地底からのメッセージ

朝田 昇

第1話 地底から地上へ


 20XX年、およそ100㎞の地底に、ひとつの国家が存在していた。

 それは、およそ50万年前、地上に住んでいた人類だった。が、悲惨な核戦争により、高濃度の放射能で大気が汚染され、地底に追いやられた生き残りの人類だった。

 そして、その人達は同じ過ちを防ぐという意味で、すべての技術と科学力を放棄し、唯一開発に成功していた時空間移動装置を使い、地底に移住していた。

 つまり、それ以外は原始時代からのスタートだった。

 しかし、地上の環境が改善された今、待ちに待った地上に戻る為の論議が、あちこちで囁かれていた。

 その為、地上へ戻るという作戦が、着実に実行に移されようとしていた。


 その地底世界の議会では……

「我々人類は、今や当然のように地底で住んでいるが、もともとは地底人ではないのだ。

 このままでは、完全に地底人になり下がり、一生、地上に住む事は不可能となる。

 今日まで開発していた防衛車両も、ようやく完成に漕ぎ着けた。したがって、いよいよ我々の悲願である地上に移住する時がやって来たのだ。

 調査の結果、大気汚染も50万年の時を得て改善され、いつでも戻れるという事だ。

 しかし、地上には我々が追放した死刑に相当する囚人達も大勢いる。

 我々国家の技術力は、無の状態から始まったが、確実に進歩していると、報告を受けている。

 その最低限の力で、地上の邪悪な人類と、戦わなければならない事態もありうる。

 まだ、調査は始まったばかりだが、さらなる詳しい調査を研究所の田島所長に指示したところだ」


 国会では新しく選任された織田首相の、鷹派的な初心表明がなされていた。

 同じく、防衛大臣に就任した郷田は、秘かに戦闘車両の戦車を、独断で増産命令を出していた。

『首相は甘いぞ。防衛車両だけでは、地上は制圧できないからな』

 郷田は野心的で、偏見な目で首相の所信表明を聞き、一見、忠実を装い見ていた。

 

 首相から指示を受けた研究所の田島所長は、地上をどう調査するか考えた結果、信頼度の高い研究員の健に白羽の矢を立てた。

 そして、健を呼び出し、この難しい調査の指示をしたのであった。

 それは、非常に危険な任務で時空を超えて地上に行かなければ、到達出来ないからであった。

 そして、その時空は50万年前、祖先が地上から地底へ逃げ込んだトンネルでもあった。

 最近では、死刑に相当する囚人たちを追放する為の時空トンネルで、戻って来たものは誰一人としていなかったからである。


「すまないな健、人選をした結果、君以外、この調査を遂行できるものはいないんだよ」

「解りました。こんな大事な任務を任せて頂けて、非常に光栄です」

 そう答えたが、健はまだ何も知らなかった。

「いいか、君の乗って行くジュピター1号機は、小型だが分厚い装甲で覆われ、大砲、機銃及びドリル機能なども装備されてはいるが、あくまでも防衛機能という事を忘れるなよ。

 道順は、あの山の頂上にある、時空のトンネルに入れば、今では禁断の地となっている地上に出られるはずだ」

「えっ、禁断の地ですか?」

「そうだ。地上は汚染されているという事だ。だが、未知の空域だからこそ正確な調査が重要となる。安全の保証はないが、君なら必ず成し遂げられると信じている」

 所長は非常に危険な任務の為、内心、不安は隠せなかった。

「昔の祖先が開発した時空間移動装置だが、未だに我々はその恩恵を受けている。

あの山を見ろ。太陽のように一日十二時間、高熱の目映い光を発している。おかげで植物も育ち、動物達とも共存も出来ている。

 しかし、今は重罪人の追放用にも使われているのは、皮肉だがね。

 重罪人以外で、あの時空のトンネルに飛び込むのは初めてなのだが、ジュピター1号機が君を守ってくれる。必ず成功するはずだ。

 地上での調査は、環境状態、技術及び科学力、地上人の破壊兵器と戦闘能力、それと人間の数だが、邪悪な奴らばかりだから、一筋縄ではいかないぞ」

 所長は詳しく説明した。

「大丈夫ですよ。あのジュピター1号機なら。私は以前から操縦したいと思っていましたからね。それに、見た事もない星というものも、実際に見たいですからね」

 健はそう言ったが、恋人の博美との別れだけが辛かった。


 数日後の夜、いよいよ禁断の地でもある地上への出発の時が訪れた。

 出発時刻は午後十時の出発となった。

 午後六時から午前六時までの夜の十二時間だけ、時空間移動装置の光源は消えているのだ。

 その為、眩しい光と高熱にさらされる事はないのであった。


 そして、山の高台にある時空間移動装置がある場所に、分厚い鋼鉄製のジュピター1号機は運ばれていた。

「いよいよだぞ、健、心構えはできているか? いったん時空に入ると無線は通じないからな」

 所長は内心健を行かせたくなかったが、一番信頼できるのは健だけであった。

「健、絶対に無事に帰って来てね。約束破ったら、ぶつからね」

 恋人の博美は、涙を浮かべ、無事に帰って来られる事を祈った。

「大丈夫だ。必ず帰ってくるから待っててくれないか」

 健は博美の手をしっかり握り、無事に帰る事を約束した。


「機関の準備はいいか? 後二時間で発進予定時刻だ。作業を急げ!」

 一人乗りのジュピター1号機は、最近開発された最新鋭のキャタピラー式、蒸気機関だった。

「あと少しで完了します」

 時空間移動装置の余熱で、作業員たちは汗だくとなりながら、機関の準備の為、ボイラーに水を補給したり、石炭を大量に積み込んでいた。

 燃料の石炭の積み込みも終わり、マッチがすられ火室にも火が入れられた。

「点火!」

『シュッ、シュッ! ボワッ』

 一時間後、徐々に水温が上昇中、健は1号機に乗り込み、各機器の点検を開始した。

「機関及びボイラー水温温度、圧力、正常に上昇中、防衛兵器、ドリル機能すべて異常なし!」

 機関は順調に発車態勢に入った。

『シュッ! シュバッ!』

「後少しだ。さあ、報告をしなくては」

『トン・ツーツー』

「しまった、間違った。やはり電信操作は苦手だ」

 指令室の所長に慣れない電磁式の無線で打電報告し、出発指示を所長に仰いだ。

『・―・ーー・・―・・・ーー・―・―・・ーーー・―』

「よし解った。気を付けて行けよ。秒読み開始せよ!」

『・ーーー・ーー・―・ーー・―・ーーーー』

 無線で出発許可が出た為、起動スイッチを入れ、さらに燃料投入量を増やし、温度を上げ圧力を最大限に上げた。

『シュッ! シュバッ! シュバッ!』

 高温の蒸気が正常に噴出し、機関は最高潮に達して、いつでも発進できる態勢となった。

『機関はいい感じだ……』

『シュッ! シュバッ!………・・・』

 目の前には、渦巻く時空のトンネルが待ち構えていた。

 そして、煙突から出る黒煙を吸い込んでいた。

「ヘッドライトオン! ドリル低速回転オン!」

『ピカッ! ピカッ!』

 オレンジ色の光が、ぼんやりと前方を照らした。

『発進5分前……………1分前………30秒前……10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0・発進!』

 レバーを前進に入れ加減弁を引き上げると、左右の蒸気噴出口から勢いよく蒸気が噴出し、キャタピラーは地面をたたきながら、徐々にスピードを上げ進みだした。

『シュッ! シュバッ!………・・・ガチャッ、ガチャガチャガチャガチャガチャッ! ガチャガチャガチャガチャガチャッ!』

「よし行くぞ。スピード最大だ!」

 スピードを上げ、装甲車ともいえる1号機のキャタ―ピラーは、まもなく地面から離れ、目映い閃光を発しながら、轟音と共に、一瞬に渦巻く時空のトンネルの中に消えて行った。

『シュッ! シュバッ!………・・・ガチャガチャガチャッ! ピカッ! シュバッ! キュルキュルキュルッ! ゴーゴーゴーッ!………・・・』

 

 それは、地上への旅立ちであり、冒険の始まりでもあった。


 しかし、この地底人達の技術と化学力は、大昔この地底に移住して来た時点で、すべての高度な技術と科学力はすべて放棄していた為、実際、地上の技術と化学力より150年余り遅れていたのであった。

 その為、ジュピター1号機は蒸気機関で、大砲は付いているものの、銃器も一発ずつの発射で連続発射できない構造の防衛兵器だった。

 そして、照明もまだ発明されたばかりの低寿命の電球だった。

 唯一の救いは装甲が厚く頑丈に作られているという事と、燃料の石炭は自動で火室に投入される構造の為、一人でも操縦できるという事であった。


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