギョにして欲しい。今日からお前が面倒見てやれ」

「えぇ、急に言われても……」

「お前、言ってたよな。寂しいから美少女のフナが一匹欲しいって。約束通り、仕入れてやったぞ」

 にぃっと女主人は笑ってみせる。蒼色キンギョは不満そうに顔をしかめた。

 蒼色キンギョの眼が困ったようにゆれる。彼女はじぃっとフクスを凝視した。深い瑠璃色の眼に見つめられると、気持ちが落ち着かない。何だか気恥ずかしくなって、フクスは彼女から顔をらしていた。

「あら、嫌われてるぞ、お前」 

「えっ、嫌なのっ?」

 可憐な声が震えている。フクスは驚いて、蒼色キンギョに顔を戻した。彼女の眼はおびえたように震えている。蒼い猫耳が、しょんぼりとたれさがっていた。

「嫌じゃ、ないけど……」

 たどたどしく、フクスは彼女に話しかけていた。蒼い猫耳をひゅっと立ち上げて、蒼色キンギョはまん丸にした眼を向けてくる。彼女ははじかれたように駆け寄ってきて、フクスに抱きついた。

「良かった! 嫌われてない!!」

 蒼毛に覆われた小振りな胸がフクスにしつけられる。その柔らかな感触に、フクスは胸を高鳴らせていた。

 同じ女性なのに、彼女からは甘やかな香りが漂ってくる。うっとりとフクスは眼を伏せ、彼女の蒼い猫耳に鼻を近づけていた。

「あぁジャスミンの花。さっきまで耳につけてたから。お客さんが、くれたの……」

「兄さんが……」

 フクスの脳裏にレーゲングスの微笑が浮かぶ。

 まだ幼かった頃、レーゲングスはフクスの狐耳をブーゲンビリアの花でかざり立てたものだ。フクスは僕のお嫁さんになるんだよっと、笑いながら。

 兄は成長するとともに、フクスの狐耳に花を飾らなくなった。フクスが妾腹しょうふくの子で亜人がどのような存在が、兄はゆっくりと学習していったのだ。

 その理解が進むにつれ、レーゲングスはフクスに笑顔を見せなくなった。笑顔はいつしか嘲笑ちょうしょうに変わり、兄はフクスの狐耳にさげすみの視線を送るようにさえなった。

 そんな兄が、蒼色キンギョの猫耳に花をしたという。同じ亜人である少女を兄は、抱いたのだろうか。

「うん、好みの顔してる……」

 蒼色キンギョが耳元で囁く。フクスは、驚いて彼女の顔を見つめていた。瑠璃色の眼を無邪気に細め、彼女はフクスの手をにぎりり締めてくる。

「行こう、フクスだっけ。私はミーオ。みんなは蒼色キンギョって呼ぶけどね」

 ミーオが笑う。まだ幼さが抜けないその顔を見て、フクスは眼を見開いていた。飾窓で踊っていたときの妖艶ようせんさが、微塵みじんも感じられない。目の前にいる少女が、政界の大物たちですらとりこにしてしまう蒼色キンギョだとは思えない。

「どうか、した?」

 ミーオがこくりと首を傾げてくる。

「うぅん、何でもない」

「じゃ、行こうよ。お話したいことも、いっぱいあるし」

 フクスは笑を取り繕う。ミーオは笑みを浮かべ、フクスの手を引いた。

「ちょっと待て……」

 女主が、そんな2人に声をかける。

「家は娼館だが、裸族らぞくになることは許してないぞ。これからお前は、見習いのフナを教育するんだ。ガウン1枚で店を歩くくせも直せ」

 フクスの来ていたタイドレスをもてあそびながら、彼女はミーオをにらみつけていた。ベーとミーオは舌をだして、女主に応える。女主の額に、びきっと青筋が浮かんだ。


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