第19話 女騎士は酔わない

 舞踏会ともなれば当然のように酒が出る。


 名こそ舞踏と称しているが、そこは社交場。

 踊ることよりも楽しい会話をすることこそ、その目的だ。

 楽しい会話に楽しくなる飲み物は必須。


 そこに加えてアレイン達が顔を出す舞踏会は、国内でも上流階級に属する者たちが多く参加するものだ。

 シャンパン、ワイン、ちょっと上品なエールと、酒の種類には困らない。


 しかし――。


 飲む方はよくても、飲まされる方は困る。


「すまない、そこな女給さん。ちょっとアルコールが入っていない飲み物はないか。連れがどうにも悪酔いしてしまったらしくてな」


「あらまぁ。すぐにお冷をお持ちいたしますわ。少々お待ちください」


 せわしなく働いている女給に声をかけたのは女騎士アレイン。


 悪酔いしている――という感じではない。

 どうにも今日は彼女が何かをやらかした訳ではないらしい。


 では、彼女の連れとはいったい誰か。


「くっ、殺してください」


 青い顔してソファーに横たわるのは、普段ならばアレインを嗜める人物。

 従者トットだった。


「やれやれ、トット、お前という奴は、下戸なら下戸とそういえばいいだろう」


「仕方ないじゃないですか、僕、一度もお酒を飲んだことなかったんですから」


「そうだったな。いや、すまん、軽率だった」


 あっはっは、と、まったく反省していない暢気な笑い声を上げるアレイン。

 呆れたと突き放す余裕もないトットは、ぷくりと、頬を膨らませて抗議した。


「悪かった。まぁ、そう怒るな」


 と、アレイン。

 いつもと確かに、二人の立場は違っていた。


「せっかく酒が飲めるようになったというのに、これでは楽しめんな、トットよ」


「すみませんね。甲斐性のない従者で」


「なに、別に構わんよ。従者である前に、長幼の序というのがある。お前はもっと私を頼ってくれてもいいんだぞ」


 それなら、もっと頼りがいのある主人でいてください。

 言いかけたトットの頬をふにふにとアレインが突く。

 それで彼はまた、主人に対して口を閉ざしたのだった。


 もっと頼れとアレインは言った。

 だが、実際、トットは彼女に返しても返しきれない恩義があった。


 口減らしに家を追い出され、そのままであれば、男娼として無残に路傍に消えたであろうその身を掬い上げてくれた。

 利害の一致とはいえ、自分の従士として登用してくれた。

 そして、頼りなくこそあるが、こうして折を見ては、彼の世界を広げてくれる。


 優しき女主人。

 根無し草である自分を、どうしてここまで可愛がってくれるのか。


「すねたのか、トット。こら、返事をしろ。ご主人様が突いているのだぞ」


 なんだかんだ、文句をいいつつ、従士はアレインを心の中で尊敬していた。


 この人は世間で言われるほど、ダメな人ではない。


 迷惑な人には違いないが。


「ちょっと、トット、トット君。返事して。もう、何を拗ねてるんだ」


「アレインさまなんてもう知りませんのだ」


「知りませんのだって。あぁ、そんな、頬まで膨らませて」


 始まった口げんか。

 すぐに女主人の方が、いつものキメ台詞で根をあげた。


 この女騎士は、ときどきとてもやさしく、頼もしいのだ。

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