第39話

あの謎の虫との出会いを皮切りに、今まで以上に虫と遭遇するようになった。

青白く発光する蝶や、数珠繋ぎになっている蜘蛛。戦車のように大きな極彩色の脚の生えた芋虫に、川のように大きな群れを成し移動する手のひら程の甲虫の群れなど……


幸い木の実の臭いのお陰で襲われることは無かったものの、虫嫌いが見れば発狂するような光景ばかりだ。これはもしや森の深部へ近づいているのでは無いか。

そうこうしている間に再び日が暮れはじめた。野宿の仕度をするか。しかし……


グー


順調な足取りだと思うが、いかんせん腹が減った。丁度若木が生えているし、これならもしかしたら食えるのではないか?

寝床作りのついでに若木の根元を掘り返し、なるべく太い根の生え際から刈り取る。それを皮を剥き薄く輪切りにして手の甲に貼り付けた。その間に寝床の材料を集める。

さて、粗方集め終わったので若木の輪切りを手の甲から剥がす。うむ、特にかぶれや湿疹は無いな。次にそれを口に入れ、舌の上に置いて暫く放置だ。……土臭い。まあ仕方ない。さあ、寝床の組み立てをするか。


組み立て終わった。大分手慣れてきたな。それにしても舌の方には痺れなどない。後はいよいよ飲み込むだけか。

消化を良くするためよく噛んで飲み込んだ。硬い牛蒡ごぼうを生で食べているようだ。風味は牛蒡よりも土臭く青臭い。だがまあこれっぽっちでも空腹は紛れるものだな。寝て起きて何もなければ食えると思って大丈夫だろう、多分。


翌朝、空腹で目が覚めた。うん、腹の調子はまずまず。ならばいけるか。

まずは木の実を食うかと袋を開くと……うん?何だ、少ない。あと一回分が精々って所か。思ったより消費していた様だ。いや、そもそも実の効力が一日とは誰も言ってない。俺の独断だ。体も碌に洗えてないし、臭いが染み込んでるのではないか。いかんせん臭いに慣れてしまったのかよく分からん。

……いや、油断は大敵だ。一応、いや、やはり取っておこう。この先何が起こるか分からない。貴重な栄養源とも使える以上、節約するに越した事はない。

取り敢えず一粒だけ口に入れ噛み潰す。数が少ないせいか昨日ほどの不味さを感じないが、それでもやはり不味い。絞り出した果汁の臭いも間違いなく薄くなっている。


不安を覚えつつも昨日採取した若木の皮を剥き、齧りながら外へ出た。まだ日の昇り始めた頃か。まだまだ暗いが、まあ何とか方角もわかるし周り見える。

明け方の森の肌寒さを感じつつ、若木も気付けば半分程食べていた。不味いは不味いが、無いよりはマシだ。そう思ってさらに食おうとしたその時だった。


プチっ


口の中で何かが弾けた。同時に猛烈な苦味と、本能的な吐き気を催した。

く、気持ち悪い。うえ、な、何だ。


「おえー!」


堪らず近くの木の根元にゲロを吐いた。余り何も入っていない胃袋から出てきたのは若木のすり潰した様なものと、あれは幼虫の頭?

悪い予感がする。若木はどうなってる。断面を見れば、僅かに動く、食い千切られた幼虫の胴体がそこにあった。糞、木に巣食ってやがった。

俺が食ってしまったのか?不味い。味だけでなく、こいつは毒を持っているかもしれん。試験などしていないが、困ったぞ。


とにかく口をゆすごうとザックに手を伸ばした時、ふと俺の吐いたゲロが蠢く様に感じた。暗い中注視してみると……ミミズ?いや、線虫の類か?イトミミズほどの大きさの数匹の虫がそこに蠢いていた。糞、いつの間に腹にいやがった!

俺は果たして無事なのか。いや、まずは落ち着こう。水を飲むんだ。ザックを降ろして……


「うぉわ!」


驚いた。思わず声が出た。何かが俺の後ろに立っていた。それは六本脚を生やした黒い毛玉。細長い脚を含めれば人の背丈程もある謎の虫だ。

すぐにアグノーの爪を振り抜くと、黒い毛を散らしながらあっさりと真っ二つになり倒れた。ん、黒い毛はわざと飛ばした様な。


黒い毛が俺の手の甲に触れると、瞬く間にそこが大きく腫れ上がった。毛虫の毛の様なものか。糞、痛痒い!だが幸い吸い込んではいない……


痛った!?何だ、首筋に強烈な痛みが走った。反射的に手をやると、何かを掴んでしまった。

もしやと、恐る恐る掴んだものを見る。ああ、非常に不味い。手のひら程もある馬鹿でかい蚊の様な虫が手の中で暴れていた。感染症が、糞、どうすれば……


そこに気を取られていると、今度は唇が腫れてきやがった。ああ、糞!やはりあの幼虫は毒持ちか!

ああ、何とか……そうだ!メイに貰った薬草があった。これを使えば……ああ!糞、使い方が分からん!食えば良いのか、塗れば良いのか、何か言ってなかったか……駄目だ、痛みが酷い。頭の芯にガンガンと響く。首の後ろ、手の甲、唇、それぞれが酷く熱を持っている。思考を阻害する。考えが纏まらない。ああ、不味い、考えられない。糞、糞、糞……


「おお、大丈夫かの旅人よ」


ああ、誰だ……

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