第16話 女騎士は退かない

 王都には大きな金細工職人の工房ゴールドスミスが二つある。

 そのうち一つは、金庫の空きを利用した『預かり屋』という副業をやっており、街の商人や王侯貴族が、こぞって自分の持っている貴重品を預けていた。


 女騎士アレインの父母についても同様である。

 当然アレインもそこに金庫を持っていた。


 空っぽではあったが。


「ようやく今月の給金が入った。やれやれ、これでようやく金庫代が払える」


「入れるものもないのに金庫の維持費はかかるなんて、酷い皮肉もあったものですね。もう引き払ったらどうなんです、アレインさま?」


「馬鹿だなトット。こういうのはな、持っていること自体がステイタスなんだよ」


 確かにアレインが利用している金細工職人の工房ゴールドスミスの金庫は、常人が欲して手に入るものではない。

 既に金庫を利用している上客、その中でも貴族などの身分の確かな者から、紹介されなければ利用できないものだ。


 貧乏――というより浪費家――で入れるものこそないアレイン。

 だが、金庫の利用権と紹介権だけはきっちりと確保していた。


 なぜなら、これが結構おもわぬ小金になるのだ。


「金庫の紹介権でしたっけ。なんだかそんなの聞いちゃうと、まともに働いてるのが馬鹿らしくなりますね」


「まぁ、そう言うな。お前が騎士試験に合格して、独り立ちすることがあったら、私が金庫を紹介してやる」


「えぇ……」


「喜べ、特別に紹介料を一割引きにしてやるぞ」


 屈託なく笑うアレイン。

 知人相手にも紹介料取るのかと苦笑いをするトット。


 そんなやり取りをしながら、彼らは工房の扉を開いて中に入った。


「誰だっ!! 動くんじゃねえ!!」


 バン、と、トットの耳に破裂音がこだまする。

 光景よりもその言葉にあっけを取られたトット。音に遅れて、彼が知覚したのは、目の前の工房の惨状だった。


 茶色い頭巾で顔を隠した男達。

 火縄銃を手にして頭巾の穴からこちらを睨むその眼は赤々と血走っている。

 もう片方の手に握り締めている麻袋からは、じゃらりじゃらり、と、なんとも重たげな鉱物の音が聞こえた。


 金庫破りだ。


「オラてめえ!! さっさとその場に伏せろオラ!!」


「忙しいところに割ってきやがって、脳天ぶち抜かれたいのか、おうこら!!」


 えらい場面に出くわしてしまった。

 背筋を凍らせるトット。


 銃が相手では敵わない。

 すぐに彼はその場に身体を伏せた。


 だが――。


「なにやってるんですかアレインさま!! はやく伏せてください!!」


「おうこら、そこのアマぁ!! なにボーっと突っ立ってんだ、そんなに俺の鉛玉が喰らいてえのか!!」


 まさか、まずい。

 そう、思いながらも、体は動かない。


「く、くく、くっ、くっ、くっ、こここ、ここ、ころ、っこ、ころ、ころ」


 扉を開けたらそこが死地。


 あまりにショッキングな展開に気が動転したアレイン。

 この手の予想外の展開に弱い彼女は、キメ台詞を噛みまくって動揺した。


 当然、そんな妙な女が現れれば、相手も動揺する。


「おい、てめぇ、聞いてねえのか!!」


「撃ち殺されてえのかよ!! オラ、このアマァッ!!」


 血気盛んな強盗の一人がアレインへと迫る。

 手にした斧を振りかぶって、彼はアレインへとそれを振り下ろした。


 しかし。


 次の瞬間、アレインの首の代わりに工房の宙を舞っていたのは――斧を振ったはずの男であった。


 !?


 金庫破り達の間に動揺が走る。

 その前で、男を天井へと投げ飛ばした女騎士――アレインは、静かに、そして狂気を宿した声色で呟いた。


「くっ、殺せ!!」


 目から怪しい光。

 身体から青いオーラを放つアレイン。


 彼女は静かに息を吐きながら、目の前の虚空を手でかき回した。


 さながらその風格は、百戦錬磨の格闘家。

 一子相伝の拳法の使い手。


 先ほどまでのマヌケな女とのギャップに金庫破り達が言葉を失う。


「――あれはまさか、クッコロ拳!!」


 少しして、金庫破りの一人が叫んだ。


「なんだクッコロ拳とは!? どういう業なんだ!?」


「玉砕覚悟、殺さば殺せの捨て身・捨て鉢の格闘術。己の肉体を犠牲にして放つその業は、人間のポテンシャルを超えた、空前絶後の威力を持つという」


「なにぃ!!」


「馬鹿な!?」


「そんな漫画みたいな!!」


「しかしながらその業は一子相伝。選ばれた女騎士にしか使えない」


「すると、まさか、あの娘が、その!!」


「あぁ、間違いない」


 クッコロ拳正統後継者――嘆きのエレイン!!


 訳知り顔で語る金庫破り。

 ただし、正統後継者の名はエレイン。

 女騎士の名はアレイン。


 惜しいが人違いであった。


 だが。


「馬鹿な、こいつがその正統後継者だと」


「しかし証拠がないだろう。たまたまかも」


「いや待て、さっき、こいつの弟子が、名前を呼ばなかったか?」


「呼んでいた。そう、確か――」


 エレイン、と。


 金庫破り達の顔が青ざめる。

 聞き間違いであった。

 勘違いであった。

 しかし、それを指摘するものは誰も居なかった。


 なんという僥倖だろう。日頃の行いが悪いことに定評のあるアレインだが、偶然にも、クッコロ拳の使い手と名前が似ていたのが幸いであった。


「……冗談じゃない!!」


 そう、叫んだのは金庫破りの一人。


 よほど仲間が宙に浮いた光景がショックだったのだろう。

 彼は持っていた麻袋を放り投げると、命を懸けて破ったはずのそれに、見向きもせずに逃げ出した。


 一人が逃げれば、あとは堰を切ったダムのよう。

 我も我もと、その場を逃げ出す金庫破りたち。


 十も数えない内に工房からは、茶色い頭巾を被った連中は姿を消した。


「……いや、良かったですね、アレインさま。たまたま似た名前の人が、拳法の達人だったらしくて。おかげで命拾いしました」


 伏せていたトットは立ち上がると、すぐさま隣のアレインに声をかける。

 しかし。


「くっ、殺せ!!」


「アレインさま?」


「くっ、殺せ!!」


「アレインさま!?」


 くっ、殺せ。くっ、殺せ。くっ、殺せ。


 壊れた人形のようにキメ台詞を連発する女騎士。


 どうやら、正統後継者でない女騎士には、クッコロ拳による負荷に精神が耐えられなかったようだ。


「クッコロセ、クッコロせ、くっ、くっ、ころ、ころころ、コロコロコロ――」


「アレインさま!! アレインさま、ちょっと、正気に戻ってください、アレインさま!!」


 一子相伝のクッコロ拳、その悲しき宿命さだめであった。

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