第7話

「マリティ。お前の父はお前ごと俺を殺す気だぞ」


「だから言ったじゃない。あなた死んだわねって。まあまさかここまでするとは思わなかったけど」


何百という矢尻が俺を殺そうと、夕日を反射しギラギラ光る。先程の一矢も威嚇というには余りにも正確に俺の頭を狙っていた。腕は相当なものだ。しかし、完全にマリティの安全を無視してやがる。

マリティの言葉からして短躯肥満の仕業か。


そんな状況だが、マリティは何も不安など無いという風に、飄々とした口調で話を続ける。


「誤解しないでね。お父様は私を愛してくれている。でもカッとなると状況判断がつかなくなるの。ああ、ルーゼフがいたらお父様を何とかしてくれるだろうし、そもそもこんな大事になって無かったのになぁ。でもなってしまったものは仕方ないから、何とか私を護ってね」


「ルーゼフ?誰だ。いや、それよりも何でお前を護る事を当然としてるんだ」


「当たり前でしょ。人質は無事だからこそ人質だってさっき言ったばかりじゃない。大丈夫、あなたの力ならこの数の弓矢ぐらい訳ないはずよ」


この女、置いていってやろうか。しかし中々男心のくすぐり方というのを分かっていやがる。


「ああ、そうだとも。たかが弓矢ではないか。俺は大日本帝國の飛行機乗りだ。サイパンでの対空砲の嵐も、グラマンから放たれる機関銃の雨も交わして生き抜いてきた。女子供の一人や二人、抱えて交わせぬ道理はないわ!」


口上と共に足に力を込める。それを皮切りに矢が一斉に俺に向け放たれる。壁と紛う矢の大群の隙間を縫って、時に右手の忍者刀で払って、着実に進んでいく。

弓矢は機関銃などとは違い二発目以降に時間がかかるはずだ。事実、三段撃ちの様な戦法も取っておらず時折矢の雨の空白が生じている。

大方、最初の一斉射撃で片がつくと踏んだのだろう。指揮官は短躯肥満か?だとすると無能だな。


四方八方から飛んでくる矢を撃墜、回避、撃墜。相手側が位置取りの上を取っているので反撃など出来ない。……ん?

まあしかしこちらの目的はあくまで逃走だ。後少しで建物の影に隠れる事ができる。


後三歩、二歩、一歩……着いた。


建物の影でふぅ、と一息つく。矢は先程までいた場所に何本かは刺さり、何本かはそこよりも遥か上空を通過していた。

しかしまあ改めてなんだ俺の身体は。零戦の如き旋回性能だ。元々目は良かった。しかし今はその比ではない。視野が広く、動体視力も集中力に比例し抜群に良くなる。


左脇に抱えていたマリティにも怪我はない様だ。うむ、良かった。まあ、何だか元気が無い気もするが。


「うう、吐きそう……。でも本当に避けきるとはね。今からでも遅く無いから私の使い魔になりなさい。あ、それと油断しては駄目よ」


……俺は夢でも見ているのか。その言葉の直後、遥か上空を通過した矢が勢いそのままこちらに旋回してきやがった。


「うお!?」


状況を飲み込めなかった為に回避反応が遅れてしまったが、すんでの所で避ける事ができた。矢は煉瓦造りの壁に深々と突き刺さっている。あと少し回避が遅れていたら心臓を貫かれていただろう。


「おいマリティ!何故矢が曲がる!明らかにこちらを狙って曲がってきたぞ!」


「当たり前よ。ここは王宮。その守護弓部隊だもの。変化弓へんかきゅうの使い手ぐらいいるわ。というかさっきの矢の連撃の中にもあったじゃない。何故か変化弓だけは全部斬り落としていたからてっきり知っているものだと思ったのだけど、あれって何にも考えてなかったのね」


「確かに一面からしか放たれていない矢が四方八方から来るのは変だと思ったが、そんな技術があるのか。中々厄介だな」


「技術ではないの、魔法よ。それよりも早く行きましょう。私この体勢嫌いなの」


「うむ、魔法か。魔法……そんなものあるんだな。とすると使い魔の儀式も魔法だろうな。うん、驚かないぞ今更。あと体勢は諦めろ。これが一番動きやすい」


はぁ、という今日一番の溜め息を吐いたマリティは一旦無視して、屋根から飛び降りる。今度はきちんと下を確認して。


屋根の下にはまた別の屋根。階数的にはあと三回か二回程降りると庭の様な所に降り立つ事となる。だが昔見た鹿鳴館の様な庭だ。隠れる所が少ない。しかも取り囲まれる危険が高い。

ならばこの城をぐるりと囲い城下町との隔てとなっている城壁まで逃げ延び、何とか街の外にある山へ逃げ込むのが得策だろう。

先程足がハマった場所から見た景色の中に、城壁と城とを繋ぐ連絡通路があった。そこの屋根伝いなら城壁に行けるはずだ。


「ねえ、あなた城壁から逃げるつもりなんでしょ」


屋根から屋根へ跳び移り、時折くる変化弓を斬り落としながら移動していると、マリティが、ふとそんな事を言い出した。


「流石にわかるわ。でも今向かっている東の城壁よりも、南の城壁の方が良いわ。そこにはね……」


マリティの言う通り南の城壁へと向かう。流石に信用して良いものか悩んだが、何となく嘘を吐いていない気がした。

南の城壁に辿り着いた時には、遠くの方が僅かに明るい程度には陽が沈んでいた。城壁から下を覗く。高度約15m。普通に降りたら死ぬが、下には何故か沢山の藁が積まれていた。


「普通なら藁があろうと無事では済まないけど、あなたなら大丈夫でしょ。ここは牧草地だから城下町を通らず逃げられるわ」


「……何故そこまでしてくれる」


「正直に言うね。あの儀式は一生で一度しか使えないの。だからあなたを何としてでも使い魔にしたい。でも今の城にあなたを生け捕りに出来る兵なんていない。だから何とか生き延びて。私が兵を整えあなたを捕まえに行くまで。第一城下町に逃げられたら民が不安がるわ。手間よ、手間」


「なるほど……。そうだ、ここから降りる前に一つ聞きたい。俺は元の世界に帰れるのか」


暗くて表情が読み取り辛いが、その時のマリティは申し訳なさそうな顔をした気がした。


「無理よ。異世界から来た生者がこの世界の物を食べると、もうこの世界に取り込まれてしまうの。唯一死者だけは例外だけど、この儀式は生者召喚だから」


なるほど、飯を食べてしまったからもう帰れないのか……。しかし生者召喚か。とすると……。


俺は一旦マリティを降ろし、正座をして向き直り、手を地面につけ土下座した。


「特攻していた俺がここにいるという事は、死ぬ直前にここに呼ばれたのだろう。その点ではマリティは命の恩人だ。感謝する。だからと言ってマリティに使える訳にはいかない。今度こそ俺は俺のために生きると誓ったのだ」


「……ふん、首を洗って待ってなさい。必ずあなたを使い魔にするわ。さあ、早く行きなさい。あなた馬鹿みたいに速かったから兵がまだ追いついてないけど、もう来るわ」


俺に背を向けるマリティ。最初はあれ程殺したかったが、今では感謝の念が溢れている。


「……さらばだ」


そう言って俺は藁に飛び降りた。


「……ふん、また会いましょう。私にあだ名をつけた最初で最後の人。我が国の為、私の為、あなたを必ず……必ず……」

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