こちら野外生活部

宇野 ゾラ

第1話 新入部員

「それでは、春のフェスティバル優勝校は、市立美央山中学校に決まりました。おめでとうございます」

 進行役が優勝校を告げた。美央山中学アウトドア部部長ほか部員たちが、参加者たちの前で頭を下げた。ここでまた、大きな拍手が起きた。参加者らは、美央山中学の部員たちに敬意を表していた。

 私立加納中学の面々もその場にいた。野外生活部部長の諏訪(三年生)が、二年生の部員らに話しかける。

「大津、暮林、河井。お前たち三人には期待している。精進して、秋こそは美央山中学を破り、ぜひとも全国大会へ行こうじゃないか。そのための努力を今後いっしょにしよう。がんばってほしい」

河井が真面目に答える。

「わかりました。任せてください」

暮林も真面目に続く。

「オレンジです」

「そうそう、オレンジ食べてね……。って、違うでしょう。リベンジでしょうが」

大津がつっこんでいる。

「この秋まではいいかもしれないが、来年度になると諏訪部長と沢嶺さんが抜けて、我々三人だけになってしまいますね」

ここで、部員兼マネージャーの沢嶺が話を受け取る。

「実は一年生の入部希望者がいます。諏訪くん、聞いてるよね」

「うむ、まだ先週のことだが、女性の入部希望者が一人いると、菱田先生から聞いた。でも、もう数人いるといいのだが。層が厚いに越したことはない」

「えっ、女子ですか?」

「本当ですか?」

「わーい、わーい、うれしいなあ」

二年生三人が、口々に喜んでいる。当たり前だが、そんな中、沢嶺だけは冷静だった。

「男って単純すぎる。バカすぎる」

それには答えず、諏訪部長が締めにかかる。

「それでは学校にもどって、菱田先生に報告するか」

オッケー、オッケーと言いながら、皆で帰り支度をはじめた。


「菱田先生、予選八位でしたので決勝、つまり全国大会へは行けませんでした。申し訳ありません」

諏訪が言うと、菱田はうなづいた。

「いや、謝らんでいいよ。よくがんばった。課題を整理して次へ生かそう。君たちなら、いつか全国大会へ行けるのではないかな」

暮林がうれしそうに言う。

「加納中学野外生活部が全国大会に行くことは可能です」

「なんや、だじゃれかい」

大津がつっこんでいる。そして、諏訪が菱田に聞いた。

「部活動の練習は、今までどおり放課後でいいですか」

「そうですね。それとも合宿をして鍛え直しますか」

沢嶺がすぐに返事をした。

「いいですね。ぜひやりましょう。ところで、入部希望者はどこですか?」

「もうすぐ来ると思うよ」

菱田が言って、皆で待っていると、一人の女生徒がやってきた。菱田が紹介する。

「転校生の白鳥はるさんです。正式には九月一日からですが、夏休みから徐々に慣れてもらうかい?」

部員たちは目をみはった。かわいい系であった。白鳥はあいさつしてから聞いた。

「夏休み中の部活動の予定はどうなっているのですか?」

それには、諏訪部長が答える。

「今、合宿をすることに決まった。よかったら君も来るかい?」

「行く、行く、行きます」

白鳥はうれしそうに答えている。

「ところで、白鳥さんて、経験あるんですか?」

沢嶺がたずねる。

「いやだわ、そんなこと言えませんわ」

「何か勘違いしちゃってるよ。そうではなくて、野外生活はしたことあるんですか、と聞いています」

「小学生の時に少しありますよ。ひととおり、ざっくりと習いました」

「それは頼もしい。ぜひいっしょにがんばりましょう」


 数日後、野外生活部部員たちは部室で合宿のスケジュールを立てていた。

「キャンプ場で、テントを立てるところからはじめようか」

諏訪部長が言う。地声が大きい。

「そうだね。一から始めて苦手なところを知ろうか」

沢嶺が答える。部員たちもうなづいている。

 そのころ白鳥は廊下を走っていた。部室がどこかわからず迷っていた。しばらくして一人の男子生徒を見つけると、部活動の部室がどこにあるか聞いてみた。男子生徒は、いっしょに行きますと言い、白鳥は連れて行ってもらうことになった。

「失礼ですが、見ない顔ですね。この学校の生徒ですか?」

男子生徒が聞いた。

「いえ、転校生です。九月から正式にお世話になりますが、その前から部活動に参加したいと思っています」

「そうですか」

男子生徒は、秋嶌と名のった。

 秋嶌といっしょに部室へ向かう白鳥は、秋嶌に聞いてみた。

「何か部活動に入っていますか」

「いいえ、今は何も。何かおもしろい部がありますか?」

「ええ、野外生活部はどうですか。楽しいですよ」

「白鳥さんは、経験あるんですか?」

「いやん。そんなこと聞かないでください」

なんだこの子は、と秋嶌は思った。

「そうじゃなくて、野外生活はしたことありますかと聞いたのです」

「あ、はい。あります。楽しいですよ」

「そうですか、楽しいですか」

暇を持て余していた秋嶌は、一度話を聞いてみようかと思って、白鳥といっしょに部室へ行くことにした。部室の前の廊下に、ポスターが貼ってある。『来たれ!野外生活部』と書かれている。少し、時代遅れを感じた。

 扉を開けて、白鳥と秋嶌が部室に入る。

「入部希望者を連れてきました。」

白鳥が大きな声で言う。皆が、おおーと言う。秋嶌は慌てる。

「いや、まだ決めたわけではないから」

「そうですか。楽しいですよね、皆さん」

皆は、そうだ、そうだと相づちをうつ。

「野外生活部って、具体的には何をするんですか」

秋嶌は聞いてみた。すると諏訪部長が答える。

「そうですね、例えばキャンプ場でテントを張って、野外での生活をします。当然、電気もガスも水道も無いため、多少不自由ではありますが、そこがまたよいのです」

「そうなんです。テントでの生活がとても楽しいのですよ」

河井が話す。

「何が、どこが、どう楽しいのでしょうか?」

秋嶌はくい下がる。

「例えば水ですが、キャンプ場ですとわりと近くに水道があります。そこで汲んで、テントまで持って行きます。この水が重いのなんのって。水汲みはきつい仕事のうちの一つであることは間違いないと思います」

「電気とガスはどうですか」

「電気については、家から懐中電灯やランタンを持って行きます。ガスについても当然ありませんから、かまどを作って、湯を沸かしたり、料理をしたりします。楽しそうでしょ」

「うん……、でも大変そうですね」

秋嶌は少し言葉をにごした。

「まあ、でも、その大変さが楽しいのです。簡単に出来たらつまらないでしょう」

秋嶌は、そんなものかな、試しに一度やってみてもいいかなと思った。


 その後、合宿の持ち物等について熱心に話し合った。部に備品として、次のようなものがあった。テント、タープ、なべ、やかん、フライパン、包丁、まな板、なた、のこぎり、シャベル、つるはしなど。あとは個人で必要なものを買わねばならない。また、買い出しもしなければならない。

「何を準備したらいいのかわからないね」

白鳥と秋嶌が話しているのを、沢嶺が聞いていた。

「アウトドアショップに、いっしょに行ってあげようか」

「えっ、いいんですか。助かります、というか、ありがとうございます」

三人で買い物に行く計画が立った。それを三人の部員たち(大津、暮林、河井)が静かに聞いていた。

「いいなあ」

「俺たちのときは、そんなこと言ってくれなかったよな」

「そうだったよね」

 さて、買い物当日がやってきた。店で待ち合わせて三人で買い物となった。

「まずは、リュックサックを買わないと」

秋嶌と白鳥の二人は、大きめのものを探すが、たくさんあって迷ってしまう。沢嶺に聞いて、ちょうどよい大きさのものを探した。次に衣服。脱ぎ着出来るものにして、暑さ寒さに対応する。長袖長ズボンは必須で、あとハット(つばのある帽子)、雨具としてポンチョ、シュラフ(寝袋)、はんごう、食器、ロープ、懐中電灯、マッチ、ナイフ、救急用品(包帯、ガーゼ、はさみ、ばんそうこう、薬)などが必要になる。

「ひととおりそろえるのに、けっこうお金がかかるんですね」

秋嶌が沢嶺に言う。

「そうね、ある程度かかるわね」

白鳥はうれしそうに言う。

「なんだかわくわくしますね。新しいものに囲まれて、新しいことをするのって、楽しみです。ドクドクします」

「それ、ドキドキだから」

こんなやりとりを遠くから見ていた三人がいた。すでに出ていくタイミングを逃してしまっていた。仕方なく帰って行った。



 

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