第47話

急加速に再び森が揺れた。同時にマレフィセント・ブーンの体に深々とアグノ・バルクが突き刺さる。

だが場所が悪い。こいつ、直前で潰れた腕を壁に使いやがった。糞、本体には届かなかったか。やいばを抜くためググっと力を込める。が、抜けない。馬鹿な、なんて力だ。まさか俺以上か?


突如凄まじい悪寒がした。なんだ。兎に角、すぐに脱出だ。

刃の刺さった奴の腕を踏みつけるようにして無理やり引き抜いた。直後、俺の鼻先を超質量が掠めた。同時に突風が吹き荒れ、大量の腐葉土が舞い上がった。


魔法か、いや違う。なんて事はない。奴は二本の拳を振り下ろしただけだ。ただそれだけなのにまるで爆撃でも受けたかのような地面の様相だ。

魔法の強化なくあれか。なんとか空に逃げた為追撃こそ逃れたが……糞、背中に嫌な汗が滲みやがる。


空に浮く俺を、奴の真っ赤な目が捉えて離さない。

何か仕掛けてくるつもりか。舞い上がった枝を手に取り……まさか、先程の様に投げ付けてくる気だな。

果たして、嘗て兵士の放った矢よりも速く鋭い木の枝がヒュウっと音を立てて迫り来る。問題ない。落ち着いて切り捨てれば良い事などとっくに証明している。アグノ・バルクを一振りすると、木の枝は何とも呆気なく折れて落ちた。


たがそれだけでは終わらなかった。

奴は潰れていない二本の腕を総動員し、間髪入れずに何度も何度も投げつけてきやがった。

糞、数が多い上に速すぎる。これは一々切り捨ててる暇などないぞ。しかも一度曲がって終わりではない、追従してきやがる。あまつさえ回避に専念しようにも、森だというのに遮蔽物が少な過ぎるぞ。それに余り離れてもポノラとメイが心配だ。


取り敢えず避けて、避けて、機を伺うしかない。

避ける、避ける、ひたすら避ける。糞、徐々に枝が増えてやがる。空中旋回、背面飛行、とんぼ返り、まるで曲芸師だ。


「ノリユキー!前!」


その時だった。突如聞こえたポノラの声に釣られて、散り散りだった意識を正面に向けた。眼前に迫る強靭な拳。糞、知らぬ間に誘導されていたか。

身をよじって薄皮一枚の距離を飛ぶ。恐ろしい威圧感を放つ拳とのすれ違い様に、ええい南無三とばかりに斬りつけてやった。


一旦上空に避難する。


「無事かポノラ!メイ!」


視線を下ろせば、先程まで蟲の球となっていた場所に2人が立っていた。声に気づいたポノラが俺に向け拳をグッと突き上げた。良かった、無事だ。

うん?メイは何かやってるな。魔法か?


さて、蟲達は何処へと探すまでもなかった。大小様々、飛ぶものも飛ばぬものも奴を囲う様にしていた。肝心の奴は片膝をつき、カチカチカチと警告音を鳴らして周囲に威嚇している。

ふむ、先程の一撃が偶然脚を傷付けたか。なる程ああいう飛び方もありなのだな。ふふ、奥義カマイタチとでも名付けようか。


しかしあの蟲達は何なのだ。おそらくダ・ブーンが命令権を取り戻したのだろうが、何故一斉に跳びかからない。


「……グラビデス」


その時、メイの呟きが聞こえた。同時に奴のいる地面が陥没した。魔法か!凄い魔法だ。あの辺りだけ空気が何倍にも重くなっているように感じるぞ。


押し潰されてグッタリしている様に見える奴に向かい、今度は大量の蟲が一斉に襲いかかった。


(ふふ、我こそは蟲の王、これぞ蟲ダ・ブーンなり。マレフィセント・ブーンに魅了された同胞はらからも、我にかかれば直ぐに気を戻すのだ。さあ、蟲が奴を止めている間に、貴様は力を貯めるのだ)


いつの間にか俺の横を飛んでいたダ・ブーンがそんな事を言ってきた。


「あの蟲の猛攻だけで何とかなる気もするが……」


(奴が何もしないでいたらどうにでもなる。だが弱っているなど一過性のものだ。ほら見ろ)


なんだ、奴の顎が二つに裂けて顔より大きく開きやがった。まさかと思った。案の定か。

バクリと周りの蟲を喰らいやがった。

蟲の群れが一箇所大きく空いた。それも一瞬。すぐに別の蟲が我先にとそこを埋める。猛攻は衰えない。だが明らかに奴の体力が回復しやがった。目に見えて活力が違う。


(あの通りだ。咀嚼と消化に多少時間がかかるお陰で時間を稼げている。しかし単なる時間稼ぎにしては代償が大きすぎる。我が同胞はらからを糧にして、折角減った奴の体力を回復させているだけだ)


「なるほど、だからこその一撃必殺に賭けるしか無いのか」


やるしか無い。右手の紋章に意識を集中させる。徐々に光を増してゆく。力が漲る。だが、これでは無い。これでは駄目だ。

今迄で一等硬い相手。それが今まさに蟲を喰って力を蓄えてやがる。単に力を蓄えるだけでは、繭を貫いた時の二の舞になってしまう。


この光は魔力だ。右手に集めて増幅させた魔力を、血液のように全身に巡らせるのだ。いや全身だけでなく、鎧にも、外套にも、武器にも、身体の一部のように考え巡らすのだ。


右手の光が薄くなり、代わりに全身が沸騰するほど熱くなった頃、ポノラとメイが何か魔法を唱えている頃、取り囲む蟲の数がもう大分少なくなった頃、奴はようやく俺の方をギョロリと見てきやがった。


だがその時にはーーほぼ同時と言っても良いのだがーー俺は既に矢の放たれたように飛び出していたのだった。

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