H.L.T ~圧縮された世界~

柏崎 聖

第1話 天使の殺気

世間的には夏が終わり、秋となった10月初旬。

 10月1日より衣替えとなり夏服の着用が禁止されブレザーを着ながら汗を拭く日々に地球温暖化に衣替えという学校規則が対応してない事を呪いながらいつもの通学路を歩く。

 しかし、クーラーの設定温度はばっちり地球温暖化対策として高めに設定されているのはどうなのだろうか?

それならば衣替えの時期を延ばすべきではないだろうかと一人脳内議論をしたところで空しさを感じ自動販売機で購入したスポーツドリンクを一気飲みする。


 「……っは、効くなぁ」


 部員総数1名の星影学園ほしかげがくえんプログラム研究部の部長こと俺、神代春都かみしろはるとは極度の汗かきで極度の運動音痴でもある故、小まめな水分補給が欠かせないのである。

 運動部の朝練の気持ちのいい掛け声を聞きながら俺は文科系部の部室のある部室等の一番奥の扉の鍵を開ける。

 中に入ると涼しい風が全身を包み、汗がすっと引いていくのを感じる。

 通常エアコンの設定温度は学園側が集中管理しており、ましてや1日中付けっぱなしなどは論外でどこの部員もエアコンの設定温度には不満を抱いている次第であるが、ここプログラム研究部の部室は高価なサーバやパソコンがある為集中管理の対象から外れ、エアコンの設定については部長である俺に全ての権限がある。

 部に備え付けてある冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を取り出しながらパソコンのスイッチを入れると自動立ち上げに設定してあるメーラーから新着メールをお知らせする「ポン」という可愛げもくそもない機械的な電子音が鳴る。

 件名は『研究成果発表の進捗について』といういかにもお堅い件名だった。

 学園の規定で部の設立には5名以上の部員が必要で、その後の脱退して部員が5名を下回っても規則上は廃部になる事はないのだが我がプログラム研究部はそれなりの予算を貰っており、この暑い時期に自由にエアコンの温度設定が出来る事から部員1名に対する経経費が問題として上がっており、生徒会部活動継続審査部から研究成果発表を命じられていた。

 そもそも、この部の設立者は俺だし、当初居た他4人のメンバーはこの部を設立する為にお金でやとった幽霊部員だった。

 設立三ヶ月目で部員が1名になったこのプログラム研究部は事ある毎に生徒会から目を付けられ、ついには部活動継続審査部なんていうものを設立させてしまった原因にもなった。


 しかも、審査の対象となる部活動は規則的には全部活動となっているが、プログラム研究部以外の部活動については年に1回の予算報告委員会で特に不正な予算の支出が無い限りは自動で継続承認がされる事になっている。

 当然、そんな反感を買うことは目に見えていたし、小さい頃からろくに友達も作らずにプログラムばかりしていた俺はエアコンの集中管理システムの切り替えの予算が立てれない学園に対して無償で集中管理システムを提供した。

 他の業者に依頼すれば数百万は掛かるであろう切り替えを0円でプログラム研究部の学生が1人で成し遂げたという話は教職員の中でかなり評価され、サーバの購入とプログラム研究部のみエアコンの集中管理から外すという特典を貰った。

 しかしながら、生徒会役員からはあまりよろしく思われていないらしく我が部のみ半年に1回の部活動成果報告を義務付けられている。

 この事に関して俺を評価していてくれていた教職員側も最初は不公平だと異を唱えていてくれたらしいが、我が学園の最高権力である生徒会を黙らせる事は出来なかったようで結局半年に一回学園生活が便利になるようなシステムを無償で提供し続けている。

 始めての成果報告では図書管理システムを提供し、2回目には学園ローカルネットを活用したメールシステムを提供した。

 各生徒1人1人にノートパソコンを提供するという最先端の教育環境の中、提出物に関してはプリントアウトして提出するというアナログっぷりだったので大変喜ばれた。

 そんな訳で進捗を尋ねられるメールが来たところで普段であれば驚きはしないのだが、差出人名を見て驚愕を隠せなかった。

 「──星影ほしかげ しずく……」

現生徒会長であり、学園長の孫であるという何ともまあどこぞのアニメでありそうな設定の彼女からの初めてのメールだった。

 生徒会長といえばその圧倒的な指揮力に加え、容姿端麗・成績優秀なお嬢様なのだがそれに加え誰からも好かれる存在でもあった。

 男子生徒からの支持もあるが女子生徒からの支持も圧倒的でこの学園で彼女を嫌う者など一人も居らず、それ故に規律正しい学園として今日(こんにち)も星影学園は存在しているのである。

 無論、色々と持て余す若い男子学生な俺もその例外ではなく生徒会長は憧れの存在であり、だからこそ生徒会部活動継続審査部なんて横暴な存在にも目を瞑っている所がある。

 別に怖いからとかじゃないぞ?本当だぞ?

 そんな、理想で憧れの存在からのメールに心を躍らせながらも中身を見ると、それまたビックリな内容だった。


「お話したい事があります。お手数ですが放課後生徒会長室までお越し下さい」


すぐさま了解した旨を返信し、俺は放課後までもやもやしながら過ごした。

 勘違いしていそうだから説明しておこう。

 俺が呼び出されたのは『生徒会室せいとかいしつ』ではなく『生徒会長室せいとかいちょうしつ』である。

 この星影学園には生徒会長専用の部屋が存在する。最初は生徒会長自身は他の生徒に示しがつかないから一般開放して別の部屋にしようという計画もあったそうだが、多忙な生徒会長には快適な仕事空間を提供すべきという生徒会役員の総意で現在の生徒会長室は存在する。

 だからといって、通常生徒会長が誰かを呼び出す場合に使用される部屋などではなく、通常の場合呼び出しを受けたとしても生徒会長室ではなく生徒会室なのだが。

 若さゆえの過ち的な展開を妄想しつつ深呼吸をして生徒会長室のドアをノックする。

 「プログラム研究部の神代です」

少し物音がした後、めったに生で声を聞くことのない生徒会長の「どうぞ」という声がしたあと、何とか緊張をごまかす為頬を叩き、気を引き締めて中へ入った。

 「ごめんなさい、用事があるのはこちらなのにお呼びたてしてしまって」

 おそらく、星影学園の全校生徒が一発ノックダウンするであろう天使のような笑顔が向けられる。

 いかん、いかんぞ俺。交渉の場においては男も女も関係ないのだ。冷静に。冷静に。

 「いえ。構いませんよ。中々生徒会長室に入る機会もないですからね、むしろ役得というものです」

 プログラム大好きで友達も居ない所謂ひきこもりな第三者印象とは異なり社交的な態度をとった俺に生徒会長も驚いているようだった。

 「あら、貴方に対する私の認識を少し改めないといけないようですね」

 「これは、生徒会長様が僕のような末端の存在を認識していてくれていたとは。全く光栄の極みですね。出来れば顔を合わせたときに他人以上友達未満程度の挨拶は交わせるような関係が望ましいですね」

 我ながらよくすらすら言葉が出てくるものだと感心するが、俺は人は一人で生きていけないことを知っており、その為に生きる為のスキルとして社交性を身につけていた。

 「何を言っているのですか。貴方も我が校の生徒。同じ学園の仲間ではないですか」

 「なるほど、確かに貴方は生徒会長に相応しいお人のようです。こんな僕を仲間だと言ってくれる人がよもや学園内に存在したとは。……さて、世間話はこれぐらいにして本題を伺いましょうか。メールの件名には成果の進捗状況とありましたが聡明な貴方がメールで済むような内容をこんな人気のない生徒会長室にわざわざ呼び出して尋ねるとは到底思えません」

 おそらく全教職員含めても学園内でトップレベルに忙しい彼女がメールで済む様な内容をわざわざそれも生徒会役員の居ないこの部屋に呼び出してまで尋ねるとは思えない。

 「……なるほど、聡明なのは貴方も同じすね。確かに進捗報告は実は貴方を呼び出す口実にすぎません。本題はメールでは話せない内容でしかも他の生徒にも聞かせるわけにはいかない内容でしたので、ご足労願いました」

 天使の笑顔の生徒会長から一変、学園を守る生徒会長の顔になった。

 その表情から俺はただ事ではないと感じ、とっさにポケットのボイスレコーダーに手を伸ばした。

 「すいません、貴方のそういう慎重な部分はこれからの話をするにあたり大変結構なのですが他の誰にもこの話を漏らすわけにはいきませんので右手のボイスレコーダーのスイッチを切ってもらってもよろしいですか?」

 驚いた。いつも不安や不穏な空気を感じたときに後で整理するための保険としてボイスレコーダーに状況を記録する癖がある俺は誰にも悟られずに今まで録音してきたのだが、この生徒会長はそんな俺の僅かな動きを察知していた。

 「……分かりました。いよいよ物騒な気配を感じて正直面倒くさいので逃げたい気持ちでいっぱいですが話を伺いましょう」

 彼女の動向に注目する。

俺が咄嗟にボイスレコーダーのスイッチを入れたのはこの異様な雰囲気に圧されたからである。

 そして今まで誰にも悟られた事のないボイスレコーダーの存在を見破る彼女に恐怖を感じる。

間違いなく彼女はとんでもない秘密を抱えている。

そして、今ならまだ引き返せるのではないか、何も知らない日常に戻った方がいいのではないかという自己意識と葛藤する。

 「……何か、ずいぶんと警戒させてしまったようですね?」

 「いえ、生徒会長室に入るのは初めてなもので、緊張してしまって……」

軽口を叩きながらも先ほどから感じるこの感覚が何なのかを考えていた。

ああ、そうか。


──殺気さっき


「……では、早速ですが私の為に死んで頂けますか?」

天使のような笑顔で突如取り出した拳銃のようなものを俺に向ける生徒会長。

 最期に不思議に思ったのは、天使のような笑顔の中に全く殺気がなかったことだった。

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