5-5 お姉様

 景色を一望いちぼうできる古城のテラス席に、お嬢様が一人腰掛けている。そこへ執事服を着こんだ倒也が、お菓子と紅茶を乗せたトレイを持って目の前にあらわれた。

「どうだい。似合うかな、恋?」

「ええ。とってもよくお似合いですわっ!」

 手を合わせて、恋は笑顔を咲かせる。もう二度と戻らないと思った景色が、そこにはあった。


「海が見えるね。かすかにしおの香りもする。建物は古びているけれど、それもおもむきがあっていい。なにより、こうしてまた最愛の妹と過ごせることが一番の幸せだよ」

「もう! それはわたくしが先に言おうとしたのに! わたくしも、お兄様とまた一緒に過ごせて、とっても幸せですわっ! いえ、これからはもっともっと幸せになりましょうっ! 早乙女家を出た今、わたくしたちはいくらでも一緒にいられるのですから!」

「ううん。駄目だよ。恋は、早乙女家に戻るんだ」

「そんな……! お兄様のいない早乙女家になんて戻りたくありませんわっ!」

「あの扉を出せる女の子が、恋とぼくの部屋をつなぐ扉を設置してくれると言っていたよ。だから離れ離れにはならない。いつもと同じ時間に、紅茶とお菓子を用意して待っているよ。恋は、ぼくが誇れるような立派な妹になって帰って来てくれるんだろう?」

「お兄様……」

 恋はさびしそうな表情を見せる。


「そうですわよね……。でも今更、早乙女家に戻ってもお母様は許してくれるでしょうか……」

「大丈夫。お母様は恋のことを愛しているからね。きっと今も、家を飛び出した恋のことで心を痛めているよ」

「……わかりましたわ。でももう少しだけ。お兄様とのティータイムを続けてもよろしいですか?」

「まったく、恋は甘えん坊なんだから。でもそんな妹を持って、ぼくは世界で一番幸せな兄だよ」

「まあ、お兄様ったら。わたくしも、世界で一番幸せな妹ですわよっ!」

 久しぶりに二人きりで過ごす安らかなティータイムの時間は、ゆるやかに流れていった。


◇◇◇


 朝のホームルームの時間。浦桔梗うらききょう高校の二年生の教室で、うるわしい少女がたおやかに礼をする。華やかな香りが教室を包み込む。蠱惑こわくげな美貌びぼうと立ち居振る舞いに、クラスの男子生徒だけでなく大半の女子生徒までもが魅了されていた。

「早乙女恋と申します。わたくしがこの学校に転校してきたのはお姉様――更科知紅さんと結婚するためですわ!」

 静寂せいじゃくに包まれる教室。

「「ぇえええええええーっ!?」」

 生徒たちは声をそろえて絶叫ぜっきょうした。

「……」

 知紅は絶句ぜっくしていた。


「お姉様ー!」

 休み時間を迎えた途端とたん、すごく嫌そうな顔を浮かべている知紅に恋が強く抱き着いていった。

「お姉様、わたくし転校して参りました! これで毎日一緒に過ごせますわねっ!」

「テメェ……兄貴が好きなんじゃなかったのかよ」

「お兄様は血の繋がった兄妹きょうだいですわよ? 近親きんしん相姦そうかんなんて倫理りんりてきにいけませんわ」

「女同士はいいのかよ」

「ips細胞がありますし、最強の武道家の娘と結婚して子供をつくれるならと、お母様も納得してくださいましたわ。これで早乙女家も安泰あんたいですわね♡」

「おいやめろふざけんなレズ女っ!! あたしにまとわりつくんじゃねぇっ!!」

「ああっ、どこに行かれるのですかお姉様っ!」

「あたしはテメェのお姉様じゃねぇええぇええええええ!!!!!」


 知紅が全力疾走で廊下を駆け抜けると、恋も同じように全力疾走で駆けて行く。二階の窓から飛び降りて校庭に着地すると、恋も同じように着地する。二人はぐるぐると学校の周りで追いかけっこを始めた。


 一年生の教室でそれを眺めている相吾がいた。

「……愛は参加しなくていいのか?」

「私はあそこまで本気じゃないので……」

「そうか。安心した」

「安心っ?」

「何でもねえ」

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