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 風見夜子の死体見聞がはじまる。ちなみに授業開始まで三十分を切っていた。

「昇降口に対して足を向けて倒れている。あおむき」

「顔に見覚えは?」

「ない。右目のあたりがえぐれている。けど、それでも凪野くんよりはイケメン」

「貴重な情報をどうも」

 そばを一般生徒が通っていく。校門から昇降口へとまっすぐ続く道。その真ん中で男女が立ちどまって何かをしていれば、嫌でも目をひく。それどころか、風見夜子にはこの学校では不名誉なネームバリューまで持っている。昔ほどではないにしても、顔を見てすぐに名前がわかる程度には、そのあだ名が浸透している。

 死神だ、と通り過ぎていく生徒のひとりが、並んで歩いていた友人につぶやくのが聞こえた。

 未来の死体が視えた風見は、必ずひとが死ぬ現場に居合わせた。その由来から、死神とあだ名がつけられた。奇しくもそれは、宿敵である死の商人と同じ名前である。

 当の本人はまわりのひそひそ声や足音を気にもとめない。おれたちには視えない未来の死体を、その場で見聞し続ける。かがみこんで、クモのように這った体勢だ。地面に鼻先がつきそうだった。

 通路の真ん中なので、日差しをさえぎるものがなく、ずっと立っていると暑さを感じた。

「髪や制服がぬれている。あとは、手になにか、布のようなものを握ってるわ」

「それだけか」

「全身に焼け焦げたようなあともある」

「……日焼けでもしたのかな?」

 風見は死体のまわりをクモスタイルで這ってうろつく。彼女がその一か所をよけて周ることで、おれにも想像の死体が見えたような気がした。

今回は右目のあたりがえぐれ、全身が焼けた、未来の死体。

「いや、ちょっと待て。さっき髪や制服が濡れているといったじゃないか」

 水と火など、反対の存在だ。

「そうよ。でも事実」

 何が起こり、この男子生徒に死が訪れたのか。いまのところは想像のしようもない。

 風見はタイムリミットが一週間近くはあるといった。これまでの経験から、まずおれたちがすることは、

「被害者の特定。この学校の生徒であることには違いないんだから、あとは同じ顔の男子を探すだけね、簡単」

「一年から三年まで、あわせても二百人近くはいるぞ。もっと簡単にはしたくないか?」

 校舎の壁にかかっている時計を見ると、授業開始まで十分を切っていた。そして各場所の窓から、生徒たちが何事かと顔をのぞかせている。彼ら彼女らにはどんな風におれたちが見えているのだろう。

「左のほおに、ほくろが二つ。こういうの、特徴というんじゃない?」

「もっとなにかないか」

「茶髪で、聡明そうな顔をしている。頭もいいのかな。いまは白目向いてるけど」

「白目の男子を探すか?」

 そろそろ時間だなと思ったとき、昇降口からこちらに向かってくる女子生徒がいた。

 長い金髪に、ぴっしりと、全身に一本の芯が通っているかのような歩き方。温厚そうな目つきではあるが、ひとたび睨めば、相手を屈服させ、服従させてしまいそうだ。

 桐谷知咲。

 学校にいる数少ない、風見の友人だ。おれが軽く手をふると、桐谷はため息をついた。

「なにしてるのよ。そこの変な二人」

 風見が女子に気づき、ようやくクモ体勢をとく。立ちあがった拍子によろけた。血がめぐったのだろう。暑さもあるかもしれない。

「死体の相手を特定したいが、誰かわからない」おれが言う。

「人相を教えて」

 桐谷知咲は、学校全体に情報網をはりめぐらせている。生徒会長をめざしていて、そのためには学校を把握していなくてはいけないと考えているのだろう。顔の広さを逆手にとって噂を流すのも彼女は得意だ。かつてはそれで風見を貶めていたこともあったが、風見に命を助けられて以降、こうして協力してくれる立場になっていた。

特徴を伝えれば彼女のつてで探してくれるかもしれない。

 風見は桐谷に説明していく。桐谷がそれに、一つひとつうなずいていく。

授業開始のチャイムがなるまで、五分を切っていた。まわりを通り過ぎる生徒はもう誰もいない。校舎内から生徒たちの雑談の声が聞こえる。桐谷も時間以内に教室に戻れるか、気にしているようだった。

「私は生徒会長を目指しているの。授業に遅刻するような、不真面目な態度でいられない」

「ならここは一度解散しておくか?」おれが言うと、桐谷が挑戦的な目で笑いかけてきた。

「あと五分で、被害者を当ててあげるといっているのよ」

 桐谷は続きを風見にうながす。風見は男子の特徴をしゃべっていく。桐谷は目を閉じて集中している。頭のなかにある、全校生徒のデータと照合しているかのようだった。

「もしも知咲がわからなかったら、わたしがこの男子に変装するというのはどう? 男子の死の危険をわたしが肩代わりするの。運命をだますのよ」

「かっこいいこと言ってるが、無理があるだろう」

「平気よ。わたしに似てきれいな顔の男子だし、わたしが髪を切れば、それらしくなる」

「さりげなく自分を美化するな」

「そこの二人うるさい」と、桐谷に注意される。おれはもちろん、さすがの風見も大人しく従い、彼女に集中させることにした。

 時間が過ぎていく。桐谷は目をつぶったまま。

そして残り二分、短針がほぼ真上を指したころだった。彼女がようやく目を開ける。

「わかった。C組にいる荒田くんだ。昼休みに会えるように手はずを整えてあげる。中庭のベンチで集合。それじゃあね」

 一言でまとめて、そのまま走り去っていった。桐谷の姿があっという間に昇降口へと消えていく。鮮やかだった。

茫然としたおれたちの前で、チャイムが鳴った。

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