米の村オリュゾン

 一夜明け、朝ご飯を済ませたカケル達は、馬車での移動を開始していた。


「オリュゾンまでは後どのくらいだ?」

「二半時ってところかな」

「割と遠いな」

「まぁね」


 その後は特に問題なく進み、太陽が頂点に昇りきる前にはオリュゾンに到着した。


 入り口から見れば右側に住宅が幾つも建てられ、左側には青々とした稲が生えている田んぼが見える。夏だからか畦の草刈り、雑草や害虫の防除をしている人もちらほらといる。


「作業中か」

「まあ気にしないけどね。行くのは農業ギルドの方だから」


 馬車をオリュゾンの入り口に程近い宿へ持っていき、預ける。


「馬車はそのままで大丈夫なのか?」

「乗ってわかったと思うけど、この馬車には荷物を一切載せてないんだよ。まあ、そうじゃなくても村の人達を信頼してるから」

「ふぅん。じゃあ、ここで商品を仕入れるって事か?」

「それもあるけど、フェイは特別な力で荷物を持ち運びできるからね。よっぽど大きくて重い荷物じゃない限りはそれで運ぶんだよ」

「アイテムボックスか?」

「そういう個人情報に関する質問には答えられないよ。カケルっち達は頼れると思ってるけど、完全に信じてるかって言ったらそうじゃないからね」

「ハッキリ言うんだな。ちょっと落ち込むぞ」

「ふふふ。いつか話す時が来るかもね」

「その時が来るように努力するよ」


 馬車を預け、田園風景を横目に徒歩で農業ギルドへ向かっていく。


 その途中であることに気付くカケル。


「オリュゾンってコニーリョ・ヒューマンしかいないのか?」


 カケル達の目に入る作業をする人達は、その全てがコニーリョ・ヒューマンだった。


「そうだよ。カケルっちの言う通り、ここは兎人の村。だからこそ、お米が作られている」

「もうちょっと踏み込んで説明してくれ」

「兎人のほぼ全員に共通することなんだけどね。単純にお米が好きなんだよ」

「もしかして、麦とかも好きなのか?」

「お、正解。兎人は穀物が大好物。特に、お米に関しては自分達で納得のいくものを作り出す程こだわってるんだよ」

「なるほど、それが世界全体で見ても最高品質になって高級米になったわけか」

「そういうこと」


 カケル達の元の世界でもウサギは穀物が大好物だ。ただ、今の世界と元の世界で違うのは、ウサギか兎人かということだ。従って、元の世界では余り食べさせない方がいいと言われている穀物が、兎人であるが故に食べ放題。勿論、腸内の微生物に優しくないというわけじゃない。あくまで人のため、体内環境も普通の人間に近いかほぼ同じなのだろう。


「ちなみに、ここオリュゾンはセトちゃんの出身地でもあるよ」

「そうだったのか」

「兎人は基本ここにいるよ。結構な数がね」

「具体的には?」

「農村であるにもかかわらず、人口はおよそ三千人」

「多いな……」


 村の人口というのは通常数十人から数百人程で、おもな産業は農業だ。中世ヨーロッパの村は、殆どが農民であり、農民身分が五段階に分かれている。自由民、準自由民、農奴、小屋住農、奴隷の五つだ。フルール皇国の農民は基本的に自由民となる。


 自由民は農民身分の中で最上位。自分の土地を持ち、また移住や職業選択も自由にできる農民。中には、広大な土地を持つ豪農もいる。セトが故郷を離れ、カンビオの地で受付嬢ができているのも自由民という身分だからだ。


 フェレイラから色々な話を聞きながら歩くカケル達。その時、五人に向かってくる小さな影達。


「えいゆうさまだぁ!」

「えいゆうさま!」

「すごーい! セトちゃんじゃないえいゆうさま!」


 五人というより、カケルが子供達に囲まれてしまう。


「な、何だぁっ!?」


 元の世界でのカケルは、子供達に怖がられこそすれ、群がられる事は皆無だった。そのため、この現状に困惑してしまうのだ。子供達の扱いは全く慣れていない。


「カケル人気者ね」

「可愛いなぁ子供達」

「見てないで助けてくんない!?」

「襲われてる訳じゃないんだから、その言葉は不適切ね」

「そうだよカケルくん。子供達に失礼だよ?」


 子供に群がられ、英雄様と呼ばれるこの状況。まるっきり、近所の子供に俺凄いぜアピールをした結果、尊敬される痛い男子高校生だ。


「えいゆうさま! わたしとあそぼー!」

「ぼくとだよね! えいゆうさま!」

「セトちゃんじゃないえいゆうさま! おはなしきかせて!」

「俺は英雄なんかじゃないから!」

「「「うそだー! えいゆうさまだよー!」」」

「ちっがーう!!」


 訳のわからないこの状況に絶叫するしかないカケル。


「カケル。アタシ達先に行ってるわね」

「また後でね。カケルくん」

「んじゃ、後でな。カケル」

「カケルっち。農業ギルドは村の中心にあるからね」

「おい待て! この状況で俺一人置いてく気かお前ら!」

「「「「頑張れー」」」」

「ニヤケ顔で去るなぁっ!!」

「「「えいゆうさまー!!」」」




 面白半分でカケルを置いて行き、先に農業ギルドへ到着した夕姫達。


 目の前にはノスタルジックな和風木造建築のギルドがあった。外観的には旧国鉄の某駅舎。入り口の上には、この世界の文字で“農業ギルド”と書かれている。


 フェレイラがスライド式の木戸を開き、中に入る。夕姫達もそれに続いて中に入ると、中々に和風な趣のある空間が広がっていた。


 至る所に木材が使われており、受付の窓口や木のベンチ等、レトロな雰囲気のある内装だった。


 夕姫達が左を見ると、依頼掲示板というものがあり、何枚か依頼が掲示されていた。


「見に行く?」

「行こうよ。どんな依頼があるか気になるし」

「だな。良い依頼があったら受けてみようぜ」

「それじゃあ、フェイは受付に行くから、受ける依頼を決めるといいよ。けど、場合によっては受けられないかもしれないから気を付けてね?」


 そう言い残してフェレイラが一人で受付まで歩いて行く。夕姫達は依頼掲示板の前まで行き、どんな依頼があるかを見る。


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雑用依頼  ランクF

期間:一ヶ月

内容:畦道の除草作業。

報酬:米 5kg

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雑用依頼  ランクF

期間:一週間

内容:害虫駆除。

報酬:米 5kg

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雑用依頼  ランクF

期間:二週間

内容:水稲の中干し管理。

報酬:米 10kg

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「見事に農作業の手伝い依頼ばかりね」

「しかも今日一日じゃ終わらないね」

「こりゃ、オリュゾンでの依頼は受注できねぇな」

「そうね。さすがにワンシーズン丸々ここに居続ける訳にもいかないし。残念だけど、冒険者としての任は果たせないわね」


 肩を竦めながらそう言う夕姫。依頼が無いと諦め、フェレイラの元へと向かう三人。


「では、明朝までに用意します。代金はその時にお願いします」

「はいはーい」


 丁度用事が済んだのか、フェレイラは一枚の紙を受け取り、振り返った。


「良い依頼あったかな?」

「ないわ。期間的に無理だった」

「ありゃ。それは残念だったね」

「えぇホントに。で、用は済んだ?」

「うん。お米の仕入れは出来たよ。明日の朝に受け取ることになったから、今日一日はのんびり過ごしなよ。自然豊かでいい所だよ。オリュゾンは」

「そうね。じゃあ、そうさせて貰うわ」


 その言葉を最後に夕姫達四人はギルドから出る。結局、放置したカケルは最後までギルドに現れなかったため、迎えに行くことにした。


 カケルと別れた場所まで戻ると、そこには子供達とじゃれ合うカケルの姿があった。


「かけるー! こっちもたかいたかーい!」

「わかったよ。ほーら、これでどうだー!」

「わぁー! たかーい!!」

「次はこうだ!」

「ぐるぐるー! あはは、たのしー!」

「楽しそうねぇカケル」


 楽しんでるところ悪いけど的な空気をまといながら、夕姫がカケルに話し掛ける。カケルは夕姫達に気付き、子供を降ろす。「もういっかーい」と駄々を捏ねられたが、子供に謝って四人に歩み寄ってくる。


「用は済んだのか?」

「えぇ。出発は明日だって。特に目ぼしい依頼も無かったから、今日一日のんびり過ごす事にしたわ」

「そうか。じゃあ宿の確保しないとな」

「そうね。行きましょうか」

「ちょっと待って」


 宿の確保に動き出そうとしたカケル達を止めるフェレイラ。


 ギルドで仕入れの処理をした時、一緒に宿の確保もしたらしい。農業ギルドには宿泊施設も備わっており、誰でも泊まれるようになっているそうだ。部屋は既に取ってるため、フェレイラと自分の名前を言えば、部屋を使えるということだ。


「悪いな。そこまでして貰って」

「問題ないよ。フェイの依頼を受けてもらってる訳だからね。宿代もフェイが払っておいたから特にやることはないよ」

「ありがとな」

「どういたしまして」


 その後は、全員でカケルが仲良くなった子供達と遊ぶ。そんな平和な時間が過ぎていく中、それは突然だった。


「スタンピードだぁああああああああっ!!!」

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