第25話

長い沈黙の後、再びスターリッヒ殿が口を開いた。


「我々は与えられた土地で細々と暮らす他ないのにねぇ。切り拓けばそこに住まうものの怒りを買う。なのに、人は土地を求め争う」


俺のいた世界とは違い、この国には明確に人間の天敵がいる。ホロウブロスの様な怪物が空を飛ぶだけじゃあない。ココロコッコみたいに馬鹿デカいのが群れを成して走る。山に入れば熊より恐ろしいアグノーがいる。そんな奴らを怒らせない様土地を広げるなど困難だろう。

とにかく、人が繁栄できる様な土壌では無い。俺とてこんな力が無ければ、武器を持った所で猪すら狩れん。


「この国、ルージンアップルキット王国、特にマリティルトアップルキット姫はその傾向が強いねぇ。ゴブリン族もそうだが、トト族の国ラビリラビア、多種族国家メルトマゼルとも戦争をしている。もっとも、ラビリラビアとは睨み合い程度で、メルトマゼルには少し押され気味だそうどがねぇ。だからこそか、ポンポンな王とは違い、魔法の才のある姫は禁術に手を出した」


ポンポンとは普通の人の事だとそっとポノラが教えてくれた。凡才ということか?

ところでマリティルトアップルキット姫とは……誰だ。聞いたことがあるぞ。マリティルト、長いな……あ、マリティか。


独り合点してると、ポノラがずいっと前に出た。何か、表情が強張っている。


「異世界召喚。才あるものがその才全てを犠牲にして初めて行使できる究極魔法」


知っていたかいと、糸の様に細い目をまん丸に開いて驚くスターリッヒ殿。一方のポノラは俯いてしまった。


「魔法の詳細までは知らないが、ホロウブロスを仕留める人間を呼び出す魔法だ。相当なんだろうねぇ。さて、娯楽の少ない村だ。その時の様子を是非とも聞かせてくれないかねぇ。その為にゴブリン族の秘術を解明したのに、あんたはとっとと言葉を覚えちまったし、早く聴きたくてしょうがないんだ」


ああ、手紙にあった秘術とはあの時の翻訳魔法か。


「うむ、では語らせて頂こう。ポノラも何かあれば言ってくれ」


「え、あ、うん」


俯いたポノラをせっつき、双子山でのあらましを語る。


山道を隠れながら進んだこと。

ココロコッコの群れをやり過ごしたこと。

空からココロコッコの死骸と共にホロウブロスが降り立ったこと。

何故か最初から敵対してきたこと。

風圧で吹き飛ばされたこと。

足を掴んで地面に叩きつけたが、全身が痺れてとどめを刺せなかったこと。

そのせいで今度は俺が地面に叩きつけられたこと。

うまく起き上がれない俺とは対照的に、ホロウブロスは起き上がり突進してきたこと。

死を悟った時ポノラが助けてくれたこと。

首を落としたが、ホロウブロスは首だけでも動き嘴で腹を貫かれたこと。


言語にまだ不慣れということもありそんなに上手くは話せなかったが、そこはポノラが上手く補助してくれた。その甲斐あってかスターリッヒ殿も、案内してくれた巫女装束の女性も満足げに聞いて貰えた。

それと魔法の事は罠だと言ってはぐらかそうとしたが、ポノラ本人が魔法だと認めたのでそのまま話した。


「いやあ凄いねぇ。ホロウブロスの亡骸をこの村に運ぶのだって、荷台に乗せた状態でさえ男衆十人掛りで何とかしたんだ。それを一人で投げ飛ばすなんて、全くもって人間業じゃないねぇ。メイもそう思うだろう」


メイと呼ばれたのはあの巫女装束だ。中国の美人とはこういう人なのだろうか。蒙古系の顔立ちが多いこの村にあって目鼻立ちのくっきりとしたとびきりの美人だ。

メイ殿はぺこりとひとつお辞儀をし、姿勢正しく口を開いた。


「はい。ただ、全身が痺れたという言葉からもやはりかなり無茶をしているのだと。あの山の地盤は強固ですし、丁度金槌で鉄を殴った様になったのではないかと。つまりはまだ、ノリユキ様はご自身の体のことを理解していないのではないかと」


メイ殿め、中々に痛い所を突くではないな。ポノラも俺を呆れた感じで見てきやがる。なんだ、全くその通りだと言わんばかりの顔だぞ。


「それに何故か最初から敵対していたと言いますが、縄張り意識の強い怪鳥の目の前にアグノーの爪を携えた者が現れれば、戦闘は必然かと。傷付くことは痛いことかと。だからこそお祖母様、やはりメイは占いの結果に従いたいと思います」


お祖母様か、なるほど二人に血縁関係があるのか。

スターリッヒ殿は少し難しい顔をして、その後俺の方を真っ直ぐ見据えて話を切り出した。


「ノリユキちゃんよ、お願いがある。メイを旅に連れて行ってくれないかねぇ」

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