第6話 従者、君主を説く

「子供たちが逃げ出しただと!?」

「へ、へい。見張りの奴らが全員やられて」


 報告を受けた町長は仰天して部屋から飛び出した。

 慌ててゴロツキたちもその後を追う。


「明日は組織の者も来るんだぞ。商品を用意できなかったら大変なことになる!」

「今、手分けして探させてます」


 外へ逃げるためには閉じ込めている地下から一階へ上がり、玄関を通る必要がある。

 そこさえ押さえれば子供たちが脱出することはできない。

 階段を降り、町長は急ぎ玄関へと向かった。


「……待て」


 と、不意に町長が足を止めた。

 廊下の途中にある扉が開いていた。そこは食品倉庫だった。

 卸業者から買い取った食料は、一部を流通へ。一部を隠してここへと保管していた。

 狙いは高騰した食品の横流しや頃合いを見計らって売りさばき、儲けるためだ。

 その為、厳重に鍵をかけて持ち出せないようにしていた――はずだった。


「あばばばば!?」


 中を覗き込んだ町長が泡を食う。

 彼にとって悪夢がそこに広がっていた。


「もぐもぐ。あー、久しぶりの食事です」

「わーい、食べ物いっぱーい」


 逃げ出した子供たちが倉庫を走り回り、保管されていた箱を手当たり次第に暴いて中身に手を付けていた。


「お姉ちゃん、こっちにお肉あった!」

「あ、魔法で焼いてあげるから持ってきてください」


 齧られた果物。切られた野菜。焼けた肉。もはや商品価値は皆無となった食品が部屋中に転がっていた。


「お前ら、ここで何をしておるかーっ!」


 町長の怒号に部屋の子供たちが慌ててファリンの背後に隠れる。


「あ、町長さん。ごちそうになってます」


 だが、ファリンは悪びれもせずパンに噛り付いた。


「貴様。どうやってこの部屋の鍵を!? ここの鍵は私の持っている物しかないんだぞ」

「え、魔法で焼き切りましたけど?」


 町長の足元に何かが放られる。

 ドロドロに溶けた錠前だったと思われる金属の塊が床に転がっていた。


「そんなに守りたかったら魔法金属で錠前を作っておくんでしたね。あ、それでも解錠の魔法で開けちゃいますけど」

「お前、本当に神に仕えているのか!?」


 果物の果汁で喉を潤し、一息ついたところでファリンは立ち上がった。


「しかし、町に食料がないなんて嘘じゃないですか。ここにこんなにいっぱい抱え込んでおいて」

「これは私の商品だ。ガキどもが勝手に食べていいもんじゃない!」

「ふーん。町の人や旅人が飢えているのに、自分は食べ物の横流しで私腹を肥やすってことですか……」

「これを見られたからには生かしてはおけん……おい、お前ら!」


 町長の命令を受けて男たちが倉庫に雪崩れ込む。

 倉庫の入り口は閉じられ、逃げ場は無くなった。

 ファリンは子供たちを倉庫の奥へと向かわせ、その場に残る。

 男たちも子供たちのことは後回しに、最も危険と思しきファリンを取り囲む。


「商品が減るのは残念だが仕方ない。やってしまえ!」

「――『逆巻く風の刃ペインドライブ』」


 ファリンが魔力を飛ばす。

 彼女を中心に猛烈な気流が発生し、風に触れたものを切り裂いていく。

 とは言え、人殺しは禁止とディオンに言われているために威力は抑え気味だ。


「一つ、教えて差し上げます……私のお仕えしているお方はですね、気まぐれで、いつも部下を振り回し、挙句の果てには自分の責務を丸投げして勝手に世直しまで始めてしまう大迷惑なお方です」


 お陰で魔王城の絢爛豪華な生活から、野宿上等の旅人生活に身を落とす羽目になった。


「ですが、絶対に“自分だけ良ければいい”と言う発想だけはしません。面白そうと思ってやったことでも、必ず誰かとそれを分かち合おうとします。それがあの方の美徳であり、我々が忠誠を誓う理由でもあります」


 幼い頃両親を失ったファリン。

 魔王軍参謀の祖父はいつも忙しく寂しい思いをしていたが、そんな自分をディオンはお傍付きに任命した。

 慣れない内は不手際ばかりで迷惑をかけていたが、それでもディオンは辞めさせようとしなかった。

 本人曰く「慣れた奴はお決まりの行動しかしなくて面白味がない」とのことだが、お陰で寂しさも紛れたのは確かだった。


 そして、人間との停戦をディオンが提案した時も、実は真っ先に賛成したのはファリンだった。

 人間自体に好感は持っていなくても、争いが無くなることで自分のような親のいない子供が減ることには賛成だったからだ。


「あなたに人の上に立つ資格はありません。ただ得た暴力と権力を振りかざして好き放題やりたいなら山で猿のボスでもやっててください」


 気流がさらに激しさを増す。既に男たちがファリンに近づけない程の勢いになっていた。

 トウモロコシの粉の入った袋を切り裂き、風に巻き込んで倉庫の中へ舞い上がらせる。

 後ろ目に、子供たちが奥の部屋に逃げ込み、ドアを閉じたことを確認し、ファリンは風の魔法を解除する。


「そんなに食料を抱え込みたいのなら、それに相応しい終わり方にしてあげますね」

「な……何をする気だ?」


 トウモロコシの粉が部屋中に拡散し、雪のように降り積もる。

 ファリンは手を掲げると、再び魔力をそこへ集中させる。


「安心してください。死なないように守りますから――ただ、ちょっと苦しみますけど」


 密閉された空間。その中を舞う一定濃度の可燃性の粉。

 そこに着火すればどうなるか――。


「粉塵爆発ってご存知ですか?」


 ファリンが指を鳴らす。発生した火花が起点となり、部屋を漂うトウモロコシの粉に次々と燃え広がる。

 密閉された倉庫内は一気に閃光に包まれた。



 ◆     ◆     ◆



 屋敷の外で待機していたエミリアたちは、中から轟いた爆発音に驚いた。


「な、何だ今のは……?」

「ほら自警団。仕事仕事」


 付いて来ていたアランはエミリアの言葉に我を取り戻し、混乱する屋敷へと飛び込んでいく。

 ディオンらも、その後に続いた。


「……うわ」


 そして、目の当たりにした光景にエミリアが思わず表情をひきつらせた。

 爆発が起きたと思われる部屋の扉はその威力で吹き飛び、中からは何やら香ばしい匂いが漂う。

 覗き込めば、爆発に巻き込まれた町長とゴロツキたちが黒焦げになって床に倒れていた。


 何故か、ポップコーンにまみれて。


「あ、ディオン様」


 部屋に山積みになっているポップコーンをつまむファリンが、ディオンたちに手を振っていた。


「ファリン……これ、あんた一人で?」

「ええ、それが何か?」

「……行動を起こすどころか、全部片づけてしまうとは」

「ふむ。また派手にやったものだな」

「ええ、色々と鬱憤が溜まっていたので」

「解消はできたか?」


 当のストレスの原因が聞く。


「これ以上溜まらない様にしてくれます?」

「善処しよう」


 つまりそれは、何も変わらないということだった。


「これは……一体」


 フラフラと歩きながらアランが倉庫を見渡す。

 さらに言えば奥の部屋の扉が開き、そこから恐る恐るこちらを覗く子供たちの姿があった。


「決まりね」

「食品の横領、旅人の子女の略取誘拐。弁解の余地はありません」


 目を回す町長を見下ろす。

 ポップコーンまみれになっているのが、食料を使って私腹を肥やそうとした者の末路としてはあまりに皮肉に見えた。


「町長!?」

「てめえら、何者だ!」


 騒ぎを聞きつけたゴロツキたちが屋敷中から集まって来た。

 通路を塞がれるが、エミリアが一歩前へ踏み出す。


「控えなさい、悪人ども!」


 懐中時計を取り出し、蓋に刻まれた家紋を掲げる。


「我が名はエミリア=リュミオ=グラオヴィール。王家の名を使い、不正を働いていた悪党の所業、この目でしかと見せてもらった。これ以上手向かいするのであれば、王家の名の下に断罪されるものと思え!」

「げえっ!?」

「グラオヴィールの!?」

「エミリア姫様!?」


 慌ててゴロツキたちがその場にひれ伏す。

 さすがに無法者達でも王家の人間に下手に手を出すつもりはない。


「貴方達の処分は追って自警団から下されるわ。それまで牢の中で反省するのね」


 エミリアは踵を返し、助け出した子供たちに囲まれながらひれ伏すアランに声をかける。


「アラン。貴方の協力には感謝します。追って王家から褒美を与えるわ」

「あ……あんた、姫様だったのか」

「ええ。黙っていてごめんなさい」

「余計なことかもしれませんが……姫様が銃を突き付けて脅すのはやめた方が良いと思います」

「それは忘れて」



 ◆     ◆     ◆



 町長の悪事が暴かれ、町は平和を取り戻した。

 翌日やって来た人買いたちも捕らえられ、聞き出した情報から組織の本拠地に騎士団が突入することになったと言う。


「うーん、ここの料理美味しいです」


 そして、町長が逮捕されたことによってようやく町に食料が満足に行き届き始め、価格も落ち着いて街に活気が戻った。念願かなって評判の料理を食べることのできたファリンが、その美味しさに舌鼓を打つ。


「あんたらには感謝しなくちゃいけねえからな。好きなだけ食べていきな」

「はい!」


 幸せそうに肉を頬張るファリンを見ながらエミリアは呟く。


「しっかし、今回はファリンが大活躍だったわねえ」

「か弱い女の子とばかり思っていた自分が恥ずかしいです。実力を見抜けないなど、まだまだ修行不足を実感します」

「私の御付きを長年やっているんだ。多少の事ではへこたれんさ」

「ディオン殿はもうちょっとファリン殿を大事にしてあげてください……」


 今回の件でよくわかったのは、ファリンは怒らせてはいけないということだった。

 身長140㎝に満たない子供のような体躯でも、一人で荒くれども制圧したその実力は並の魔法使い以上だ。


「ふむ。ファリンよ。その料理、そんなに美味いのか?」

「ええ、何でしたらディオン様も注文したらどうです?」

「いや、これで十分だ」


 ファリンの皿に残る料理をディオンはつまみ上げて口に放る。


「あーっ!?」

「うむ、確かに美味だ」

「それ、最後の楽しみに取っておいたのに!」


 だが、アンリが言ったそばからこれである。

 ファリンが杖を振り下ろすのを、ディオンは片手で軽々と受け止める。


「こら、主君に手を挙げる奴があるか」

「むきー!」


 じたばたと暴れるファリンだが、魔王の腕力には勝てずあっさりとディオンにいなされる。

 力尽くでは勝てないと分かったファリンは奥の手を出した。


「ディオン様、次の町ではお小遣い無しです!」

「何、ではどうやって町を楽しめばいいんだ」

「知りません!」


 そんなやり取りをする主従に呆れながらエミリアとアンリは自分で料理を注文するのだった。




episode3 商業都市ハーグベリー 完

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