Shootingstar Memorys~流れ星の記憶~

べる・まーく

第1話 流れ星の記憶~プロローグ~

 もう何度も訪れている『星丘シュテルンヒューゲル』は、いつもと趣が異なっていた。


 山頂へ続く石階段の端には、発炎石が等間隔で置かれていて、頂上までの道のりを淡い緑色の炎が柔らかな光を灯して足元を照らす。


 空を彩るのは、いつも見ている目の覚める青空ではなく、月と星が散り嵌められた吸い込まれるような漆黒の夜空。


 まだ15歳の少年達が、こんな時間にこの場所を訪れるのは初めてだった。


 今日は100年に一度の特別な日、らしい。

 なにせ、テレビをつければその話題ばかり。どのチャンネルに回しても、似たり寄ったりの内容を馬鹿みたいに連日繰り返し放送している。


 ――――乙女座ユングフラウ流星群シュヌペンシュタット


 天体ファンのみならず、星に興味の無かった一般人の注目さえも集める話題の正体。それは、100年に一度の魔法を帯びた流星群の到来だ。


 同じ病院で産まれた幼馴染みの三人。天体好きの親同士が意気投合したことで星の名前をつけられた子供達。

 故に、三人が今世紀最大のビッグイベント魔法流星群にただならぬ興味を持つのも至極当然の流れと言えるだろう。


 成長した三人は星に興味を持った。

 星座にまつわる神話。星座を作る星一つにも名前があり、物語が存在する。知れば知るほど彼等は惹かれた。

 ――――空は物語であふれている。


 だから今回のようなまたと無い機会を逃す訳も無く、子供達は両親を必死に口説き落とした。三人の努力は実を結び、今夜、少年達は『星丘シュテルンヒューゲル』を訪れていた。


 二人の少年の先を行く少女。頂上まで続く石階段を、軽い足取りで鼻歌交じりに進む。長い黄色い髪をふわふわと弾ませながら、後ろ姿からでも少女がいつにも増して上機嫌なのが分かった。


「あ……いい事考えた♪」


 少女は急に立ち止まったかと思うと、悪戯な笑みを浮かべながら振り返る。


「ねぇ、二人とも『じゃんけん』しましょう?それじゃ、いくわよっ!じゃ~んけ~ん」


「――――わっ、わっ、ちょっと待ってよ、ステラちゃん!?」

「毎回毎回唐突に切り出して、唐突に始めるんじゃねーよっ!」


 相手の同意を得ずに、突発的に開始されたじゃんけん。


 それは不意打ちと言うよりも奇襲に近いものだったが、既に開幕の掛け声が始まり、少女の思いつきによって半ば強引に勝負が始まった。


 破天荒のステラと、ステラに振り回される二人の少年。彼等にとってその構図は絶対で、当たり前の日常だった。


「「「ぽん」」」


 グーとチョキとパーが場に出揃う。

 当然、本来であれば『あいこ』であり、常識的に考えれば勝負は次以降に持ち越される。

 そう、通常であればだ。


「「あ~いこで……?」」


 重なるのは少年達の声だけ。

 参戦してこない言いだしっぺの少女に、二人が怪訝な表情を向ける。なぜか、腰に手を当てたステラが自慢気にドヤ顔を披露していた。


「ふっふふ、私の勝ちよ。オリオンもシリウスも負け」


 ステラは、固く握り締めた拳を夜空へ掲げると勝利を宣言する。

 意味が分からず、固まる二人。


「何でだよ!?意味が分からねぇ!普通、これは『あいこ』だろうが!?」


「そうだよ、ステラちゃん。グーとチョキとパーが揃ったら『あいこ』だよ?」


 ステラは、タンポポのように明るい黄色の髪を掻き上げて、至極全うな異議申し立てを鼻で笑う。

 続いて、チッチッチッと口で韻を踏みながら、指を左右に振って見せる。


「グーこそが最強なのよ。この私、ステラ=エトワールの拳ははさみをも打ち砕き、壁をも突き破るから誰にも負けないっ!」


 ステラの言い分に、二人は唖然として言葉を失った。


「ましてや、オリオンとシリウスの出したチョキとパーなんて『星眺めの大岩』を前にした、ただのはさみと紙も同然。負ける要素が微塵も無いわっ!」


 ステラが例に出した『星眺めの大岩』とは、この街ミルキーウェイの名物とも言える標高200メートル程の星丘シュテルンヒューゲルの頂上に鎮座する巨大な岩だ。

 その名の示す通り『星眺めの大岩』からの眺望は遮蔽物が一切無く、360度パノラマに広がる雄大な星空を眺める事ができる。


「それじゃ、誰もお前に勝てねぇじゃないかよっ!?」


 右手をチョキにしたまま、オリオンが意義を唱える。


「でも……ステラちゃんが言うなら納得してしまう僕がいるんだけど」


 左手のパーを見詰めたまま、苦笑いを浮かべるシリウス。


 傲慢不敵な態度を崩さぬままステラは、片眉を上げる。そして、嬉しそうに表情を綻ばせながら少年達を睨みつけた。


「あなた達が私に勝てるはずが無いのは当たり前。それは、自然の摂理で森羅万象と同義の理不尽なのよっ!」


「自分で理不尽って言っちゃってじゃんかよっ!?」


 逆立つ赤色の短髪を掻きながら、突っ込みどころ満載のステラの台詞に突っ込むオリオン。


「理不尽であろうが、ステラの言葉は絶対なのよ」


 だが、ステラは強気の姿勢を崩さない。オリオンの異議申し立てをバッサリと切り捨てる。


「ふふっ、オリオン。ステラちゃんの理不尽は今日に始まった事じゃないよ」


「そうよ、オリオン=ハート。私の事を好きならば、こんな理不尽ごとき受け入れる度量を持った男になりなさい。そして、シリウス=ルリオンあなたもよ」


「いや、理不尽過ぎるだろっ!最強のグーとか作っちゃたらゲーム成立しねぇから!?って、シリウス!ステラの言葉に頷いてんじゃねぇ!そして、何でフルネーム呼びなんだよ!?」


「本当にオリオンは騒がしいわね。フルネームで呼んだのは、私がそういう気分だったからよ」


 柔らかな水色の髪を揺らして、二人のやりとりをクスクス笑いながら眺めるシリウス。


 オリオンとシリウスは、ステラに恋心を抱いている。

 それは、彼等の両親でさえ知っている周知の事実だ。


 まだ三人が5歳の頃、「二人とも私の事が好きなのね!?」と恋心を見抜かれた二人。その後、ステラの容赦無い尋問が始まった。誤魔化しきれるはずもなく、少年たちの初恋は他でもないステラの手によって白日の下に晒される。

 結果として二人はステラに告白を強要された挙げ句、見事に振られたのだが。


 それ以降、毎年告白させられるという奇妙な恒例行事が誕生した。

 当然、二人に拒否権は無い。


 今日こんにちに至るまで計10回の告白が行われ、その度振られ続けている。


「俺達二人がこんな跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘に惚れている時点で負けは確定しているんだけどな。あぁ……どうやら惚れる相手を間違えたかもしれないな、シリウス」


「そうだね。僕達は素敵な相手に恋をしているね、オリオン」


「……お前は俺の話を聞いていたか?」


「安心しなさいオリオン。例えどちらかが私のお婿さんになったとしても、私達三人の友情は未来永劫変わることは無いわ。この夜空に輝く星のように、ね。私はこの三人がいる日常が好きっ。だから、ずっと三人は一緒よ」


 そう笑って語る、少女の笑みに見とれてしまう。


 こんな笑顔を見せられては、勝てるはずがない。少女の優しい理不尽を許してしまう。


 きっと『じゃんけん』を申し出たのも、結局は二人にこの言葉を伝えたかったからだろう。

 二人はその事を口には出さず、我等がお姫様ステラに微笑み返した。


「ちなみにチョキとか出してたらどうなってたんだ?」


「勿論、全てを切り裂くわ」


「……お前には敵わねぇよ」


 三人は、『星眺めの大岩』へと辿り着く。

 苦労して大岩の急斜面を登っていくと、視界が開けた。360度、見渡す限りの星空が彼らを出迎える。


 まだ流星群の流れる兆しは見えない。岩肌へ腰を下ろして他愛も無い会話を交わしていると、その時――――シャララン、と楽器のウィンドチャイムのような音が聞こえた。

 金属音に似た、心地よく綺麗な音色が夜空から響く。


 黄金色の放物線が空を駆け、一筋の軌跡を描く。

 ステラが最初に声を上げた。


「見て、二人とも」


 魔法の世界の流れ星は優しい。

 流れる前に微かな鈴のような音色を鳴らしてから流れ落ちる事を知らせてくれる。


 それは、人々が自分達を見逃さないようにとの配慮なのか。

 それとも、自分達を見てとの自己主張なのかまでは分からない。


 三日月が照らす柔らかな闇の中を、箒星達が喜々として一つ、また一つとその数を増やして駆け抜ける。


「――――約束、しましょう」


 二人に届いたゆっくりとしたステラの声。


 100年に一度の『奇跡』から視線を外して、親友達に呼びかけるステラ。煌めく双眸を真っ直ぐオリオンとシリウスへと向ける。


 ステラは、今この時を心に刻むように一度だけ瞬きをした。

 瞼をゆっくり開けると、色白の細い右手の小指をピンと立てて二人へ伸ばす。


「空に浮かぶオリオン座の三ツ星のように、永久とわに変わらぬ三人の友情を誓いましょう。この星空を彩る流れ星に約束するの。ずっと、一緒にいるって」


 夜空に浮かぶオリオン座。

 中心に仲良く並ぶ三つの星。

 三ツ星とも呼ばれる星達を自分達に例えてステラは語る。


 いつもと違い彼女が大人びて見えた。

 ステラは口角を僅かに上げて、優しい笑みを形作る。


 この場で言葉を発するのは無粋に思えた。


 オリオンもシリウスもステラの言葉に黙って頷く。彼女の立てた小指に自分の小指を絡ませていく。

 そして、声を出すこと無く上下に揺すり、息の合ったタイミングで指切った。


「「「流れ星に誓って」」」


 三人の囁くような音量の声がハモると、笑った。

 それぞれ少しだけ高さの違う流れ星の音色。三人は流れる絶え間なく響く星のオーケストラに耳を澄まし、流星の描く軌跡を瞳に焼き付けていく。


 千の流れ星が降る夜に交された『誓い』。

 忘れる事の無い『流れ星の記憶』として、三人の心に刻まれた思い出の日。


 三人は今日という特別な日を記憶するために、優しい音色と光の雨が止むまで夜空を見つめ続けた。


 それからたった半年後――――交わした誓いは破られる。

 一人の少年の『死』によって。

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