第3話 従者、お金を管理する

「案外早めに修理できそうで良かったわね」

「はい、刀身が欠けていると数日は要することもありますので、まだ運が良いかと」


 武器屋でアンリの剣を見てもらったところ、修理には二日ほどかかるらしい。

 ひとまず職人に剣を預け、エミリアたちはこの町に滞在することを決めた。

 この後はしばらく自由行動をすることになり、ディオンは町の雑踏に早々に消えていった。


「思いがけず時間ができましたけど、どうするんですエミリア?」

「ふっふっふ……愚問ね」


 ビシッと、音がしそうなほど勢いよくエミリアは指をファリンに突きつける。


「女三人で時間を潰すと言えば!」

「言えば?」

「何でしょう?」

「買い物よ!」


 待ち望んでいましたと言わんばかりにエミリアのテンションは高い。


「憧れてたのよねー。仲のいい友達と一緒にショッピングして回るの」

「はあ、買い物……」

「そうですね。旅は万全の備えで行かねば」


 だが、同行している二人は色んな意味で普通ではなかった。


「あんたらノリ悪いわね!?」

「別に買い物くらい普通にすると思いますが?」

「いや、そういう意味じゃなくて」


 かたや魔族で人間文化の享楽にまだ不慣れなファリン。


「だって、色んなお話しながらお店巡ったり、ちょっと背伸びして高いランチ食べたりとかするんじゃないの?」

「すみません。家が没落して貧乏だったもので……年頃の子はそんな感じなのですか?」

「そういうもんよ……って、何で王族のあたしの方が庶民の楽しみ理解してんのよ!?」


 そしてもう一方は経済的な事情や家の都合でそういった娯楽に馴染みのないアンリだった。


「とは言え、傷薬とか消耗品は買い込んでおかなくちゃいけませんし、買い物には賛成です」

「そうですね。万全の準備こそ、冒険者のたしなみと言うものですファリン殿」

「話は決まりました。エミリア、行きましょう」

「……なんか理想と違う」


 がっくりと肩を落としながら、エミリアは二人の後についていくのだった。



 ◆     ◆     ◆



 まずは傷薬の補充だ。

 基本的にはファリンの治癒魔法で傷は治せるのだが、別行動の時に傷を負った時などの備えをしておく必要がある。

 事実、先日の子爵の館での戦いではディオンらと分断されたため、怪我には気を使ったという。


「うーんと……色々あるわね」


 さすがに大きな町だけのことはある。種類も豊富に取り揃えており、使い慣れていないエミリアにはその違いがよく分からなかった。


「あ、これよく効きますよ」

「さすがプリースト。その辺よくわかってるわね」

「……実体験が元になってますので」

「?」


 小声で呟き、悲しく目を逸らす。

 ディオンと一緒に行動していて、散々被害に巻き込まれたので自他ともに治療するのはお手の物だ。

 元々旅に同行するにあたってプリーストを選んだのもそんな理由からだったりする。


「いえ、何でもありません」

「そう? じゃあこれと……あとこれもよさそう。それに……これと、これとこれとこれも買って行きましょ」

「ちょ!? 何やってんですかエミリア!」


 次々と棚に並ぶ品を確保していくエミリアに、ファリンが目を丸くする。


「だって、必要じゃない?」

「そりゃ必要ですけど、こんなに買わなくても。第一、お金足りるんですか!?」

「足りるんじゃない?」

「ちょっと、財布見せてください」


 ふんだくるようにエミリアの財布を受け取り、中を見る。


「……二百ガルドで傷薬をいくつ使えるとお思いで?」

「十個くらい?」


 その答えに絶句する。実際は三つで少しお金が残る程度だ。


「……まさかとは思いますがエミリア、買い物の経験は?」

「あはは、いつも爺やが払ってたから」


 あっけらかんとした物言いにファリンは眩暈がした。


「……質問です。この後ランチはどこで?」

「最高級の料理店」

「買う弾丸の素材は?」

「もちろん、全弾魔族に特効のある銀よ」

「宿のお部屋は?」

最上級の部屋スイートルーム!」

「船に乗るなら?」

「一等船室!」

「お金を何だと思ってるんですか!」


 王族育ちのエミリアに庶民の金銭感覚を期待した方が愚かだったとファリンは思った。


「エミリアの財布も没収です!」

「えーっ!?」


 エミリアが頬を膨らませる。

 だが、このまま財布を預けていればあっという間に破産するのが目に見えた。


「はぁ……結局アンリさんと私だけですか。まともな金銭感覚の持ち主は」

「そうですね。さすがにエミリアひ……コホン。エミリア殿の金銭感覚では旅に支障が出てしまいます。その点、私は節約が得意ですのでお任せを」

「本当ですか!」


 ようやく苦労を分かち合える相手に巡りあえた嬉しさに涙を流したくなる。

 だが、アンリはエミリアが確保した傷薬をまとめて棚に戻して言った。


「怪我をしなければ買う必要はありません」

「え?」

「万が一怪我をしたら自生している薬草を使いましょう」

「そんなサバイバルな旅は嫌です!」


 アンリはアンリで違った方向の金銭感覚だった。

 結局、ファリンが全員の財布を預かって管理することになるのだった。



 ◆     ◆     ◆



「……うう、酷い目に遭いました」


 一通り買い物を終えて、ファリンはテーブルに突っ伏してぐったりしていた。


「そんなに疲れたかしら?」

「誰のせいですか」


 非難の視線をエミリアとアンリに向ける。

 現在の所持金でやりくりしつつ、装備を整えるのはかなりの苦労を伴っていた。


「それにしても、弾丸って高いのねー。百発くらいストックしておこうと思ったのに結局五十発までだし」

「買ったら宿代も飛びます」


 路銀はある程度までなら王国から支給されるものの、エミリアの武器はただでさえ弾を補充し続けなければいけない拳銃だ。常に予算と相談して使っていかなくてはいけない。


「あ、それじゃあ魔力を弾丸にする魔力銃なんて良いんじゃない?」

「いくらすると思ってるんですか!?」


 思わず手でテーブルを叩く。

 少なくとも冒険を始めたばかりの一行が買える額ではない。


「今後のこともあるんです。無駄遣いは禁止ですからね!」

「わ、わかったから落ち着いてファリン」


 今にも爆発しそうな様子のファリンをエミリアとアンリが宥める。

 ディオンの行動のフォローやら何やらで徐々に彼女の心労も溜まりつつあった。


「はあ……怒ったらお腹が空きました。何か食べましょう」

「そうね。ハーグベリーの料理は美味しいって有名なんだから」

「ええ。交通の要所でもあるこの町は各地の産物が集まります。だから色んな地域の料理が楽しめる場所でもあるんですよ」

「へえー、それは楽しみです」


 気を取り直してファリンはメニューに目を通す。

 そして絶句した。


「……何ですかこの値段」


 そこに羅列されていたのは各地から集まる産物を用いた美味しそうな肉料理やスープ、サラダの名前。だが、そこに併記されている値段は目が飛び出るほど高いものばかりだった。


「おかしいですね……以前来た時はこんな値段ではなかったのですが」

「そうなのアンリ?」

「昔の二倍……いえ、三倍以上にはなっています」


 同じく動揺するアンリの横で、ファリンが残金を確認していた。


「……足りない」


 そして、真っ青になって皆に向き直った。


「足りないって……何も食べられないってこと?」

「いえ、食べるだけなら問題ないんですが……食べたら宿に泊まれません」


 アンリの剣の修理には二日かかる。

 二泊分の宿代を考えるとここで食べるわけにはいかなかった。


「ちょっと、どうするのよファリン!?」

「そんなこと言ったって、食事にこんなにかかるなんて予想外ですよ!」

「ふ、二人とも落ち着いてください!」


 徐々にヒートアップしつつある二人を宥めるアンリ。

 だが、確かに数日やそこらで金額が跳ね上がるというのはおかしかった。


「店主、以前に比べて随分と食事が高価になっているように見えますが?」

「ああ、すまねえとは思うが我慢してくれ。最近食材が品薄で高騰してるんだ」

「どうしてよ。最近どこでも不作だったって話は聞いてないわよ?」

「ああ、何でもグラオヴィール王家の命令で買い上げられてるって話だ」

「ぶっ!?」


 思わず口を開きかけたエミリアをファリンとアンリが押さえつける。


「落ち着いてくださいエミリア!」

「むぐぐ! むぐー!」

「ち、ちなみにそれはいつから?」

「町長が交代してからだな。町に卸される食べ物に関する取引は町長が担当してるんだが、その頃から交渉が難航し始めたらしい。だから最近この町じゃ滞在せずにすぐに出立する旅人が増えて困ってんだ」


 確かに、高額な食品を売りつけられるよりは次の町へ行った方が良いというのは正しい判断だ。


「だが、この町に住んでる俺らは食わなきゃ生きていけねえ。だから買うしかねえんだよ」

「大変なのですね……」

「しっかし、グラオヴィール王家も俺たちを何だと思ってるのかねえ。税を納めるだけの収入源か?」

「もがー!」

「そ、それでは私たちはこれで失礼します!」

「ん、そうかい?」

「は、はい。情報提供感謝いたします!」


 このままではエミリアが何を言い出すか分かったものではない。

 口を押えたまま二人でエミリアを引きずり、店の外へと引っ張り出し、傍に井戸を見つけるとそこへエミリアの顔を突っ込んだ。


「じょーだんじゃないわよー!」


 魂の叫びが井戸の底へと空しく響き渡る。

 息を切らせて顔を上げたエミリアは二人に食って掛かった。


「民を蔑ろにして国が成立するとでも思ってんの! グラオヴィール王家にとって国民は何にも勝る財産なのよ!」

「それは分かっていますエミリア殿!」

「デマだと私たちだって理解してますよ!」

「あったまきた! どいつもこいつも王家の名前を騙って好き放題やってくれて!」


 先日の子爵の一件と言い、王家の名を騙って権力を悪用している輩はこれで二件連続だ。


「二人とも、日没に宿屋へ集合。それまでこの町の流通について調べるわよ!」

「は、はい!」

「わかりました……って、あーっ!?」


 エミリアの勢いのまま散会しようとした矢先、ファリンが大声を張り上げる。


「……な、なによファリン」

「ディオン様……絶対にお金足りてない」

「あ」

「あ」


 町に入る前に手渡した金額は相場での支払いならば問題ない。だが、現在のこの町では話が違う。

 蒼褪めたファリンはディオンが向かったと思しき所へ慌てて駆け出すのだった。

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