第5話 魔王様、天敵に遭う

「ひいっ、鋼鉄の鎧が!?」


 全身を覆う鎧を手刀で切り裂かれ、騎士は裸同然になって腰を抜かした。


「何だ、鋼鉄だったのか。次は銀で作ってもらえ。並の魔族程度ならそれで触れることもできないぞ」

「そんな金があるか!」

「ならくれてやろう」


 ディオンが地面に手を突いた。そして何事かを唱え、魔力を解き放つ。


「――――『串刺しの銀槍シルバー・スティング』」

「ひいいっ!?」


 対戦相手の周囲に、銀色の槍が無数に生えた。少しでも動けばその全てが自分を刺し貫いていたと分かった男は泡を吹いて倒れた。


「何だ、そんなに感激をしたのか。贈り甲斐があるというものだ」


 満足そうにディオンは頷く。遠くでそれを見ているファリンは引きつった笑いを浮かべていた。


「……ともあれ、これで武術大会も終わりです……早く帰るとしますか」


 深々と溜め息をついてファリンが立ち上がろうとする。今の戦いが決勝戦だった。これでディオンの優勝が決まったのだ。


 歓声を受けるディオンを眺める。あの光景は魔界で魔王として歓声を浴びる姿によく似ていた。


「強さは人を引き付けるんですねえ……って、あれ?」


 ファリンが気付いた。観客席の一画が何やら慌ただしい。


「この大会、優勝者は――」


 主審を務めた審判がその名を告げようとしたその時、客席から漆黒のマントをまとった鎧姿の人物が高々と飛び上がり、空中にその身を躍らせた。その向かう先は舞台上のディオンだ。


「待て、その優勝に異議を申し立てる!」


 高らかに闘技場に響く乱入者の声、剣を抜き、ディオン向けて空中から斬りかかる。


「――ふっ!」


 だが、その攻撃をディオンは易々と回避する。

 舞台の足場を砕き、地に降り立った戦士はフルフェイスの兜からディオンを睨みつけた。


「な、何奴!」

「狼藉者じゃ、取り押さえろ!」

「――お前たちに用はない。私の狙いはお前だ、ディオン」


 剣の切っ先を突きつけ、ディオンの名を告げる。


「真の最強はこの私だ。それを証明するためにお前にこの場で勝負を申し入れる」

「な、何を申すか。突然乱入してこのような所業。恥を知れ!」

「この武術大会はそもそも世界の名だたる強者が集ってその雌雄を決するという触れ込みだった。その前提自体が間違っているのだ。見ろ、この男の様に無名でも勝ち上がった強者が事実存在している」

「……つまり、お前は“無名だが、優勝するだけの実力はある”と言いたいのか?」

「その通りだ」

「ええい、痴れ者の言うことなど無視して捕まえろ!」


 舞台上に兵士たちが上って来る。乱入者を取り囲み、その槍を突きつけた。


「では、実力を示せば納得していただけるかな――?」


 その直後、槍が真っ二つに斬られ、穂先が地面に落ちる。瞬きほどの間に戦士は剣を抜き、一振りでまとめて槍を斬り落としたのだ。

 そして、斬られたことに動揺した一瞬の隙を逃さず、戦士が兵士たちの懐に飛び込み、一気にそれを蹴散らす。


「殺すつもりはない、私が求めるのは強者ディオンとの戦いのみだ」

「ほう……それなりにやるようだ」

「手強いぞ、魔法を使え!」


 魔法使いが前に出る。その両手に魔力を集め、炎の玉を二つ生成する。


「無駄だ」

「――『火炎の双星ツインズ・コロナ』」


 戦士に向けて火球が放たれる。だが、それを避けようともせず、剣を構えて待ち構える。


「はあっ!」

「なっ!?」


 一閃。銀の光が縦に走ったと思った直後、火球が真っ二つに両断されて爆発した。


「――っ!?」

「魔法を斬っただと!?」

「ふっ!」


 瞬時に距離が詰まる。戦士の拳が魔導士の腹をとらえ、一撃でその動きを封じた。


「……こいつ、まさか」

「お、おのれ! こうなれば騎士たちを呼んで……」

「いや、構わない……審判、私は戦いの申し入れを受諾する」

「ディオン殿?」


 その言葉に戦士の動きが止まる。表情は見えないが兜のその奥からは喜びの感情が漏れ出ていた。


「強者だというのなら、それでいい。世界最強を決める戦いなのだろう、この武術大会は?」

「わ、わかりました。ですが……一応主催者の許可を取るまでお待ち下され」


 大臣が慌てて兵士に指示をし、主催者たる王の裁定を待つことになった。


「……礼は言わん」

「構わんさ。私もお前に興味が湧いた」


 ディオンが戦士を見据える。正しくはその手に持っている剣をだ。彼が気にかかっていたのは先程の魔法を斬り捨てた光景だった。


「ただの偶然か技、それならばよい……だが、もしも――」

「今、許可が下りました。武術大会決勝、特別試合をここに始めます!」


 歓声が上がる。番狂わせが起き続けて来た武術大会。そのボルテージはまさに最高潮を迎えていた。


「覚悟、ディオン!」


 戦士が踏み出す。この相手の腕は確かに実力者のそれだ。だが、ディオンにとってはまだ未熟と言える。そんな彼が対決を求めた理由は――。


「いやああああっ!」


 掛け声とともに剣が振り下ろされる。その剣を彼は食い入るように見る。


「ディオン様、何で避けないんですか!?」


 ファリンが叫ぶ。ディオンは受け止める様子も、回避する様子も見せない。


「――やはりか」


 剣が振り下ろされる。だが、ディオンには傷一つない。紙一重でその一閃から身をかわしていたのだ。


「なっ!?」


 間違いなく直撃したと確信していた戦士はあり得ないその瞬間的な動きに初めて動揺を見せた。


「貴様、何者だ」


 その手に魔力を込める。先程鎧を切り裂いた手刀を戦士目掛けて振り切る。


「くっ――!」


 ディオンの挙動から危機を感じ取った戦士が飛び退き、間一髪でそれを交わした。だが、その魔力は兜を僅かにかすめていた。


「何だと!?」


 兜に亀裂が入る。端から生じたそれは瞬く間にその範囲を広げ、兜全体に行き渡るとともにその力が爆ぜる。


「ぐうっ!」


 砕けた兜からブロンドの髪が零れ落ちる。身目麗しく、碧眼の端正なその顔が白日の下に晒される。


「お、女だと!?」

「……くっ、おのれ!」


 再び女戦士が剣を振りかぶる。だが、今度はディオンもすぐに動き、振り下ろす前に距離をとった。


「速い!?」

「お前にこれ以上付き合うつもりはない」


 ディオンがその両の手に光球を生じさせる。そしてそれらを結ぶように光の矢が走る。


「ディオン様、その魔法はやりすぎです!」

「……大丈夫だ、ファリン。これは最終確認だ」


 ディオンはファリンの言葉を無視して魔法を放つ。それが確実に無意味になると確信して。


「――『恒久なる追跡者エンドレス・トレーサー』」


 矢が放たれる。高密度の魔力で形成された矢は追尾の術式が埋め込まれ、術者が敵とみなした存在を追尾し続ける。

 一度は回避した女戦士だが、すぐにその矢が引き返し、自分に向かってくるのを見て気づく。


「なかなか面白い魔法を使ってくれるな、ディオン!」


 女戦士が剣を構える。そして、飛来する光の矢をその刃で両断する。その直後、魔力が空気中に霧散しながら矢が消滅していった。


「……やはり本物か。魔滅剣デモンスレイヤー!」


 かつて魔族の全てが恐れたという対魔族の武器。

 魔力に反応し、その術式を触れるだけで無効化して霧散させることができ、魔力主体で戦う魔族には天敵とも言える性能を持つ。おまけに魔族はかすり傷だけでその身が崩壊するという最悪最凶の究極兵器だ。

 二百年前に全てが破壊されたとディオンも思っていたが、まさか本物に再びお目にかかる日が来ようとは誰が想像したか。


「だがこちらもそいつに触れるわけにはいかなくてな。偶然でも大変なことになる」

「――む、風が」


 ディオンが魔力を放つ。空気は気流となり、気流は風に、風は嵐となって吹き荒れる。これまでの戦いで周囲に飛び散った瓦礫を巻き込み、豪雨の様に叩き付ける。


「うわ、ああああっ!?」

「発生した現象ならばその剣の効果は関係ない」


 二百年以上前に魔滅剣デモンスレイヤーを持つ敵を倒すために考案された策を久方ぶりに実行した。その突風に煽られて女戦士が吹き飛ばされ、その拍子に手から剣が離れた。


「今だ!」


 そして、その隙を見逃すディオンではない。すぐに女を組み伏せ、関節を取って完全に動きを封じる。


「ここまでだ、女」

「くっ……参った」


 観念した女戦士が抵抗する力を抜いた。勝負が決まったことを知り、観客から大歓声が巻き起こった。


「一つ聞く。あの剣はどこで手に入れた」


 低い声で彼女にのみ聞こえるように囁く。伝説上の代物になり果てていた危険物がまだこの世界に残っているというのであれば処理しなくてはならない。答え如何によっては停戦協定を破ってでも侵攻する必要があるほどだ。


「……我が家に代々伝わる家宝の剣だ。それがどうかしたのか?」

「本当だな?」

「少々特殊な力を持った剣だが、ただそれだけだろう。こんなことで嘘偽りを言ってどうする?」


 少なくとも嘘は言っている様子はない。ディオンが魔族であると見抜いた上であの剣を使ったわけではないようだ。


「そこまで。双方、控えなさい!」


 貴賓席から顔を出した王族の一人が、闘技場全体に響き渡るよく通る声で高らかに告げた。


「武術大会優勝者はディオンに決定である! その武勇、魔の力、見事であった!」


 わあっ!と一度は静まり返った空気が再び熱を持つ。だが、その王族の顔を見てファリンだけは唖然とした顔で声を上げていた。


「あ、あああーっ!」

「はっはっは、なるほど。そういうことか!」


 服装や髪形こそ違うものの、そこで彼らを見下ろしていたのは自分をこの場に誘った張本人であり、この国の第一王女エミリア=リュミオ=グラオヴィールその人だった。

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