第3話 燕哀來(つばめ あいら)

「この部屋です」

 いつの間にか横幅が三メートルくらいの大きい扉の前にいた。

 なるほど。ここが芸術室か。グランドピアノを運ぶために横幅を大きくしたのだろう。

 俺と執事が扉の前に立つと音を立てて開いた。

「じ、自動なんですか?」

「はい。燕家の屋敷のこのような大きい扉はすべて自動でございます。人の手で開けるには大変ですから」

「なるほど。ハイテクですね」

 なんて事を話していると扉の向こうから人が見えた。

 ピアノの前で座っているが弾いている様子はない。

「お嬢様。こちらが青龍小夜先生でございます」

 執事が自己紹介をすると体がこっちに動いた。

「綺麗だ……」

「ありがとうございます」

「!!」

 思わず口に出してしまった。

 さらにはお礼を言われ、俺は嬉しさと恥ずかしさのあまり自分でもわかるくらい顔を赤くしてしまった。

 もう、なんと表現したらいいのやら。

 初恋相手も女優もアイドルも含め、今まで見てきた綺麗な女のイメージが頭の中で一気に吹き飛ぶくらいの超絶美人だった。

 ピンク色のセミロングは乳白色のような肌で目立っており、胸も大きい。スタイルは白いドレスを着ているためか、座っていてもスラっとしている。

 髪よりも濃いピンク色の瞳はどこか優しげな雰囲気があり、とにかく美人な女だった。

 仇の娘でなければ俺は一目惚れしただろう。

「あ、いやすみません。本当に美人で。見た瞬間、衝撃的で」

 俺は一体何を言っているんだ!

 仇の娘だぞ!

「なぜ謝る必要があるのですか? 相手の事を褒めるのは別に悪い事ではありませんよ」

「お嬢様のおっしゃる通りでございます。お嬢様は本当にお美しい女性です。どんな人でも青龍先生のような言葉が出てきます」

「柏野(かしの)ったら。それは大げさよ」

 この執事、柏野って名前なんだ。

「ささ、青龍先生。どうぞお二人で授業を始めてください」

「柏野さんは一緒にいないんですか?」

「私(わたくし)は他の仕事を片付けなければなりませんので。旦那様は普段、不在でいらっしゃいますので私はこの屋敷のすべてにおいての最高責任者を勤めているのです」

「そうですか」

 やっぱり大変なんだな。執事って。

「青龍先生。どうかお嬢様をよろしくお願いします」

「わ、わかりました」

 柏野さんが去る再び音を立てて扉が閉まった。

「さあ先生。わたしくしにピアノを二時間、お昼の次には歌を二時間教えて下さい」

「わかりました。よろしくお願いします哀來さん」

「こちらこそよろしくお願いします。青龍先生」

 哀來は笑顔で俺に挨拶してくれた。

 こんなにも気分が良くなりそうな女子の挨拶は産まれて十八年間、一度も見たことがない。

 くそっ、仇の娘じゃなきゃ! 仇の娘じゃなきゃ!

「どうかされました?」

 不安そうに俺の顔を見つめてくる。

 こちらの顔もなかなかだ。

「な、何でもありません。ところで、どうしてピアノと歌を習おうと思ったのですか?」

「わたくし、四月に保育科の大学に入学するのです。保育科はピアノと歌の授業が必修なのでお父様が『音楽の家庭教師を雇おう』と提案なされたのがきっかけです。プロの先生方に申し込みましたが断られてしまい困っていたのです。まさか会社のホームページを使って募集していたなんて思ってもみませんでした」

 断られていたのか。

 まあ確かに、こんなにお金持ちだったらベテランの先生に頼むよな。

「ですから青龍先生。期待していますよ」

「なんだかプレッシャー感じてきました」

 これは本心だ。

 なんせあまりにも成長が見えないようじゃクビになってしまう可能性があるからだ。そんな事になったら復讐できない。

「では始めましょう。まずピアノは弾いた事はありますか?」

「はい。学校の授業で少し」

「どんな曲を弾いたのですか?」

「それは……」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 こうして俺は彼女と出会った。

 俺は復讐者だ。先生ではない。

 当然だが、まだこの時は復讐計画の始まりに過ぎない。

 まだ詳しく決めていないが、いつかこの美女を傷つける事になるかもしれない。

 気が引けるが仕方あるまい。

 俺達家族を傷つけた罰は大きくなければならない。

 そう思っていた。

 だが、ある日を境に何かが狂い始めた。

 俺の中にある

 復讐心が

 おかしくなってしまった。

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