第6話 学校で……

「行ってきます」

 私はそう言って玄関から外に出る。後ろの方でおばさんがいってらっしゃいと言うのが聞こえた。

「おはよう、ゆっ悠輝」

「うん、おはよ」

 ドアの前では、悠輝が待っていた。私の顔でスカートを履いていて赤いランドセルを担いだ姿は、何だか変な感じがする。

「どうしたの? 変な顔して」

「ううん何でもない。行こ」

 そう言ってエレベーターの方まで歩き出すと、悠輝が後ろから追いかけてくる。

 変と言えば、自分が悠輝の黒いランドセルを担いでいるのも中々変な気分だ。

 下まで降りて、マンションを出る。今度は、二人並んで学校まで歩き出した。

「そういえば、お兄ちゃ……和兄は?」

 朝はいつも一緒に出ていた。そのはずが今日はいないということに今気づいた。

「お兄ちゃんなら、先に行ったよ。今日は日直なんだって」

「ふーん」

 自分で聞いておいて何だが、割とどうでも良かった。一緒に出ても小学校と中学校は家からそれぞれ反対方向にあるので、マンションの入り口で結局分かれるのだ。

「久しぶりの学校だけど、大丈夫?」

「うーん……」

 夏休みまで、一週間ちょっと。右腕も動かせない訳じゃないが完治していないので、一応まだ固定している。利き手が使えないので、多分ノートも取れないだろう。夏休みまでは自宅療養でもいいのでは、とも言われたのだが。

「まあ、久しぶりに学校行きたいしね」

 だって、悠輝が今どんな風に過ごしてるか気になるし。少しでも目を離したくないし……出来れば学校でも理由をつけて二人きりで……。

「そうだよね。話したり出来なくても友達の顔見たり出来るだけでも安心するしね」

 うーん、悠輝には伝わってない。いや、伝わったら伝わったで恥ずかしいけど……。

「柚葉ちゃんと御坂君おはよう」

 二人で話していると背後から、聞き慣れた声がした。振り返ると、そこには薫子が立っていた。いつの間に後ろに……今の会話聞かれてた?

「おはよう、薫子」

「一ノ瀬さんおはよう。いつからそこに?」

「うん? 後ろに来てすぐ声かけたけど……柚葉ちゃんの背中押そうか少し悩んじゃった」

 それなら、多分聞かれてないな。うむ。

「でも、入院するとそんなに学校行きたくなるの? 私は朝起きるの辛いし、出来ればもっと休みたい」

 いや、全然聞いてた。まあ、聞かれてまずいことは言ってなかったみたいだけど。別に入れ替わりがばれることはないと思うが、薫子は変に勘が鋭いから色々と勘違いしてしまう危険があった。

「お休みならともかく、入院してると暇だよ。友達とかと話せるし学校に行く方がずっと良いよ。めんどくさいのも分かるけど」

「そっかー」

「薫子だって、ずっとファンアニショップ行けなくなったら嫌でしょ?」

「それは困る! 一ヶ月に一回は行かないと……」

 私が心配している間に悠輝と薫子が楽しそうに話している。見た目は、私と薫子なんだけど、中身が片方悠輝だって知ってる身としては、こう……心にくるというか。

「柚葉、のんびり話してると遅れちゃうよ。一ノ瀬さんも」

「あ、うん」

 なので、二人の会話を止めて学校に向かう。しかし、歩きながらも薫子と悠輝はおしゃべりを続けていた。うーむ。




「よう御坂。久しぶり」

「うん」

「お、やっと学校来たのか」

「……うん」

「もう夏休み前は来ないと思ったぜ」

「そうか……」

「俺は、もう起きないと思ったぜ」

「………………おい」

 休み時間になるとクラスの男子達が声を掛けてくる。朝は、職員室に寄っていたので、時間がなく、軽く声を掛けられるくらいだったのだが、休み時間になるとこれである。というか、最後の奴ふざけんな。

 しかし、困った。悠輝の方をチェックしておきたいのに……。悠輝もさっきからチラチラこっちに視線を寄越すが、それだけで来てはくれない。

「入院中どうだった?」

「……暇だった」

 というか、こういう時ばかり話しかけてくる奴何なの? 何人か悠輝と仲良かったわけじゃないやついるだろ。

「はい、皆さん席について。授業はじめるよー」

 先生が戻ってきて、ようやくく周りの男子達が散っていく。もう勘弁して欲しい。




「はぁー」

 壁に寄りかかり、溜息を吐く。今は昼休みで、遠くから騒ぐ声が聞こえてくる。ここは特別教室がある辺りで、休み時間はほとんど誰も寄りつかない。声を掛けてくる奴から逃げるのには丁度良い場所だ。

「今頃、悠輝は……」

 どこかで薫子達と一緒にいるのだろうか。うー悠輝が女の子と休み時間を……。面白くない。

「呼んだ?」

「へっ……うわ!?」

「わぁっ!?」

 いきなり横に現れた悠輝を見てびっくりする。悠輝も私の声に驚いたのか、声を上げた。

「悠輝、どうして……」

「いやー気にしてるのばれてたみたいで、みんなが行ってこいって」

 ああ、確かにみんななら言いそう。多分ひゅーひゅーとか言って送り出したのだろう。

「何か来るときにひゅーひゅーとか言われたよ」

 予想通りだった。ていうか、ひゅーひゅーってしたところの悠輝がちょっと可愛くてドキッとする。

「それよりも戻ってるよ」

「ん?」

「呼び方。いくら他に人が居ないからって、駄目だよ。誰が聞いてるか分からないんだから」

「あ、ごめん……」

 確かにさっきから悠輝と呼んでしまっていた。気をつけないと。

「分かれば良い。……それで、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。疲れた……」

 そう言って悠輝にくっついて体重を乗せる。

「ちょちょっゆずっ悠輝! 誰かに見られたら……」

 悠輝が顔を真っ赤にして離れようとする。しかし、こっちの怪我を気にしてか、あまり力を入れないので、まったく離れる気がしない。

 単純に疲れたから、寄りかからせて貰っただけなのだが、悠輝が照れてて可愛いいし、もっとくっつこう。

「大丈夫だって、誰も見てないし」

「ちょっと、抱きつかないでよ……いくら周りに人が居ないからって学校で…………あっ」

「うん?」

 さっきまで顔を赤くしながら藻掻いていた悠輝が急に表情を驚愕に変えて固まる。

 気になって悠輝の見ている方を見てみると……。

「わ、私何も見てないよ」

 ちょっと顔を赤くしながら、両手で目を覆いつつ手の隙間からこっちを覗く薫子がいた。見ちゃいけないものを見てしまったという反応だ。

「あ、あの……薫子っ、これは、その違っ」

 悠輝が顔を青くしながら、何とか誤魔化そうとする。しかし、パニックになっているのか上手く喋れていない。

「えっと、……ごゆっくりっ!」

 薫子が凄い勢いで走り去っていく。あんなに素早い薫子を見たのは初めてかも知れない。

「ちよっと待って! ねえ、薫子ってば!」

 私の手から、抜け出した悠輝が慌てて薫子を追いかけていく。

「……このまま勘違いが広まってくれたらいいな」

 そんな悠輝に対し、一人残された私はにやにやが止まらなかった。端からみれば、いちゃいちゃしているように見えるというのが、凄く嬉しかったのだ。



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