やみよのもの 妖怪鬼譚

ゆーやん

山姥編

プロローグ

「南無阿弥陀仏……」


蝋燭の火に照らされた室内からお経を読む声が聞こえてくる。

坊主がお経を読むのはおかしな事ではない、しかし室内の様子は異様というべき他になかった。

部屋には首に縄を巻かれた少女が床に転がっていた。少女だけではない、子供や年寄り、皆首に縄を結ばれている。そんな状況にあっても坊主はお経を読み続け……


「さあ、お待たせしたねお嬢さん」


坊主がくるりと振り返り少女を見る。少女の瞳は恐怖に濡れていた、たとえ自分を殺そうとする相手が居たとしてもここまで怯える事はなかっただろう。そう、相手が人間なら………


「さて今一度返事を聞こうか、もっとも今更答えても遅いがね」


そうして坊主は数珠を握り締める。それは数珠と呼ぶにはあまりにも大きく珠一つにしても人間の拳程あった、あまりに不格好な、その数珠が大きいわけを少女はすぐに知ることになる。

坊主の体がゆっくりと大きくなっていく、みるみる内に少女をはるかに見下ろす大男、はるか上からぎょろりと覗く一つ目、手の大きさは少女の頭ほどあろうか。暗闇に浮かぶ異形の者まさしくその姿は


「ば、化物……」


かすれる声で出した少女の声はすぐに闇の中に消えていった。坊主・・・かつて坊主だった妖怪は少女の着物をつかみ、軽々と持ち上げる。着物は音を立てちぎれていき、まだ膨らんでいない乳房がこぼれる。そして少女を見て坊主は、唇に笑みを浮かばせて今日二度目の問いかけをした


「首をつらんかああああああ!」


そう言って坊主は着物を握る力を強くしていく、軽々と持ち上げられた少女は恐怖に耐えられず気絶していた、気絶した少女を見て坊主は首に巻きつけていた縄を掴んでいく、そして一気に……


「いたいけな少女に乱暴……っと、とんだ生臭坊主がいたもんだな」


蝋燭に照らされた障子のそばに浮かぶひとつの影。腕を組み、坊主の様子を眺めていた。


「村人五人とそこの少女の誘拐、及び殺人の容疑で貴様を逮捕する」


「き、貴様は誰だ!警察の者か!」


「ん、俺かい?俺は今日帝都から……」


言い終わる前に坊主の握っていた数珠が振り下ろされる。その速度と質量は人間一人を潰す事など造作もないだろう。床と障子は砕け散り、辺りにホコリが舞う。


「たかだか警察ごときがわしの邪魔をするなど片腹痛いわ。儀式の邪魔をした事、死して償うがいい……」


「おいおい、いきなり手を出すとは酷いな。まあ、こんな事をしてるやつに常識は通用しないか」


坊主の目が見開かれる、無傷で自分の背後に立っていた男の声だけではない、男がその手に抱いてる少女の姿を見たからだ。そして障子の向こうからまた一人の声が聞こえてくる


「青坊主……女性の前に現れ「首を吊らんか」と誘いかける。何も言わずに無視していると、青無理矢理女性を気絶させ、本当に首吊りにしてしまう、妖怪 」


障子の隙間から黒く美しい髪が覗く、場違いな程に落ち着いた女の声……白い着物を着た、まだ幼さの残る少女の姿が闇夜に浮かび上がる。


「俺は死んだ者の為にお経を上げてやる坊主が嫌いじゃないんでな。できれば手荒な事はしたくなかったんだが」


そう言って男が一歩前に出る。腰に下げた細身の剣……西洋のレイピアと呼ばれる剣を坊主に向ける。その刀身は闇夜のように黒く、不気味な光を放っていた。

坊主は驚き凍りついていた。人間など自分にとっては驚異になりえない存在、狩るために存在していると言ってもいい。では今自分に刃を向けている男は何なのか理解できない。


「貴様……軍人……いや、私と同じ妖怪か!」


「いいや、俺は……」


構えた剣が赤く光っていく、まるで剣に赤い蛇が巻き付くかの様にゆっくりと剣先まで登っていく。赤く輝く剣に照らされ、剣を構えた男の目。鋭い眼光が坊主を突き刺す


「そうか、噂に聞いた事がある……帝都に、日本の首都に化物を退治する部隊がいると。そいつらは帝都で明るみに出来ない事件を非合法に解決していると……では、お前が……」


「大日本帝国軍払暁(ふつぎょう)機関 外一小隊……魔を討ち、人々に平和をもたらす、なんて表向きには言っているが、ただの奇人変人の集まりさ。今のご時世、妖怪に村人が殺されたなんて事件が明るみになっちゃまずいってのが国の方針なんでね」


そう言って男の体がゆっくりと沈み、剣が前に突き出される。西洋独特の構えは坊主を捉えている、そして今まさに……


「貴様が我々の敵……軍の犬め!!!」


坊主の絶叫は剣の風を切る音と共に闇の中に消えていった。






はるか昔、人は人ならざる者を恐れ、敬い、お互いに生活を侵すことなく共存して生きてきた。文明開化により、外国によってもたらされた文化は、人々の生活を変えていき、豊かになっていった。その結果信仰は徐々に薄らいでいき、人々は敬う事を忘れていった。

自らの利益の為に土地を荒らしていく人間に、ついに彼らは牙をむいた。

人々をその牙で喰らい、その爪で切り裂いた。

各地で起こる事件を解決する為に帝都に特殊部隊が組まれ、ついに人類は戦いを始めた。

それから数十年、闘いは今も続いている、我々人類は人ならざる者たちを太古からの伝承になぞらえてこう呼んだ、

妖怪……と

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