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 チケット売り場は長蛇の列だった。近くのまったく関係のない階段にまで伸びていて、おれたちはそこまでのぼるはめになった。どうやら新オープンの遊園地を甘く見ていたらしい。開演してまだ三十分も経っていないはずなのに、このありさまだ。

 頭上近くにはジェットコースターのレールがあって、そこをコースターが迫力のある走りを見せていく。通り過ぎる瞬間に、走行音と一緒に女性の悲鳴も混ざってきて、愉快な様子が伝わってくる。

「わたしたちはチケットを持っているのに、どうして並ばなくちゃいけないの」風見が言った。

「このチケットをバンドに交換してもらうんだよ。園内でアトラクションに乗るためのものだ」

 列にいらいらしたのか、風見がその場でぐるぐる回りはじめた。意味不明の極みだった。なだめるように、桐谷がとってきたパンフレットを見せる。園内のアトラクションや地図が載っていた。

 この遊園地はいくつかのエリアにわかれている。『世界一周を一日で』というキャッチコピーのもと、アメリカ、アジア、ヨーロッパ、北欧、アフリカ、南米の六つのエリアがあり、それぞれの地域の雰囲気にそったアトラクションが設置されている。

入口すぐに待ち構えているのは、アジアエリアだ。日本があるアジアから、世界に旅立っていくという構図を取っているのだろう。中華風のメリーゴーラウンドが特徴的で、風見もパンフレットのなかですぐにこれを見つけた。一番に乗ると言いだしてきかなかった。

「バンジージャンプはいいのか」おれが訊いた。

「お楽しみは最後でいいのよ。大丈夫、凪野くんのことはわたしがしっかりと抱えていてあげるから」

「ひとりずつに決まってんだろ」

 園内に細長い塔が建っていて、そこからひとが飛び降りているのが見えた。もちろんヒモがつけられていて、伸びきったゴムが反動でひとを再び上に押しあげている。観覧車をのぞけば二番目に高いアトラクションだ。

 到着してから三十分。ようやくチケットをバンドに交換し、入場することができた。



 風見がスキップでかけていく。相変わらず、スキップとわからないほど下手だった。しかも笑わずに無表情でするものだから、不気味に拍車がかかった。

「とても楽しいわ」

「まだ何も乗ってない」

 遊園地にいけば、その日の締めに乗るようなメリーゴーラウンドでさえ、列ができていた。チケットで並んだかと思えばまだ列だ。『十分待ち』という看板を、パンダの着ぐるみの係員が持っている。

 よく見ると、園内の係員は全員、何かの着ぐるみをきていて、素顔が見えないようになっていた。

 順番になって、メリーゴーラウンドに乗った。さまざまな種類の馬が待ち構えていた。王冠をかぶっているもの。首輪などの装飾品をつけたもの。馬車をひきずっているもの。おれが乗った馬は、まわりながら上下するものだった。

「とても楽しいわ」

「なんで後ろにいるんだよ! 怖いわ」

 乗られたことにまったく気づかなかった。馬がぎしぎしと、二人分の重さに悲鳴をあげていた。桐谷が持ってきていたデジカメで、おれたちを撮った。調子にのった風見が、馬の上に立ちあがり、両腕を広げて、

「わたし、飛んでるわ。ジャック」

「はしゃぎすぎだろ!」

 タイタニックのネタだと一瞬わからなかった。おたまとフライパンでひとを起こす発想といい、こいつの頭にはところどころに昭和が染みついている節がある。

 降りた風見はそのあと、パンダの着ぐるみにたっぷりと怒られた。なぜかおれまで飛び火だった。

 荒田と桐谷はパンフレットを眺めていた。次のアトラクションを決めているみたいだ。

「バンジージャンプは南米エリアにあるよ。これを最後に持っていきたいなら、ぐるっと回るようにアメリカエリアからいってみようか」

 地図でしめしながら、荒田が提案してくる。風見は対して説明も聞かずに飛びだしていこうとしていた。

 荒田の提案通り、アメリカエリアを進むことになった。ほかのエリアに比べると、絶叫系のアトラクションの多いエリアだ。いくつかのアトラクションに寄り道しながら、アメリカを目指す。

 ひとはやはり多く、広い道であるにもかかわらず、少し窮屈だった。だが風見がスキップで道を切り開いていく。迷惑をかけているという部分を無視すれば、風見のスキップは下手なぶんおおぶりで、スペースを確保するにはもってこいだった。

 途中で何体かの着ぐるみとすれ違う。ピエロの衣装を着ているものもいて、大道芸でひとを集めていた。露店もたち並び、賑やかになる。近づくにつれて、アトラクションを楽しむ悲鳴が鮮明に聞こえてきて、エリアが変わりはじめているのがわかった。

「凪野くんは、絶叫系は苦手じゃないのかい?」荒田が聞いてきた。

「おれはお前がそうじゃないかと期待してるが」

「なんだ残念。お互いの悲鳴は聞けなさそうだ」

 そこにふと、桐谷が割り込んでくる。

 妙に真剣な顔つきだった。

「いきなり、こんなところで言うのもなんだけど」

 おれと荒田は聞く態度をとる。

「この前、夜子の科学のテストを見たでしょう?」

「見事な百点だった」荒田が応える。

 桐谷は静かにうなずいたあと、

「あのあとね、ほかのテストの結果も見せてもらったのよ。そしたら不審な点が」

「不審な点?」

「夜子がやったと断言するわけじゃないけど、科学のテストだけ、筆跡が夜子のものと違っていたわ」

 偶然じゃないのか? そう聞こうとしていたが、桐谷の顔を見てやめた。彼女が長く、その事実を隠していたことを悟ったからだ。偶然かどうかの検証くらい、とっくにやっていたはずだ。それでもやはり、筆跡が違うという結果がでた。

「誰かが代筆をしたってことかい? 風見さんがそんなことを頼むとも思えないけど」荒田が訊く。桐谷はわからないと首を振る。

 どういうことだろう。もしかしたら風見は知っているのかもしれない。問いただしたかった。そう思っていると、とつぜん、前の風見がスキップをやめた。

 もしかして、いまの会話を聞かれていたのか。

 警戒しながらおれたちは、そうっと風見に近づく。

「……あれ」

 風見が道の先を指さす。そこにあるのは人混みだけだ。アメリカエリアが広がっていて、たくさんの絶叫アトラクションが顔をそろえている。男の子が買ったポップコーンを落として泣いていた。そのことを指しているのかと思った。

 風見がぼそぼそと何かを言った。耳を近づけて、その言葉を拾う。

「あそこの男性。下半身がない」

「は?」

 目を向けようとすると、風見が指を移動させる。さっきまで指していた場所にはなにもない。散らかったポップコーンがあるだけだ。下半身のない男性。いったいどういう意味なのだ。

「むこうには三人。男女と、女の子。家族みたい。倒れてる。みんな、ひどい……」

 しゃべるたびに、風見が指を移動させていく。あそこ、あそこ、あそこ、と次々とさしていく。おれは追いつけない。その動作に表情。そこでようやく、まさかと思う。荒田も桐谷も気づいたようだった。

「未来の死体があるのか?!」

 おれが訊くが、風見は答えなかった。ぼうぜんとして、先を見たままだ。戸惑っているのがわかった。

「あっちには女性の二人組。やけど? 打撲? わからない、とにかく、血で真っ赤」

 風見は指を移動し続ける。その動作がとまることはない。とまらなすぎる。それが恐ろしく、全身に鳥肌がたつ。

 そこにある未来の死体は、ひとりだけではない。

 彼女に目にだけうつる光景。それを共有できないもどかしさを、いつも少しだけ感じていた。だけどいま、残酷な言い方をするならこの瞬間だけは、自分にその力がなくてよかったという思いがある。

 風見の視えている景色が、もしもおれに視えていたら。

 いま説明した言葉が本当なら、そこにはおびただしい数の死体があるのだ。

「た、助けなきゃ……」かすれた声で風見が言った。

 その瞬間だった。

 ものすごい爆発音が、先で聞こえてきた。振動で地面が揺れる。衝撃で桐谷が倒れそうになり、それを荒田が支えた。

 おれはあたりを見回す。

 そして見つけた。

 アトラクションのひとつ、ジェットコースターのほうからの爆発で、目を向けると同時、レールが外れたのがまさに見えた。


 誰かの悲鳴があがった。

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